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匂い
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秋風亭は流れの旅人、とりわけ異種殺しの姿でいつも賑わっている。
一階の酒場兼食堂では、異種族の出没情報がしきりに飛び交い、それを目当てにまた旅人が、そして情報が集う。料理も絶品で、本来なら飛び込みで宿を取るのは難しいほど人気の宿だ。が、異種殺しとして長く暮らすロアは、この店ではかなり顔が利く。たとえ満室でも、店の若主人が払いの悪い逗留者を蹴り出してでも部屋を工面してくれるのだ。
「よぉ、カミラ」
店に顔を出すと、ちょうどその若主人がカウンターに立っていた。年齢は三十手前のロアと大差なく、本来なら店を任されるには若すぎる歳だ。が、先代の店主が五年前に森で獣人に襲われてしまい、急遽、宿を引き継ぐ羽目になった。以来、店主としてこの店を必死に切り盛りしている。満月のような丸顔とよく肥えた丸い身体、それから、東国風の派手なターバンがトレードマークの男だ。
「おうロア、生きてたか」
「ああ」
こうした酒場でのおきまりの挨拶を、ロアはニコリともせずにこなす。カミラはそんなロアに気を悪くするでもなく、空いた部屋の、時には空いていなくても鍵をよこしてくる。
「今朝、うちを根城にしてた異種殺しのパーティが森でゴブリンどもにやられちまってね。まだ部屋は散らかったままなんだが、それでも良ければ使ってくれ。ああ、入用なものがあったら貰ってもいいぜ」
「必要ない。ゴブリン如きにやられる連中の装備なんざたかが知れてる」
「あはっ、それもそうか。んじゃリク、お前の馬鹿力で一階に下ろしてくれよ。ここで売っぱらっちまうからさ」
相変わらずちゃっかりしている。まぁ、明日も知れない異種殺し相手の商売で、いちいち顔見知りの死に湿っぽくなっていては話にならない。ロアがどこかでくたばっても、やはり同じように何食わぬ顔で持ち物を売り払い、小遣いに替えるのだろう。
そんなことを、特に何の感慨もなく考えながらロアは二階へと上る。鍵に書かれた番号の部屋に入ると、カミラの言ったとおり前の客のものと思しき荷物がそのまま残されていた。かさばる武具や鎧が残されているのを見るに、雑魚相手と侮り軽装で出かけてしまったのだろう。
部屋自体は、一般的な流れ者向けのそれと変わらない。リクが跳ね回れば抜け落ちそうな木製の床に石造りの壁。ベッドは粗末なものが二つ。当たり前だがシーツの類は乱れたままだ。
その一つに無造作に腰を下ろす。と、相変わらず戸口に突っ立ったままのリクが気まずそうに口を開いた。
「ごめんね、ロア」
「何の話だ」
「うん。さっきおれ、ロアのこと、怒らせちゃった。だから……」
「……ああ」
さっきの路地でのことか。ただ、この口ぶりから察するに、ロアの真意を理解できているわけではなさそうだ。
とはいえ。
それを説明しようにも、どこから――いや、どこまで話せばいいのか。連中が抱える種としての性質、その危険性。野放しにすれば必ず人間を害するそれをリクに語ったところで、リクは理解できるのか。……いや、理解するだけでは不十分だ。その上で、本能を乗り越えてもわらなければ何の意味もない。
それができなければ、殺すまで。
なのに俺は……何を躊躇っている?
「……ああいうことは、前にも、あったのか」
「ううん。ロア以外には、初めてかも」
「は……?」
想定外の言葉にロアは呆然となる。今、こいつは何と……?
「……どういう意味だ、それは」
やめろ。
聞くな。それ以上は聞きたくない。
「うん。おれ、ロアの匂いがいちばん好き。でもね、あの人間の匂いも、すごく、よかったんだ。……何の匂いだろう、あれ。ロアは知ってる?」
そしてリクは、ロアのベッドに歩み寄り、隣に腰を下ろす。覚えず距離を取るロア。そんな自分に、ロアはまた愕然となる。
――俺を受け入れろ、人間。
「おーい、ロア!」
階下から聞こえた声が、ロアを一瞬の悪夢から引き戻す。そのままロアはベッドを立つと、リクの視線を振り切るように足早に部屋を出た。
「何だ!」
「お客さんだぞ! ゲインって同業者だ!」
その名前にロアは思わず舌を打つ。なぜこうも虫の居所が悪い時に限って、会いたくない奴がのこのこと顔を見せに現れるのか。
そんなことを頭の中でぼやきながら、ずかずかと一階に下りる。
一階の食堂にはテーブル席と立ち飲み用のカウンターが設けられている。そのカウンターで、ロアにとっては見覚えのある男が旨そうに麦酒を呷っていた。
大柄なリクにも劣らない長身。急所が集中する胴体と腰回りのみを革鎧で覆い、腰には大小の剣。典型的なご同業の装備だが、そうでなくともロアには、男の端正だが酷薄な顔立ちと、邪竜の鱗を思わせる漆黒の髪には馴染みがあった。むしろありすぎるほどに。
やがて男はロアの姿に気付くと、手元のジョッキを軽く掲げる。
「久しぶりだな、ロア。五年ぶりか? お互い五体満足で何よりだ」
「あ、ああ……」
言われてみれば、軍を辞めてもうそれだけ時間が経っている。それは同時に、ロアがフリーの異種殺しとして過ごした時間の長さを意味した。……あのリクと過ごした時間も。
「相変わらず綺麗なツラだな。他の同業ときたら、会うたびに向こう傷が増えてくのによ」
「そういうお前も、相変わらず女に困らなさそうな顔をしている。……で、今回は何の用だ」
「そう急かすなよ。久しぶりの再会だ。ゆっくり飲もうぜ」
「同業と馴れ合う趣味はない。たとえお前が相手でも」
店員に果実酒を頼む。やがて運ばれてきたそれを、ロアは乾杯もせずに呷る。
「つれねぇのも相変わらずだな。元同僚だろ? そうでなくとも、同業者には良くしておいた方が何かと得だぜ? いざって時に助けてもらえるし、旨い仕事も入ってくる」
「仕事の話か。なら、悪いが他を当たってくれ。俺は誰とも組まない」
するとゲインは、なぜか愉快そうに瞼を細める。ああ、この目だとロアは思う。昔からこいつの、相手を冷たく嘲弄するこの目が嫌だった。
「へえ、獣人とは組むのにか?」
「……」
ある意味、案の定の指摘に、しかしロアはうまい言葉が返せずに黙り込む。そもそも、この問いに対してはロア自身、これという答えを見つけきれていない。そもそも俺は、なぜ、あいつを――憎むはずの獣人を連れ回しているのか……いや、連れ回しているんじゃない。あいつが勝手に俺をつけ回しているだけ。事実、俺は止めたのだ。何度も、何度も何度も。
ならば殺せばよかっただろう。
事実、ゲインの知る俺はそうした。必ず。
「なぁ、ロア」
不意に馴れ馴れしく肩に手を回される。振り払うのも煩わしく、構わず果実酒を舐めていると、今度は顔を寄せられ、鼻先で囁かれる。麦酒の臭いを纏った、妙に獣臭い吐息に軽く眩暈がした。
「獣人と組めるなら、当然、俺とも組めるよな? ちょうど今、近所に新しく出来た獣人の村を潰してくれと軍から依頼を受けているんだ。ただ、いかんせん大きな村でな、俺一人じゃどうも持て余す恐れがある。かといって、有象無象を掻き集めたところで何の足しにもなりゃしねぇしな。で、さっき出張所に顔を出して、腕のいい獣人殺しが町に立ち寄っていないか訊いたところ、偶然あんたの名前が出てきたってわけだ」
なるほど、それでガーラントあたりにロアの行きつけの宿を聞いた、ということだろう。
「つまり……お前に協力しろと? その村を潰すために?」
「ああ。軍の協力も得られるから、武器や物資は使い放題。報酬もたんまりだ。どうだ、受けない理由はないだろう?」
「敵の人員構成は」
「人員……ああ、雄と雌それぞれ約六十匹、うちガキが五十匹前後ってとこか」
「何だそりゃ。半分は子供じゃないか」
「だから何だ。どうせすぐにデカくなる」
平然と答えるゲインに、それもそうだ、とロアは同意する。むしろ、獣人殺しとして生きる者なら模範とも呼べる返答だろう。
連中の成長は速く、産まれて二年ほどはころころとして愛らしいが、五年も放置すれば並みの人間では太刀打ちできなくなる。とりわけ雄の獣人は、女を知ると途端に凶暴性が増す。性交の快楽に味を占めた雄の獣人は、種族問わず雌を欲し始めるからだ。だからこそ獣人、とりわけ雄の獣人は、たとえ子供でも見つけ次第屠る必要がある。
事実、大掛かりな獣人討伐では、子供の獣人も例外なく屠られる。
今のゲインの話も、だから、獣人殺しとして異論を挟むべき部分はどこにもない……なのに。
「デカくなった獣人はやがて人間を襲う。その意味じゃガキだろうと大人だろうと脅威に変わりない。違うか、ロア。少なくとも昔のあんたなら手当たり次第――」
「ゲイン」
かつての同僚の言葉を、ロアは強引に遮る。
「言いたいことはわかる。それでも……今回はパスさせてもらう。俺は、もう、その手の村には手をつけないことにして――」
「本気で言ってるのか?」
嘲笑まじりの声に、今度はロアの方が言葉を遮られる。その目はしかし、冷ややかな声とは裏腹に強い苛立ちにぎらついているように見えた。
「なぁ、昔のあんたはどこに消えた? 憎悪だけを胸に獣人どもを蹴散らしていたあの頃のあんたは――」
「何だ、お前」
不意に肩から重みが外れ、見ると、いつの間にか食堂に下りたリクがゲインの腕を掴んで捻り上げていた。
体術を駆使するならともかく、純粋な力比べに持ち込まれると、どんな腕利きの異種殺しも獣人に勝つことはできない。熟練の異種殺しほど、その冷酷な事実を十分に理解している。そして……無理に抗わないところを見ると、すでにゲインは相手が獣人だと見抜いているらしい。
「臭い腕でロアに触るな」
「お前こそ、その獣臭い手を離しちゃくれねぇか」
するとリクは、どうすればいい、と言いたげに隣のロアを振り返る。ロアは、知るかとカウンターに向き直る。リクとしては相棒を酔客から庇ったつもりだろうが、そもそもリクは相棒でも何でもない。
それにゲインのことだ。どうせ今頃、もう一方の手は剣の柄を握りしめているんだろう。案の定、その手は腰の剣を掴んでいる。そのことに気付かないままリクが斬られて死ねば、所詮はそれまでの奴だっただけのこと。少なくとも……このロア=リベルガに復讐を果たせる器ではない。
ところがリクは、なおもゲインの腕を捻り上げる。
まさか、本当に気付いていないのか……?
「……離せ。リク」
「えっ、あ……うん」
戸惑いがちにゲインの腕を放すリク。そんなリクの隣で、ロアもまた戸惑いを隠せずにいた。なぜ俺は、リクを庇うようなことを……?
