ばいばい、ヒーロー

上村夏樹

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第1章 密室の切り裂きジャック

第4話 青空の下で事情聴取

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 翌日の昼休み、俺たち軽音楽部は里中と美由から話を聞くことにした。本人たちには、昨日の事件の事情聴取をする旨は伝えていない。
 綾も加わり、六人で机をくっつけて、昼ご飯の準備をする。

「見て見て、静香ちゃん! お姉ちゃんとおそろいなんだぁ」

 お弁当箱を自慢する美由。昨日の事件があったせいで、いつも以上に明るく振る舞っているように感じてしまう。

「わぁ、可愛い! 二人とも、本当に仲良し姉妹だねぇ」

 静香が羨ましそうに綾を見ると、彼女は苦笑した。

「弁当箱だけじゃないわ。昔から美由は私の真似ばかりするの。困ったものだわ」
「だって、お姉ちゃんのこと好きなんだもーん」

 美由は綾に頬ずりした。綾は「やめなさいよ、みんなのいる前で」と恥ずかしそうにしている。
 俺の隣で大輔が「これが百合か……ッ!」と鼻息を荒くしていた。うちのドラマーが新たな趣味に目覚めた瞬間である。

「あの……今日はどうして私も呼ばれたの? 私、あんたたちと違うグループだから、いたらお邪魔じゃない?」

 里中が遠慮がちに聞くと、美由は「そんなことないよー。里っちなら大歓迎!」と無邪気に返した。
 容疑者を集めたとは言いにくい雰囲気だが……静香がさっきから視線を送ってくる。はいはい。聞けばいいんでしょ。聞きますよ。
 俺は母親が作ってくれた弁当を机に置き、本題に入る。

「あのさ、昨日の事件のことなんだけど、俺たちで犯人を捕まえようと思ってるんだ」

 隣から熱い視線を感じる。ものすごい剣幕で睨んできたのは、意外にも綾だった。

「貴志くん。ちょっと無神経過ぎない? 美由はね、こう見えて繊細なの。今も笑っているけど、本当はきっと胸を痛めて――」
「お姉ちゃん、ストップ!」
「ふごっ」

 美由が綾の口を手で強引にふさいだ。

「ふごっふご! ふごふご!」
「ねぇ貴志くん。犯人、捕まえるって本気?」

 美由はふごふご言う姉を無視して尋ねた。

「ああ、本気だよ。軽音楽部のみんなで話し合って決めたんだ」
「私ね……グローブを切られたことよりも、誰かが私に悪意を持っているってことに傷ついた。だから、もし犯人を特定できたら、その人に私の何が気に入らないのか聞きたい。その人に謝って、解決できる方法を一緒に探したい……貴志くん。犯人、捕まえられる?」

 いつになく真面目な顔で、美由は言った。普段はお調子者で姉にべったりだが、実は自分の考えを持っていて、しっかりと発言できるすごいヤツ。それが小日向美由なのだ。

 ……俺も本音で話すしかないか。

「わからない。というか、ぶっちゃけると、俺らみたいなただのバンドマンには無理だろって正直思うんだわ。犯人捕まえて懲らしめたいとかも考えてない。マジで」
「ちょっと待て、貴志お前――」
「だけど」

 大輔の言葉を遮り、話を続ける。

「俺、このクラスの人間にそんな悪いヤツいないと思うんだ。美由の言うとおり、犯人は美由に文句があって、でも直接言う勇気がないからあんな酷いことをしたんだと思う。でも正直、それってフェアじゃなくね? 言いたいことあるなら、美由に直接言えって感じじゃね?」

 だから、俺は犯人を捕まえて、こう言ってやる。

「今回の犯人のような卑怯者にはビンタかまして『美由に直接文句言えよ』って俺が説教してやりたい。俺は友達をあんなやり方で傷つけるヤツは嫌いだからな。以上、これが俺の行動理由。わかった?」

