1 / 20
第1章 密室の切り裂きジャック
第1話 ボーカル不在で事件発生!?
しおりを挟む
チッ、チッ、チッ、チッ。
耳朶を打つのは、ハットの奏でる四分打ちカウント。演奏開始の合図だ。
この楽曲は低音から始まる。俺が奏でたベースの音。雨音のように、ぽつぽつと鳴らされる大輔のスネア。そこに静香のギターの音が滑り込む。長く引き伸ばされたベースの音に寄り添い合い、背後でシンバルが弾け、音楽になる。単なる音の連なりじゃない。共鳴する音の束が融け合い、この空間に広がっていく。
イントロが終わり、Aメロに入る。
「――――」
喉を震わせ、高音を響かせた。
誰もが聞き惚れる俺の美しい歌声が、この広い音楽室に深く根を張り――。
「はいストーップ! やめだやめだ! やっぱり貴志にボーカルは無理なんだよ!」
演奏の途中で、ドラム担当の宇田川大輔がシンバルを滅茶苦茶に叩いた。
「ちょ、何勝手にやめてんだよ! いい感じの演奏だったのに!」
振り返って抗議すると、大輔がキッと睨んできた。
「ああ、たしかに演奏はよかった。問題は貴志の歌声だ! 声裏返っててキモいし、しかも音外し過ぎ! あとキモい!」
「二回もキモいって言うな! つーか、お前の主観で判断するな。俺が音痴なわけあるかよ。なぁ静香?」
助けを求めて、ギター担当の湊静香を見る。ショートボブの似合う優しい雰囲気の女の子だ。
「あはは……お、音楽は娯楽だから、貴志くんが自分で楽しむぶんには、その、いいんじゃないかな……?」
笑って誤魔化す静香。いやそれ全然フォローになってないんだけど……。
まぁいい。俺の歌声については後で議論するとして、今は他に話し合うべき事案がある。
ここは第二音楽室。俺たち軽音楽部は、一か月後の文化祭に向けて練習をしている最中だ。
俺たちのバンドには元々女性ボーカルがいた。ビブラートが綺麗で、よく声の通る優秀なボーカルだった。
しかし先日、彼女は家の都合で九州に引っ越してしまった。そのせいで、俺たちのバンドはボーカル不在だったりする。
仕方がないので、ベース担当の俺がボーカルを兼任してみたのだが、ご覧の有様だ。ボーカルが女性だったから、俺たちが練習してきたのは女性ボーカルの曲ばかり。男の俺にボーカルは土台無理な話である。
というわけで、必然的に静香がボーカルをやれという話になるのだが、事はそう簡単ではない。
「頼むよ、静香。貴志の代わりにボーカルやってくれ」
大輔が泣きそうな顔をして頼むが、静香は顔を赤くして、顔を左右にぶんぶん振った。
「む、無理だよ。私、人前で歌うの恥ずかしいもん……」
静香は妙なところで恥ずかしがり屋だった。人前で演奏するのは抵抗ないのに、歌うのは駄目らしい。
「どうすんだよ、大輔。ボーカル決まらないぞ」
尋ねると、大輔は数秒間唸りながら考えた後、口を開いた。
「あれだ。いっそのことボーカルなしとか?」
「インストってことか……でも、ちょっと地味じゃないか?」
「まぁボーカル不在だと華はないかもな。でもまぁ今の状況だと、最悪ボーカルなしでライブをするってことも頭に入れておいたほうがいいぜ」
「だよなぁ……はぁ」
立たされている現状に嘆き、盛大にため息をつく。
ボーカルがいないとなると、新メンバーを見つけるしかない。うーん、どこかに優秀な人材はいないものか。
「あ。あれ、里中じゃね?」
大輔が窓の外にスティックを向けた。自然とその先の景色に視線が吸い寄せられる。
窓の外にいたのは、たしかにうちのクラスメイトの里中玲奈だった。ソフトボール部に所属しているせいもあり、肌の色は小麦色。さっぱりしたショートヘアも相まって、いかにも健康的なスポーツ少女って感じだ。
「隣にいるのは……バスケ部の飯田くん? あの人、女子に人気あるよねぇ」
先ほどまで黙っていた静香も会話に加わった。
飯田……たしか二年三組だったな。交流はないが、クラスの中心人物だということは知っている。まぁイケメンだし、髪型もおしゃれだし、見た目完全にリア充だもんなぁ。
二人は立ったまま、グラウンドの隅で楽しそうにおしゃべりしている。
「顔がいいだけでモテるとか、どんだけ人生イージーモードなんだよ。イケメン爆発しろ」
