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第二部
91話 そして、デートへ行きまして2(離婚承認しまして)
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婚約破棄を言い渡されたら。離縁を言い渡されたら。
国外追放になったら。断罪処刑ってなったら。
悪役令嬢顔だなと自覚したあの日から、覚悟はしていた。
戦国時代の婚約・結婚っていうのは、同盟のための政略結婚がほとんどだ。
美濃へ侵攻すると織田が決めたってことは、美濃の後ろ盾が必要なくなったということ。
いつ離縁され実家に戻れって放り出されても、おかしくなかった。
ゲームでの私は、離縁されないためにヒロインをいじめていたそうだけど、てことは、いじめず普通にしていたら離縁されてるってことよね。
傾きかけた空を貫く、真剣さを帯びた瞳。
彼は興味がない会話の時は、こっちを見ない。
それが今は、一秒も逸らされない。冗談ではないのだ。
見ていられなくて、私から逸らすしかなかった。これ以上貫かれてたら、きっと泣いてしまうもの。
「一応、理由を……教えてください」
今日デートに連れてきてくれたのは、私と自分の気分転換じゃなくて、これを切り出すためだったんだ。
ここは、那古野城の城下町から少し歩いて、広がる林を抜けたところ。
開けた草原の向こうは崖になってて町が見渡せるけど、続く道も何もないから人は来ない。
離婚問題なんてセンシティブな話題を話しあうのには、いい場所だ。
覚悟はしてた。してた、のに、
実際言われると、ものすごくショックだ。
最初は、9歳で結婚なんて嫌だったし、相手が有名な織田信長って知ったところで嬉しさなんてなかった。
はやく向こうから婚約破棄してくれないかなってずっと思ってた。
ここでの織田信長を知る前の、出会う前の、物語のように教科書で読んでいただけの知識だったなら、今でも私は離縁でも婚約破棄でも簡単に了承して、次の手を考えていただろう。
実家に戻ってのんびり領地経営を手伝うとか、小さい農地でももらってスローライフとか。
でも今、私は信長を知ってしまった。
隣にいると楽しいって、知ってしまった。
「お前最近ぶれてるぞ」
「ぶ、ぶれ!?」
ぶれている。軸が?
下がっていた眉毛が、驚きに持ちあがった。
瞬きをして見上げれば、信長は悪戯そうに笑っている。
笑うところだろうか。
「お前、アニキが勝つと思ってるだろ」
「そ、そんなことない。信長様に勝ってほしい」
「斎藤義龍の首が運ばれてきたら、お前、泣かない自信あるか?」
そこまで言われて、返答につまってしまった。
見透かしたように、向き合う彼の顔には「ほらな」と書いてある。
少し黙って考えてみた。
泣かない。悲しくはない、と思う。
悲しくはないけど、きっと、
“悔しい”と、思う。
だって、兄上の首は、私がとりたいって思ってたから。
「オヤジとも義兄上とも約束したしさ。お前を横に置いて、天下を取るって。だからまだ置いておきたかったんだけど、最近のお前は、駄目だと思う」
続けられる言葉が、頭の中を回りはじめた。
まだ私は兄上のことを考えていて、そっちまで至れない。意味を残していかない。
美濃侵攻に賛成したのも、兄上と戦うことも、今でも反対する気持ちはない。
信長に勝ってほしい。
十兵衛や藤吉郎くんに、みんなに勝ってほしい。
けど、心のどこかで「嫌だな」って気持ちがあったんだ。
兄上のことを諦めきれなかった。
「俺は、俺を信じてくれるヤツとしか戦いたくない。傍に置きたくない」
見透かしていた手が、私の頭を左右から両手で掴む。
痛みはないけど、力強く。
ぐ、と上を向かされる。
焚火みたいとも、夕焼けみたいとも見える、燐の散る瞳だ。
「俺だけをまっすぐに見ない女なら、いらない」