 俺が「べ、べつに美由のためなんかじゃないんだからね! 犯人のやり方が気に入らないから、説教したいだけ! か、勘違いしないでよね!」と、誰得なツンデレをかましたところで、美由は笑った。

「わはははは! さ、さすが貴志くん! 犯人にお説教とかあほだー!」
「いやお前アホって言い草は……」
「でも、貴志くんの気持ちは伝わったよ! 犯人捜し、軽音楽部に依頼する! 協力できることがあったらなんでも言ってね!」
「……ははっ、ありがとさん。ところで、そろそろ綾を解放してやったらどうだ?」
「ふごふご」
「あ、お姉ちゃんごめん!」

 美由が慌てて手をどける。呼吸しにくかったのか、綾は苦しそうにぜいぜいと呼吸を乱している。

「大丈夫、お姉ちゃん?」
「私はいいけど、美由は平気? 事件のこと思い出すの、辛くない?」
「うん。私も犯人と仲直りしたいから」
「……そう」

 綾はそれ以上、美由に何も言わなかった。
 ただし、俺には、

「貴志くん。犯人を捕まえても、私はバンドに加入しないから。犯人を捕まえたお礼を期待しても無駄よ」

 と、釘を刺してきた。いや別にそんなセコいこと考えてなかったんですけど。

「えー! お姉ちゃん、ボーカルやればいいじゃん! 歌、上手いのに! 私、お姉ちゃんがバンドやることになったら応援するよ?」
「いいの。美由は口出ししないで。それより貴志くん。犯人捜しって何をするの?」

 妹を軽くあしらった綾は話を続けた。

「事情聴取がしたい。なんでもいいから、事件解決に繋がる証言が欲しいんだ。美由だけじゃない。他にも話を聞きたいヤツがいる」

 その言葉に反応したのは里中だった。

「アリバイって……もしかして、私が呼ばれたの、容疑者だから?」
「悪い、騙すつもりじゃなかったんだ」
「私、あんな酷いことしてないから!」

 里中は机を両手でバンと叩き、立ち上がった。

「落ち着け。俺も里中がやったとは思ってない」

 嘘だった。鍵を借りた里中が犯行に及んだ可能性は十分にある。だが、彼女から情報を引き出すためにも、ここは嘘をついてでも彼女の協力を得るべきだ。

「お願い、里中さん。貴志くんに協力してあげて? あれでも洞察力に優れているところもあるし、きっと犯人を捕まえてくれると思うから。ね?」
「……まぁ、静香ちゃんがそう言うなら」

 静香に説得された里中は、渋々着席した……っておい静香。あれでもってなんだ。本人に悪気はないんだろうけど、優しい静香にあれ呼ばわりされると、ちょっと傷つくわ。

「貴志くん、どうかした?」

 静香がきょとんとした顔で首を傾げる。

「……いや。なんでもないよ。じゃあ、まずは静香から事情聴取させてもらおうかな」
「はい、了解です!」
 というわけで、まずは気合十分の静香から証言してもらうことになった。


 ◆


「昨日も話を聞いたのに悪いな、静香。重複する部分もあるだろうが、昨日の体育の授業前から自分の行動を証言してくれ」
「わかった。私は体育館の鍵を職員室で貰ってから、教室に戻って着替えたよ。その後は施錠をしないといけないから、みんなが教室を出るの、廊下で待ってたけど」

「職員室には一人で行ったのか?」
「うん。施錠するのは、綾ちゃんと美由ちゃんに待っててもらったんだ。鍵をかけてから、三人で校庭に向かったの」

「で、静香が着替えている間、たしかにグローブはあったと昨日は証言していたな。鍵をかけた後の行動は?」
「途中まで体育の授業を受けてたよ。その間、途中まで綾ちゃんと美由ちゃんと一緒だった」

