9 / 28
不穏な手紙
しおりを挟む
結局。
いつものようにロアは、何事もなくスパを出た。汗を流してすっきりしたはずが、相変わらず気分は晴れない。重い足を引きずりながら、とりあえず秋風亭へと戻る。
なぜ、こいつを殺せなかったのだろう。
そんな、もう何度目とも知れない自問をロアは繰り返す。獣人なんぞ、もう何十、いや何百と屠ってきたはず。その数がたった一匹増えるだけのこと。ただそれだけのことが、なぜ。
そんなロアの隣では、なぜかリクも悄然としている。普段はいくら諫めてもはしゃぎ回るのを止めないリクが。
「ごめんね、ロア」
「……今度は何だ」
「だってロア、怒ってる。……おれが傷のこと聞いたから」
違う。怒っているわけではないし、傷のことも今更だ。何もかも的外れなのがつくづく可笑しい。……いや違う。苛ついているのだ。そんな自分にロアはまた愕然となる。
理解を、求めているのか。こいつに。
「そう……だな。わかったら、もう二度と聞くな」
うん、と、いつものように無責任な肯定が返るだろうと思った。ところが、いくら待ってもリクから答えはない。さりげなく横目で見上げると、何か強い痛みでも堪えるようにじっと俯いている。
「……おれは」
やがてリクは、何かを振り切るようにロアを見下ろす。いつになく思い詰めた顔。こんな顔もできるようになったのかと今更のようにロアは驚く。……いつの間に、こんなに大きく。
「それでも、ロアのこと、もっと知りたい」
一瞬、何かが胸を掠めて。
その耐え難い感触に、ロアは足を止める。
「ロア?」
気付いたリクが足を止め、振り返る。その柔らかな眼差しに、またしてもロアは名状しがたい感情を抱く。それは、少なくとも怒りや恨みの類ではなく、まして恐怖でもない。むしろ……それらとは対極の何か。
「……お前は」
どうして、あの日。
「何なんだ、お前は。どうして……」
俺に殺されてくれなかった。名もなき獣人として。
お前さえ、俺に出会わなければ。
「ロア?」
「……いや、何でもない」
秋風亭に戻ると、待ちわびたと言いたげにカウンターからカミラが声をかけてきた。その手は、一枚の封筒を見せつけるようにひらひらさせている。
「よう、手紙だぜ、ロア」
「手紙? 誰からだ」
「誰って、ええと、ほら、こないだの同業者――」
「あいつだ」
カミラが答えるよりも先に、リクの鼻が差出人を特定する。そのままリクはロアの代わりにカミラから手紙を掴み取ると、なおもスンスンと執拗に臭いを嗅ぎ続けた。嗅げば手紙の中身もわかる、とでも言いたげに。
「おれ、こいつ嫌い」
「返せ」
今度はロアがリクの手から手紙を奪い取る。追いかけるようにリクが腕を伸ばしてきたが、それをバックステップで軽く避けると、さっそくロアは中を検める。
中身は、何の変哲もない一通の手紙だった。内容は先日の件の謝罪。だが、そもそもあの男は、こんな殊勝な手紙を書いて寄越すタイプの人間ではない。少なくとも、掃討部隊にいた頃のゲインはそうだった。傲岸不遜。常に他人を見下し、謙虚さなど薬にしたくとも持ち合わせのない男。それが、ロアがゲインに抱く印象の全てだ。
「……ん?」
軽く文面に目を通したところで、ロアは手紙の後半に目を止める。
『獣人の新しい弱点を見つけた。ただ、並の獣人殺しには逆に危険で教えられない。ロアにだけ伝えたいから一人で来てくれ』
そして追記には、待ち合わせの店とその場所。なるほど、本題はこっちか。……が、正直、気は乗らない。そもそも、好んで話をしたい相手でもない。ただ、手紙の内容が事実なら、獣人殺しとしては捨て置けない。単にこれが、リク抜きで話をするための口実だとしても、だ。
「少し出かけてくる」
言い残し、踵を返す。するとリクも慌てて追いすがってくる。
「待って! おれも行く!」
「お前はここで待っていろ。――おい、カミラ」
巾着から金貨を摘まみ出し、カミラに放る。これだけ払っておけば、いくらリクが好きに飲み食いしても充分賄えるだろう。
意図を察したらしいリクは困ったようにロアとカミラを見比べる。カミラは肩をすくめると、仕方ないと言いたげにリクに軽く手招きした。
「積もる話があるんだろ。昔話なんて、部外者には退屈なだけだぜ」
「で、でもあいつ、ロアのこと、」
「大丈夫だって。今のロアには、お前が一番なんだからさ」
そして何故か、「な?」と同意を求めてくる。またこいつは適当なことを。答えの代わりにカミラをひと睨みすると、今度こそロアは秋風亭を後にした。
いつものようにロアは、何事もなくスパを出た。汗を流してすっきりしたはずが、相変わらず気分は晴れない。重い足を引きずりながら、とりあえず秋風亭へと戻る。
なぜ、こいつを殺せなかったのだろう。
そんな、もう何度目とも知れない自問をロアは繰り返す。獣人なんぞ、もう何十、いや何百と屠ってきたはず。その数がたった一匹増えるだけのこと。ただそれだけのことが、なぜ。
そんなロアの隣では、なぜかリクも悄然としている。普段はいくら諫めてもはしゃぎ回るのを止めないリクが。
