完結!【R‐18】獣は夜に愛を学ぶ(無垢獣人×獣人にトラウマを持つ獣人殺し)

路地裏乃猫

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ゲイン

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 女のような優男。それが、あの男の第一印象だった。

 過酷な入隊試験を経て、晴れて掃討部隊への入隊を許されたあの日。古参兵との初顔合わせの場で、ゲインは、ある兵士の姿に釘付けになった。

 つややかな銀髪。透けるように白い肌。どこかなまめかしさすら感じる細身のしなやかな肢体。そして――美の女神すら恥じ入るほどの圧倒的な美貌。さてはお偉いさんのお手付きで、縁故でもって入隊したのだろう。そんな邪推を当初は抱きさえした。

 だが。

 ゲインにとっては初出撃となった戦場で、その優男は、誰よりも華麗に、かつ残虐に獣人を屠った。音もなく闇を駆け、次の瞬間には断末魔すら許さずに獣人の喉首を切り裂いている。その頃にはもう次の獣人に狙いを定めていて、息つく暇すら惜しむように獣人を屠り続けるその姿は、彼こそが未知の異種族なのではと疑わしめるほどだった。

 その日から、ロア=リベルガはゲインの全てとなった。

「やっぱ……うまくいかねぇな」

 周囲に横たわる、膨大な数の獣人の死体。その一体に歩み寄り、首の切り口を検める。

 斬りどころは悪くない。うまく急所を仕留めてはいる。ただ、よく見るとまだ切り口が浅い。浅いから、事実、一太刀で仕留めることができなかった。
 
 それでこのざまだ、と、ゲインは小さく舌を打つ。

 顔や腕といわず、それこそ全身を染める獣人どもの返り血。ひと仕事を終えた後はいつもこれだ。ゲインが記憶する限り、ロア=リベルガが戦場で敵の返り血を浴びたことは一度たりともない。戦闘が終わり、ゲイン含む他の兵士が獣の血の生臭さに閉口する隣で、ロア一人は何事もなかったように涼しい顔で剣の血糊を拭うのが、あの頃、掃討部隊で見られたお決まりの光景だった。

 あの時の光景を――絶望的なまでの力量差を、こうして戦闘が終わるたびに思い知らされる。その屈辱と畏怖、そして感動を、あの男は知らないだろう。

 知らなくてもいい。こんな醜い感情など。

 いや、それを言えば、獣人への憎悪以外の感情など、そもそもあの男に備わるべきではないのだ。ただ獣人を呪い、そして屠る。その姿こそゲインが求め焦がれたもの。永遠に届かない、だからこそ追い求めてしまう何か。

「いやぁ噂には伺っておりましたが、改めて拝見すると大したものですなぁ」

 同行した地元の将軍が、広がる血の海を見渡しながら溜息をつく。彼の傍らで警備に当たる兵士たちも、同じように呆けた顔で周囲を見回している。

 つい先刻まで獣人どもの集落だった場所には、もはや異種族の気配はどこにも感じられない。

「まさか本当に一人で壊滅してしまうとは……さすがは元掃討部隊のエリートですなぁ。この様子なら、わざわざロアとかいう異種殺しを雇わなくとも良かったのでは?」

「……お褒めに預かり、光栄です」

 恭しく頭を下げ、踵を返す。普段なら、仕事の後は戦果報告のための耳削ぎという面倒な作業が待っているが、今回は地元の軍も同行しているので必要ない。

 奴らは、何もわかっちゃいない。

 森の奥へと水場を求めて歩きながら、そう、ゲインは胸の内で吐き捨てる。ロア=リベルガはただの異種殺しではない。あれは、そういう一個の芸術なのだ。憎悪という名の刃を極限まで鍛え上げ、完全無欠の暴力へと昇華させた芸術品。それにただ触れたいという無邪気な憧憬が、なぜお前たちにはわからない。

 いいや、わからなくていい。この感情は、憧憬は、俺ただ一人のものだ。

 ようやく手頃な池を見つけ、そこでゲインは鎧と服を解き、血みどろの身体を池に浸す。そういえばあの頃も、戦闘の後は皆で近場の水場で身体を洗ったものだ。返り血を浴びずに済んだロアも、なぜかよく一緒に水を浴びた。闇の中、月の光にうっすらと浮かぶ白い肢体は抜き身の刃のようで、触れたそばから切り刻まれる己の姿を想像しては、人知れず淫靡な興奮を抱いたことをゲインは今もよく覚えている。

 そういえば、なぜ獣人殺しになったのかをロアに問うたのも、こんな、仕事の後のひとときだった。

 あれは確か、北の森で獣人どもの大規模な集落を壊滅させた後のこと。近くの川で全裸で水を浴びるロアを何となしに眺めていたゲインは、ふと、その内腿に見覚えのある傷跡を見つけた。並行に走る三本の醜い掻き傷。それは、彼らが任務のたびに救出する捕虜たちが負う傷と同じもので、同時にそれは、ロアのある過去を示してもいた。

 救出された捕虜たちは例外なく、獣人に犯され、慰み者にされていた。

 多くは女だったが、中には見目の良い青年や少年も含まれていた。そのたびにゲインは、獣人どもの旺盛な性欲に呆れるばかりだったが、あるいはロアは、全く違う感情を抱かされていたのかもしれない。

 ――だから獣人殺しになったのか。

 するとロアは怪訝な顔をすると、やがてゲインの真意に気いたのか、嫌悪感もあらわに吐き捨てた。

 ――他に理由があると思うか。

 そうだな、と曖昧に相槌を打ちながら、ゲインは痺れにも似た恍惚を密かに噛み締めていた。

 弱者ゆえに虐げられた怒りを、これほどの刃に鍛え上げたその憎悪――ああ、本当にお前は、どこまでも美しい。醜い屈辱の痕すら糧にして、ロア=リベルガという男は、これからもその刃を美しく研ぎ澄ましてゆくのだろう。

 その行く末を、ああ、見たい。見届けたい。

 その後、ロアは掃討部隊を辞めてフリーの異種殺しになる。軍に属する限り、そこで行われる獣人殺しは命令の結果でしかない。自分は、あくまでも己の意思で獣人を屠りたい――そう言い残し、王の紋章が刻まれた剣をあっさりと軍に返上したロアに、またしてもゲインは痺れた。国じゅうの男が憧れる名誉の証すら、彼の純粋な憎悪を引き留めることはできなかったのだ。

 身を焦がすほどの憎悪と復讐心。それが、ロアが剣を振るう理由の全てだった。

 そんなロアにただ近づきたい一心で、ゲインもまた軍を辞める。それから五年。異種殺しどもの噂を頼りにロアの動向を探るゲインの耳に、ある信じがたい話が届く。

 ロアが、獣人の男を相棒に連れている――

「……ふざけるな!」

 水面に身を委ねたまま、暮れなずむ空に向けて吐き捨てる。

 そう、こんなふざけた話が許されるはずがない。お前は、俺の憧れであり続けなくてはいけない。そうして最期は、己の憎しみに臓腑に食い破られ破滅すべきなのだ。それが俺のロア=リベルガだ。俺が憧れ、俺が愛した。なのに……

 ……いや、なるほど、そういうことか。

 歪んだ笑みが、ふ、と腹の底から湧いて出る。そうか。ならば今一度思い出させてやろう。獣人にとって、お前がどういう存在かを。所詮はただの欲望のはけ口。貪るべき弱者に過ぎないことを。

 そして思い出せ。お前自身の本当の在り方を。
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