大輔が吐き捨てるようにそう言った。モテない男子の僻みにしか聞こえないが、気持ちはよくわかる。イケメン爆発しろ。
「あ! ねぇ大輔くん、貴志くん! 里中さん、頭なでなでしてもらってる!」
「「なんだと!」」
モテない男子の声が見事にハモった。
窓の外では、飯田が里中の頭をぽんぽんと叩いていた。その動きはどこかぎこちない印象を受ける。
それにしても……里中のヤツ、顔を赤くして超嬉しそうなんですけど。ピュアかよ。
「くそ……飯田くんの家にピンポイントで隕石堕ちないかな」
俺がそうつぶやくと、大輔に「お前それ、モテない男子の僻みにしか聞こえないからな? 器の小さいヤツめ」と返された。いやお前に言われたくないわ。
「ねぇ。里中さんたち、付き合ってるのかな?」
静香の弾むような声が隣から聞こえる。女子は恋バナが好きだと言うが、静香もこの手の話が大好きだ。
「男女が部活中に抜け出して仲良く会話している時点で、ほぼ付き合っていると見ていいんじゃないか? まぁ付き合い始めて日は浅さそうだ」
「え? そんなことまでわかるの?」
静香が目を丸くする。
「飯田くんの頭の撫で方、結構ぎこちなかったからな。やり慣れてないんだろ。付き合ったばかりで、どこまでスキンシップ取っていいのかわからず、手探りなんじゃないかなって思ったんだ」
「そっかぁ。貴志くん、よく見てるね」
俺に尊敬のまなざしを送る静香の隣で、大輔が「人間観察が趣味とかネクラだな」と茶々を入れる。いやお前にネクラとか言われたくないわ。お前の趣味、盆栽と会話することだろ。
「まぁ恋バナはいいとして、ボーカルの件、どうするんだ?」
尋ねると、大輔と静香は視線を落として床を見つめた。さっきまでの楽しい雰囲気が嘘のように霧散し、重たい沈黙が流れる。
俺は嘆息し、
「はぁ……とりあえず、今日は解散だな。ボーカル探しは明日から始めるか」
提案すると、大輔と静香はうなずき、帰りの支度をした。
◆
翌日、俺たちは本格的にボーカル探しを始めた。
まず同学年の教室に出向き、バンドに興味のあるヤツがいないかアンケートを取ったが、誰もいなかった。まぁいきなり言われても、名乗り出るヤツはいないよな。これは作戦失敗だった。
次に歌の上手いヤツをリサーチして交渉する作戦に切り替えた。一人だけ他薦があったので、放課後にそいつと交渉してみようと思う。
「もしもその人にフラれたらどうする?」
五限が終わった二年一組の教室で、俺の前の席に座る大輔が尋ねた。
「三年生と一年生にも聞いてみるよ。最悪、文化祭限定の助っ人ってことで、バンド加入のハードルを下げてみてもいいかもしれない」
「下級生にお友達いるから、私も聞いてみるね」
いつの間にか右隣に立っていた静香がそう言った。
「ありがとう。いや助かるよ。大輔と違って静香は優秀だな」
ギャグのつもりで言ったのだが、大輔は露骨に顔をしかめた。
「むっ……あのなぁ。お前が音痴だから静香に迷惑かけてるんだろうが。貴志が歌えれば、それで解決だったんだぞ」
「う、うるせぇな。あ、そういやお前、またドラム壊しただろ。これで二回目だぞ。加減しろよ、この馬鹿力のゴリラーが」
「ゴリラーってなんだよ! ドラマーみたいに言うな!」
「ほら、すぐ怒る。さすが類人猿。バナナ食うか、ゴリ輔」
「いらんわ! というか、誰がゴリ輔だ! お前本当ムカつく! 決めた、殴る! ゴリラーパンチかましてやる!」
「け、喧嘩はだめだよぅ」
俺と大輔が睨み合う中、静香がおろおろしている。その顔たるや、ものすごく可愛い。喧嘩している夫婦の間に挟まれて困っている愛犬みたいな顔だ。
静香の困り顔をもっと見たいという衝動に駆られていると、
「こらこら。静香ちゃんを困らせちゃだめー」
クラスメイトの小日向美由が、俺の密かな楽しみを邪魔してきた。その隣には呆れたような顔をして、小日向綾が立っている。
綾と美由は双子の姉妹だ。綾が姉で、美由が妹。二卵性双生児で、二人の顔も性格も異なる。
綾は長い黒髪が印象的で、切れ長の目をしている。性格もサバサバしており、クールで少し大人びた感じの女子だ。また、例の『歌が上手いと他薦された唯一の人材』でもある。
対する美由は天真爛漫。ソフトボール部で四番を務めている。色白で、ふわっとした緩めのパーマがよく似合う可愛い子だ。
