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凌辱
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それは、女のように綺麗な貌だった。
なめらかな細面の顔に、涼しげで艶冶な印象を持つ切れ長の眉目。薄い瞼を覆う長く密な睫毛。すっと通った鼻筋は細く、小ぶりな鼻翼も実に形良い。
目鼻立ちの整った、いや、むしろ整いすぎて作り物じみて見えるほどの端整な顔だ。が、何よりも男の顔を作り物めいたものにしているのは、その表情だろう。
事実、十五夜の清澄な月光を浴びて輝くそれは、おおよそ表情という表情を、その顔に一切浮かべていないのだ。
怒りも、恐怖も、もちろん驚きも。
そうなると、蒼白い顔の中で、形の良い唇だけが紅を差したように赤く映えているのもむしろ幽霊めいていて悍ましくさえある。
その紅い唇が、おもむろに開いた。
「……死なせてくれ」
水琴窟のそれを思わせる、深く透明感のある声だった。
「頼む、死なせてくれ。私は……生き永らえてしまった。死ぬべき時に死ねなかった。だから死んで……国のために死んだ同胞を弔わせてくれ」
男の言葉に、健吾は覚えず眉を寄せる。――死なせてくれ?
何を言っているんだ、こいつは……?
が、困惑する健吾をよそに、なおも男は訥々と続ける。
「死んで詫びるのだ。自分の無力さを、卑怯さを、詫びて、せめて、この一命をもって、」
「何が弔うだよ馬鹿野郎」
ようやく口を開くと、健吾はそう吐き捨てた。
瞬間、それまで人形のように無表情だった男の顔に、初めて人間らしい感情が――といっても、決して好意的な感情とは言えなかったが――浮かぶ。
「……何?」
「何、じゃねぇよ。大体よ、てめぇ一人死んだところで一体何になるってんだ。え? 誰が喜ぶ? 誰が生き返る? 言ってみろよ」
「だ、だが弔いには、」
「ならねぇよ。余計な屍が一つ増えるだけだ。ンなことも分かんねぇのかよボケ」
「ち、違う! ……確かに私は、軍人でもなければ兵士でもない。……でも、いや、だからこそ私は……弔わなければいけないのだ。そもそも私は、生き残るべき人間ではなかった。だから……」
紅い唇が、激情を抑え込むかのように小刻みに慄える。木枯らしに怯える季節外れの薔薇の花弁のようだと、健吾は柄にもなく詩人めいたことを思った。
淫らだ――とも。
安酒で渇いた喉がごくりと鳴る。どのみち、こんなしょぼい有り金では女だって買えやしない……
「……だったらよ」
健吾は男を突き離すと、その身体を跨ぎながら慣れた手つきで衣袴の紐を解いた。何が始まるのか呆然と見上げる男の前で、これ見よがしに勢いよく前を開く。
さらに、復員後はもちろん帰還船に押し込められて以来一度も替えていない褌の中から、おもむろに中のものを引きずり出す。
男の放つ妖艶な雰囲気のせいもあったのだろう。
それは、すでに痛いほどまっすぐに天を突いていた。
「……?」
男が、不快感と訝しさを端正な面にあらわにする。確かに、見も知らない男の前でいきなり前をはだける野郎など、傍目には変態以外の何物でもないだろう。もっとも、深夜の自殺志願者がそれを訴えたところで説得力はなきに等しいが。
そんな深夜の自殺志願者に、健吾は冷やかに命じる。
「舐めろよ」
「えっ?」
一瞬、何のことか分からないと言いたげに男が健吾を見上げる。が、やがて、その含む意味に気付いたのだろう、ただでさえ血の気のない顔をさらに蒼くした。
「な……何を言って、」
「どうせ死ぬつもりだったんだろ?」
ぴしゃり真理を突かれ、男は口を噤む。男が言い返せないのをいいことに、さらに健吾は続ける。
「だったら最後によ、せめて、お国のために戦場で命張った兵隊さんを悦ばせてから逝ってくれよ。……なぁ、首は縊れるんだ、そんだけの覚悟がありゃこんな粗末な鉄砲銜えるぐらい、何てことねぇよなぁ?」
「く、銜える……だと?」
さすがに今の言葉は聞き流すわけにはいかなかったらしい。慌てて口を開くと、喘ぐように問うた。
が、そんな男の態度は、健吾をさらに調子づかせる用にしかならなかった。
「厭なら別にいいんだぜぇ? 俺はただ、あんたが少しでも楽になれる方法ってのを提案してやってるだけだからなぁ」
「……」
大粒の瞳が、義務感と嫌悪感の狭間で小刻みに震える。
おそらく本来、男はくそがつくほどまじめな人間なのだろう。だからこそ、こんな滅茶苦茶な理屈も、筋が通っているかぎりは馬鹿正直に受け止めてしまうのだ。しかも、なまじ自尊心が高いがゆえに、感情で押し返すなどという子供じみた手も使えないときている。
馬鹿め、と、健吾は肚の底で吐き捨てる。
こういう馬鹿まじめな人間が、戦場ではまっさきに地獄に堕ちるのだ。仮に召集され戦場に送られていたとして、その命運は一日と持たなかっただろう。
「ほらよ」
ついに健吾は、無造作に男の髪を掴むと、その鼻先を己の砲身に押しつけた。
悪臭に堪えかねてか、男が端正な貌をあからさまに歪ませる。その、苦痛に充ちた男の表情はしかし、健吾の黒い欲情を増長させる用にしかならならなかった。
