【完結】悪役令嬢モノのバカ王子に転生してしまったんだが、なぜかヒーローがイチャラブを求めてくる

路地裏乃猫

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 さっそく俺は部屋に戻ると、イザベラ宛てに手紙をしたためた。

 内容は、おもに俺の近況報告だ。実際は元気にやっていること。事件について、君が気に病む必要はないこと。
 それらの内容を手短にしたため、蝋で封をすると、居合わせたメイドにシスティーナの屋敷へ送るよう頼んだ。この国では、貴族の手紙は使いの者が届ける仕組みになっている。早ければ今日中に返信が届くだろう。

 その日は一日、図書室で読書をして過ごした。
 そして夕方。食堂に現れた意外な人物に、俺は目を瞠った。

「……マリー?」

 そう。ウェリナのエスコートで現れたのは、何と、あのマリーだった。しかも、見るからに上等なドレスで着飾っている。色は、ウェリナの瞳と同じ深いエメラルドグリーン。よく見ると、彼女の首元にも大粒のエメラルドが輝いている。
 ウェリナは向かいの席にマリーをいざなうと、自ら椅子を引き、座らせる。当のウェリナは俺の隣。つまり、野郎二人がマリーと向き合うかたちだ。
 やがて料理が運ばれ、グラスにワインが注がれる。

「今晩は、マリー嬢がお好きだという山菜を中心にメニューを組ませました」
「ふえっ!? あ……ありがとう、ございます……?」

 なぜか気まずそうに礼を述べるマリー。どうやら彼女も、この奇妙な状況に戸惑っているようだ。こういう時こそヒロインの突破力(空気の読めなさ)が欲しいところだが、なぜか今は捨てられた子犬のようにぶるぶる縮こまっている。
 そんなマリーに、今夜のウェリナはやたら話を振ろうとする。

「いかがです。この黒龍草は摘みたてのものをわざわざ取り寄せたんですよ。新鮮な山菜に慣れ親しんだ田舎生まれのマリー嬢でも満足いただけるように」
「えっ? はぁ、それはどうも……」
「こちらのメッシナ茸は、霊峰メッシナ山の頂上にしか生えない大変貴重なキノコでして、市場では同じ重さの宝石と取引されています。今回は、マリー嬢のために特別に用意させました。いかがです。宝石の味がしますでしょう」
「え、っと……宝石の方は食べたことがないので、なんとも……」

 聞いてられない。
 さっきから何なんだこの会話は。マリーは何も悪くない。彼女はただ、ぼこじゃか投げ込まれる暴投をひたすら打ち返しているにすぎない。
 問題はピッチャーである。おおよそ紳士らしさとはほど遠い、笑えない冗談と金持ちマウント。俺がマリーならとっくにウェリナをぶん殴ってるぜ。いや、いっそ俺が殴ってやろうか。
 つーか、何がしたいんだこいつ……
 わざわざドレスを貸し与え、値の張る食材を買い集めてまでやりたかったことが、まさか金持ちマウントか? 正直、見損なったぜウェリナ。いくらツラが良くとも、中身が腐ってちゃ人間おしまいだ。

「あー、ええと、高い食材を使ってくれてんのはわかったからさ、今は味に集中しようぜ。せっかくの料理が台無しだ」

 するとマリー嬢はほっとした顔をする。彼女も、ウェリナのひどい会話に耐えかねていたんだろう。と、その目がふと俺に向き、嬉しそうに微笑む。うっ可愛い。さすがはこの世界の正ヒロイン……いやいや、イザベラという最高の婚約者がいるんだ。自重しろ俺。
 そんな俺の浮かれ気分は、注がれた絶対零度の視線に凍りつく。
 振り返るとウェリナが、熊でも呪い殺せそうな眼差しで俺を睨み据えていた。

「な、なんだよ……言いたいことがありゃはっきり言え」

 するとウェリナは、何かを言いたげに口をもごもごさせると、最終的にくちびるを尖らせ、むすうと黙り込む。まるでオモチャ売り場でふてくされるガキだ。
 まさか……今までの謎言動は。

