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第二部
55話 日常回を満喫しまして2
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早朝からの城主夫婦の「遊ぼうぜ」に集まってくれた元気のありあまる若者達と、庭に集まってすることと言えばひとつしかない。
「雪合戦しましょう!」
最初は雪だるまを作るなどしてのんびり遊んでいたのだけど、そこは乙女ゲームであっても魔王は魔王。戦と興奮とスペクタクルを求めている信長サマには物足りなかったようだ。
雪合戦の説明をすると、彼はいつもキラキラな目をさらに輝かせて了承した。
お父様が亡くなってあとを継いでから、なかなかこうやって遊べなかったものね。
これからはマジの合戦や苦手な内政がたっぷり待っているだろうし、今のうちにストレス発散させてあげよう。
きっとこれが、少年時代最後の派手な遊びになる。
雪合戦の正式なルールは私も知らないので、戦意喪失するくらい雪玉に当たった人は戦線離脱。人数が0になったチームの負け。とした。
信長と私、夕凪を入れた城主チーム。犬千代くんや藤吉郎くんのいる寄せ集め若者チームの2チーム編成だ。
ちなみに十兵衛の困惑する背中を押して、日奈さんと若者チームに押し込んだ。これには私のある策が仕込まれている。
日奈さんも早朝からの雪遊びにはかなり渋っていたがここは頑張ってもらおう。
「中に石とか危ないモノ入れちゃダメよ?純粋な雪玉で勝負よ?あと遊びなんだから本気出さないでよね?」
「わかってる!蝶も手加減しろよ?」
「大丈夫よ。美濃ではよく兄上達とやったから。……ユキくんも呼べたらよかったのにね」
「あいつは末森城から出ないからなー。昔はよく雪遊びして泣いてたけど。あいつ、すぐ泣くんだ」
ストックの雪玉を制作しながら信長くんに話しかけると、彼は本当に楽しそうに答えた。
弟のことを思い出したのか、珍しくふふっ、と白い息を吐き出して笑う。
お父さんが死んで、親戚同士で戦って、弟ともまだ仲良くできていない。そんな状態でもこの子は弱いところなんて見せない。
でも今は、子供のように心から楽しんでいるようだ。
雪玉を素手で丸めて、指先を真っ赤にして。
いつか天下をとったら、ユキくんともまた仲良く暮らせるようにしようね。
「そろそろはじめましょうぜ!信長様と姐さんも、準備はいいですか!?」
信長くんと同じく、合戦と聞いてかなり乗り気の犬千代くんが、ひょこりと作った障壁から頭を出してきた。
ストックも充分できたし、後ろの夕凪も信長もやる気満々だ。両手に雪玉握ってる。
スタートの合図とともに、私のささやかな作戦も実行開始。
すでに壁や木の隙間からあぶれてしまっている日奈さんを見つけ、雪玉を投げた。
一投目、当たり。二投目、当たり。三投目、当たり。
彼女があまり動かないせいか、球は狙ったところにストレートに当たった。
ちなみにこれをやり続けて私が彼女だけを執拗に狙っていると思われないために、他の人にもほどほどに当てなければならない。そして、それを、あまり見られないようにしたい。
私は見た目が派手なのを自覚してるので、これがなかなか難しい。
「……大丈夫ですか?」
「うっ……すみません、戦力にならず……」
見なさい十兵衛、あの可憐な女子を。雪を浴びすぎて頬は真っ赤で一人だけびしょびしょ。私が貸した小花柄の着物が、私より似合ってる。
可愛いけれどちょっとドジで運動はできないってのが、このくらいの年代の男子にはモテるって、知ってるんだから。
さあ、べしょべしょになってしまった彼女を気遣って保健室へ行きなさい!私にいっつも「女性らしく」「姫らしく」とうるさい気遣いの鬼のあなたなら出来るはずよ!!