今はまだ取り澄ましたような人形面が、やがて恥辱にまみれるところを想像するだけで、言葉にならない愉悦が胸にこみ上げてくる。
「やれ!」
軍隊仕込みの命令口調に、男がびくりと身を竦める。慣れない人間は十中八九、この、横面を張り倒すような声に怯み、そして声の主を畏怖する。
軍隊というのは、他者に命令を下すことに慣れる場所でもある。そして健吾は、つい半年前までその帝国陸軍の鬼軍曹だったのだ……
「……はい」
男は観念したように長い睫毛を伏せると、小作りな唇からおずおずと舌を差し出した。
小鳥のそれを思わせる、なかなか可愛らしい舌先だ。その舌先が、躊躇いがちに健吾の巨大な砲身に伸び――たかと思えば、悪臭に耐えかねるように慌てて退く。
そんなことを二度三度と繰り返し、やがて、ようやく観念したのか、その舌先で健吾の先端をちろりと舐めた。
「うっ」
余程不味かったのだろう。男が端正な顔をしかめて呻く。
それはそれで扇情的な光景だが、今の健吾が求めているのは圧倒的な蹂躙だ。
「おぉい、何やってんだよさっきっからチンタラよぉ!」
顎を掴み、握力で無理やり開かせる。そうして抉じ開けた男の唇に、健吾は無理やり雄を突き入れた。
「おらぁ受け止めろッ!」
不意打ちのように奥を突かれ、健吾を銜えたまま喉だけで激しく噎せる。息が詰まって苦しいのか、早くも涙を滲ませる男に、しかし健吾はなおも容赦なく腰を使う。
「吐くなよ。畏れ多くも天皇の赤子たる兵士の一物を、てめぇの反吐で汚すんじゃねぇぞこの野郎」
男は何も答えなかった。頑なに目を閉ざしたまま、ただ、嵐が過ぎ去るのを待つ憐れな小動物のように、じっと身を固くしている。
ただ――その仮面も、いつまで保つか。
「おらぁ、もっと舌使ってしゃぶれえェ!」
さらに逸物を男の喉に押しつける。鼻先を陰毛に塞がれて息ができないのだろう、男は白い顔を真っ赤にして呻いた。
「う、ぐふっ」
噎せながらも、男は慣れない舌を使いはじめる。
裏筋を撫でる舌の腹の、ざらつくような感触に思わず溜息が洩れた。
「んだよ、やればできるじゃねぇか。へへっ」
髪を掴んだ手を動かし、さらに無理やり動かす。
汗で濡れた額に、崩れた前髪がへばりつく。いくら取り澄ましていても、生きている以上は窒息もするし汗もかく。なまじ造りが端正なだけに、一度それが綻びを見せはじめると、その艶めかしさはむしろ凄絶だった。
壊してやる。もっと。
もっと、もっともっともっと。
「おい」
後頭部を乱暴に掴み、ぐいと突き離す。舌先から砲身の先端にかけて、つ、と唾液が銀の糸を引いたのが何とも言えず淫らで、覚えず健吾は生唾を呑む。
いや。それを言えば、半ば酸欠を起こしかけた男の惚けたような眼差しも堪らない。
――こいつは、俺が思う以上の玉かもしれない……
溢れる期待を、しかし喉元に押し殺しながら健吾は冷ややかに言い放つ。
「駄目だ。てめぇの下手くそな口じゃ全然イケねぇ」
言うなり男を突き飛ばし、横倒しになったその身体に強引にのしかかる。
死装束のつもりで一張羅を着込んできたのだろう。が、だとしても、男が身につけているのはかなりの上物だ。生地はウールの綾杉編み。仕立ても良く、銀座あたりの老舗で誂えたものに違いない。
すでに貨幣経済が崩壊した今、ほとんどの都民は、着物や宝石を一掴みの米に換えてどうにか口に糊する暮らしを送っている。そんなご時世にあって、まだこんなものを身につけている人間がいたことに健吾は少なからず驚いた。
よっぽどのお大尽か、あるいは世情に疎い本物の馬鹿か。いずれにせよ――
死人に着せるには勿体ない代物だ。
男の胸元に結ばれたタイを解くと、さらに健吾は、ジャケットを、まっさらに洗濯されたシャツの前を焦らすように解いた。
「へぇ……こいつは……」
覚えず舌なめずりが出る。
シャツの下から露わになったのは、実に美味そうな白無垢の柔肌だった。
「へへ……玄人の女でも、ここまでソソるのはいねぇぜ」
露悪的な笑みを浮かべると、健吾は、その白磁の身体に上体を沈めた。
「へぇ……いい匂いがするな、お前」
シャツを捲りながら首筋に吸いつき、さらに鎖骨を、胸板を舌先で執拗に舐る。犬のようにぴちゃぴちゃと音を立てるのは、男の嫌悪感を煽るためであることは言うまでもない。
相変わらず男は、細い眉を寄せたままじっと屈辱に耐えている。が、嵐の海のように激しく波打つ薄い胸板が、男の隠しきれない感情を無言のうちに示している。
その胸板に浮かぶ汗を、じっくりと味わうように舌を進める。
やがて舌先が、桜色の突起に至った時だ。
「ん、っ」
男の腰がぴくりと跳ね、地面から軽く浮き上がる。さらに舌を絡ませて強く吸うと、抗うように男の躰が左右に捩れた。
逃すまいと、浮いた腰の下に腕を回し、強く抱き寄せる。非力な腕が健吾の身体を突っぱねたが、結局は健吾の欲情に油を注ぐ用にしかならなかった。
突起に唇を密着させ、口中に含みながら前歯で挟むと、男の喉からか細い悲鳴が漏れた。
「い、いや……っ」
「うるせぇよ」
黙らせるつもりで、もう一方の突起を指先に捉える。親指の腹で押し潰すように扱いてやると、白い身体は健吾が思う以上に敏感に応えた。