「ウェリナってさ、結構大人げないよな」

 するとウェリナは、弾かれたように振り返る。

「はぁあ!? 俺が大人げない!? それを言えば殿下こそ、いつまでも危なっかしくて手が離せないお子様じゃありませんか!」
「ご婦人相手に臆面もなくふてくされるお前よりかはマシだ! 大体、俺がいつお前に匿えと命じた。お前が勝手に匿ったんだろうが!」
「そ、それはっ、だって、ほかの人間に任せるわけには」
「うるせー。お前は俺の保護者じゃねぇし、身柄を守る責任もねぇ。そもそも、俺の身の安全を図るのは近衛の仕事だろ。いくら四公といえど、そこまでの責任を負う必要はないはずだ」
「で、でも約束が! 殿下を守る、と……」
「だからって、マリーに嫌味をぶつけていい理由にはならねーだろ。頭を冷やせバカ」

 ウェリナはぐうっと低く唸ると、肩を落としてうなだれる。
 その打ちひしがれた横顔には、さすがの俺も胸が痛んだ。たぶん、ウェリナは好きでマリーに当たっていたんじゃない。愛するアルカディアに別の女性を勧められ、怒りと困惑、悲しみで感情がオーバーフローを起こしていたんだろう。そんな状態であてつけを試みたところで、当然、うまくいくはずもなく。
 ただ……正直、意外ではあった。
 たとえ心の中は嵐でも、この男なら何食わぬ顔でマリーの恋人を演じられるだろうと思っていた。それぐらいの器用さは持ち合わせがあるだろう、と。……案外、不器用な男なのかもしれない。
 ふと視線を感じて振り返る。
 なぜかマリーが、大粒の瞳をきらめかせながらじっとこちらを見つめている。この見るからに険悪な状況で? なぜ?

「えーと、どうしたの、マリー?」
「えっ? あ、ええと……そそそ、そういえばお二人は、士官学校時代はルームメイトでいらしたとか!?」
「えっ? あー……そう、だけど?」
「はわわ……で、では、当時もよく、今のような喧嘩を?」
「えー、っと……どう、だったかな、ウェリナ」

 さすがにここからはウェリナにバトンを託すしかない。そもそも俺は、当時のことは何も知らないのだ。
 何より、ここで俺が下手を打っての件がバレても困る。しかも相手は、守秘義務の概念を持たない歩くワイドショーだ。
 しかし、そこはさすがのウェリナ。にべもなかった。

「なぜそのようなことに興味を? 何の役に立つのです」
「役に立ちますよっっ! 年頃の美男子二人が狭い寮の一室で共同生活を送りながら熟成した独特の空気感! 気の置けない会話! そうしたもので救われる命が、この世にはたっっくさんあるんです!」
「わけがわかりませんな」

 取り付く島もなく答えると、ウェリナはカトラリーを置いてパンを手に取る。演技は終わり、ということらしい。
 そんなウェリナの隣で、俺はこっそり落胆していた。
 マリーほどではないにせよ、俺も、二人の学生時代の暮らしぶりには興味があったのだ。点呼のごまかし方や門限破りの秘策のたぐいは、正直どうでもいい。ぶっちゃけ俺が知りたかったのは……奇しくもマリー嬢と同じ内容だった。
 ウェリナは、二人でいろんな経験をした、と言った。
 同じ寮の相部屋で、二人はどんな夜を過ごしたのだろうか。キスよりも深いところを許し合い、重ね、融け合っただろうか。
 その時この身体は、どこで何を感じただろう。ウェリナの熱を受け止めながら、指は、くちびるは……奥は。

 いやだ。

 名状しがたい感情が、ふと腹の底から湧き上がる。これ以上は、もう何も想像したくない。ウェリナに気が引けるとか、そんなことはどうだっていい。
 黒くて、重い。
 こんな感情、俺は、知らない。
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