「いえ、当たり前です。あの玉を避けられる者は信長様くらいです」
「ほんとだ……なにあの速さ。バケモノですね」
「化物です」
という会話が繰り広げられているとも知らず、仲良さげに話す二人を目の端に捉え、私は満足げに雪玉を手近にいた藤吉郎くんへ向けた。
雪玉は当たらず、彼はひょいひょいと脇の木へ登っていく。
先日、信長は「サルのやつ気に入った!」とまた変なあだ名をつけて褒めていた。
なにやら秀吉昇進エピソードとして名高い、草履をあっためるやつをやったらしい。見たかったな、草履をあっためるやつ。
藤吉郎くんは日本猿というよりはリスザルとかピグミーマーモセットみたいな感じの、ちょこちょこした子ザル風の子だ。軽快に跳ねて雪玉を避け、不思議な姿勢から玉を投げ返してくる。金に似た色の髪が、ふわりと揺れる。
それをしゃがんで避けると、遅れて波打った私の長い髪が、雪玉を弾いた。
「あれ!?」
パシッと軽い音を立て、弾かれた雪は割れて地面に落ちる。敵チームもそれをしっかり見ていた。
「もしかしてこれって、当たり判定?」
「はい!当たりっス!」
「ええ~~!!」
「でも姫さん強いっスね。ほぼ無傷じゃないスか」
悔しい。無傷で勝ちたかった。
私の髪に当てただけでニコニコしている藤吉郎くんに、宣戦布告のごとく巻いていたマフラー(とはこの時代言わないだろうけど)を解いてぶん投げた。
男の子達と雪まみれになるだろうことを心配して、私の侍女達がぐるぐる巻きにしてくれた防寒具達。さすがにマフラー2枚は多い。余計な分を取って縁側に置く。
少しだけ身軽になった私は、藤吉郎くんに再戦を挑むべく戦場へ戻っていった。途中で信長にぼこぼこにされたらしい紫の塊があったけど、気にせず行こう。
帰蝶姫vs藤吉郎は無事私の勝利(藤吉郎くんが延長戦に疲れて「もう負けでい~っス」と降参したんだけど)。夕凪vs犬千代くんは、犬千代くんが雪だるまにされて夕凪の勝利。
そして、最後に残った信長くんがやる気のない十兵衛に勝って、雪合戦織田那古野城総決戦は幕を閉じた。
十兵衛は的当て得意なのになんで今日に限ってあんなにやる気がないのか。もったいない。
ともかく勝利に満足して部屋に上がると、城中の侍女のお嬢さん方と傅役のみなさんが呆れ顔で迎えてくれた。
暖かいお茶や白湯を入れてもらい、入れる人はお風呂へ向かう。
私も、早めにお風呂に入れてもらおう。今は運動した後だからぽかぽかだけど、風邪を引いたらみなさんに迷惑かけちゃうもんね。
「帰蝶様、白湯をどうぞ」
「ありがとうございます、じいやさん!」
平手のじいやさんは主の信長を差し置いて、まず私に温かい湯呑をくれた。レディーファーストが出来た人だわ……。結局日奈さんを庇いも救護もしなかった十兵衛よりも立派ね。
ここへ嫁入りで初めて来た時を思い出す。
乗り物酔いで吐きそう(ちょっと吐いた)だった私に、冷たい水をいちはやくくれたのも、この人だった。
「楽しまれましたかな?」
「はい!久々に思いっきり遊びました。……はっ!ごめんなさい、次からはちゃんと信長様をお止めしますから」
一緒になって遊んじゃダメだって、本当は分かってるんだけど、こういう運動系に誘われると、つい乗せられてしまう。
兄上にも「まともにしとけ」と言われたことを、忘れたわけではないのに。
じいやさんも兄上も、女が戦に出るなんてトリッキーなことしてもゆるしてくれたし、二人のために私は夫を、まともで素敵な男子にしなければ。
じいやさんは皺の刻まれた頬を上げて笑うと、仕方ないといった表情で信長を見つめた。
信長を見る時のこの人は、普通の、手のかかる孫をかわいがるおじいちゃんだ。
一緒に視線を向ければ赤い髪は雪まみれで溶けた滴が垂れ、でも晴れた陽に反射してキラキラと輝っている。整った顎を伝う汗か雪どけかはわからない水滴も光って、正直美しい。
初めて見た時より、ずっと大人になった。
でもじいやさんからしたら、見た目だけでなく中身ももっと大人になってほしいと思うところよね。
そのまま少年は濡れた服をぽんぽん脱ぎ、見られているとも知らずお伴をつれて風呂場へ駆けていった。日奈さんが端であわあわしていた。もう、婦女子の前で!