白魚のようにのたうつ身体を、腕力と体重で押さえ込む。
その間も、乳首を苛める手は止めない。くりくりと捏ね回したかと思えば強く抓み、ちぎれるほど引っ張っては押し潰す――その度に、男の抗う腕からみるみる力が抜けていくのが健吾には痛快だった。
いくら抗ってみせようと、結局は感じているというわけだ。
「や、やめてくださ……あっ」
「散々イヤと言いながらよ」
乳首から唇を離し、耳元に寄せる。一方で、もう片方の乳首を弄っていた手を離すと、その手を、今度は男の下腹部に持っていった。
片手でベルトを外し、前のボタンを解く。露わになった下着越しにそこを撫でると、すでに痛いほど張りつめ、焼けるような熱を蓄えていた。
「じゃあ何だよ、コレは」
現実を思い知らせるつもりで、長い指先を下着に滑り込ませ、塊に絡める。
鈎に曲げた親指の先で先端の窪みを引っ掻いてやると、発条を仕込んだ玩具のように男の腰がびくんと跳ねた。
「や、めてくだ……本当に……もう……」
が、健吾は耳を貸さない。どころか、たった今まで死ぬつもりだった人間が何を今更と、冷酷にも男の懇願を鼻であしらう。
そもそも、戦場ではこんな言い訳は一切通用しない。
死にたくない、もう嫌だと泣き言を吐いたところで、突撃の命令が下れば銃剣を手に敵の目の前に飛び込まなくてはならない。たとえ、それが無能な上官の下した無謀な命令だとしてもだ。
そういう場所で幾年と生き延びてきた健吾に、男の懇願など通じるべくもなかった。
早くも先端に滲みはじめた液体を、指先に絡めつつ扱く。くちゅくちゅといやらしい音が響く頃には、男の熱は健吾の指の中ですっかり育ちきっていた。
「……あ……いやだ、いや、んっ」
なおも抵抗を訴える唇を、声ごと封じるかのように口づけで塞ぐ。
男の唇には、先ほど健吾自身がなすりつけた雄の臭いが今なお強烈に残り、それが健吾の昂奮と情欲をいやましに高めた。いっそ、この男の全てを俺の臭いで充たしてやろうかと、淫らな野心が鎌首をもたげる。
ところが男は、頑なに前歯を閉ざしたまま奥への蹂躙を許そうとしない。
「顎開け」
「や……です」
「開けっってんだろ!」
鼻先で怒鳴りつけつつ、制裁のつもりで男のそこを強く握りしめる。よほど痛かったのだろう、男は「うっ」と苦しげに呻くと、凄まじい形相で健吾を睨みつけてきた。
「いいから開けよ。さもなきゃ、また同じことするぜ」
「……」
渋々、という顔で男が顎を開く。小さく開いた人形の唇に、真珠色の前歯が小さく覗いているのが何とも艶めかしい。
その真珠色の歯列の隙間に、尖らせた舌先を無理やり捩じ込む。
強引に舌を絡めると、初めのうちは抗っていたものの、やがて観念したように応じてきた。それでも抵抗感を拭えないのか、あるいは健吾の酒臭い口臭が不快なのか、その舌使いはお世辞にも積極的とは言えない。――が、拒まれるとかえって意地になってしまうのが健吾という人間だ。
さらに深く唇を合わせ、男の舌を、唾液を吸い上げる。
ようやく男が従順さを見せはじめたところで、揶揄うように健吾は言った。
「なかなか上手いじゃねぇか」
「……っ、」
何かを言いかけた男の口を、再び唇で塞ぐ。下への刺激が効いてきているのか、次第に男の吐く息が熱くなる。絡む吐息に唇が焼かれそうだ。
「ん、ううっ」
すでに男の自身はぐっしょりと濡れて、愛撫のたびに妖しげな音を響かせる。男の喉から、不満げな声が洩れたのはそんな頃だった。
「ん……んぅ」
無意識に洩れたものか、あるいはわざとか――いずれにしても、この躰がさらなる刺戟を求めているのは事実らしい。それが証拠に、男の腰はもう随分前から健吾の刺激を求めて揺らめいている。
試みに手を止めると、男は、自らを健吾の手に擦りつけてきた。
「あ……!」
不意に胸板を突っぱねられ、男の顔が苦しげに歪む。何が起こったのかと怪訝に思ったその時、だしぬけに指の中で男が膨れ、膨大な熱が健吾の手のひらに叩きつけられた。
「あ……ううっ……」
はだけた胸を激しく上下させながら、男がふいごのような荒い息をつく。咄嗟に両手で顔を覆ったのは、迂闊にも人前で醜態をさらした恥辱に耐えかねているせいだろう。
そんな男の手を、しかし、健吾は容赦なく顔から引き剥がす。
汗に濡れた白い額に、細い前髪がべったりと貼りついている。涙を含んだ睫毛の奥で、黒い瞳がしっとりと濡れているのが何とも言えず扇情的だ。
まるで初めてを捧げる乙女だな、などと下世話なことを考える。
いや実際、男は初めてなのだろう。それが証拠にいちいち反応が初々しく、それが、男にとっては皮肉なことに、かえって健吾の欲情を掻き立ててしまうのだ。
健吾は男のパンツに手をかけると、下着ごと一気に足から抜いた。
「な、何を、」
「いいから黙ってろよ」
抗議を無視し、男の躰を俯せに転がす。
月光の下、白く形の良い双丘が誘うような輝きを放ちはじめた。
「男のくせに……そそるケツしやがって」
男の耳に唇を寄せ、耳朶を舐るように囁く。男は土まみれになりながら躰を捩ると、肩越しに、じろりと健吾を睨めつけた。
「よせよ、余計に昂奮しちまうだろ?」
舌先でちろり唇を湿しつつ、そっと双丘を撫でる。