「美由。お前は何も知らない。静香の困った顔って、すごく可愛いんだぜ?」
説明すると、美由の目がキラリと光る。
「なんだって? 貴志くん、大輔くん。ケンカを続けたまえ」
「仲裁しに来たのに、何とんちんかんなこと言っているのよ」
綾が美由の頭を軽く小突く。
美由は「ごめんお姉ちゃん。でも見たい!」と全然反省していなかった。
「貴志くんたち、早く教室出てよ。次、体育でしょ?」
「あ、そうか」
俺たちの学校では、体育は他のクラスと合同で行われる。我が一組は二組と合同で、男女分かれて授業を受ける。当然、着替えるのも男女で別の部屋だ。
しかし、更衣室はないので、一組の教室は女子が、二組の教室は男子が、それぞれ更衣室の代わりに利用する。なので、俺たちが教室で駄弁っていては、女子が着替えられないから出ていけと綾は言っているのだ。
「悪かった、今出てくよ……って美由。なんでグローブを持っているんだ? まさか体育で使う気か?」
「あー、これ? 違うよ。そもそも、女子の体育は今日バレーボールだし」
美由は黒いグローブを手に取り、大事そうに抱きしめた。グローブの手首にあたる部分には、おなじみのスポーツブランドのロゴが入っている。
「新品だから型を付けてるの。新品のグローブだと上手く捕球できないから、グローブの形に癖を付けるんだ。そうすると、捕球しやすくなるの」
「ふぅん。で、それと教室にグローブを持っている理由、どう繋がるんだ?」
「グローブにはボールを捕球する場所があるでしょ? ポケットっていうんだけど、そこにボールを入れて、グローブをおしりに敷いて授業受けてたの。だいぶ型付けできたと思う」
美由は「いい感じに型が付いたよ。おしり痛かったけどねー」と楽しそうに笑った。いや痛すぎて授業どころじゃないと思うけど……やっぱり美由は変なヤツだ。
「おしりの話はいいから、早く出なさいって」
「あ、ごめんごめん」
綾に叱られた俺は着替えを持って、大輔と一緒に二組へ移動した。
授業後、俺たちは戦慄した。
美由のグローブが、切り刻まれた状態で発見されたからだ。
耳朶を打つのは、ハットの奏でる四分打ちカウント。演奏開始の合図だ。
この楽曲は低音から始まる。俺が奏でたベースの音。雨音のように、ぽつぽつと鳴らされる大輔のスネア。そこに静香のギターの音が滑り込む。長く引き伸ばされたベースの音に寄り添い合い、背後でシンバルが弾け、音楽になる。単なる音の連なりじゃない。共鳴する音の束が融け合い、この空間に広がっていく。
イントロが終わり、Aメロに入る。
「――――」
喉を震わせ、高音を響かせた。
誰もが聞き惚れる俺の美しい歌声が、この広い音楽室に深く根を張り――。
「はいストーップ! やめだやめだ! やっぱり貴志にボーカルは無理なんだよ!」
演奏の途中で、ドラム担当の宇田川大輔がシンバルを滅茶苦茶に叩いた。
「ちょ、何勝手にやめてんだよ! いい感じの演奏だったのに!」
振り返って抗議すると、大輔がキッと睨んできた。
「ああ、たしかに演奏はよかった。問題は貴志の歌声だ! 声裏返っててキモいし、しかも音外し過ぎ! あとキモい!」
「二回もキモいって言うな! つーか、お前の主観で判断するな。俺が音痴なわけあるかよ。なぁ静香?」
助けを求めて、ギター担当の湊静香を見る。ショートボブの似合う優しい雰囲気の女の子だ。
「あはは……お、音楽は娯楽だから、貴志くんが自分で楽しむぶんには、その、いいんじゃないかな……?」
笑って誤魔化す静香。いやそれ全然フォローになってないんだけど……。
まぁいい。俺の歌声については後で議論するとして、今は他に話し合うべき事案がある。
ここは第二音楽室。俺たち軽音楽部は、一か月後の文化祭に向けて練習をしている最中だ。
俺たちのバンドには元々女性ボーカルがいた。ビブラートが綺麗で、よく声の通る優秀なボーカルだった。
しかし先日、彼女は家の都合で九州に引っ越してしまった。そのせいで、俺たちのバンドはボーカル不在だったりする。
仕方がないので、ベース担当の俺がボーカルを兼任してみたのだが、ご覧の有様だ。ボーカルが女性だったから、俺たちが練習してきたのは女性ボーカルの曲ばかり。男の俺にボーカルは土台無理な話である。