一方、腕を折られずに済んだゲインは、なぜか恨めしそうにロアを睨み据えている。言いたいことは、痛いほど伝わっている。それでもロアはわざと気付かないふりを貫く。
「なるほど」
先に沈黙を破ったのはゲインの方だった。
「あの頃のお前は、もう、どこにもいないんだな」
そしてゲインは、残りの麦酒を飲み干すと、外套を翻し、足早に店を出て行った。
一階の酒場兼食堂では、異種族の出没情報がしきりに飛び交い、それを目当てにまた旅人が、そして情報が集う。料理も絶品で、本来なら飛び込みで宿を取るのは難しいほど人気の宿だ。が、異種殺しとして長く暮らすロアは、この店ではかなり顔が利く。たとえ満室でも、店の若主人が払いの悪い逗留者を蹴り出してでも部屋を工面してくれるのだ。
「よぉ、カミラ」
店に顔を出すと、ちょうどその若主人がカウンターに立っていた。年齢は三十手前のロアと大差なく、本来なら店を任されるには若すぎる歳だ。が、先代の店主が五年前に森で獣人に襲われてしまい、急遽、宿を引き継ぐ羽目になった。以来、店主としてこの店を必死に切り盛りしている。満月のような丸顔とよく肥えた丸い身体、それから、東国風の派手なターバンがトレードマークの男だ。
「おうロア、生きてたか」
「ああ」
こうした酒場でのおきまりの挨拶を、ロアはニコリともせずにこなす。カミラはそんなロアに気を悪くするでもなく、空いた部屋の、時には空いていなくても鍵をよこしてくる。
「今朝、うちを根城にしてた異種殺しのパーティが森でゴブリンどもにやられちまってね。まだ部屋は散らかったままなんだが、それでも良ければ使ってくれ。ああ、入用なものがあったら貰ってもいいぜ」
「必要ない。ゴブリン如きにやられる連中の装備なんざたかが知れてる」
「あはっ、それもそうか。んじゃリク、お前の馬鹿力で一階に下ろしてくれよ。ここで売っぱらっちまうからさ」
相変わらずちゃっかりしている。まぁ、明日も知れない異種殺し相手の商売で、いちいち顔見知りの死に湿っぽくなっていては話にならない。ロアがどこかでくたばっても、やはり同じように何食わぬ顔で持ち物を売り払い、小遣いに替えるのだろう。
そんなことを、特に何の感慨もなく考えながらロアは二階へと上る。鍵に書かれた番号の部屋に入ると、カミラの言ったとおり前の客のものと思しき荷物がそのまま残されていた。かさばる武具や鎧が残されているのを見るに、雑魚相手と侮り軽装で出かけてしまったのだろう。
部屋自体は、一般的な流れ者向けのそれと変わらない。リクが跳ね回れば抜け落ちそうな木製の床に石造りの壁。ベッドは粗末なものが二つ。当たり前だがシーツの類は乱れたままだ。
その一つに無造作に腰を下ろす。と、相変わらず戸口に突っ立ったままのリクが気まずそうに口を開いた。
「ごめんね、ロア」
「何の話だ」
「うん。さっきおれ、ロアのこと、怒らせちゃった。だから……」
「……ああ」
さっきの路地でのことか。ただ、この口ぶりから察するに、ロアの真意を理解できているわけではなさそうだ。
とはいえ。
それを説明しようにも、どこから――いや、どこまで話せばいいのか。連中が抱える種としての性質、その危険性。野放しにすれば必ず人間を害するそれをリクに語ったところで、リクは理解できるのか。……いや、理解するだけでは不十分だ。その上で、本能を乗り越えてもわらなければ何の意味もない。
それができなければ、殺すまで。
なのに俺は……何を躊躇っている?
「……ああいうことは、前にも、あったのか」
「ううん。ロア以外には、初めてかも」
「は……?」
想定外の言葉にロアは呆然となる。今、こいつは何と……?
「……どういう意味だ、それは」
やめろ。
聞くな。それ以上は聞きたくない。
「うん。おれ、ロアの匂いがいちばん好き。でもね、あの人間の匂いも、すごく、よかったんだ。……何の匂いだろう、あれ。ロアは知ってる?」
そしてリクは、ロアのベッドに歩み寄り、隣に腰を下ろす。覚えず距離を取るロア。そんな自分に、ロアはまた愕然となる。
――俺を受け入れろ、人間。
「おーい、ロア!」
階下から聞こえた声が、ロアを一瞬の悪夢から引き戻す。そのままロアはベッドを立つと、リクの視線を振り切るように足早に部屋を出た。
「何だ!」
「お客さんだぞ! ゲインって同業者だ!」
その名前にロアは思わず舌を打つ。なぜこうも虫の居所が悪い時に限って、会いたくない奴がのこのこと顔を見せに現れるのか。
そんなことを頭の中でぼやきながら、ずかずかと一階に下りる。
一階の食堂にはテーブル席と立ち飲み用のカウンターが設けられている。そのカウンターで、ロアにとっては見覚えのある男が旨そうに麦酒を呷っていた。
大柄なリクにも劣らない長身。急所が集中する胴体と腰回りのみを革鎧で覆い、腰には大小の剣。典型的なご同業の装備だが、そうでなくともロアには、男の端正だが酷薄な顔立ちと、邪竜の鱗を思わせる漆黒の髪には馴染みがあった。むしろありすぎるほどに。
やがて男はロアの姿に気付くと、手元のジョッキを軽く掲げる。
「久しぶりだな、ロア。五年ぶりか? お互い五体満足で何よりだ」
「あ、ああ……」
言われてみれば、軍を辞めてもうそれだけ時間が経っている。それは同時に、ロアがフリーの異種殺しとして過ごした時間の長さを意味した。……あのリクと過ごした時間も。
「相変わらず綺麗なツラだな。他の同業ときたら、会うたびに向こう傷が増えてくのによ」
「そういうお前も、相変わらず女に困らなさそうな顔をしている。……で、今回は何の用だ」
「そう急かすなよ。久しぶりの再会だ。ゆっくり飲もうぜ」
「同業と馴れ合う趣味はない。たとえお前が相手でも」
店員に果実酒を頼む。やがて運ばれてきたそれを、ロアは乾杯もせずに呷る。
「つれねぇのも相変わらずだな。元同僚だろ? そうでなくとも、同業者には良くしておいた方が何かと得だぜ? いざって時に助けてもらえるし、旨い仕事も入ってくる」
「仕事の話か。なら、悪いが他を当たってくれ。俺は誰とも組まない」
するとゲインは、なぜか愉快そうに瞼を細める。ああ、この目だとロアは思う。昔からこいつの、相手を冷たく嘲弄するこの目が嫌だった。
「へえ、獣人とは組むのにか?」
「……」
ある意味、案の定の指摘に、しかしロアはうまい言葉が返せずに黙り込む。そもそも、この問いに対してはロア自身、これという答えを見つけきれていない。そもそも俺は、なぜ、あいつを――憎むはずの獣人を連れ回しているのか……いや、連れ回しているんじゃない。あいつが勝手に俺をつけ回しているだけ。事実、俺は止めたのだ。何度も、何度も何度も。
ならば殺せばよかっただろう。
事実、ゲインの知る俺はそうした。必ず。
「なぁ、ロア」
不意に馴れ馴れしく肩に手を回される。振り払うのも煩わしく、構わず果実酒を舐めていると、今度は顔を寄せられ、鼻先で囁かれる。麦酒の臭いを纏った、妙に獣臭い吐息に軽く眩暈がした。
「獣人と組めるなら、当然、俺とも組めるよな? ちょうど今、近所に新しく出来た獣人の村を潰してくれと軍から依頼を受けているんだ。ただ、いかんせん大きな村でな、俺一人じゃどうも持て余す恐れがある。かといって、有象無象を掻き集めたところで何の足しにもなりゃしねぇしな。で、さっき出張所に顔を出して、腕のいい獣人殺しが町に立ち寄っていないか訊いたところ、偶然あんたの名前が出てきたってわけだ」