月光を冷ややかに照り返す白磁の肌は、造り物めいた見た目とは裏腹に吸いつくように柔らかく、しっとりと汗ばんでいる。まるで、次なる蹂躙を待ち侘びているかのように。
その無言の期待に応じるように、健吾は双丘の隙間に指を滑り込ませた……
「ひ、っ!」
拒んでいるのだろう、男が懸命に尻を振る。が、健吾の目には、どうしても誘っているようにしか見えないのだ。
さらに健吾の指先がそこを捉えると、男は慌てて逃げを打った。
「い、いやだ、っ!」
そんな男の肩を、だが、健吾は無慈悲にも押さえ込む。さらに、指先に絡んだ男の蜜で孔の周囲を濡らし、じっくりと、だが確実に指先を埋めてゆく。
召集前は女に困らなかった健吾だが、実は、男にも言い寄られることが多かった。一度など、有名な日本舞踊の家元に惚れこまれ、珍味を賞するつもりで抱いたこともある。
男の抱き方は、その家元に仕込まれたおかげで大体は心得ている。――もちろん、そのイカせ方も。
相変わらず男は、うしろに力を込めたまま硬くそこを閉ざしている。
「力を抜けよ。気持ち良くしてやるから」
「い、いや、ですっ、誰が、」
「誰がって、たった今俺の手の中でイッたどこかのお兄さんに決まってるだろ?」
「っっ!」
硬い地面に顔を埋めながら、悔しげに男は呻く。
それでもなお健吾は、男の崩壊に追い打ちをかけるかのように続けた。
「認めろよ。気持ち良かったんだろ?」
「よ、くない……」
「嘘だ。じゃあどうして出した? イった瞬間のあんた、本当に幸せそうな顔してたぜ」
「……」
真珠色の前歯が、白くなるほどぎゅっと唇を噛む。
それは、とりもなおさず健吾の言葉が的を突いていることを意味していた。男が、激しい自己矛盾と葛藤に見舞われていることも。やがて――
「……ん」
男が、躊躇いがちにおずおずと後ろの力を緩める。その隙を逃すまいと、健吾は一気に中へと指を進めた。
「ひっ!」
唐突な侵入に驚いたのだろう、男の躰が痙攣したようにびくりと跳ねる。が、宥めるようにゆるゆると指を抽挿するうちに、やがて、中の粘膜から健吾の指に絡んできた。
吸いつくような感覚。初めてにしては随分と覚えの早い躰だ。
まさか――初めてではないのか?
試みに家元から教わった弱い場所を小突くと、男の腰がぴくんと跳ねた。
さらに指先を鈎に曲げ、その場所を軽く引っ掻く。途端、男の躰が狂ったように捩れ、不用心にそこを傷つけないよう健吾は慌てて男を押さえ込んだ。
「い、いや、やだ、ぁ、あ、んっ」
異物を捩じ込まれる苦痛と、それでも生まれてしまう愉悦に翻弄されて混乱をきたしたのだろう、赦しを請うように男が啜り泣く。そのくせ奥の肉は、刺激を与えるたびに敏感に反応し、指先を食いちぎらんばかりに収縮を繰り返すのだ。
正直なのはどちらの口か、もはや訊くまでもなかった。
「イヤイヤ言いながら、躰の方は随分と悦んでるみてぇじゃねぇか。えぇ?」
「でも……いや、なんだっ。おかしくなる、から……」
「じゃあいっそオカシくなっちまえよ。――ほら、指を増やすぜ」
言いながら、さらにもう一本の指を奥に捩じ込む。
二本目の指を、男のそこは驚くほどすんなりと呑みこんだ。
「わかるか? 今にもブチ込んでくれ掻き回してくれって俺に懇願してやがる」
「う、うう、っ、」
涙に濡れた瞳が、恨むような目でじろりと健吾を振り返る。まだこんな反抗的な目ができるのかと軽く驚きつつも、男の眼差しの奥に潜む欲情を見逃す健吾ではなかった。
舌先でちろりと唇を湿すと、昂奮を抑えるように健吾は言った。
「わかったよ……望みどおりブチ込んでやる」
男の孔から指を抜き取り、その腰を両手で掴む。
強引に引き寄せると、さらに健吾は、その双丘の狭間に己の昂ぶりを押し当てた。
「や、やめろ。それ以上は……」
が、上の口はやめろと言いながら、下のそこは、今この瞬間も未知なる獣の蹂躙を待ち侘びている。それが証拠に、健吾の先端は柔肉の蠕動につぷつぷと舐られ、その熱を、あるいは欲望を掻き立てさせられているのだ。
駄目だ。これ以上は、我慢できない――
「……いくぜ」
「や、やめ――あ、あああっ!」
男の喉を悲痛な叫びが貫くのと、健吾の口から歓喜の溜息が洩れるのは同時だった。
なめらかな細面の顔に、涼しげで艶冶な印象を持つ切れ長の眉目。薄い瞼を覆う長く密な睫毛。すっと通った鼻筋は細く、小ぶりな鼻翼も実に形良い。
目鼻立ちの整った、いや、むしろ整いすぎて作り物じみて見えるほどの端整な顔だ。が、何よりも男の顔を作り物めいたものにしているのは、その表情だろう。
事実、十五夜の清澄な月光を浴びて輝くそれは、おおよそ表情という表情を、その顔に一切浮かべていないのだ。
怒りも、恐怖も、もちろん驚きも。
そうなると、蒼白い顔の中で、形の良い唇だけが紅を差したように赤く映えているのもむしろ幽霊めいていて悍ましくさえある。
その紅い唇が、おもむろに開いた。
「……死なせてくれ」
水琴窟のそれを思わせる、深く透明感のある声だった。
「頼む、死なせてくれ。私は……生き永らえてしまった。死ぬべき時に死ねなかった。だから死んで……国のために死んだ同胞を弔わせてくれ」
男の言葉に、健吾は覚えず眉を寄せる。――死なせてくれ?
