完結!【R‐18】獣は夜に愛を学ぶ(無垢獣人×獣人にトラウマを持つ獣人殺し)

路地裏乃猫

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傷痕

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 ねばつくような視線を感じてロアは振り返る。

 見ると、見知らぬ髭面の男が、遠目で舐めるようにロアの身体を眺めている。男は、ロアと目が合うなり手と指とでゼスチャーをする。男が男を誘う時にする卑猥なそれを、ロアは見なかったことにして湯水に裸体を沈める。

「きもちいいねぇ、ロア」

 隣でぺちぺちと水面を叩きながら、楽しそうにリクが言う。身体だけは無駄に大きなリクがはしゃぐと、それだけで落ち着かない。

 ここは湖の水が地熱で温められて出来た天然のスパで、今のリクがはしゃぎ回っても充分な広さがある。ただ、何事にも限度はあって、泳いだり潜水したり、手桶で水を跳ね散らかされると、ただでさえ短いロアの堪忍袋の緒はあっさりと切れてしまう。

「大人しくしろ。殺すぞ」

 ところがリクは、相変わらず子供のようにはしゃぎ回っている。まぁ実際、中身は子供なのだから仕方ない……

 いや。

 冷たい汗が、つう、と背筋を伝う。わかっている。本当は、もうあまり猶予は残されていない。所詮は子供だからと言い逃れのできる時間は、きっと、ロアが想像する以上に短い。

 わかっている。

 本当は、何をどうすべきかも。

「大丈夫? ロア」

 見ると、さっきまで馬鹿みたいにはしゃいでいたリクが、湖面から頭だけを突き出し、心配顔でロアの顔を覗き込んでいる。静かにロアを見上げる紅い双眸。普段は子供子供しているのに、たまに真剣な顔をすると、妙に大人びて見える端正な美貌……

 いや違う、こいつは、もう。

 俯いたロアの視界にふと映る、内腿の古傷。幼い日に与えられた屈辱と痛みを、この傷を目にするたびに思い出し、心の中で蒸し返してきた。

 それが今は、なぜか言い知れない焦燥をロアに突きつけてくる。
 
「ひょっとして……痛むの、足の傷?」

「……違う」

「でも、ロア、すごい辛そうな顔してる。ねぇ、本当に大丈夫――」

「うるさい黙れッッ!」

 視界の隅で、リクの顔がびくりと強張るのが見える。そんなリクの反応にうんざりしながら、ロアはまた頭を掻き毟る。

 わかっている。こいつに悪意がないことも。ただ……うるさい。静かにしてほしい。ただでさえ頭の中でいろんな声が喚き散らして、気が狂いそうなんだ。

「それ……獣人にやられたの?」

「なに?」

 見ると、相変わらずリクは心配顔でロアを見上げている。ただ、その紅色の瞳には、それまでは見られなかった色――ささやかな、しかし、確かな疑念が。

「……俺がそんな間抜けに見えるか」

「ううん。見えないから、変だなって……思ってた、ずっと」

「……」

 ずっと。

 そんな疑念にも、気付けずにいたというのか。この傷の来歴を疑うということは、ロアの強さを疑うことと同義でもある。知らぬ間に大人になり、知らぬ間にロアの力を疑い始めていたリク。改めて、この獣人とどう接すべきかロアはわからなくなる。

 なら殺せばいい。普段そうしているように。

 なのになぜ、俺は、その単純で明瞭な正解を選び取れずにいる?

「……お前には、関係ない」

「か、関係なくないよ! ……ロアが痛いと、おれも痛い。ロアが悲しいと、おれも悲しい。だから……お、教えてほしい、ロアのこと、もっと」

「知ってどうする」

 吐き捨てると、ロアは一人でスパを出る。と、その行く手を動く壁がぬっと遮る。見上げると、さっきロアを誘った髭面の男がニタニタとロアを見下ろしていた。

「なぁあんた、金貨一枚でどうだ」

 そして男は、分厚い唇をずるりとなめずる。 

 ちょうどいい。身体だけでなく頭と心もすっきりさせたかったところだ。

「いいぜ。それで買ってやる」

「買う?」

「喧嘩だよ。売ったんだろ?」

「は? いや俺は――」

 返答は待たなかった。呆ける男にロアは鋭く足払いをかけると、バランスを崩して仰け反った男の身体を頭から地面に叩きつける。手元で骨の砕ける鈍い音がして、それきり男は白目を剥いたきり動かなくなった。

 ロアは首から提げていた巾着から金貨を取り出すと、それを足元でだらしなく横たわる男に放る。が、期待した爽快感は得られなかった。むしろ、これ見よがしにリクの前で力を誇示するいじましさが余計に痛々しい。

 やはり恐れているのだ、とロアは思う。リクが雄の本能に目覚める日を。

 いや、それだけじゃない。本当は――

 ――おれ、ロアの匂いがいちばん好き。

「……っ」

 ふとこみ上げた吐き気を、ロアは胃の腑にぐっと押し込む。脱ぎ捨てておいた衣類の山から静かに剣を取ると、肩越しに、こちらを見つめるリクを冷たく見据えた。

 殺せ。
 
 早くあいつを。

 このままでは、また……
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