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第二部
66話 明智城炎上してまして!?
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戦国時代だからといって、そう建物が燃えることなんてないだろうと思っていた私が甘かった。
戦国時代、家も城もめっちゃ燃える。
人生の中で、消防士でもないのに火事を何度も間近で見る女子は、令和ではそういないだろう。
「なんで燃えてんのよーー!?」
初めて訪れた幼馴染のご実家は、目の前で音を立てて燃えていた。
飛び散る火の粉。逃げ惑う人の声。そして、周りを取り囲む斎藤の義龍側の兵達。
この辺でなんとなく、ああ、明智は道三側についたのか、と察した。
「十兵衛!大丈夫!?」
「……帰蝶、様」
探していた十兵衛はすぐに見つかったけど、なにやら兵に指揮する立場にいた。兄上が用事を頼んだと言うのはこれのことだったのだろうか。
「帰蝶様、ここは危険ですので、お帰り下さい」
十兵衛は私を見て目を開いたあと、不機嫌そうに顔をしかめた。
なにがクール系だのミステリアス美男子だの、よ。「まだ怒ってます」って、機嫌の善し悪しが丸わかりじゃない。
「危険なのはわかってるから、迎えに来たの。ねえ、お城燃えちゃって大丈夫なの?」
「大丈夫では、ないですね。叔父は自害したそうですので、叔母と子供たちも後を追うでしょう」
「な、え……!?それって、いいの!?」
まさかとは思うが、義龍兄上が城を燃やせと指示したのだろうか。
周りの兵達は、さっき十兵衛が出した指示通り、包囲を解いて退却し始めている。
「私が、火をつけました。そこまでする必要はない、とは、言われましたが……」
ここは風上だったのに、風向きが変わったのか徐々に火の粉が舞い始めた。
周りが焼けているだけに見えるけれど、あの中で、何人も人が死んでいるのだ。
視線を城から移して十兵衛へ向ける。
なんとなく、炎上バックが似合うね。と、嫌な想像をしてしまって頭を振った。
「……それって、叔父様が道三についたから?」
「表向きの理由はそうですが、私怨、です」
私が顔や頭にハテナを飛び散らせていたせいだろう、十兵衛はゆっくりと、幼子に話すようにして教えてくれた。
むかしむかしあるところにいた、城を追われた、ちいさくて無力な若様の話。
十兵衛の幼少期の話は、私も聞いていたし、半分くらいは一緒にいたから知っていた。けれど、私が知らなかったこともある。
「帰蝶様のもとへ残ることが決まったあと、伝五郎がそれとなく伝えてくれました。『母の死には不可解な点がある』と。幼心にも、私もそう思っていました。母は、自ら死を選ぶような人ではなかった。父の死に悲しんでいたのは事実ですが、子を残して……一人で逝くような人ではなかった」
義龍兄上に「明智が道三側についた」と聞いて、彼は自分からここへ来ることを申し出たそうだ。
城を包囲していた兵の指揮を執って、迷うことなく火をつけた。
「証拠はありませんが、母に毒を飲ませたのは叔父です。ですからこれは、復讐です」
彼は私を見据えたまま、頷くように告げた。
逆光で暗くて見えないけれど、その瞳の中には炎がある。
ずっと、彼の中にそういった燃えるものがあることには気づいていた。
本当は知っていた。幼いこの子の背に、殴られた痣がいくつもあったのを。
私と兄達と喧嘩をしてできたのではない、大人につけられた傷だったのを。
きっと、まだ彼の背にはそれが残っているのだろう。
だから十兵衛が納得してやったことなら、それでいい。でも今、彼は、まったく晴れた顔をしていない。
いつか見たような、昏い、表情の読めない顔。
風が吹いて見えなくなるのが、怖い。
明智光秀が明智城を燃やすって、落城させるって、史実かゲームにあることなの?
あっていいの?正しいの?
私は、どうしたらいいの?