というわけで、必然的に静香がボーカルをやれという話になるのだが、事はそう簡単ではない。
「頼むよ、静香。貴志の代わりにボーカルやってくれ」
大輔が泣きそうな顔をして頼むが、静香は顔を赤くして、顔を左右にぶんぶん振った。
「む、無理だよ。私、人前で歌うの恥ずかしいもん……」
静香は妙なところで恥ずかしがり屋だった。人前で演奏するのは抵抗ないのに、歌うのは駄目らしい。
「どうすんだよ、大輔。ボーカル決まらないぞ」
尋ねると、大輔は数秒間唸りながら考えた後、口を開いた。
「あれだ。いっそのことボーカルなしとか?」
「インストってことか……でも、ちょっと地味じゃないか?」
「まぁボーカル不在だと華はないかもな。でもまぁ今の状況だと、最悪ボーカルなしでライブをするってことも頭に入れておいたほうがいいぜ」
「だよなぁ……はぁ」
立たされている現状に嘆き、盛大にため息をつく。
ボーカルがいないとなると、新メンバーを見つけるしかない。うーん、どこかに優秀な人材はいないものか。
「あ。あれ、里中じゃね?」
大輔が窓の外にスティックを向けた。自然とその先の景色に視線が吸い寄せられる。
窓の外にいたのは、たしかにうちのクラスメイトの里中玲奈だった。ソフトボール部に所属しているせいもあり、肌の色は小麦色。さっぱりしたショートヘアも相まって、いかにも健康的なスポーツ少女って感じだ。
「隣にいるのは……バスケ部の飯田くん? あの人、女子に人気あるよねぇ」
先ほどまで黙っていた静香も会話に加わった。
飯田……たしか二年三組だったな。交流はないが、クラスの中心人物だということは知っている。まぁイケメンだし、髪型もおしゃれだし、見た目完全にリア充だもんなぁ。
二人は立ったまま、グラウンドの隅で楽しそうにおしゃべりしている。
「顔がいいだけでモテるとか、どんだけ人生イージーモードなんだよ。イケメン爆発しろ」
大輔が吐き捨てるようにそう言った。モテない男子の僻みにしか聞こえないが、気持ちはよくわかる。イケメン爆発しろ。
「あ! ねぇ大輔くん、貴志くん! 里中さん、頭なでなでしてもらってる!」
「「なんだと!」」
モテない男子の声が見事にハモった。
窓の外では、飯田が里中の頭をぽんぽんと叩いていた。その動きはどこかぎこちない印象を受ける。
それにしても……里中のヤツ、顔を赤くして超嬉しそうなんですけど。ピュアかよ。
「くそ……飯田くんの家にピンポイントで隕石堕ちないかな」
俺がそうつぶやくと、大輔に「お前それ、モテない男子の僻みにしか聞こえないからな? 器の小さいヤツめ」と返された。いやお前に言われたくないわ。
「ねぇ。里中さんたち、付き合ってるのかな?」
静香の弾むような声が隣から聞こえる。女子は恋バナが好きだと言うが、静香もこの手の話が大好きだ。
「男女が部活中に抜け出して仲良く会話している時点で、ほぼ付き合っていると見ていいんじゃないか? まぁ付き合い始めて日は浅さそうだ」
「え? そんなことまでわかるの?」
静香が目を丸くする。
「飯田くんの頭の撫で方、結構ぎこちなかったからな。やり慣れてないんだろ。付き合ったばかりで、どこまでスキンシップ取っていいのかわからず、手探りなんじゃないかなって思ったんだ」
「そっかぁ。貴志くん、よく見てるね」
俺に尊敬のまなざしを送る静香の隣で、大輔が「人間観察が趣味とかネクラだな」と茶々を入れる。いやお前にネクラとか言われたくないわ。お前の趣味、盆栽と会話することだろ。
「まぁ恋バナはいいとして、ボーカルの件、どうするんだ?」
尋ねると、大輔と静香は視線を落として床を見つめた。さっきまでの楽しい雰囲気が嘘のように霧散し、重たい沈黙が流れる。
俺は嘆息し、
「はぁ……とりあえず、今日は解散だな。ボーカル探しは明日から始めるか」
提案すると、大輔と静香はうなずき、帰りの支度をした。
◆
翌日、俺たちは本格的にボーカル探しを始めた。
まず同学年の教室に出向き、バンドに興味のあるヤツがいないかアンケートを取ったが、誰もいなかった。まぁいきなり言われても、名乗り出るヤツはいないよな。これは作戦失敗だった。
