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第2部 暴君社交編 第6話 王太子、祝福する
第6話 8
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天にも昇る心地とは、こういう事を言うのだろうか。
五年も前に諦めたロイド様と、今、こうしてダンスできてるなんて。
「――フラン殿。ダンスは私も久しぶりでして。
ぎこちないリードで申し訳ない」
苦笑しながらそう告げてくるロイド様に、わたしは首を振って微笑む。
「わたしなんて、公の場では初めてです。変じゃありませんか?」
付け焼き刃なのはわかってる。
それでも彼にはおかしく思われてないか不安で、思わず尋ねてしまった。
「変なんてとんでもない! とてもお上手ですよ」
微笑む彼に、わたしは身も心も蕩けてしまいそうになる。
ゆったりとした曲のタイミングに合わせてダンスに誘ってくれたのは、きっと彼の気遣いなのだろう。
おかげでわたしはステップを間違えずに、しっかり踊れている。
癪だけど、あのへたれとの練習はちゃんとモノになっていた。
思えば昔からそうだ。
カイくんは、見た事を素直に吸収し、なんでも小器用にこなして見せた。
決して突出した事はないけれど、大抵の事はこなせてしまう子供だった。
もっとも本人にしてみたら、一番にはなれない事で自信には繋がっていないのだろう。
変に調子に乗らないよう、周囲がそれがどれほど素晴らしい才能なのかを伝えてこなかったのも、あの何に関しても及び腰な性格に拍車をかけているのかもしれない。
「フラン殿? どうかされましたか?」
一瞬、上の空になっていたので、ロイド様が声をかけてくる。
「いえ、こうしてロイド様と仲良くなれるきっかけをくださった、殿下には感謝しないと、と」
「――本当にそうですね。ですが、あの休憩時間がなかったとしても……」
彼がそう言いかけたところで、曲が止まる。
わたしとロイド様は手を掲げて一礼。
ホールの隅に移動すると、途端にロイド様に令嬢方が殺到した。
女性から男性に声をかけるのははしたないのだが、相手は滅多にパーティーに姿を見せない、赤毛の貴公子だ。
令嬢方も必死なのだろう。
せめて会話を。
あわよくば一曲ダンスを。
そんな想いをにじませて、彼女達は次々とロイド様に話題を振っていく。
彼はわたしをチラリと見たが、わたしは首を振って彼女達に彼を譲った。
今ならわかる。
わたしだって、彼と滅多に話せない中で、そんな機会に恵まれたなら、あんな風に押しかけていただろう。
使用人からシャンパンを受け取り、わたしは壁際で気配を消す。
彼以外とは踊る気なんてなかったから。
鍛えられた聴覚は、自然とロイド様と令嬢方の会話を拾ってしまい。
「先程の女性は誰なんですの?」
という問いに、彼は苦笑して。
「職場の同僚で、友人なんですよ」
まあ、そう答えるしかないだろう。
わたし達はそういう関係だ。
「――グレシア様、近々、ご婚約される予定って本当ですか?」
――え? そんな噂、聞いたことない。
「ずっと想われてる方がいらっしゃるのですよね?」
――そうなの?
背筋に冷水でも流されたように、ダンスの余韻に浮かれていたわたしは、肌が粟立って冷静になっていく。
思わず令嬢達に囲まれているロイド様を見ると、彼は困ったような笑みを浮かべながら頭を掻き。
「……まあ、ずっと好きな人がいるというのは、本当かな」
まるで慈しむような表情で、彼は令嬢方に告げた。
その余りに優しげな表情に、わたしは足元が崩れ落ちていくような錯覚を得る。
と、そこで――
「――ロイド様、お久しぶりです」
令嬢方の間から進み出る、薄いピンクのドレスを着た栗毛の女性。
「クレア嬢か!? 本当に久しぶりだ」
ロイド様は笑顔で彼女に歩み寄る。
その人はロイド様に迷惑をかけた人じゃないの?
なんでそんな優しい顔で話せるの?
ダメだ。
思考がうまくまとまらない。
「――学生時代はご迷惑をおかけいたしました。
浅はかだったと、本当に反省していますの。
それでその、よろしければ……」
と、彼女は意味ありげにロイド様を見つめ、ダンスに誘って欲しい事を示すように、右手をそっと持ち上げる。
令嬢方が見守る中、ロイド様はその手を取って。
「クレア嬢。一曲、踊って頂けますか?」
一礼して、彼女にそう告げた。
令嬢方がわっと湧き上がる。
点と点が線で繋がったような感覚。
やはり学生時代、ロイド様はクレアを想っていたという事なのだろうか。
ずっと想っている人がいるとも言っていた。
それはつまり……
それ以上考えたくなくて、わたしはよろよろとテラスに抜け出す。
階段を降りて中庭に抜け、茂みにしゃがみ込んだ。
嫌な想像と、それを妬む気持ちがぐるぐると渦巻いて、目の前がチカチカする。
少し前までは幸せな気持ちで溢れていたというのに、なにがいけなかったのだろう。
そう思うと、視界が涙で滲んだ。
化粧が崩れてしまわないように、ハンカチでそっと押さえるけれど、涙は止まってくれそうにない。
ああ……わたしはロイド様が好きだ。
この想いは、もうどうしようもない。
けれど彼には長く想い続けた人が居て……わたしはただの茶飲み仲間だ。
彼を想うなら、わたしはこの想いを押し殺すべきだろう。
大丈夫。
元々、今の関係でも満足していたじゃないか。
浮かれて高望みをしすぎていただけだ。
だから、大丈夫……
「……フラン姉」
背後からかけられる、カイくんの気づかわしげな声。
こんなへたれの気配にさえ気づかないなんて、いよいよわたしは参っていたらしい。
「その、さ……フラつきながら出ていくのが見えたから。
――大丈夫か?」
わたしは立ち上がると、彼の肩を掴み、後ろを向かせた。
「……大丈夫……じゃない。ちょっとだけ、背中貸して」
すっかりわたしより大きくなったその背中に顔を埋めて。
わたしは溢れでる嗚咽を止められなかった。
五年も前に諦めたロイド様と、今、こうしてダンスできてるなんて。
「――フラン殿。ダンスは私も久しぶりでして。
ぎこちないリードで申し訳ない」
苦笑しながらそう告げてくるロイド様に、わたしは首を振って微笑む。
「わたしなんて、公の場では初めてです。変じゃありませんか?」
付け焼き刃なのはわかってる。
それでも彼にはおかしく思われてないか不安で、思わず尋ねてしまった。
「変なんてとんでもない! とてもお上手ですよ」
微笑む彼に、わたしは身も心も蕩けてしまいそうになる。
ゆったりとした曲のタイミングに合わせてダンスに誘ってくれたのは、きっと彼の気遣いなのだろう。
おかげでわたしはステップを間違えずに、しっかり踊れている。
癪だけど、あのへたれとの練習はちゃんとモノになっていた。
思えば昔からそうだ。
カイくんは、見た事を素直に吸収し、なんでも小器用にこなして見せた。
決して突出した事はないけれど、大抵の事はこなせてしまう子供だった。
もっとも本人にしてみたら、一番にはなれない事で自信には繋がっていないのだろう。
変に調子に乗らないよう、周囲がそれがどれほど素晴らしい才能なのかを伝えてこなかったのも、あの何に関しても及び腰な性格に拍車をかけているのかもしれない。
「フラン殿? どうかされましたか?」
一瞬、上の空になっていたので、ロイド様が声をかけてくる。
「いえ、こうしてロイド様と仲良くなれるきっかけをくださった、殿下には感謝しないと、と」
「――本当にそうですね。ですが、あの休憩時間がなかったとしても……」
彼がそう言いかけたところで、曲が止まる。
わたしとロイド様は手を掲げて一礼。
ホールの隅に移動すると、途端にロイド様に令嬢方が殺到した。
女性から男性に声をかけるのははしたないのだが、相手は滅多にパーティーに姿を見せない、赤毛の貴公子だ。
令嬢方も必死なのだろう。
せめて会話を。
あわよくば一曲ダンスを。
そんな想いをにじませて、彼女達は次々とロイド様に話題を振っていく。
彼はわたしをチラリと見たが、わたしは首を振って彼女達に彼を譲った。
今ならわかる。
わたしだって、彼と滅多に話せない中で、そんな機会に恵まれたなら、あんな風に押しかけていただろう。
使用人からシャンパンを受け取り、わたしは壁際で気配を消す。
彼以外とは踊る気なんてなかったから。
鍛えられた聴覚は、自然とロイド様と令嬢方の会話を拾ってしまい。
「先程の女性は誰なんですの?」
という問いに、彼は苦笑して。
「職場の同僚で、友人なんですよ」
まあ、そう答えるしかないだろう。
わたし達はそういう関係だ。
「――グレシア様、近々、ご婚約される予定って本当ですか?」
――え? そんな噂、聞いたことない。
「ずっと想われてる方がいらっしゃるのですよね?」
――そうなの?