ごちゃごちゃになって、目が回りそうで。
十兵衛の冷ややかな蒼い瞳に炎が映って、後ずさるように後ろへ足を向けた。
「ひ、なさんに……日奈さんに確認しなきゃ」
馬に乗りなおして、城へ帰って、日奈さんに聞かなきゃ。
「どうして……」
「えっ」
痛い。急に手首に痛みが走る。
踵を返そうとしてたのを、手首を掴んで制されたのだと気づいた。そのまま折られるんじゃないかってくらいの力で握られて、振りほどくこともできなくてその場に尻餅をつく。
「以前は、そんなことはしなかった。君はもっと自由で、奔放で、突拍子もなくて!誰かの意見を聞くなんて、先を誰かに頼るなんて、しなかった!君にとってあの娘はなんなんだ!?あの娘が来てから、君は変わってしまった!!」
「わ、私が……?」
予想もしていなかった内容と、空気を裂くような声に、そのまま地面に手をついた。神様へ謝るみたいな格好で。
婚約破棄でもされた令嬢か、ってくらい震えた声が出る。
十兵衛を怖いって思うなんて、おかしいのに。
「わ、私は……あなたや、みんなを守りたくて。日奈さんは未来がわかるのよ?頼ったっていいじゃない!」
「違う、君は、そんなことを言う人じゃなかった!僕が、守りたいと思ったのは……君が、君だからだったのに!」
私だから、って、私って、なに?
また私のせいで、彼はこんなに辛そうな顔をしているの?
泣き出しそうな目は、ふるふると奥で微かな光が揺れている。
泣きたいのは、こっちだよ。
「……ごめん。そんな顔を、させたかったわけじゃない」
そう言うと十兵衛は静かにしゃがみ、目線を合わせて私の両の頬に手を当てた。
つめたい。
小手とか防具をつけているから、固いよ。
なんでこうなるのかな。
私だって、十兵衛にそんな顔、させたかったわけじゃないのに。
いつも凛として涼し気でムカつくくらいイケメンで、でも私が変なことをしてわがままを言うと、困ったように笑いながらゆるしてくれたのに。
長い指で目元を拭われて、自分が泣く寸前だったことに気づいた。
拭われた瞳の端から、粒がこぼれる。
戦国時代、家も城もめっちゃ燃える。
人生の中で、消防士でもないのに火事を何度も間近で見る女子は、令和ではそういないだろう。
「なんで燃えてんのよーー!?」
初めて訪れた幼馴染のご実家は、目の前で音を立てて燃えていた。
飛び散る火の粉。逃げ惑う人の声。そして、周りを取り囲む斎藤の義龍側の兵達。
この辺でなんとなく、ああ、明智は道三側についたのか、と察した。
「十兵衛!大丈夫!?」
「……帰蝶、様」
探していた十兵衛はすぐに見つかったけど、なにやら兵に指揮する立場にいた。兄上が用事を頼んだと言うのはこれのことだったのだろうか。
「帰蝶様、ここは危険ですので、お帰り下さい」
十兵衛は私を見て目を開いたあと、不機嫌そうに顔をしかめた。
なにがクール系だのミステリアス美男子だの、よ。「まだ怒ってます」って、機嫌の善し悪しが丸わかりじゃない。
「危険なのはわかってるから、迎えに来たの。ねえ、お城燃えちゃって大丈夫なの?」
「大丈夫では、ないですね。叔父は自害したそうですので、叔母と子供たちも後を追うでしょう」
「な、え……!?それって、いいの!?」
まさかとは思うが、義龍兄上が城を燃やせと指示したのだろうか。
周りの兵達は、さっき十兵衛が出した指示通り、包囲を解いて退却し始めている。
「私が、火をつけました。そこまでする必要はない、とは、言われましたが……」
ここは風上だったのに、風向きが変わったのか徐々に火の粉が舞い始めた。
周りが焼けているだけに見えるけれど、あの中で、何人も人が死んでいるのだ。
視線を城から移して十兵衛へ向ける。
なんとなく、炎上バックが似合うね。と、嫌な想像をしてしまって頭を振った。
「……それって、叔父様が道三についたから?」
「表向きの理由はそうですが、私怨、です」