何を言っているんだ、こいつは……?
が、困惑する健吾をよそに、なおも男は訥々と続ける。
「死んで詫びるのだ。自分の無力さを、卑怯さを、詫びて、せめて、この一命をもって、」
「何が弔うだよ馬鹿野郎」
ようやく口を開くと、健吾はそう吐き捨てた。
瞬間、それまで人形のように無表情だった男の顔に、初めて人間らしい感情が――といっても、決して好意的な感情とは言えなかったが――浮かぶ。
「……何?」
「何、じゃねぇよ。大体よ、てめぇ一人死んだところで一体何になるってんだ。え? 誰が喜ぶ? 誰が生き返る? 言ってみろよ」
「だ、だが弔いには、」
「ならねぇよ。余計な屍が一つ増えるだけだ。ンなことも分かんねぇのかよボケ」
「ち、違う! ……確かに私は、軍人でもなければ兵士でもない。……でも、いや、だからこそ私は……弔わなければいけないのだ。そもそも私は、生き残るべき人間ではなかった。だから……」
紅い唇が、激情を抑え込むかのように小刻みに慄える。木枯らしに怯える季節外れの薔薇の花弁のようだと、健吾は柄にもなく詩人めいたことを思った。
淫らだ――とも。
安酒で渇いた喉がごくりと鳴る。どのみち、こんなしょぼい有り金では女だって買えやしない……
「……だったらよ」
健吾は男を突き離すと、その身体を跨ぎながら慣れた手つきで衣袴の紐を解いた。何が始まるのか呆然と見上げる男の前で、これ見よがしに勢いよく前を開く。
さらに、復員後はもちろん帰還船に押し込められて以来一度も替えていない褌の中から、おもむろに中のものを引きずり出す。
男の放つ妖艶な雰囲気のせいもあったのだろう。
それは、すでに痛いほどまっすぐに天を突いていた。
「……?」
男が、不快感と訝しさを端正な面にあらわにする。確かに、見も知らない男の前でいきなり前をはだける野郎など、傍目には変態以外の何物でもないだろう。もっとも、深夜の自殺志願者がそれを訴えたところで説得力はなきに等しいが。
そんな深夜の自殺志願者に、健吾は冷やかに命じる。
「舐めろよ」
「えっ?」
一瞬、何のことか分からないと言いたげに男が健吾を見上げる。が、やがて、その含む意味に気付いたのだろう、ただでさえ血の気のない顔をさらに蒼くした。
「な……何を言って、」
「どうせ死ぬつもりだったんだろ?」
ぴしゃり真理を突かれ、男は口を噤む。男が言い返せないのをいいことに、さらに健吾は続ける。
「だったら最後によ、せめて、お国のために戦場で命張った兵隊さんを悦ばせてから逝ってくれよ。……なぁ、首は縊れるんだ、そんだけの覚悟がありゃこんな粗末な鉄砲銜えるぐらい、何てことねぇよなぁ?」
「く、銜える……だと?」
さすがに今の言葉は聞き流すわけにはいかなかったらしい。慌てて口を開くと、喘ぐように問うた。
が、そんな男の態度は、健吾をさらに調子づかせる用にしかならなかった。
「厭なら別にいいんだぜぇ? 俺はただ、あんたが少しでも楽になれる方法ってのを提案してやってるだけだからなぁ」
「……」
大粒の瞳が、義務感と嫌悪感の狭間で小刻みに震える。
おそらく本来、男はくそがつくほどまじめな人間なのだろう。だからこそ、こんな滅茶苦茶な理屈も、筋が通っているかぎりは馬鹿正直に受け止めてしまうのだ。しかも、なまじ自尊心が高いがゆえに、感情で押し返すなどという子供じみた手も使えないときている。
馬鹿め、と、健吾は肚の底で吐き捨てる。
こういう馬鹿まじめな人間が、戦場ではまっさきに地獄に堕ちるのだ。仮に召集され戦場に送られていたとして、その命運は一日と持たなかっただろう。
「ほらよ」
ついに健吾は、無造作に男の髪を掴むと、その鼻先を己の砲身に押しつけた。
悪臭に堪えかねてか、男が端正な貌をあからさまに歪ませる。その、苦痛に充ちた男の表情はしかし、健吾の黒い欲情を増長させる用にしかならならなかった。
今はまだ取り澄ましたような人形面が、やがて恥辱にまみれるところを想像するだけで、言葉にならない愉悦が胸にこみ上げてくる。
「やれ!」
軍隊仕込みの命令口調に、男がびくりと身を竦める。慣れない人間は十中八九、この、横面を張り倒すような声に怯み、そして声の主を畏怖する。
軍隊というのは、他者に命令を下すことに慣れる場所でもある。そして健吾は、つい半年前までその帝国陸軍の鬼軍曹だったのだ……
「……はい」
男は観念したように長い睫毛を伏せると、小作りな唇からおずおずと舌を差し出した。
小鳥のそれを思わせる、なかなか可愛らしい舌先だ。その舌先が、躊躇いがちに健吾の巨大な砲身に伸び――たかと思えば、悪臭に耐えかねるように慌てて退く。
そんなことを二度三度と繰り返し、やがて、ようやく観念したのか、その舌先で健吾の先端をちろりと舐めた。
「うっ」
余程不味かったのだろう。男が端正な顔をしかめて呻く。
それはそれで扇情的な光景だが、今の健吾が求めているのは圧倒的な蹂躙だ。
「おぉい、何やってんだよさっきっからチンタラよぉ!」
顎を掴み、握力で無理やり開かせる。そうして抉じ開けた男の唇に、健吾は無理やり雄を突き入れた。
「おらぁ受け止めろッ!」
不意打ちのように奥を突かれ、健吾を銜えたまま喉だけで激しく噎せる。息が詰まって苦しいのか、早くも涙を滲ませる男に、しかし健吾はなおも容赦なく腰を使う。
「吐くなよ。畏れ多くも天皇の赤子たる兵士の一物を、てめぇの反吐で汚すんじゃねぇぞこの野郎」
男は何も答えなかった。頑なに目を閉ざしたまま、ただ、嵐が過ぎ去るのを待つ憐れな小動物のように、じっと身を固くしている。
ただ――その仮面も、いつまで保つか。
「おらぁ、もっと舌使ってしゃぶれえェ!」
さらに逸物を男の喉に押しつける。鼻先を陰毛に塞がれて息ができないのだろう、男は白い顔を真っ赤にして呻いた。
「う、ぐふっ」
噎せながらも、男は慣れない舌を使いはじめる。
裏筋を撫でる舌の腹の、ざらつくような感触に思わず溜息が洩れた。
「んだよ、やればできるじゃねぇか。へへっ」
髪を掴んだ手を動かし、さらに無理やり動かす。
汗で濡れた額に、崩れた前髪がへばりつく。いくら取り澄ましていても、生きている以上は窒息もするし汗もかく。なまじ造りが端正なだけに、一度それが綻びを見せはじめると、その艶めかしさはむしろ凄絶だった。
壊してやる。もっと。
もっと、もっともっともっと。
「おい」
後頭部を乱暴に掴み、ぐいと突き離す。舌先から砲身の先端にかけて、つ、と唾液が銀の糸を引いたのが何とも言えず淫らで、覚えず健吾は生唾を呑む。
いや。それを言えば、半ば酸欠を起こしかけた男の惚けたような眼差しも堪らない。
――こいつは、俺が思う以上の玉かもしれない……
溢れる期待を、しかし喉元に押し殺しながら健吾は冷ややかに言い放つ。
「駄目だ。てめぇの下手くそな口じゃ全然イケねぇ」
言うなり男を突き飛ばし、横倒しになったその身体に強引にのしかかる。
死装束のつもりで一張羅を着込んできたのだろう。が、だとしても、男が身につけているのはかなりの上物だ。生地はウールの綾杉編み。仕立ても良く、銀座あたりの老舗で誂えたものに違いない。
すでに貨幣経済が崩壊した今、ほとんどの都民は、着物や宝石を一掴みの米に換えてどうにか口に糊する暮らしを送っている。そんなご時世にあって、まだこんなものを身につけている人間がいたことに健吾は少なからず驚いた。
よっぽどのお大尽か、あるいは世情に疎い本物の馬鹿か。いずれにせよ――
死人に着せるには勿体ない代物だ。
男の胸元に結ばれたタイを解くと、さらに健吾は、ジャケットを、まっさらに洗濯されたシャツの前を焦らすように解いた。
「へぇ……こいつは……」
覚えず舌なめずりが出る。
シャツの下から露わになったのは、実に美味そうな白無垢の柔肌だった。
「へへ……玄人の女でも、ここまでソソるのはいねぇぜ」
露悪的な笑みを浮かべると、健吾は、その白磁の身体に上体を沈めた。
「へぇ……いい匂いがするな、お前」
シャツを捲りながら首筋に吸いつき、さらに鎖骨を、胸板を舌先で執拗に舐る。犬のようにぴちゃぴちゃと音を立てるのは、男の嫌悪感を煽るためであることは言うまでもない。
相変わらず男は、細い眉を寄せたままじっと屈辱に耐えている。が、嵐の海のように激しく波打つ薄い胸板が、男の隠しきれない感情を無言のうちに示している。
その胸板に浮かぶ汗を、じっくりと味わうように舌を進める。
やがて舌先が、桜色の突起に至った時だ。
「ん、っ」
男の腰がぴくりと跳ね、地面から軽く浮き上がる。さらに舌を絡ませて強く吸うと、抗うように男の躰が左右に捩れた。
逃すまいと、浮いた腰の下に腕を回し、強く抱き寄せる。非力な腕が健吾の身体を突っぱねたが、結局は健吾の欲情に油を注ぐ用にしかならなかった。
突起に唇を密着させ、口中に含みながら前歯で挟むと、男の喉からか細い悲鳴が漏れた。
「い、いや……っ」
「うるせぇよ」
黙らせるつもりで、もう一方の突起を指先に捉える。親指の腹で押し潰すように扱いてやると、白い身体は健吾が思う以上に敏感に応えた。
白魚のようにのたうつ身体を、腕力と体重で押さえ込む。
その間も、乳首を苛める手は止めない。くりくりと捏ね回したかと思えば強く抓み、ちぎれるほど引っ張っては押し潰す――その度に、男の抗う腕からみるみる力が抜けていくのが健吾には痛快だった。
