74 / 134
第二部
65話 長良川の戦いにて2
しおりを挟む
まず、今回の戦の目的は「義龍が当主となったことを快く思わない者」と「父上と孫四郎を立てようとする者」を排除すること。要するに、領内の反乱分子の一掃。
私のいつもと違う文体の手紙で、そういった輩が父側にも兄側にも多くいることに気付いた二人は、協力して片づけることにした。
ちょっと、かなり、血なまぐさい方法で。
私や、孫四郎たちを使って。
「芝居ぃ!?」
「これ、大きな声を出すな。命がけで戦ってる連中には聞かせられんだろうが」
「そうですけど、そんなことしていいんですか?」
父はにやりと悪い顔で笑ってみせた。
ダメに決まってる、と言っている。
「だからお前にも内密に進めたのだ。それでも、効果はあったぞ。思ってもみなかったところから炙り出せた。どっちにつくかと聞かれて儂を選ぶような先の見えない家臣どもは、義龍のもとには要らんからな」
「ええー……」
やはり戦国を生きる武将たちの倫理観は、私にはまだ理解できないらしい。
息子の将来の為に、自分が死ぬかもしれない危険を犯して、自分の家臣が死ぬのを黙認した。
両者とも殴っておいてよかった。
戦はイヤにござりまするとは言わないが、できるだけ命は大事にしてほしい。そう思うのは、やはり私はまだまだ甘いし、この世では異質ってことなのだろう。
「じゃあ、やっぱり孫四郎兄上達も生きてるんですね」
「あいつらは、名を変えて織田へ行くように言ってある。揉めるくらいなら死んだことにして寺に入れようとしたんだが、義龍が嫌がってな」
織田、と聞いて振り返ると、興味なさそうに天幕の揺れを見ていた信長が、笑顔を返してくれた。
知ってたのか。てことは、十兵衛もこの茶番を知ってたってことね。それで、こんな危険な状況の中に兄上の方へ行くって言って、信長も簡単に了承したんだ。
茶番、というには戦は本物だったし人が死にすぎてるけど。近隣諸国に「美濃の当主の交代」をアピールするために、戦は必要だったのだとか。
巻き込まれた領民達はたまったもんじゃないぞ。これだから為政者ってやつは。
父はこのまま、自分は死んだことにして寺に行り直し、今日死んだ者たちの供養でもするとのこと。
私とはもう、会えないそうだ。
身代わりにする用の、父に似た年齢の首が運ばれてきた。
息子娘にはどう見ても父ではないとわかるそれを、義龍兄上が「父だ」と言えばこの戦いが終わる。
「儂は本当に死んでもいいかと思ったんだがな。……ハァ、あいつはこんな甘いことを言っているから、いつまでたっても美濃が収まらんというのに」
「そこは父上に似たところですよ」
マムシだなんだって言われてるけど、いつの間にか父は、冷徹で現実主義な領主ではなくなっていた。
ただの、父親になっていた。
「義龍がな、自分の手で渡せ、と。だが、お前もいらないだろう、こんなもの」
差し出された紙には見覚えのある字で「国譲状」とある。
チラと信長を見る。彼は遠くの空を見て帰りたそうにしていた。つまんないよね、ごめん。
「うん。いらない」
父は最初から破く指のかたちで出してきたそれを、そのまま綺麗に半分に裂いた。私も残り半分を拾い、千切って行燈の火に向けて放る。
灰は風に飛ばされ、綺麗になくなった。
「悪かったな。こんなものを書いたせいで、お前は兄に疑われることになった」
「いえ、兄上はたぶん、これに関しては怒ってないと思いますよ。強いて言うなら、弟達を巻き込んだことを怒ってたみたいでした」
あと、言うことをきかない妹にも。
父は「そうか」と小さく、すべてを受け入れるように頷いた。
国をまとめるって、誰かに譲るって、当人の気持ちだけではどうにもならないものなのね。
信秀様も、そう言ってた。
「兄上のところへ行ってきます。十兵衛もそっちにいってるの。迎えに行かないと」