私が顔や頭にハテナを飛び散らせていたせいだろう、十兵衛はゆっくりと、幼子に話すようにして教えてくれた。
むかしむかしあるところにいた、城を追われた、ちいさくて無力な若様の話。
十兵衛の幼少期の話は、私も聞いていたし、半分くらいは一緒にいたから知っていた。けれど、私が知らなかったこともある。
「帰蝶様のもとへ残ることが決まったあと、伝五郎がそれとなく伝えてくれました。『母の死には不可解な点がある』と。幼心にも、私もそう思っていました。母は、自ら死を選ぶような人ではなかった。父の死に悲しんでいたのは事実ですが、子を残して……一人で逝くような人ではなかった」
義龍兄上に「明智が道三側についた」と聞いて、彼は自分からここへ来ることを申し出たそうだ。
城を包囲していた兵の指揮を執って、迷うことなく火をつけた。
「証拠はありませんが、母に毒を飲ませたのは叔父です。ですからこれは、復讐です」
彼は私を見据えたまま、頷くように告げた。
逆光で暗くて見えないけれど、その瞳の中には炎がある。
ずっと、彼の中にそういった燃えるものがあることには気づいていた。
本当は知っていた。幼いこの子の背に、殴られた痣がいくつもあったのを。
私と兄達と喧嘩をしてできたのではない、大人につけられた傷だったのを。
きっと、まだ彼の背にはそれが残っているのだろう。
だから十兵衛が納得してやったことなら、それでいい。でも今、彼は、まったく晴れた顔をしていない。
いつか見たような、昏い、表情の読めない顔。
風が吹いて見えなくなるのが、怖い。
明智光秀が明智城を燃やすって、落城させるって、史実かゲームにあることなの?
あっていいの?正しいの?
私は、どうしたらいいの?
ごちゃごちゃになって、目が回りそうで。
十兵衛の冷ややかな蒼い瞳に炎が映って、後ずさるように後ろへ足を向けた。
「ひ、なさんに……日奈さんに確認しなきゃ」
馬に乗りなおして、城へ帰って、日奈さんに聞かなきゃ。
「どうして……」
「えっ」
痛い。急に手首に痛みが走る。
踵を返そうとしてたのを、手首を掴んで制されたのだと気づいた。そのまま折られるんじゃないかってくらいの力で握られて、振りほどくこともできなくてその場に尻餅をつく。
「以前は、そんなことはしなかった。君はもっと自由で、奔放で、突拍子もなくて!誰かの意見を聞くなんて、先を誰かに頼るなんて、しなかった!君にとってあの娘はなんなんだ!?あの娘が来てから、君は変わってしまった!!」
「わ、私が……?」
予想もしていなかった内容と、空気を裂くような声に、そのまま地面に手をついた。神様へ謝るみたいな格好で。
婚約破棄でもされた令嬢か、ってくらい震えた声が出る。
十兵衛を怖いって思うなんて、おかしいのに。
「わ、私は……あなたや、みんなを守りたくて。日奈さんは未来がわかるのよ?頼ったっていいじゃない!」
「違う、君は、そんなことを言う人じゃなかった!僕が、守りたいと思ったのは……君が、君だからだったのに!」
私だから、って、私って、なに?
また私のせいで、彼はこんなに辛そうな顔をしているの?
泣き出しそうな目は、ふるふると奥で微かな光が揺れている。
泣きたいのは、こっちだよ。
「……ごめん。そんな顔を、させたかったわけじゃない」
そう言うと十兵衛は静かにしゃがみ、目線を合わせて私の両の頬に手を当てた。
つめたい。
小手とか防具をつけているから、固いよ。
なんでこうなるのかな。
私だって、十兵衛にそんな顔、させたかったわけじゃないのに。
いつも凛として涼し気でムカつくくらいイケメンで、でも私が変なことをしてわがままを言うと、困ったように笑いながらゆるしてくれたのに。
長い指で目元を拭われて、自分が泣く寸前だったことに気づいた。
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