いくら抗ってみせようと、結局は感じているというわけだ。
「や、やめてくださ……あっ」
「散々イヤと言いながらよ」
乳首から唇を離し、耳元に寄せる。一方で、もう片方の乳首を弄っていた手を離すと、その手を、今度は男の下腹部に持っていった。
片手でベルトを外し、前のボタンを解く。露わになった下着越しにそこを撫でると、すでに痛いほど張りつめ、焼けるような熱を蓄えていた。
「じゃあ何だよ、コレは」
現実を思い知らせるつもりで、長い指先を下着に滑り込ませ、塊に絡める。
鈎に曲げた親指の先で先端の窪みを引っ掻いてやると、発条を仕込んだ玩具のように男の腰がびくんと跳ねた。
「や、めてくだ……本当に……もう……」
が、健吾は耳を貸さない。どころか、たった今まで死ぬつもりだった人間が何を今更と、冷酷にも男の懇願を鼻であしらう。
そもそも、戦場ではこんな言い訳は一切通用しない。
死にたくない、もう嫌だと泣き言を吐いたところで、突撃の命令が下れば銃剣を手に敵の目の前に飛び込まなくてはならない。たとえ、それが無能な上官の下した無謀な命令だとしてもだ。
そういう場所で幾年と生き延びてきた健吾に、男の懇願など通じるべくもなかった。
早くも先端に滲みはじめた液体を、指先に絡めつつ扱く。くちゅくちゅといやらしい音が響く頃には、男の熱は健吾の指の中ですっかり育ちきっていた。
「……あ……いやだ、いや、んっ」
なおも抵抗を訴える唇を、声ごと封じるかのように口づけで塞ぐ。
男の唇には、先ほど健吾自身がなすりつけた雄の臭いが今なお強烈に残り、それが健吾の昂奮と情欲をいやましに高めた。いっそ、この男の全てを俺の臭いで充たしてやろうかと、淫らな野心が鎌首をもたげる。
ところが男は、頑なに前歯を閉ざしたまま奥への蹂躙を許そうとしない。
「顎開け」
「や……です」
「開けっってんだろ!」
鼻先で怒鳴りつけつつ、制裁のつもりで男のそこを強く握りしめる。よほど痛かったのだろう、男は「うっ」と苦しげに呻くと、凄まじい形相で健吾を睨みつけてきた。
「いいから開けよ。さもなきゃ、また同じことするぜ」
「……」
渋々、という顔で男が顎を開く。小さく開いた人形の唇に、真珠色の前歯が小さく覗いているのが何とも艶めかしい。
その真珠色の歯列の隙間に、尖らせた舌先を無理やり捩じ込む。
強引に舌を絡めると、初めのうちは抗っていたものの、やがて観念したように応じてきた。それでも抵抗感を拭えないのか、あるいは健吾の酒臭い口臭が不快なのか、その舌使いはお世辞にも積極的とは言えない。――が、拒まれるとかえって意地になってしまうのが健吾という人間だ。
さらに深く唇を合わせ、男の舌を、唾液を吸い上げる。
ようやく男が従順さを見せはじめたところで、揶揄うように健吾は言った。
「なかなか上手いじゃねぇか」
「……っ、」
何かを言いかけた男の口を、再び唇で塞ぐ。下への刺激が効いてきているのか、次第に男の吐く息が熱くなる。絡む吐息に唇が焼かれそうだ。
「ん、ううっ」
すでに男の自身はぐっしょりと濡れて、愛撫のたびに妖しげな音を響かせる。男の喉から、不満げな声が洩れたのはそんな頃だった。
「ん……んぅ」
無意識に洩れたものか、あるいはわざとか――いずれにしても、この躰がさらなる刺戟を求めているのは事実らしい。それが証拠に、男の腰はもう随分前から健吾の刺激を求めて揺らめいている。
試みに手を止めると、男は、自らを健吾の手に擦りつけてきた。
「あ……!」
不意に胸板を突っぱねられ、男の顔が苦しげに歪む。何が起こったのかと怪訝に思ったその時、だしぬけに指の中で男が膨れ、膨大な熱が健吾の手のひらに叩きつけられた。
「あ……ううっ……」
はだけた胸を激しく上下させながら、男がふいごのような荒い息をつく。咄嗟に両手で顔を覆ったのは、迂闊にも人前で醜態をさらした恥辱に耐えかねているせいだろう。
そんな男の手を、しかし、健吾は容赦なく顔から引き剥がす。
汗に濡れた白い額に、細い前髪がべったりと貼りついている。涙を含んだ睫毛の奥で、黒い瞳がしっとりと濡れているのが何とも言えず扇情的だ。
まるで初めてを捧げる乙女だな、などと下世話なことを考える。
いや実際、男は初めてなのだろう。それが証拠にいちいち反応が初々しく、それが、男にとっては皮肉なことに、かえって健吾の欲情を掻き立ててしまうのだ。
健吾は男のパンツに手をかけると、下着ごと一気に足から抜いた。
「な、何を、」
「いいから黙ってろよ」
抗議を無視し、男の躰を俯せに転がす。
月光の下、白く形の良い双丘が誘うような輝きを放ちはじめた。
