完結!【R‐18】獣は夜に愛を学ぶ(無垢獣人×獣人にトラウマを持つ獣人殺し)

路地裏乃猫

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リク、女を知る

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 二人が次の目的地であるナジャの町に辿り着いたのは、昼を少し回った頃だった。

 そこは、魔の森と呼ばれる異種族の巣窟にほど近い辺境の町で、以前は異種族の災禍に苦しんでいたものの、王令により軍事基地が置かれて以来、その害も年々収まりつつある。近年では、周辺地域から多くの人間が安全を求めて移り住み、現在は住居の不足を解消するべく新たな城壁を築いている最中だ。

「ここ、いつもうるさい」

 人、そして物資を積んだ荷車がしきりに行き交う城門を睨みながら、隣を歩くリクがうんざり顔で耳を塞ぐ。人間には安堵をもたらす雑踏や町の賑わいも、リクには耳障りな騒音に過ぎないのだろう。

「じゃあついて来るな。失せろ」

「やだ! ロアが行くならおれも行く!」

 そしてリクは、駄々っ子のようにぶんぶんとかぶりを振る。どうあってもついて来るつもりらしい。そんな駄々っ子の、頭一つは高い場所にある横顔をロアは冷ややかに睨め上げる。

 ……本当に殺してやろうか。

 もっとも、こんな人目につく場所で〝狩り〟はできない。リクが元の姿に戻って人を襲うならまだしも。

 門をくぐると、周囲の景色はさらに賑わいを増した。

 通りの両側をどこまでも埋め尽くす石造りの家、家、家。その足元に所狭しと商品を並べる屋台と、飛び交う商人たちの声。りの怒号。

「見てロア! おいしそう!」

 そう言ってリクが指さすのは、今まさに近くの屋台で豪快に焼かれる串肉だ。そういえば、今日は朝から食事を摂っていない。朝は早々に野営地を捨て、その後も、追いついてきた獣人の本隊を相手していたせいでまともに飯を食う暇がなかったのだ。おかげで、駄賃代わりの戦果を得られたのは僥倖ぎょうこうだったものの。

「まずは軍の出張所だ。さっさとその臭い代物を換金するぞ」

 そしてロアは、リクが今も手に提げる血まみれのずた袋を顎で指す。

 軍に属さないフリーの異種族殺しは、もっぱら軍の出張所で自身の戦果を報告し、討伐の証と引き換えに金銭を頂く。それが彼らの主な収入源で、数をこなせば短期間で一財産を築けるだけの収入を得られる一方、危険も多く、狩りの途中で命を落とす者も珍しくない。

「えー、おれ、おなかすいた」

「黙れ。……おかしいな、確かこのあたりのはずだが」

「あ、見つけたよ、軍の看板」

 そしてリクは、自信満々に人混みの奥を指さす。が、大柄なリクならいざ知らず、人間としては人並みの体格しか持たないロアの目には、ただ大勢の人間が行き交う姿が映るばかりだ。

「どこだ、リク――うおっ!?」

 不意に足が浮いて思わず声が出る。見るとリクが、まるで子供に高い高いでもするようにロアの両脇に手を突っ込み、高く腕を掲げている。途端に広がる視界。行き交う無数の頭の先に、目指す看板が確かに見える。

「見える?」

「いや、見えるってお前――あ、ああ見えたよ! 見えたとも! だからさっさと下ろせ!」

「うん」

 ようやく地面に下ろされ、ロアはほっと溜息をつく。一方のリクは、なぜか怪訝な顔でロアを見下ろしている。

「どうした」

「えっ、うん……ねぇロア、また縮んだ?」

「は? 縮んだ?」

「うん。なんか、またちっちゃくなった気がする。こないだ潜った洞窟で変な呪いでも浴びちゃったのかな」

「……」

 なるほど、と、ロアはリクの言わんとするところを理解する。要するにこいつは、またデカくなったのだ。

 言われてみれば、確かに大きい。ついこの前までロアと同じか多少大きいぐらいだったのが、今では背丈も頭一つ分はゆうに高い。加えて、もはや大人と見紛う長い手足に分厚い胸板。いくら人間に化けているといっても、見た目の年齢を変えられるほどの魔術的な素養はリクにはない。つまり、この見た目はリク本来の肉体的年齢をそのまま反映しているといえる。

 そんなリクの身体は、この一、二年で急速に成長した。リクたちの種族では当たり前の現象とはいえ、改めて目の当たりにすると、どうあっても驚かされる。

 最初に会った時は、まだほんの子供だったのに。

 いや、それを言えば今だってまだ子供だ……そのはずだ。

「お……お前はここで大人しく待ってろ。くれぐれも獣化――いや、妙な真似はするな。分かったな?」

 きつく言い残すと、ロアはリクの手からずた袋を奪い取り、今しがた見つけた看板の建物へと足を向けた。

 今回のロアの成果は、今朝仕留めた十二匹分の獣人と、一昨日に獣人のアジトで殺した二十七匹分の獣人。本来なら一個小隊規模の人員で当たるべき数だが、ロアにかかれば単独でも造作のない相手だ。

 獣人を屠ると、ハンター達は討伐の証として死体から右耳を切り取り、軍の出張所で換金する。ロアがずた袋に入れて持参したものがそれで、さっそくカウンターにそれらを並べると、窓口の男は怪訝そうにロアを見た。