なるほど、それでガーラントあたりにロアの行きつけの宿を聞いた、ということだろう。
「つまり……お前に協力しろと? その村を潰すために?」
「ああ。軍の協力も得られるから、武器や物資は使い放題。報酬もたんまりだ。どうだ、受けない理由はないだろう?」
「敵の人員構成は」
「人員……ああ、雄と雌それぞれ約六十匹、うちガキが五十匹前後ってとこか」
「何だそりゃ。半分は子供じゃないか」
「だから何だ。どうせすぐにデカくなる」
平然と答えるゲインに、それもそうだ、とロアは同意する。むしろ、獣人殺しとして生きる者なら模範とも呼べる返答だろう。
連中の成長は速く、産まれて二年ほどはころころとして愛らしいが、五年も放置すれば並みの人間では太刀打ちできなくなる。とりわけ雄の獣人は、女を知ると途端に凶暴性が増す。性交の快楽に味を占めた雄の獣人は、種族問わず雌を欲し始めるからだ。だからこそ獣人、とりわけ雄の獣人は、たとえ子供でも見つけ次第屠る必要がある。
事実、大掛かりな獣人討伐では、子供の獣人も例外なく屠られる。
今のゲインの話も、だから、獣人殺しとして異論を挟むべき部分はどこにもない……なのに。
「デカくなった獣人はやがて人間を襲う。その意味じゃガキだろうと大人だろうと脅威に変わりない。違うか、ロア。少なくとも昔のあんたなら手当たり次第――」
「ゲイン」
かつての同僚の言葉を、ロアは強引に遮る。
「言いたいことはわかる。それでも……今回はパスさせてもらう。俺は、もう、その手の村には手をつけないことにして――」
「本気で言ってるのか?」
嘲笑まじりの声に、今度はロアの方が言葉を遮られる。その目はしかし、冷ややかな声とは裏腹に強い苛立ちにぎらついているように見えた。
「なぁ、昔のあんたはどこに消えた? 憎悪だけを胸に獣人どもを蹴散らしていたあの頃のあんたは――」
「何だ、お前」
不意に肩から重みが外れ、見ると、いつの間にか食堂に下りたリクがゲインの腕を掴んで捻り上げていた。
体術を駆使するならともかく、純粋な力比べに持ち込まれると、どんな腕利きの異種殺しも獣人に勝つことはできない。熟練の異種殺しほど、その冷酷な事実を十分に理解している。そして……無理に抗わないところを見ると、すでにゲインは相手が獣人だと見抜いているらしい。
「臭い腕でロアに触るな」
「お前こそ、その獣臭い手を離しちゃくれねぇか」
するとリクは、どうすればいい、と言いたげに隣のロアを振り返る。ロアは、知るかとカウンターに向き直る。リクとしては相棒を酔客から庇ったつもりだろうが、そもそもリクは相棒でも何でもない。
それにゲインのことだ。どうせ今頃、もう一方の手は剣の柄を握りしめているんだろう。案の定、その手は腰の剣を掴んでいる。そのことに気付かないままリクが斬られて死ねば、所詮はそれまでの奴だっただけのこと。少なくとも……このロア=リベルガに復讐を果たせる器ではない。
ところがリクは、なおもゲインの腕を捻り上げる。
まさか、本当に気付いていないのか……?
「……離せ。リク」
「えっ、あ……うん」
戸惑いがちにゲインの腕を放すリク。そんなリクの隣で、ロアもまた戸惑いを隠せずにいた。なぜ俺は、リクを庇うようなことを……?
一方、腕を折られずに済んだゲインは、なぜか恨めしそうにロアを睨み据えている。言いたいことは、痛いほど伝わっている。それでもロアはわざと気付かないふりを貫く。
「なるほど」
先に沈黙を破ったのはゲインの方だった。
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