「ちょっと待て。途中までって、どういう意味だ?」
「保健室に行ったの。膝、擦りむいちゃってさ」

 転んじゃったんだぁ、と恥ずかしそうに静香は膝を擦った。彼女の膝を見ると、ピンク色の可愛らしい絆創膏が貼ってある。

「保健室には一人で行ったのか?」
「ううん。美由ちゃんがついてきてくれたんだ」

「美由と一緒に保健室か……その後は?」
「保健室の先生に消毒してもらっていたら、里中さんも来たの。怪我したのかなぁと思ったら、タオルを教室に忘れたから、鍵を貸してほしいって言われたんだ。それで鍵を貸したの」

 なるほどな……里中に聞きたいことは山ほどあるが、今はまず静香の話を聞こう。

「鍵はいつ返ってきた?」
「美由ちゃんと一緒に保健室を出て、校庭に出たとき。貸してから、十分以上経っていたと思う」

「その後は授業に戻ったのか?」
「うん、戻ったよ。授業後は美由ちゃんに鍵を渡したの。私は体育で使った用具を倉庫に片付けないといけないから、先に美由ちゃんに教室を解放してもらったんだ。用具の片づけは綾ちゃんに手伝ってもらったよ」

「ふむ……ちなみに他の人に鍵を貸したりしたか? もしくは、どこかに一時的に置いたとか」
「それは絶対にないよ。ずっとポケットに入れてたからね。落としたりもしてないし」

「そうか。で、美由が教室に入ったら、机の上にあったはずのグローブがなかったと」
「そういうこと。どうかな? 手がかりあった?」
「ああ。でも、まだ情報が少ない。次は里中の話を聞きたいな」

 里中に視線を送ると、彼女は頬をふくらませて、

「なんでも聞きなよ。それで犯人が捕まるならね」

 と不機嫌そうに言った。

「な、なんでも聞いていいのか?」

 大輔が頬を赤く染め、キラキラした目で里中を見つめている。おい。誰かこの変態をつまみ出せ。

「助かるよ、里中。それじゃあ、話を聞かせてくれ」

 俺は変態を無視して、里中の証言に耳を傾けた。


 ◆


「里中は着替えた後、すぐに教室を出たんだな?」
「ああ。バレーボールをグラウンドでやるってのは聞いてたから、そこで待ってたよ」

「タオル、忘れたんだって?」
「そうだよ。文句ある? まさかそれだけで犯人扱いするつもり? ねぇ、どうなのよ!」

「そうカッカするなって。それとも、怒ったら俺がビビって手を抜くとでも?」
「貴志くん、手、震えているけど……」

 綾の残念な人を見るような視線が俺の体をぶすぶすと貫いた。こ、これは怯えているわけじゃないんだからね! 武者震いなんだから!

「は、話を戻すぞ里中。鍵を借りたときの状況を教えてほしい」
「まず静香ちゃんを探したんだ。でも見つからなくて。綾ちゃんに聞いたら保健室だって言うから、授業を抜け出して保健室に行ったんだ」
「ふむふむ」
「静香ちゃんから怪我の状態とか聞いた後、鍵を借りて保健室を出たよ。で、その後、教室に向かった」

「教室に向かうまでに誰かに会った? 特に犯行現場に近い場所……例えば、うちらの教室がある廊下に誰かいたか?」
「いや、犯人どころか誰とも会ってない。廊下は授業中で、他の教室の生徒は真面目に板書していたよ。廊下は静かだった。不審な点はなかったと思う」

「それは残念。で、里中は教室からタオルを取り、保健室に向かった?」
「うん、直行したよ。でも、いなかったんだ。だから、もう戻ったんだと思って、そのまま小走りで校庭に行ったら、ちょうど戻っていくところだったから、合流して鍵を返したんだよ」

「ちなみに、誰かに鍵を貸したりしたか? もしくは、どこかに一時的に置きっぱなしにしたとか。あと念のために聞くけど、施錠をし忘れたってことはないか?」
「私もずっとポケットに入れてた。貸したり、どこかに置いたりしてない。もちろん、施錠もちゃんとしたよ」