「ああ、聞いたぞ。喧嘩をしたらしいな。さっさと仲直りしなさい」
「だから喧嘩じゃありませんって」
まるで姉弟ゲンカを諭す父のような目線で語られて、少しだけむっとしながら、私は父とお別れをした。
今生の別れにしてはあっさりしたものだったけれど、マムシ父娘ならこんなもんでしょ。
兄上の方は圧倒的優勢だったせいか父の方ほどの殺伐さはなく、すぐに当主のところへ案内してもらえた。
またファイティングポーズを取る私を遠巻きに警戒しながら、十兵衛の居場所を教えてくれたので、そっちへ向かう。
兄は私に謝ろうとしていたみたいだけど、そうさせないように飛ぶように稲葉山を去った。その前にちゃんと、おなかを殴ったことは謝った。あれは痛そうだったし。
教えられたのは、私も初めて行く十兵衛の生家。
兄上は勝手に「所用を頼んだ」と言っていた。
勝手にっていうか十兵衛はもう私の護衛でも家臣でもなんでもないから、本人の意思でなにをしていいわけなんですけどね。
そしてたどり着いた明智城は、私の目の前で音を立てて、
燃えていた。
私のいつもと違う文体の手紙で、そういった輩が父側にも兄側にも多くいることに気付いた二人は、協力して片づけることにした。
ちょっと、かなり、血なまぐさい方法で。
私や、孫四郎たちを使って。
「芝居ぃ!?」
「これ、大きな声を出すな。命がけで戦ってる連中には聞かせられんだろうが」
「そうですけど、そんなことしていいんですか?」
父はにやりと悪い顔で笑ってみせた。
ダメに決まってる、と言っている。
「だからお前にも内密に進めたのだ。それでも、効果はあったぞ。思ってもみなかったところから炙り出せた。どっちにつくかと聞かれて儂を選ぶような先の見えない家臣どもは、義龍のもとには要らんからな」
「ええー……」
やはり戦国を生きる武将たちの倫理観は、私にはまだ理解できないらしい。
息子の将来の為に、自分が死ぬかもしれない危険を犯して、自分の家臣が死ぬのを黙認した。
両者とも殴っておいてよかった。
戦はイヤにござりまするとは言わないが、できるだけ命は大事にしてほしい。そう思うのは、やはり私はまだまだ甘いし、この世では異質ってことなのだろう。
「じゃあ、やっぱり孫四郎兄上達も生きてるんですね」
「あいつらは、名を変えて織田へ行くように言ってある。揉めるくらいなら死んだことにして寺に入れようとしたんだが、義龍が嫌がってな」
織田、と聞いて振り返ると、興味なさそうに天幕の揺れを見ていた信長が、笑顔を返してくれた。
知ってたのか。てことは、十兵衛もこの茶番を知ってたってことね。それで、こんな危険な状況の中に兄上の方へ行くって言って、信長も簡単に了承したんだ。
茶番、というには戦は本物だったし人が死にすぎてるけど。近隣諸国に「美濃の当主の交代」をアピールするために、戦は必要だったのだとか。
巻き込まれた領民達はたまったもんじゃないぞ。これだから為政者ってやつは。
父はこのまま、自分は死んだことにして寺に行り直し、今日死んだ者たちの供養でもするとのこと。
私とはもう、会えないそうだ。
身代わりにする用の、父に似た年齢の首が運ばれてきた。
息子娘にはどう見ても父ではないとわかるそれを、義龍兄上が「父だ」と言えばこの戦いが終わる。
「儂は本当に死んでもいいかと思ったんだがな。……ハァ、あいつはこんな甘いことを言っているから、いつまでたっても美濃が収まらんというのに」
「そこは父上に似たところですよ」
マムシだなんだって言われてるけど、いつの間にか父は、冷徹で現実主義な領主ではなくなっていた。
ただの、父親になっていた。
「義龍がな、自分の手で渡せ、と。だが、お前もいらないだろう、こんなもの」
差し出された紙には見覚えのある字で「国譲状」とある。
チラと信長を見る。彼は遠くの空を見て帰りたそうにしていた。つまんないよね、ごめん。
「うん。いらない」
父は最初から破く指のかたちで出してきたそれを、そのまま綺麗に半分に裂いた。私も残り半分を拾い、千切って行燈の火に向けて放る。
灰は風に飛ばされ、綺麗になくなった。
「悪かったな。こんなものを書いたせいで、お前は兄に疑われることになった」
「いえ、兄上はたぶん、これに関しては怒ってないと思いますよ。強いて言うなら、弟達を巻き込んだことを怒ってたみたいでした」
あと、言うことをきかない妹にも。
父は「そうか」と小さく、すべてを受け入れるように頷いた。
国をまとめるって、誰かに譲るって、当人の気持ちだけではどうにもならないものなのね。
信秀様も、そう言ってた。
「兄上のところへ行ってきます。十兵衛もそっちにいってるの。迎えに行かないと」
「ああ、聞いたぞ。喧嘩をしたらしいな。さっさと仲直りしなさい」
「だから喧嘩じゃありませんって」
まるで姉弟ゲンカを諭す父のような目線で語られて、少しだけむっとしながら、私は父とお別れをした。
今生の別れにしてはあっさりしたものだったけれど、マムシ父娘ならこんなもんでしょ。
兄上の方は圧倒的優勢だったせいか父の方ほどの殺伐さはなく、すぐに当主のところへ案内してもらえた。
またファイティングポーズを取る私を遠巻きに警戒しながら、十兵衛の居場所を教えてくれたので、そっちへ向かう。
兄は私に謝ろうとしていたみたいだけど、そうさせないように飛ぶように稲葉山を去った。その前にちゃんと、おなかを殴ったことは謝った。あれは痛そうだったし。
教えられたのは、私も初めて行く十兵衛の生家。
兄上は勝手に「所用を頼んだ」と言っていた。
勝手にっていうか十兵衛はもう私の護衛でも家臣でもなんでもないから、本人の意思でなにをしていいわけなんですけどね。
そしてたどり着いた明智城は、私の目の前で音を立てて、
燃えていた。
0
あなたにおすすめの小説
政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~
巫叶月良成
ファンタジー
政治家の娘として生まれ、父から様々なことを学んだ少女が異世界の悪徳政治をぶった切る!?
////////////////////////////////////////////////////
悪役令嬢に転生させられた琴音は政治家の娘。
しかしテンプレも何もわからないまま放り出された悪役令嬢の世界で、しかもすでに婚約破棄から令嬢が暗殺された後のお話。
琴音は前世の父親の教えをもとに、口先と策謀で相手を騙し、男を篭絡しながら自分を陥れた相手に復讐し、歪んだ王国の政治ゲームを支配しようという一大謀略劇!
※魔法とかゲーム的要素はありません。恋愛要素、バトル要素も薄め……?
※注意:作者が悪役令嬢知識ほぼゼロで書いてます。こんなの悪役令嬢ものじゃねぇという内容かもしれませんが、ご留意ください。
※あくまでこの物語はフィクションです。政治家が全部そういう思考回路とかいうわけではないのでこちらもご留意を。
隔日くらいに更新出来たらいいな、の更新です。のんびりお楽しみください。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
義姉をいびり倒してましたが、前世の記憶が戻ったので全力で推します
一路(いちろ)
ファンタジー
アリシアは父の再婚により義姉ができる。義姉・セリーヌは気品と美貌を兼ね備え、家族や使用人たちに愛される存在。嫉妬心と劣等感から、アリシアは義姉に冷たい態度を取り、陰口や嫌がらせを繰り返す。しかし、アリシアが前世の記憶を思い出し……推し活開始します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる