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2章
8章 幕間
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――「何描いてるの、お兄ちゃん」
聞き覚えのある声に、漣はふと振り返る。声の主は案の定、長期入院中の小児患者、伊勢谷晃だった。同学年の子供に比べて明らかに発達の遅れた身体。パジャマから覗く棒切れのような腕には、夥しい注射の痕が青痣となって浮かんでいる。
ここは、病院から自転車で二十分ほど走った場所にある駅前の路地裏で、ただでさえ体力に乏しい晃が一人で来られる場所ではない。そうでなくとも入院患者の無許可での外出は許されていない。まして夜の今は絶対に許可など下りないだろう。
にもかかわらず、ここに晃がいることに漣は何の違和感も抱かない。正しくは、その漣は。
「ちょうどよかった。晃くんに見せたかったんだ」
そう、その漣は口にする。そんなつもりはないのに、口だけは、まるで見知らぬ他人のように意図せぬ言葉を紡ぐ。そして――見せる。たったいま描き終えた、見る者に死をもたらすはずの絵を。
「毎日毎日、検査や注射でつらいだろ。学校で、お友達と一緒に勉強できなくて悔しいだろ。お父さんやお母さんに会えなくて寂しいだろ。だから――」
だからどうか、楽になってほしい。
生きるのは苦しい。君だけじゃない。誰にとっても。
やがて晃は、糸の切れた操り人形のように呆気なく崩れ落ちる。とさ、と、乾いた音がして、ああ、なんて軽いのだろうと漣は思う。悲しいほど軽い命。
そんな、終わってしまった命に漣は歩み寄ると、そっと抱き上げ、呼吸の有無を確かめる。呼吸どころか一切の生命活動を終えたその身体は、早くも死後硬直を始めている。冷たく、青い、美しい抜け殻。
その、痩せた胸に顔を埋め、漣は呻く。
「……よかった」
やがて目頭が熱を持ち、顔を押し付けたパジャマの布地がじわり、じわりと濡れはじめる。よかった、と、なおも漣は繰り返す。本当によかった。また一人、苦しみから解き放つことができた。
聞き覚えのある声に、漣はふと振り返る。声の主は案の定、長期入院中の小児患者、伊勢谷晃だった。同学年の子供に比べて明らかに発達の遅れた身体。パジャマから覗く棒切れのような腕には、夥しい注射の痕が青痣となって浮かんでいる。
ここは、病院から自転車で二十分ほど走った場所にある駅前の路地裏で、ただでさえ体力に乏しい晃が一人で来られる場所ではない。そうでなくとも入院患者の無許可での外出は許されていない。まして夜の今は絶対に許可など下りないだろう。
にもかかわらず、ここに晃がいることに漣は何の違和感も抱かない。正しくは、その漣は。
「ちょうどよかった。晃くんに見せたかったんだ」
そう、その漣は口にする。そんなつもりはないのに、口だけは、まるで見知らぬ他人のように意図せぬ言葉を紡ぐ。そして――見せる。たったいま描き終えた、見る者に死をもたらすはずの絵を。
「毎日毎日、検査や注射でつらいだろ。学校で、お友達と一緒に勉強できなくて悔しいだろ。お父さんやお母さんに会えなくて寂しいだろ。だから――」
だからどうか、楽になってほしい。
生きるのは苦しい。君だけじゃない。誰にとっても。
やがて晃は、糸の切れた操り人形のように呆気なく崩れ落ちる。とさ、と、乾いた音がして、ああ、なんて軽いのだろうと漣は思う。悲しいほど軽い命。
そんな、終わってしまった命に漣は歩み寄ると、そっと抱き上げ、呼吸の有無を確かめる。呼吸どころか一切の生命活動を終えたその身体は、早くも死後硬直を始めている。冷たく、青い、美しい抜け殻。
その、痩せた胸に顔を埋め、漣は呻く。
「……よかった」
やがて目頭が熱を持ち、顔を押し付けたパジャマの布地がじわり、じわりと濡れはじめる。よかった、と、なおも漣は繰り返す。本当によかった。また一人、苦しみから解き放つことができた。
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