「わかった。その後は?」
「普通に授業を受けていただけ」

「そうか。ありがとう。また何か聞くかもしれないけど、そのときはよろしく頼む」
「はいはい」

「よし、じゃあ次は美由だな。本人に聞くのも変だけど、事件解決の手がかりを握っているかもしれない。悪いが、協力してくれ」
「任せて! なんでも聞いてね!」

 美由が額に手をビシッと添えて敬礼のポーズを取る。今はもう、無理して明るく振る舞っている様子はない。吹っ切れたようだ。

 ……大輔が「な、なんでもか?」と小声で言っているが、当然俺は無視して、美由の証言を聞くのだった。


 ◆


「それじゃあ、美由。まず前提条件から確認するぞ。施錠前、グローブはたしかに美由の机の上にあったんだな?」
「それは間違いないよ。着替え終わった後、確認したもん」

「わかった。次に体育の授業前から頼む」
「はーい! えっとね、私が着替え終わったの、最後だったよ。お姉ちゃんと静香ちゃんが待っててくれたんだ」

「そのとき、静香は廊下にいたと証言している。間違いないな?」
「そのとおり!」

「綾は室内にいたのか?」
「うん。着替え終わったら、お姉ちゃんと一緒に廊下側の窓と校庭側の窓の施錠を分担してやったんだ。そういえば……廊下側の鍵、妙に固かったなぁ。あのクレセント錠、なんとかなんない?」

「それなら先週、大輔が悪戯して鍵を変形させた記憶が――」
「やったの貴志だろ!」

 ちっ。大輔のヤツ、覚えてやがったか。

「すまん、脱線した。話を戻そう。施錠後は二人で一緒に教室を出たんだな?」
「そうだよ。で、静香ちゃんが鍵を閉めて、校庭に向かったの」

「授業中、何か変わったことは?」
「そうだなぁ……静香ちゃんが怪我したことくらいかなぁ」

「静香の証言は美由も聞いていたと思う。間違っているところはあるか?」
「ないよ。私と一緒に保健室に行って、先生が消毒して、それから里中さんが来て、鍵を貸して……しばらくして保健室を後にした。校庭で里中さんが鍵を返したところまで合ってる」

「最後に授業後のことを聞いてもいいか?」
「もちろん。授業後、私は静香ちゃんから鍵を受け取って、先に教室に行って鍵を開けるように頼まれたんだ。だから走って教室まで行ったよ」

「鍵を貸したり、手放したりしてない?」
「ずっと手に持ってたから、それはないなー」

「誰かに会ったか?」
「教室前の廊下で誰かとすれ違ったような気がするけど……まぁ記憶にないから、知らない人だったんだろうと思う」

「体育の授業って、着替えもあるから少し早めに終わるよな? 美由が教室に着いたとき、他のクラスはまだ授業中なんじゃないのか?」
「うん。私が鍵を開けたのは、授業が終わる二分前くらいだったと思う」

 授業中に廊下を歩く生徒か……怪しいが、そいつは鍵を持っているわけじゃない。犯人の可能性は低いだろう。

「美由。続けてくれ」
「鍵を開けた私は、自分の机にそばに来て、グローブがないことに気づいたの。探したけどなくてさ。カーテンが微妙に開いていたのが気になって、私は窓のそばに立った。そしたら、窓の真下にある茂みにグローブらしきものがあって……確認しに行ったら、私のグローブだったの。切り刻まれた状態だった」
「そうか……ありがとな」

 美由は「なはは、どういたしまして」と再び敬礼のポーズを取った。
 これで容疑者の話を聞き終えたわけだが……まだわからない点もあるし、いろいろと調べたいことも出てきた。まずは不明確な点を明らかにするところから始めよう。

 ……放課後、調べてみるか。

「ありがとう、みんな。後で情報を整理して、じっくり推理してみるよ。とりあえず、腹減ったし昼メシにしよう」

 俺はみんなに礼を言って、事情聴取を打ち切り、昼食を取った。
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