大丈夫よじいやさん。彼ももうすぐ、恋を知って大人になりますから。
たぶん。
「雪合戦しましょう!」
最初は雪だるまを作るなどしてのんびり遊んでいたのだけど、そこは乙女ゲームであっても魔王は魔王。戦と興奮とスペクタクルを求めている信長サマには物足りなかったようだ。
雪合戦の説明をすると、彼はいつもキラキラな目をさらに輝かせて了承した。
お父様が亡くなってあとを継いでから、なかなかこうやって遊べなかったものね。
これからはマジの合戦や苦手な内政がたっぷり待っているだろうし、今のうちにストレス発散させてあげよう。
きっとこれが、少年時代最後の派手な遊びになる。
雪合戦の正式なルールは私も知らないので、戦意喪失するくらい雪玉に当たった人は戦線離脱。人数が0になったチームの負け。とした。
信長と私、夕凪を入れた城主チーム。犬千代くんや藤吉郎くんのいる寄せ集め若者チームの2チーム編成だ。
ちなみに十兵衛の困惑する背中を押して、日奈さんと若者チームに押し込んだ。これには私のある策が仕込まれている。
日奈さんも早朝からの雪遊びにはかなり渋っていたがここは頑張ってもらおう。
「中に石とか危ないモノ入れちゃダメよ?純粋な雪玉で勝負よ?あと遊びなんだから本気出さないでよね?」
「わかってる!蝶も手加減しろよ?」
「大丈夫よ。美濃ではよく兄上達とやったから。……ユキくんも呼べたらよかったのにね」
「あいつは末森城から出ないからなー。昔はよく雪遊びして泣いてたけど。あいつ、すぐ泣くんだ」
ストックの雪玉を制作しながら信長くんに話しかけると、彼は本当に楽しそうに答えた。
弟のことを思い出したのか、珍しくふふっ、と白い息を吐き出して笑う。
お父さんが死んで、親戚同士で戦って、弟ともまだ仲良くできていない。そんな状態でもこの子は弱いところなんて見せない。
でも今は、子供のように心から楽しんでいるようだ。
雪玉を素手で丸めて、指先を真っ赤にして。
いつか天下をとったら、ユキくんともまた仲良く暮らせるようにしようね。
「そろそろはじめましょうぜ!信長様と姐さんも、準備はいいですか!?」
信長くんと同じく、合戦と聞いてかなり乗り気の犬千代くんが、ひょこりと作った障壁から頭を出してきた。
ストックも充分できたし、後ろの夕凪も信長もやる気満々だ。両手に雪玉握ってる。
スタートの合図とともに、私のささやかな作戦も実行開始。
すでに壁や木の隙間からあぶれてしまっている日奈さんを見つけ、雪玉を投げた。
一投目、当たり。二投目、当たり。三投目、当たり。
彼女があまり動かないせいか、球は狙ったところにストレートに当たった。
ちなみにこれをやり続けて私が彼女だけを執拗に狙っていると思われないために、他の人にもほどほどに当てなければならない。そして、それを、あまり見られないようにしたい。
私は見た目が派手なのを自覚してるので、これがなかなか難しい。
「……大丈夫ですか?」
「うっ……すみません、戦力にならず……」
見なさい十兵衛、あの可憐な女子を。雪を浴びすぎて頬は真っ赤で一人だけびしょびしょ。私が貸した小花柄の着物が、私より似合ってる。
可愛いけれどちょっとドジで運動はできないってのが、このくらいの年代の男子にはモテるって、知ってるんだから。
さあ、べしょべしょになってしまった彼女を気遣って保健室へ行きなさい!私にいっつも「女性らしく」「姫らしく」とうるさい気遣いの鬼のあなたなら出来るはずよ!!