ごく、と唾を飲み込む。喉が一気に渇いてきた。
漫画ならこの赤の後ろに、どす黒いオーラが描かれているだろう。
私は、織田信長の勝利を信じていなかった。
だって、いつかは明智光秀に負けるから。
いつかは十兵衛に嫌われるようなことをして、私の好きなこの人じゃなくなるんだって思ってた。
魔王になってしまうんだろうと思ってた。
そこがいけなかったんだな。
自分の夫を、軽んじていたんだ。
信じていなかったんだ。
「わかりました。信長様」
この人は、この人だけはずっと、この歪みかけた世界で、ぶれぶれな私の前で、ただ一人まっすぐだったのに。
「私と、一騎打ちしてください!」
ぱ、と手が離れたすきに、握った拳を二人の間に突き出した。
こういうときは、拳で語るのが一番だ。
というか、それしかない。
「私、たしかに信長様を信じていなかった……ごめんなさい。でも離縁したいなら、兎にも角にも私を倒してからです!私に勝ったら、兄上にも勝てるって信じますから、離縁も美濃侵攻も好きにしてください。|もう一分も疑ったりしない。でも、もしも、私が勝ったら……」
本当はスラっと刀を抜きたかったんだけど、残念ながら護身用の小さい懐刀くらいしか持ってきていない。信長がちゃんと帯刀していれば、お伴のいないお出かけでも、私に危険はないから。
手持ち無沙汰な両手でファイティングポーズを取ると、彼は笑った。吹き出す感じで。
私が素手で、帯刀した信長に勝てる確率は、ほぼゼロだろう。
この人が本気になれば、今この数秒後にも、さげた刀は一瞬で抜かれて私の首なんてぽーんと高く飛ぶ。
でも、ここは戦わないと。
魔王・織田信長に「いらない」なんて言われたら、離縁を切り出されたら、女である私にはもうなにもない。
暴力で打開するしかない!
「お前が勝ったら?」
「私が勝ったら、美濃は諦めて、私と末永く、80歳まで生きてほしいです!」
国外追放になったら。断罪処刑ってなったら。
悪役令嬢顔だなと自覚したあの日から、覚悟はしていた。
戦国時代の婚約・結婚っていうのは、同盟のための政略結婚がほとんどだ。
美濃へ侵攻すると織田が決めたってことは、美濃の後ろ盾が必要なくなったということ。
いつ離縁され実家に戻れって放り出されても、おかしくなかった。
ゲームでの私は、離縁されないためにヒロインをいじめていたそうだけど、てことは、いじめず普通にしていたら離縁されてるってことよね。
傾きかけた空を貫く、真剣さを帯びた瞳。
彼は興味がない会話の時は、こっちを見ない。
それが今は、一秒も逸らされない。冗談ではないのだ。
見ていられなくて、私から逸らすしかなかった。これ以上貫かれてたら、きっと泣いてしまうもの。
「一応、理由を……教えてください」
今日デートに連れてきてくれたのは、私と自分の気分転換じゃなくて、これを切り出すためだったんだ。
ここは、那古野城の城下町から少し歩いて、広がる林を抜けたところ。
開けた草原の向こうは崖になってて町が見渡せるけど、続く道も何もないから人は来ない。
離婚問題なんてセンシティブな話題を話しあうのには、いい場所だ。
覚悟はしてた。してた、のに、
実際言われると、ものすごくショックだ。
最初は、9歳で結婚なんて嫌だったし、相手が有名な織田信長って知ったところで嬉しさなんてなかった。
はやく向こうから婚約破棄してくれないかなってずっと思ってた。
ここでの織田信長を知る前の、出会う前の、物語のように教科書で読んでいただけの知識だったなら、今でも私は離縁でも婚約破棄でも簡単に了承して、次の手を考えていただろう。
実家に戻ってのんびり領地経営を手伝うとか、小さい農地でももらってスローライフとか。
でも今、私は信長を知ってしまった。
隣にいると楽しいって、知ってしまった。
「お前最近ぶれてるぞ」
「ぶ、ぶれ!?」
ぶれている。軸が?
下がっていた眉毛が、驚きに持ちあがった。
瞬きをして見上げれば、信長は悪戯そうに笑っている。
笑うところだろうか。
「お前、アニキが勝つと思ってるだろ」
「そ、そんなことない。信長様に勝ってほしい」
「斎藤義龍の首が運ばれてきたら、お前、泣かない自信あるか?」
そこまで言われて、返答につまってしまった。
見透かしたように、向き合う彼の顔には「ほらな」と書いてある。
少し黙って考えてみた。
泣かない。悲しくはない、と思う。
悲しくはないけど、きっと、
“悔しい”と、思う。
だって、兄上の首は、私がとりたいって思ってたから。
「オヤジとも義兄上とも約束したしさ。お前を横に置いて、天下を取るって。だからまだ置いておきたかったんだけど、最近のお前は、駄目だと思う」
続けられる言葉が、頭の中を回りはじめた。
まだ私は兄上のことを考えていて、そっちまで至れない。意味を残していかない。
美濃侵攻に賛成したのも、兄上と戦うことも、今でも反対する気持ちはない。
信長に勝ってほしい。
十兵衛や藤吉郎くんに、みんなに勝ってほしい。
けど、心のどこかで「嫌だな」って気持ちがあったんだ。
兄上のことを諦めきれなかった。
「俺は、俺を信じてくれるヤツとしか戦いたくない。傍に置きたくない」
見透かしていた手が、私の頭を左右から両手で掴む。
痛みはないけど、力強く。
ぐ、と上を向かされる。
焚火みたいとも、夕焼けみたいとも見える、燐の散る瞳だ。
「俺だけをまっすぐに見ない女なら、いらない」
ごく、と唾を飲み込む。喉が一気に渇いてきた。
漫画ならこの赤の後ろに、どす黒いオーラが描かれているだろう。
私は、織田信長の勝利を信じていなかった。
だって、いつかは明智光秀に負けるから。
いつかは十兵衛に嫌われるようなことをして、私の好きなこの人じゃなくなるんだって思ってた。
魔王になってしまうんだろうと思ってた。
そこがいけなかったんだな。
自分の夫を、軽んじていたんだ。
信じていなかったんだ。
「わかりました。信長様」
この人は、この人だけはずっと、この歪みかけた世界で、ぶれぶれな私の前で、ただ一人まっすぐだったのに。
「私と、一騎打ちしてください!」
ぱ、と手が離れたすきに、握った拳を二人の間に突き出した。
こういうときは、拳で語るのが一番だ。
というか、それしかない。
「私、たしかに信長様を信じていなかった……ごめんなさい。でも離縁したいなら、兎にも角にも私を倒してからです!私に勝ったら、兄上にも勝てるって信じますから、離縁も美濃侵攻も好きにしてください。|もう一分も疑ったりしない。でも、もしも、私が勝ったら……」
本当はスラっと刀を抜きたかったんだけど、残念ながら護身用の小さい懐刀くらいしか持ってきていない。信長がちゃんと帯刀していれば、お伴のいないお出かけでも、私に危険はないから。
手持ち無沙汰な両手でファイティングポーズを取ると、彼は笑った。吹き出す感じで。
私が素手で、帯刀した信長に勝てる確率は、ほぼゼロだろう。
この人が本気になれば、今この数秒後にも、さげた刀は一瞬で抜かれて私の首なんてぽーんと高く飛ぶ。
でも、ここは戦わないと。
魔王・織田信長に「いらない」なんて言われたら、離縁を切り出されたら、女である私にはもうなにもない。
暴力で打開するしかない!
「お前が勝ったら?」
「私が勝ったら、美濃は諦めて、私と末永く、80歳まで生きてほしいです!」
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