次に歌の上手いヤツをリサーチして交渉する作戦に切り替えた。一人だけ他薦があったので、放課後にそいつと交渉してみようと思う。
「もしもその人にフラれたらどうする?」
五限が終わった二年一組の教室で、俺の前の席に座る大輔が尋ねた。
「三年生と一年生にも聞いてみるよ。最悪、文化祭限定の助っ人ってことで、バンド加入のハードルを下げてみてもいいかもしれない」
「下級生にお友達いるから、私も聞いてみるね」
いつの間にか右隣に立っていた静香がそう言った。
「ありがとう。いや助かるよ。大輔と違って静香は優秀だな」
ギャグのつもりで言ったのだが、大輔は露骨に顔をしかめた。
「むっ……あのなぁ。お前が音痴だから静香に迷惑かけてるんだろうが。貴志が歌えれば、それで解決だったんだぞ」
「う、うるせぇな。あ、そういやお前、またドラム壊しただろ。これで二回目だぞ。加減しろよ、この馬鹿力のゴリラーが」
「ゴリラーってなんだよ! ドラマーみたいに言うな!」
「ほら、すぐ怒る。さすが類人猿。バナナ食うか、ゴリ輔」
「いらんわ! というか、誰がゴリ輔だ! お前本当ムカつく! 決めた、殴る! ゴリラーパンチかましてやる!」
「け、喧嘩はだめだよぅ」
俺と大輔が睨み合う中、静香がおろおろしている。その顔たるや、ものすごく可愛い。喧嘩している夫婦の間に挟まれて困っている愛犬みたいな顔だ。
静香の困り顔をもっと見たいという衝動に駆られていると、
「こらこら。静香ちゃんを困らせちゃだめー」
クラスメイトの小日向美由が、俺の密かな楽しみを邪魔してきた。その隣には呆れたような顔をして、小日向綾が立っている。
綾と美由は双子の姉妹だ。綾が姉で、美由が妹。二卵性双生児で、二人の顔も性格も異なる。
綾は長い黒髪が印象的で、切れ長の目をしている。性格もサバサバしており、クールで少し大人びた感じの女子だ。また、例の『歌が上手いと他薦された唯一の人材』でもある。
対する美由は天真爛漫。ソフトボール部で四番を務めている。色白で、ふわっとした緩めのパーマがよく似合う可愛い子だ。
「美由。お前は何も知らない。静香の困った顔って、すごく可愛いんだぜ?」
説明すると、美由の目がキラリと光る。
「なんだって? 貴志くん、大輔くん。ケンカを続けたまえ」
「仲裁しに来たのに、何とんちんかんなこと言っているのよ」
綾が美由の頭を軽く小突く。
美由は「ごめんお姉ちゃん。でも見たい!」と全然反省していなかった。
「貴志くんたち、早く教室出てよ。次、体育でしょ?」
「あ、そうか」
俺たちの学校では、体育は他のクラスと合同で行われる。我が一組は二組と合同で、男女分かれて授業を受ける。当然、着替えるのも男女で別の部屋だ。
しかし、更衣室はないので、一組の教室は女子が、二組の教室は男子が、それぞれ更衣室の代わりに利用する。なので、俺たちが教室で駄弁っていては、女子が着替えられないから出ていけと綾は言っているのだ。
「悪かった、今出てくよ……って美由。なんでグローブを持っているんだ? まさか体育で使う気か?」
「あー、これ? 違うよ。そもそも、女子の体育は今日バレーボールだし」
美由は黒いグローブを手に取り、大事そうに抱きしめた。グローブの手首にあたる部分には、おなじみのスポーツブランドのロゴが入っている。
「新品だから型を付けてるの。新品のグローブだと上手く捕球できないから、グローブの形に癖を付けるんだ。そうすると、捕球しやすくなるの」
「ふぅん。で、それと教室にグローブを持っている理由、どう繋がるんだ?」
「グローブにはボールを捕球する場所があるでしょ? ポケットっていうんだけど、そこにボールを入れて、グローブをおしりに敷いて授業受けてたの。だいぶ型付けできたと思う」
美由は「いい感じに型が付いたよ。おしり痛かったけどねー」と楽しそうに笑った。いや痛すぎて授業どころじゃないと思うけど……やっぱり美由は変なヤツだ。
「おしりの話はいいから、早く出なさいって」
「あ、ごめんごめん」
綾に叱られた俺は着替えを持って、大輔と一緒に二組へ移動した。
授業後、俺たちは戦慄した。
美由のグローブが、切り刻まれた状態で発見されたからだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる