マムシの娘になりまして~悪役令嬢帰蝶は本能寺の変を回避したい~

犬井ぬい

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第二部

92話 そして、デートへ行きまして3(この世界が、君が、大好きで)

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 我ながら意味のわからないお願いをしてしまったな、と思う。

 なんで一騎打ち?とか。
 なんでここでこぶしと拳で勝負?とか。
 なんで、勝ち目もないのに「負けたら離婚」とか言っちゃったんだろう。勝てた時の報酬も、もっと色々ねだっとくべきだった。とか。

 末永く一緒に生きたいっていうのは、本心なんだけど。

「お前が負けたら、俺の好きにする。俺に負けるようなおまえはいらないから、本気で斬り捨てるけどいいよな?」
「かまわない」

 きっと彼も、私が勝負だとか言い出して暴力ちからに訴えることを予想していたのだろう。
 だから、この場所だ。ここなら人目につかない。

 奥方を刀で斬り捨てたとしても、野党に襲われたとか事故で崖に落ちたとか言って好きに処理できるもんね。警察も鑑識もないし。楽なものだ。

 私が大きく頷くと、信長は腰にさげていた自分の刀を私に貸してくれた。
 さすがに、これくらいはハンデをくれるらしい。
 代わりに私が懐から出した短刀を預ける。
 鞘から抜き、特にスタートの合図もせず、私はできる一番速いスピードで斬りかかった。

 私達に、合図や号令はいらない。
 嫁入りしたその日から、数年間ほぼ毎日、十兵衛と三人で打ち合い稽古をしてたんだから。
 呼吸の仕方、間合いの取り方、反撃の癖、ぜんぶわかる。

 暴れる刀に容赦なく斬られた草が音を立てて、青い匂いをさらに強くする。
 短刀をナイフみたいに持っているだけの信長より私の方が圧倒的に有利なはずなのに、彼が間合いに入って来ないようにするので精いっぱいだ。
 このまま懐に入られたら、すぐに喉を斬られる。

 この時、少しだけ、私は迷いなく光るその刃に恐怖したのだと思う。
 私の迷いや恐れを見て、信長の腕が大きく動いた。すかさず距離を取るけどものすごいスピードで詰め寄られて、刀が手から離れる。

「っ!」

 あんな短い刀で普通の刀を薙ぎ払うなんて、どうやったのだろう。
 支えようとした左手がびりびり痺れて言うことを聞かないので、刀が飛んだ方は見ない。彼の動きから一瞬でも目を離したら、死ぬ。
 刀のことは諦めて、私は腰帯に差していた鞘を掴んだ。

 武器を落とさせたことで余裕が見えた相手に、握った鞘を思い切り腹へ入れる。一騎打ちとは言ったけど、刀を飛ばされたら負けとは言ってない。

「ぐっ……!」

 潰れたような声を出したのは、私だった。
 鞘が向こうへ届く前に、私のお腹に信長の草履をはいた脚がめり込んでいた。帯が分厚いので衝撃しかないけれど、そのまま押されて、よろける。脚を開いてふんばったところに、ダメ押しの足払いがきた。
 傾きかけた空の端が見える。オレンジ色だ。

 草地に背を預けることになった私のお腹に、そのまま足が乗せられて「ぐえ」と間抜けな声が出てしまった。

 息ができなくて、もう起き上がれない。
 マジで容赦ない。手加減もない。
 ほとんど手も足も出なかった。

「じゃあな、帰蝶」

 空を遮ったまま、ギラギラした、熱せられたガラス玉みたいな瞳が私を見下ろしている。
 一緒に、ギロチン刃みたいな刀が降りてきた。
 これが断罪、処刑の瞬間か。

 大丈夫。この人は強い。兄上にも勝てる。兄上だけじゃなく、誰にだって負けることはない。
 あとのことは、未来を知ってる日奈と、頭のいい十兵衛と、人望のある藤吉郎くん。あと、嫌いだけど柴田勝家とかいつの間にか戻ってきてた犬千代くんや、みんなが手助けしてくれるはずだ。
 私はいない方がいい。

 日奈は私に遠慮して口に出すことはしなかったが、悪役令嬢兼死に戻り系ラスボスなんて、早めに始末しておいた方がいいに決まってるのだ。
 その情報ストーリーを知らないはずなのに、私をここで始末しようと思えたなら、やっぱりこの人はすごい人だ。
 連れ添った妻を簡単に斬り捨てられる非情さがあれば、大丈夫。
 私がまもってあげたいなんて、そばにいてあげなきゃなんて、おこがましい願いだったのだ。

 頭の中で「大事にしてと言ったでしょう!」と金切り声が聞こえた気がするけど、誰だろう。各務野先生かな?いつも心配かけて、ごめんなさい。

「信長様、」

 私を殺そうと見下ろすその顔すら、アイドルだったら推してたなあ、と思わせるほど眩しくて、綺麗で、冷たいはずの視線は熱くて、

 涙が出た。


「楽しかったです」


 笑って、お別れを言った。
 目を閉じて、あとは終わりを待つだけ。
 そう思っていたのに。

 私の首を掻っ切るはずの短刀が、夕陽に向かって飛んで行った。
 ついでに私に足を掛けていた信長も、同じように腹部を横から蹴られてその身を退けた。
 思い切り蹴ったのに短刀と同じく飛んではいかなかったのが、“彼”には満足いかなかったようだけど。
 彼はそのまま信長の首へ、自身の刀を押し当てる。

「十兵衛!?」

 何者をも赤く染めるはずの夕陽にすら染まらない、漆黒の髪が揺れる。
 なんで、と続けようとした私の声は、すぐさま遮られた。

「帰蝶様に刃を向けるなら、お前でも殺すからな!!!」

 氷の割れるような音。ガラスが落ちて粉々になる。黒い空に響く雷鳴みたいな声。
 ともかく、ドスがすごかった。
 他人を、ましてや一応は目上の人を「お前」呼びする十兵衛も初めてだし、そもそもこんな言葉遣いは誰にだってしたことがない。
 謙虚で、控えめで、冷静な男なのだ、明智十兵衛光秀は。

 なぜここに、とか、待ってマジで斬らないで!とか、言いたいことがあったけど気圧されて何も言えなくなってしまった。
 当の信長は、蹴られて怒鳴られ刀を急所へ向けられているのにも関わらず、目をまんまるにして十兵衛を見て、すぐに大きく口をあけた。

「それだよ!それ!!」
「は?」
「お前たちはそうでなきゃなあ!それだよ!なんでもっと早く気付かなかったんだ!」
「え、え?なに??」

 それそれ、と急に楽しそうに、祭りだお祝いだとでも言いはじめそうなテンションで、信長は嫌がる十兵衛の肩をバンバン叩いた。
 唖然とする十兵衛の刀は、スン、と降ろさせられた。
 私はその隙に、飛んで行った刀を目ざとく拾っておく。再戦のチャンス、あるかもしれないし。

「ミツは蝶で、蝶はミツなんだよ」
「はいい?」

 私達は同じ向きに、首を傾げた。
 のちに説明してもらった話によると、私と十兵衛は二人で一人。ニコイチ?みたいなことを言いたかったらしい。

「蝶は突っ走って掻き回すわりに、力も頭も足りてない」
「おい」
「ミツは蝶にくっついてかないと、できる力も頭もあるのに自分から何もできない」
「おい」

 私と十兵衛は二人そろってツッコミを入れた。
 でも、落ち着いて互いに顔を見合わせてみると、その通りだという考えが増してきた。
 さすが信長、きちんと私達のこと、わかってる。

「お前たちがちゃんと二人揃ってるなら、勝てないものなんてないんだよ!」
「はあ」
「そうでしょうか」

 謎理論なのだけど、説得力があるのよね。
 十兵衛なんてさっきまで本当に殺しそうな、むしろ一人くらい殺してきたあとみたいな顔してたのに、急にやる気がそがれてしまったようだ。

「信長様、そんなことより勝負!続き!」
「俺の負けだろ?お前たちの勝ち!」
「ええー!?」

 こんな、突然の乱入における二対一での勝利で、いいのだろうか。いや、納得いかない!
 今度こそ負けたら殺されるかもしれないって考えは頭になくて、「再戦再戦」と信長に詰め寄ったけど、「これでいいんだよ!」と笑われた。

「納得いかない~!」
「俺の強さはもうわかっただろ?」
「だから納得いかないのよ!」
「お前は、ミツと二人で俺を信じて横にいればいいんだよ」
「なによそれー!」

 十兵衛も、私達の会話を聞いて状況を把握したようだ。私が殺されそうだと思って、焦って飛び出してくれたのよね。
 勘違い(ではないんだけど)だと気づいて顔が赤いように見えるのは、夕陽のせいだけではないだろう。

「ミツ、お前は蝶を護れよ。何があっても、お前がこいつの盾になるんだ。どれだけ血を流しても、たとえ腕が取れても、傍を離れるな」
「うるさい。言われなくても」

 なにやら二人肩を組んで、男達は夕陽に向かって語らっていた。いい感じかもしれない。
 そういえば、ここへ来たばかりの時は、二人を親友にしよう作戦なども考えていたのよね。早々に立ち消えたけど、実はまだあきらめてないぞ。

「あ、信長様、私、いいこと思いついたかも!」

 どうせここは人が来ないから、と、私達は草の上にしゃがみこんで、美濃攻略の作戦会議をした。
 賭けは一応私の勝ちらしいので、私達は約束通り、80歳まで末永く生きることをしなければならない。
 そのためには天下統一が必要で、それなら美濃は欲しいものね。

 私の長所はこの行動力と、場を掻き回すところらしい。そして短所は、頭と力がないこと。
 でもそれは、十兵衛が補ってくれる。
 私は兄上や美濃のことが絡むと周りが見えなくなって、護衛を辞めさせたり突き放したり、十兵衛に相談もなく暗躍したり。それがいけなかったのよね。
 あらためて確認させられてしまった。しかも、あの他人なんて気にしないような信長に。

「細かいことは、十兵衛やみんながやってくれるでしょ?」
「信長様はこんな策でよろしいのですか?」
「俺が最初に考えてたのと似てるから、別にー」
「あら、気が合うわね!」
「夫婦だからな」

 さっきまで離婚の危機だったけどね。
 そろってにこにこしてしまう。
 十兵衛は場違いに呑気な私達に、不機嫌そうな顔でだけ返した。
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