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番外編2.出張中の執事(三人称です)
59.挑発
しおりを挟むワインをいくらか飲んだダンドは、少し酔ったようだった。赤い顔で首をかしげる。
「狐の毛、釘が打たれた翌日落ちてたって言ってたね……コリュムはそこで何してたのかな……?」
「さあ…………聞いてみましょうか……」
「聞く? 誰に?」
「コリュム本人にです」
「え……ほ、本人に!?」
「はい。答えるとも思えませんが、何かヒントくらいつかめるかもしれません。それに、こうなっては、コリュムを全く無視しておくわけにはいきません」
「……確かに、何か釘と関係ありそうだけど……危ないよ」
「心配はいりません」
「いりませんって、一人で行く気? ダメだよ。俺も行く」
「私一人で結構です」
「俺もいた方がいい」
「……分かりました。コリュムは今頃、ヴァティジュ伯爵について雑務を行なっているはずです。さあ、行きましょうか」
「今から!? セリュー、行動早すぎない?」
「……もたもたしていると、コリュムに会うことすら、できなくなるかもしれません」
「コリュム、死ぬの?」
「そういう意味ではありません。行きますよ」
セリューが立ち上がると、ちょうどドアが開いた。鍵はかけたはずだ。合鍵を使ったのだろうが、今ドアの外に立っている男がこういうことをすると、ますます悪魔のように見える。
そこ立っていたのは、まだ四十ほどの年のはずなのに、もう何百年も生きているのではないと思わせるほどの風格を持った巨体の男、ヴァティジュ伯爵だった。
「やあ……セリュー……久しぶりだな」
「ヴァティジュ……伯爵……」
いつでもこの男と対峙するときは、そのオーラだけで、四方から押しつぶされているような気になる。
伯爵とは初対面のダンドも、その異様な雰囲気に危険を察したらしく、黙って立ち上がった。
伯爵は、畏れる二人にゆっくりと近づいてくる。
「……セリュー……この城に来たのなら、私への挨拶はどうした? ここを去って、魔物についたせいで、礼儀まで忘れたか?」
「……あ、挨拶が遅れたことは、申し訳ございません……ただ、私は魔物についたのではございません」
つい、言い返してしまう。得策ではないと知っているが、相手が誰であれ、オーフィザンを馬鹿にする者は許せない。
しかし、それで機嫌を悪くしたのか、伯爵は、突き出た目をギョロッと動かし、セリューを睨みつけた。
「……セェええリュゥううーー……相変わらずだなぁ……その図々しさで、城の中をうろつきまわっているそうだが……私はそんなことを許可した覚えはないぞ……?」
「私たちは」
「釘の事件を解決するために来たそうだなあ……? どこまで分かった……?」
「申し訳ございませんが、それは話せません」
「話せない? 私に話せないようなことか……何をしていた?」
「誤解なさらないでください。私たちは釘のことを調べているだけで、それ以外のことは何もしておりません」
「なるほどぉぉお……隠すのかあ……」
「……」
セリューが黙っていると、ダンドがセリューの前に出て、伯爵と対峙した。伯爵の前で、ダンドが無礼な態度を取れば終わりだ。伯爵の一言で、セリューもダンドも、永久に城に近寄ることができなくなる。
しかし、ダンドは落ち着き払って言った。
「俺たちは本当に何もしていません。調査中のことは、主人であるオーフィザン様以外に話すことができないだけです」
「そうか……そうかそうかそうか……ふ、ふはははは……」
急に笑い出したかと思えば、伯爵は背後のドアに向かって、あごで合図を送る。すると、二人の従者が入って来て、セリューを羽交い締めにした。話せないと言って納得する男ではないし、もしかしたらと思っていたが、やはり強硬な手段を使ってきたようだ。
ダンドが声を荒らげ、抗議する。
「何するんですか!! 俺たちは釘のことを調べているだけです! セリューさんを離してください!」
「私を侮辱したのだ。それなりの罰は受けてもらわなくてはなああああ……一緒に来てもらおうか。セリュー?」
伯爵に顔を近づけられ、セリューはゾッとした。そばにいるものが、人間ではなく、人を食い殺す魔物に思えた。
「……侮辱などしておりません。仰る通りのところへ参りますので、どうか、弁明の機会を与えてはくださいませんか?」
「それが欲しいのなら、せいぜい頑張って従順にしていることだ……さあ、行くぞ」
「はい……」
セリューが頷くと、伯爵はニヤリと笑い、羽交い締めにしていた二人に合図を送る。すると、やっと二人はセリューを離した。
「では、行こうか。セリュー……」
「はい……」
伯爵について行こうとするセリューを、ダンドが止める。
「セリュー! 待って!」
「ダンド、あなたはここにいてください。すぐに戻ります」
「でも……」
とにかく、伯爵が利用できる隙を作らないようにしなくてはならない。セリューが、極力平気な顔をして待っていろと告げたことを分かってくれたらしく、ダンドは怒りに任せて行動することはしなかった。しかし、城に来るのは初めてである彼を、利用できそうだと思われてしまったらしく、伯爵が仕掛けてくる。
伯爵は、セリューの顎に後ろから手を回し、肌が触れそうなほど近くに顔を近づけ、笑いながら言った。
「そうだなああ……セェリュゥー……これから、コリュムの慰み者になるんだ。知り合いに、男に跪いて奉仕する姿は見られたくないだろうなああ……」
安い挑発だが、首や耳に伯爵の顔が触れ、体が震えた。動揺した仕草を見せれば、ダンドを焦らせてしまう。なんとか震えを抑えようとしたが、無理だった。
ダンドは、伯爵に向かって叫ぶ。
「セリューさんを離してください! 俺たちは何も悪いことはしていません!」
「ダンド!! 黙りなさい!!」
「セリュー!!」
「挑発だ! 乗るな!! 黙ってここにいろ!!」
必死に叫ぶと、ダンドは悔しそうな顔をしながらも、なんとか黙ってくれた。しかし、問題の伯爵の方は、セリューのすぐそばで笑う。
「挑発? ははは……まぁあっったく、無礼な輩だなあああああ……はははは……詫びはきっちりしてもらおう……」
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