「男のくせに……そそるケツしやがって」
男の耳に唇を寄せ、耳朶を舐るように囁く。男は土まみれになりながら躰を捩ると、肩越しに、じろりと健吾を睨めつけた。
「よせよ、余計に昂奮しちまうだろ?」
舌先でちろり唇を湿しつつ、そっと双丘を撫でる。
月光を冷ややかに照り返す白磁の肌は、造り物めいた見た目とは裏腹に吸いつくように柔らかく、しっとりと汗ばんでいる。まるで、次なる蹂躙を待ち侘びているかのように。
その無言の期待に応じるように、健吾は双丘の隙間に指を滑り込ませた……
「ひ、っ!」
拒んでいるのだろう、男が懸命に尻を振る。が、健吾の目には、どうしても誘っているようにしか見えないのだ。
さらに健吾の指先がそこを捉えると、男は慌てて逃げを打った。
「い、いやだ、っ!」
そんな男の肩を、だが、健吾は無慈悲にも押さえ込む。さらに、指先に絡んだ男の蜜で孔の周囲を濡らし、じっくりと、だが確実に指先を埋めてゆく。
召集前は女に困らなかった健吾だが、実は、男にも言い寄られることが多かった。一度など、有名な日本舞踊の家元に惚れこまれ、珍味を賞するつもりで抱いたこともある。
男の抱き方は、その家元に仕込まれたおかげで大体は心得ている。――もちろん、そのイカせ方も。
相変わらず男は、うしろに力を込めたまま硬くそこを閉ざしている。
「力を抜けよ。気持ち良くしてやるから」
「い、いや、ですっ、誰が、」
「誰がって、たった今俺の手の中でイッたどこかのお兄さんに決まってるだろ?」
「っっ!」
硬い地面に顔を埋めながら、悔しげに男は呻く。
それでもなお健吾は、男の崩壊に追い打ちをかけるかのように続けた。
「認めろよ。気持ち良かったんだろ?」
「よ、くない……」
「嘘だ。じゃあどうして出した? イった瞬間のあんた、本当に幸せそうな顔してたぜ」
「……」
真珠色の前歯が、白くなるほどぎゅっと唇を噛む。
それは、とりもなおさず健吾の言葉が的を突いていることを意味していた。男が、激しい自己矛盾と葛藤に見舞われていることも。やがて――
「……ん」
男が、躊躇いがちにおずおずと後ろの力を緩める。その隙を逃すまいと、健吾は一気に中へと指を進めた。
「ひっ!」
唐突な侵入に驚いたのだろう、男の躰が痙攣したようにびくりと跳ねる。が、宥めるようにゆるゆると指を抽挿するうちに、やがて、中の粘膜から健吾の指に絡んできた。
吸いつくような感覚。初めてにしては随分と覚えの早い躰だ。
まさか――初めてではないのか?
試みに家元から教わった弱い場所を小突くと、男の腰がぴくんと跳ねた。
さらに指先を鈎に曲げ、その場所を軽く引っ掻く。途端、男の躰が狂ったように捩れ、不用心にそこを傷つけないよう健吾は慌てて男を押さえ込んだ。
「い、いや、やだ、ぁ、あ、んっ」
異物を捩じ込まれる苦痛と、それでも生まれてしまう愉悦に翻弄されて混乱をきたしたのだろう、赦しを請うように男が啜り泣く。そのくせ奥の肉は、刺激を与えるたびに敏感に反応し、指先を食いちぎらんばかりに収縮を繰り返すのだ。
正直なのはどちらの口か、もはや訊くまでもなかった。
「イヤイヤ言いながら、躰の方は随分と悦んでるみてぇじゃねぇか。えぇ?」
「でも……いや、なんだっ。おかしくなる、から……」
「じゃあいっそオカシくなっちまえよ。――ほら、指を増やすぜ」
言いながら、さらにもう一本の指を奥に捩じ込む。
二本目の指を、男のそこは驚くほどすんなりと呑みこんだ。
「わかるか? 今にもブチ込んでくれ掻き回してくれって俺に懇願してやがる」
「う、うう、っ、」
涙に濡れた瞳が、恨むような目でじろりと健吾を振り返る。まだこんな反抗的な目ができるのかと軽く驚きつつも、男の眼差しの奥に潜む欲情を見逃す健吾ではなかった。
舌先でちろりと唇を湿すと、昂奮を抑えるように健吾は言った。
「わかったよ……望みどおりブチ込んでやる」
男の孔から指を抜き取り、その腰を両手で掴む。
強引に引き寄せると、さらに健吾は、その双丘の狭間に己の昂ぶりを押し当てた。
「や、やめろ。それ以上は……」
が、上の口はやめろと言いながら、下のそこは、今この瞬間も未知なる獣の蹂躙を待ち侘びている。それが証拠に、健吾の先端は柔肉の蠕動につぷつぷと舐られ、その熱を、あるいは欲望を掻き立てさせられているのだ。
駄目だ。これ以上は、我慢できない――
「……いくぜ」
「や、やめ――あ、あああっ!」
男の喉を悲痛な叫びが貫くのと、健吾の口から歓喜の溜息が洩れるのは同時だった。
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