「これだけの数を……おたくが?」

「ああ。もっとも、こっちの二匹は俺の連れ、いや、知人が仕留めた分だがな」

「いや、そういうことではなくて……」

 どうやら、本当にお前の戦果なのかと疑っているらしい。よく見れば、初めて見る顔だ。だとすれば……まぁ、こうした反応は無理もないだろう。無礼に変わりはないにせよ。

 事実、ロアは、傍目にはおおよそ戦士らしくない外見をしている。

 痩せぎすの小柄な身体と、女に似た中性的な顔立ち。酒場で男に言い寄られることもざらで、そのたびに相手を半死半生の目に遭わせるのが常になっている。そんなロアを、初見で異種殺し、それも、かつて王立の掃討部隊に属したエリートだと見破ることのできる人間は、まず皆無と言ってもいい。

 おかげで、新人の窓口係に当たるたびにこうしたやりとりを強いられるのだが、そんな時は自分の顔を知る人間、多くは出張所の責任者を呼び出すことにしている。今回もそのつもりで誰かを呼び出そうとしたその時、ちょうど見知った男が奥から顔を覗かせた。乳臭い窓口の男とは対照的に、こちらは見るからに脂臭い髭面の壮年男だ。

「ロアじゃねぇか。うはは、また女と間違えられたのか」

「随分と行き届いた新兵教育だな、ガーラント」

「怒るなよ。お前みてぇな綺麗な面した優男が、まさか、あの伝説の獣人殺しロア=リベルガ様だなんてよ、初見の人間にゃまずわかんねぇって」

 その言葉に、窓口の新兵がさっと顔を青くする。

「えっ、この人が、あの……!?」

「そう」

 頷くと、ガーラントは慣れた仕草で紙煙草に火をつける。

「この優男こそ何を隠そう、かつて王立の掃討部隊でも最強と称された獣人殺し、ロア=リベルガだ。お前もこの仕事を続けてぇなら、人形みてぇに綺麗なこいつのツラと、さらっさらの銀髪とをよーく覚えておけ」

「は、はい!」

 ほどなくカウンターに所定の額の金貨が積まれる。ロア一人なら一年はゆうに遊んで暮らせる金額。もっとも、リクと二人で分け合うとなると若干、いや、かなり計算が狂ってくる。

「いやぁ、掃討部隊の人って皆さん凄いんですね。昨日いらしたゲインさんも――」

「ゲイン?」

 ふと新人が口にした人名に、思わずロアは問い返す。

「来たのか、奴が、いつ」

「えっ? は、はい、最近だと昨日だったかな……リベルガさんと同じように、どっさり耳を持ち込んでいらして……」

「ああ。凄かったぞゲインの奴。昨日も五十匹ばかり仕留めてきてなぁ。文字通り、雌も子供も容赦なくだ。――そういやお前、最近は大人の雄しか狙わねぇな。戦士のプライドってやつか?」

「……」

 ロアの脳裏を、ふと、古い光景がよぎる。

 焼け野原と化した森の奥の小さな村。肉の焦げる不快な臭いが充満するその中で、彼は、母だったものの肉塊を延々と揺さぶり泣いていた。

 朝日を吸って輝く金色の髪。朝焼けの空の下でもなお鮮やかに燃える深紅の瞳。その、紅玉にも似た美しい瞳が、ゆっくりと、こちらを振り返って――

「ロア?」

 はっと我に返る。カウンター越しに、ガーラントが怪訝そうにロアの顔を覗き込んでいた。

「どうした。顔が青いぜ。さすがのリベルガ様もお疲れか?」

「いや……手間をかけたな」

 そそくさと礼を述べると、ロアはカウンターの金貨を手早く袋に詰めて出張所を出た。

 通りに戻ると、リクの姿が忽然と消えていた。もっとも、図体だけは無駄に大きな今のリクは、たとえ人混みの中でも決して見落とすことはない。

 案の定、すぐにその姿は見つかる。裏路地の入口、人混みから少し外れた暗がりで、見覚えのある金色の頭が人混みから突き出ている。

 ふと、嫌な予感が胸をよぎる。あんなところで、一体何を……

 まさか。

「リク!」

 人混みを掻き分けるように歩み寄る。そうしてロアは、自分のおぞましい勘が的中していることを知り、愕然となった。

「何……を、している」

 するとリクは、なおも女の身体を抱きしめたままロアを振り返る。その顔は悪びれるどころか、珍しい獲物でも捕らえてきたかのように得意げで、それが余計にロアの心を逆撫でする。

 一方、女の方は最初こそ面食らった顔をロアに向けたものの、すぐに商売女の顔に戻ってリクの腕に縋りつく。この手の町にはつきものの、ごくありふれた商売。薄汚れて品のないドレスと、人間の鼻にすらきつい香水がいかにもこの手の女らしい。こうも臭いと、まして人間よりも鼻の利くリクは嫌がりそうなものだが、当のリクは嫌がるどころか女の髪に顔を埋め、しきりに臭いを嗅いでいる。

「ねぇロア、この人、すごくいい匂いがする」

「……離せ、その人を。今すぐ」

「ロアも嗅ぐ? あのね、香水は臭いんだけど身体はね、すごく、いい匂いがするんだ」

「離せと言っているッッ!」

 鞘から剣を抜き、その切っ先をまっすぐにリクの喉元に突きつける。リクはびくりと身を竦め、そして女は、悲鳴とともにリクを突き放し、そのまま路地の奥へと走り去っていった。

 そんな女の姿には一瞥もくれず、ロアは目の前の人ならざる存在を睨み据える。

「次に同じことをしてみろ。その時は、お前を殺す」

 言い捨て、リクに背を向ける。剣を鞘に戻し、足早に大通りへと戻りながら、ロアは静かに己の失態を悔やんでいた。わかっていたはずだ。いずれ、こんな日が来ることを……

 いや、それを言えば、そもそもなぜ俺はこんな奴を。
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