「ごめんね、ロア」
「……今度は何だ」
「だってロア、怒ってる。……おれが傷のこと聞いたから」
違う。怒っているわけではないし、傷のことも今更だ。何もかも的外れなのがつくづく可笑しい。……いや違う。苛ついているのだ。そんな自分にロアはまた愕然となる。
理解を、求めているのか。こいつに。
「そう……だな。わかったら、もう二度と聞くな」
うん、と、いつものように無責任な肯定が返るだろうと思った。ところが、いくら待ってもリクから答えはない。さりげなく横目で見上げると、何か強い痛みでも堪えるようにじっと俯いている。
「……おれは」
やがてリクは、何かを振り切るようにロアを見下ろす。いつになく思い詰めた顔。こんな顔もできるようになったのかと今更のようにロアは驚く。……いつの間に、こんなに大きく。
「それでも、ロアのこと、もっと知りたい」
一瞬、何かが胸を掠めて。
その耐え難い感触に、ロアは足を止める。
「ロア?」
気付いたリクが足を止め、振り返る。その柔らかな眼差しに、またしてもロアは名状しがたい感情を抱く。それは、少なくとも怒りや恨みの類ではなく、まして恐怖でもない。むしろ……それらとは対極の何か。
「……お前は」
どうして、あの日。
「何なんだ、お前は。どうして……」
俺に殺されてくれなかった。名もなき獣人として。
お前さえ、俺に出会わなければ。
「ロア?」
「……いや、何でもない」
秋風亭に戻ると、待ちわびたと言いたげにカウンターからカミラが声をかけてきた。その手は、一枚の封筒を見せつけるようにひらひらさせている。
「よう、手紙だぜ、ロア」
「手紙? 誰からだ」
「誰って、ええと、ほら、こないだの同業者――」
「あいつだ」
カミラが答えるよりも先に、リクの鼻が差出人を特定する。そのままリクはロアの代わりにカミラから手紙を掴み取ると、なおもスンスンと執拗に臭いを嗅ぎ続けた。嗅げば手紙の中身もわかる、とでも言いたげに。
「おれ、こいつ嫌い」
「返せ」
今度はロアがリクの手から手紙を奪い取る。追いかけるようにリクが腕を伸ばしてきたが、それをバックステップで軽く避けると、さっそくロアは中を検める。
中身は、何の変哲もない一通の手紙だった。内容は先日の件の謝罪。だが、そもそもあの男は、こんな殊勝な手紙を書いて寄越すタイプの人間ではない。少なくとも、掃討部隊にいた頃のゲインはそうだった。傲岸不遜。常に他人を見下し、謙虚さなど薬にしたくとも持ち合わせのない男。それが、ロアがゲインに抱く印象の全てだ。
「……ん?」
軽く文面に目を通したところで、ロアは手紙の後半に目を止める。
『獣人の新しい弱点を見つけた。ただ、並の獣人殺しには逆に危険で教えられない。ロアにだけ伝えたいから一人で来てくれ』
そして追記には、待ち合わせの店とその場所。なるほど、本題はこっちか。……が、正直、気は乗らない。そもそも、好んで話をしたい相手でもない。ただ、手紙の内容が事実なら、獣人殺しとしては捨て置けない。単にこれが、リク抜きで話をするための口実だとしても、だ。
「少し出かけてくる」
言い残し、踵を返す。するとリクも慌てて追いすがってくる。
「待って! おれも行く!」
「お前はここで待っていろ。――おい、カミラ」
巾着から金貨を摘まみ出し、カミラに放る。これだけ払っておけば、いくらリクが好きに飲み食いしても充分賄えるだろう。
意図を察したらしいリクは困ったようにロアとカミラを見比べる。カミラは肩をすくめると、仕方ないと言いたげにリクに軽く手招きした。
「積もる話があるんだろ。昔話なんて、部外者には退屈なだけだぜ」
「で、でもあいつ、ロアのこと、」
「大丈夫だって。今のロアには、お前が一番なんだからさ」
そして何故か、「な?」と同意を求めてくる。またこいつは適当なことを。答えの代わりにカミラをひと睨みすると、今度こそロアは秋風亭を後にした。
6
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません
ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。
全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!
永川さき
BL
魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。
ただ、その食事風景は特殊なもので……。
元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師
まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。
他サイトにも掲載しています。
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる