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断章・ロア
しおりを挟む憎しみこそがすべてった。あの日、あの瞬間までは――
その日の仕事は、例によって獣人の村の殲滅だった。六十匹ほどの獣人が群れて暮らす小集落。雌も子供も含まれるその集落に、いつものようにロアは風のように飛び込み、一匹一匹、音もなく殺戮していった。
半日も経つ頃には、息をする獣人は一匹として村に残されてはいなかった。少なくとも――ロアはそう判断した。
殺戮を終えると、続いて攫われた人間の救出に移る。獣人の集落、とりわけ若い雄が群れて作る盗賊団には、必ずと言っていいほど若い女や子供が生きたまま監禁され、生き地獄に等しい暮らしを強いられている。そうした被害者を一刻でも早く救い出すのも、ロアの重要な使命だった。
かつてロアも、そのような生き地獄を強いられたことがある。
平和だったはずの村に、奴らは突如現れた。家は焼かれ穀物は略奪され、男は殺され女は散々嬲り者にされた後でやはり殺された。ロアの家族も例外ではなかった。父は、獣人に犯される母を前に四肢をもがれ、まだ小さかった弟や妹も玩具のように犯され殺された。発狂した母はその後どこかへ連れ去られたが、やはり、殺されてしまったのだろう。むしろ殺されていて欲しいとさえ思う。
そしてロア自身も、散々嬲られたあとで獣人たちの長のもとに連れて行かれた。それからは毎晩が地獄だった。堪え難いほどの苦痛と屈辱、そして、獣人の吐き出す生臭い精に塗れながら、ロアは何度も、何度も死を願った――
さいわい、今回の村にはそのような人間は一人も見当たらなかった。が、ここでなければ次の村、あるいはそのまた次の村に必ず被害者は存在する。絶望の淵で、誰かに助け出されるのを待っている。歩みを止める暇はない。
そうして足を進めたロアの爪先に、ふと何かが引っかかる。
見ると、それは獣人の仔の死骸だった。それをロアは、小石か何かのように無造作に蹴り飛ばす。あの頃のことを思うと、たとえ子供であっても生かしてはならない――そう魂が絶叫する。その叫びに突き動かされるように、獣人どもの死体の山をロアは築いてきた。
それでも。
足りない。まだ、足らない。
要救助者の有無を確かめると、仕上げにロアは村に火を放つ。獣人の死体もろとも焼き尽くし、仲間の死と敗北を周囲の獣人どもに知らしめるのだ。
火は夜通し燃え続けた。ロアの怒りを、憎悪を示すかのように。それらの火を、ロアは飽きずに眺めた。獣人を屠った後に見るこの炎だけが、ロアの魂に束の間の安らぎを与えた。
ただ、普段はロアに安寧を与えるこの光景も、この日は、なぜか心に馴染まなかった。
そんなロアの脳裏によみがえる、ある言葉。数日前、とある宿屋で元異種殺しを名乗る老人に言われた台詞だ。
――お前さんは、いつまでこの仕事を続けるつもりだ。
いつまでも何もない。命が続く限り獣人を屠り続けるつもりだ。一匹でも多く――が、もし本当に納得できているのなら、あの男の台詞が頭に残ることもないだろう。こんな場面で思い出してしまうのは、やはり少なからず意識しているのだ。今の生き方に、何かしらの疑問を抱いている、ということだ。
……疲れているのだろうか、俺は。
やがて東の空が白み始めた頃、ようやく火は収まった。
聞き慣れない子供の泣き声が、とある家の焼け跡から聞こえてきたのはそんな時だった。まさか、救うべき誰かを見落としていた? ――そう思い、家に駆け寄ったロアは、そこに意外なものを見つけて足を止めた。
狼の頭と、金色の体毛に覆われた小さな身体。
間違いない、こいつは……獣人の仔だ。
その獣人の仔は、親と思しき生焼けの死体をしきりに揺さぶっている。おそらく、ロアの襲撃時には狩りに出かけるなどしていて難を逃れたのだろう。よく見ると、その傍らには小さなウサギの死骸が転がっている。
何という強運。だが、そのツキもここまでだ。
腰から暗殺用の短剣を抜き放ち、そっと構える。このロア=リベルガに見つかった以上、獣人である限り死の運命からは免れない。たとえ、そう、子供であっても――
だが。
結局ロアは、その仔を斬らなかった。獣人といえどもまだ子供。親もなく、たった一人で森に捨て置かれれば遠からず敵に喰われて死ぬか、飢えと渇きで死に至る。わざわざ手を下すまでもない、と。
そのまま剣を収めると、ロアは村を後にした。
尾行に気付いたのは、それから間もない頃だった。背後で草むらを踏み分ける物音がして、見ると、先程の仔が付いて来るのが遠くに見えた。追撃にしては頼りなく、復讐の機会を狙うにしても無防備すぎる尾行。いや、こんなものはそもそも尾行ですらない。孤独と不安の中、唯一見出した縋るべき大人、それが、皮肉にも彼の家族を奪った張本人だった――それだけのこと。
その後も、獣人の仔は黙々とロアを追った。引き剥がすつもりで歩みを速めると、獣人の子はそれでも必死にロアに追いすがった。時に木の根に足を取られ、躓いて傷だらけになっても……だが、そんな追いかけっこも長くは続かなかった。ほどなく獣人の仔は崖の淵を踏み外し、谷底に滑り落ちてしまう。
助けるつもりなどなかった。微塵も――
なのに、気付くとロアは崖の下に飛び降り、滑り落ちたはずの獣人の仔を探していた。やがて、挫いた足を抱えつつも生きている彼を見つけた時、つい胸を撫で下ろしてしまったことをロアは今も覚えている。
――お前、名前は。
――リク。
答えると、リクと名乗る獣人の仔はぎこちなく微笑んだ。
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