「いえ、当たり前です。あの玉を避けられる者は信長様くらいです」
「ほんとだ……なにあの速さ。バケモノですね」
「化物です」
という会話が繰り広げられているとも知らず、仲良さげに話す二人を目の端に捉え、私は満足げに雪玉を手近にいた藤吉郎くんへ向けた。
雪玉は当たらず、彼はひょいひょいと脇の木へ登っていく。
先日、信長は「サルのやつ気に入った!」とまた変なあだ名をつけて褒めていた。
なにやら秀吉昇進エピソードとして名高い、草履をあっためるやつをやったらしい。見たかったな、草履をあっためるやつ。
藤吉郎くんは日本猿というよりはリスザルとかピグミーマーモセットみたいな感じの、ちょこちょこした子ザル風の子だ。軽快に跳ねて雪玉を避け、不思議な姿勢から玉を投げ返してくる。金に似た色の髪が、ふわりと揺れる。
それをしゃがんで避けると、遅れて波打った私の長い髪が、雪玉を弾いた。
「あれ!?」
パシッと軽い音を立て、弾かれた雪は割れて地面に落ちる。敵チームもそれをしっかり見ていた。
「もしかしてこれって、当たり判定?」
「はい!当たりっス!」
「ええ~~!!」
「でも姫さん強いっスね。ほぼ無傷じゃないスか」
悔しい。無傷で勝ちたかった。
私の髪に当てただけでニコニコしている藤吉郎くんに、宣戦布告のごとく巻いていたマフラー(とはこの時代言わないだろうけど)を解いてぶん投げた。
男の子達と雪まみれになるだろうことを心配して、私の侍女達がぐるぐる巻きにしてくれた防寒具達。さすがにマフラー2枚は多い。余計な分を取って縁側に置く。
少しだけ身軽になった私は、藤吉郎くんに再戦を挑むべく戦場へ戻っていった。途中で信長にぼこぼこにされたらしい紫の塊があったけど、気にせず行こう。
帰蝶姫vs藤吉郎は無事私の勝利(藤吉郎くんが延長戦に疲れて「もう負けでい~っス」と降参したんだけど)。夕凪vs犬千代くんは、犬千代くんが雪だるまにされて夕凪の勝利。
そして、最後に残った信長くんがやる気のない十兵衛に勝って、雪合戦織田那古野城総決戦は幕を閉じた。
十兵衛は的当て得意なのになんで今日に限ってあんなにやる気がないのか。もったいない。
ともかく勝利に満足して部屋に上がると、城中の侍女のお嬢さん方と傅役のみなさんが呆れ顔で迎えてくれた。
暖かいお茶や白湯を入れてもらい、入れる人はお風呂へ向かう。
私も、早めにお風呂に入れてもらおう。今は運動した後だからぽかぽかだけど、風邪を引いたらみなさんに迷惑かけちゃうもんね。
「帰蝶様、白湯をどうぞ」
「ありがとうございます、じいやさん!」
平手のじいやさんは主の信長を差し置いて、まず私に温かい湯呑をくれた。レディーファーストが出来た人だわ……。結局日奈さんを庇いも救護もしなかった十兵衛よりも立派ね。
ここへ嫁入りで初めて来た時を思い出す。
乗り物酔いで吐きそう(ちょっと吐いた)だった私に、冷たい水をいちはやくくれたのも、この人だった。
「楽しまれましたかな?」
「はい!久々に思いっきり遊びました。……はっ!ごめんなさい、次からはちゃんと信長様をお止めしますから」
一緒になって遊んじゃダメだって、本当は分かってるんだけど、こういう運動系に誘われると、つい乗せられてしまう。
兄上にも「まともにしとけ」と言われたことを、忘れたわけではないのに。
じいやさんも兄上も、女が戦に出るなんてトリッキーなことしてもゆるしてくれたし、二人のために私は夫を、まともで素敵な男子にしなければ。
じいやさんは皺の刻まれた頬を上げて笑うと、仕方ないといった表情で信長を見つめた。
信長を見る時のこの人は、普通の、手のかかる孫をかわいがるおじいちゃんだ。
一緒に視線を向ければ赤い髪は雪まみれで溶けた滴が垂れ、でも晴れた陽に反射してキラキラと輝っている。整った顎を伝う汗か雪どけかはわからない水滴も光って、正直美しい。
初めて見た時より、ずっと大人になった。
でもじいやさんからしたら、見た目だけでなく中身ももっと大人になってほしいと思うところよね。
そのまま少年は濡れた服をぽんぽん脱ぎ、見られているとも知らずお伴をつれて風呂場へ駆けていった。日奈さんが端であわあわしていた。もう、婦女子の前で!
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