背筋に冷水でも流されたように、ダンスの余韻に浮かれていたわたしは、肌が粟立って冷静になっていく。
思わず令嬢達に囲まれているロイド様を見ると、彼は困ったような笑みを浮かべながら頭を掻き。
「……まあ、ずっと好きな人がいるというのは、本当かな」
まるで慈しむような表情で、彼は令嬢方に告げた。
その余りに優しげな表情に、わたしは足元が崩れ落ちていくような錯覚を得る。
と、そこで――
「――ロイド様、お久しぶりです」
令嬢方の間から進み出る、薄いピンクのドレスを着た栗毛の女性。
「クレア嬢か!? 本当に久しぶりだ」
ロイド様は笑顔で彼女に歩み寄る。
その人はロイド様に迷惑をかけた人じゃないの?
なんでそんな優しい顔で話せるの?
ダメだ。
思考がうまくまとまらない。
「――学生時代はご迷惑をおかけいたしました。
浅はかだったと、本当に反省していますの。
それでその、よろしければ……」
と、彼女は意味ありげにロイド様を見つめ、ダンスに誘って欲しい事を示すように、右手をそっと持ち上げる。
令嬢方が見守る中、ロイド様はその手を取って。
「クレア嬢。一曲、踊って頂けますか?」
一礼して、彼女にそう告げた。
令嬢方がわっと湧き上がる。
点と点が線で繋がったような感覚。
やはり学生時代、ロイド様はクレアを想っていたという事なのだろうか。
ずっと想っている人がいるとも言っていた。
それはつまり……
それ以上考えたくなくて、わたしはよろよろとテラスに抜け出す。
階段を降りて中庭に抜け、茂みにしゃがみ込んだ。
嫌な想像と、それを妬む気持ちがぐるぐると渦巻いて、目の前がチカチカする。
少し前までは幸せな気持ちで溢れていたというのに、なにがいけなかったのだろう。
そう思うと、視界が涙で滲んだ。
化粧が崩れてしまわないように、ハンカチでそっと押さえるけれど、涙は止まってくれそうにない。
ああ……わたしはロイド様が好きだ。
この想いは、もうどうしようもない。
けれど彼には長く想い続けた人が居て……わたしはただの茶飲み仲間だ。
彼を想うなら、わたしはこの想いを押し殺すべきだろう。
大丈夫。
元々、今の関係でも満足していたじゃないか。
浮かれて高望みをしすぎていただけだ。
だから、大丈夫……
「……フラン姉」
背後からかけられる、カイくんの気づかわしげな声。
こんなへたれの気配にさえ気づかないなんて、いよいよわたしは参っていたらしい。
「その、さ……フラつきながら出ていくのが見えたから。
――大丈夫か?」
わたしは立ち上がると、彼の肩を掴み、後ろを向かせた。
「……大丈夫……じゃない。ちょっとだけ、背中貸して」
すっかりわたしより大きくなったその背中に顔を埋めて。
わたしは溢れでる嗚咽を止められなかった。
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