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番外編6.執事になる!

112.深夜になった

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 ハラハラ落ちる桜の花が、柔らかくて優しい月の光を受けて、淡く光っている。まるでそれ自体が光っているみたい。

 夜が更けてきた。少し前までは虫の声が聞こえていたのに、今は風が桜を散らす音がするだけ。

 僕らはガラスの玉の前に座って、月を眺めていた。この部屋は天井がないから、見上げればお月見が出来ちゃう。すごく綺麗なんだけど、魔物に対しては無防備。

 ガラスの玉を奥の部屋に移したらどうだって、オーフィザン様が提案したけど、月の光が当たっていないと玉が困るらしい。あの玉、生きているのかな?

 玉の前に立ったオーフィザン様は、目の前のそれをじっと見上げていた。

 さっきからオーフィザン様は何も話さない。ずっと厳しい顔をしている。

 魔物が来る前だから……だよね? 僕はずっとオーフィザン様のそばにいるだけでいいのかな?

 何かもっと、オーフィザン様のお手伝いになることがしたいけど、さっきお茶をいれてきますって言ったら、怖い顔で断られちゃったんだ。

 絶対僕がまたドジをするって思われちゃってる……こうなったら、今回は絶対ドジせずに、オーフィザン様のお力になって、信頼できる、頼りになる僕になってやる!! 信頼できる僕……セリューみたいに!! がんばるぞ!

 こっそり決意して、両方の拳を握り締める。それをオーフィザン様に気づかれたのか、頭をポンポンってされちゃう。

 見上げたオーフィザン様は、優しそうに笑ってる。そんな顔されると、ますます頑張りたくなる!!

 オーフィザン様のなでなでにうっとりしていたら、すぐそばに座っていた笹桜さんにからかわれちゃった。

「仲が良くて羨ましいな」

 ふわあああ……照れる……僕たち、仲良く見えるんだ。初めて言われた。

 オーフィザン様は僕の肩に手を回し、僕を引き寄せた。

「もうすぐ結婚するからな」
「結婚……? お前……結婚するのか?」
「ああ。近々式を挙げる。お前も顔を出せ」
「そうか……おめでとう。雨紫陽花が目を覚ましたら、二人で祝福に行く。クラジュ、オーフィザンを頼んだぞ」
「は、はいっ!!」

 うわあああ! お願いされちゃった! 僕、本当にオーフィザン様のお嫁さんになるんだ!! それならますます頑張るぞ!!

 気合いを入れていたら、僕の狼の耳に、何かが走るような足音が聞こえてきた。トントンって不規則になる音が、一気に僕の不安を煽る。

「なんの音だ?」

 笹桜さんが空を見上げる。つられて、僕も見上げると、周りの屋根に隠れてこちらを覗き込んでいる、黒い影が見えた。あれ、昼間見た魔物達だ!

「クラジュ! 決して離れるな!!」

 オーフィザン様が叫んで、魔法で魔物達を切り裂く。相変わらず、オーフィザン様はすごい。

 だけど魔物はどんどん沸いてくる。みんなガラスの玉を狙っているんだ。

 あ!! 空から何か飛んでくる!! セリューを襲ったのと同じ、首のない竜の魔物だ。よし! 僕だって爪で!!

 気合いを入れるけど、魔物が突っ込んでくると、やっぱり怖い!! 僕はその場にうずくまって頭を抱えちゃう。

 情けない僕の頭の上で、魔物の体が爆発した。オーフィザン様の魔法だ!!

 よ、よかった……ぶつかるかと思った……

 座り込んだまま立てない僕の目の前で、オーフィザン様は、僕を庇いながら次々魔物達を魔法で倒していく。それでも魔物は怯まず屋根からひっきりなしに襲ってくる。

「オーフィザン! 前だ!!」

 笹桜さんが叫んで、オーフィザン様は前から襲いくるものを魔法の剣で切りつけた。

 オーフィザン様、一人で僕を守ったり、魔物の相手をしたり、大変そう。このままじゃ僕はただの足手まといだよ! なんとかしなきゃ!! そうだ! 魔物に見つからないように隠れちゃうのはどうだろう!!

 どこか隠れるところ……あ、あの掛け軸の裏なんか良さそう!

 急いで掛け軸に駆け寄るけど、畳に滑って倒れそうになっちゃう。

 こけそうになったけど、僕の体はふわんって浮き上がった。オーフィザン様の魔法が捕まえてくれたんだ。そのまま、オーフィザン様の腕の中へ連れていかれた。

「俺のそばを離れるな」

 僕を抱っこしたまま、オーフィザン様は魔法の風で魔物を切り裂いていく。

 突然、魔物達と戦う僕らの後ろで、ガラスの玉が激しく光り始めた。

 な、なに? 何かあったの?

 だけど、ガラス玉の異常に驚いているのは僕だけで、オーフィザン様はちらっとガラス玉を確認してから、すぐに魔物達に向き直る。

 あれ……大丈夫なのかな……?

 ガラスの玉の光に引き寄せられたのか、屋根から襲ってくる魔物はますます増えてきた。

 ぼ、僕はオーフィザン様に抱っこされているだけでいいのかな? ダメな気がする! だって僕は今、オーフィザン様の執事なんだ! オーフィザン様のお役に立たなきゃ!!

 オーフィザン様の腕の中でキョロキョロしていたら、背後で、太陽みたいに光るガラスの玉に、魔物が襲いかかろうとしているのが見えた。あんなものに襲い掛かられたら、ガラスが割れちゃう!

 とっさに、僕はオーフィザン様の腕を振り払い、ガラスに飛びかかった。

「クラジュ!!」

 オーフィザン様が叫ぶけど、今、オーフィザン様は魔物に囲まれていて忙しい。ガラスは僕が守るもん!!

 勢いよく飛んだから、つるんとしたガラス玉のてっぺんに、なんとか着地できた。だけどツルツルしてて立つことは出来ない。屋根の魔物たちが、僕に一斉に注目する。

 怖いけど……ガラスは絶対守るもん!!

 何か武器……そうだ!! あの掛け軸!

 僕はツルツル滑るガラスの玉から、落ちるように飛び降りて、壁にかけてあった掛け軸を剥ぎ取った。あ、あんまり武器っぽくないけど、なんとかなるよね!!

 ガラスの玉に駆け寄り、屋根から僕らを見下ろして飛びかかってくる魔物たちに向かって振り回した。

「来るなーー!!」

 叫んだからか、魔物達がひるむ。やったあ!! 僕もガラスを守れた!!

 喜んだのもつかの間、魔物達は今度は僕に向かってきた。

 わわわー! 怒らせちゃった!?

 魔物たちに囲まれたオーフィザン様が、僕に向かって叫ぶ。

「クラジュ!! 戻ってこい!!」

 うううー! やっぱり僕だけじゃ無理!! だけど、僕が離れたら、玉は魔物に飛びかかられちゃう。体を張ってでも絶対守るもん!

 僕は玉の前で仁王立ちになるけど、何か踏んだ……わわわ!! 掛け軸踏んじゃった!! ついでに転んじゃう。蹴り上げた掛け軸が玉に向かって飛んでいって巻き付いちゃった!!

 ガラスの玉がグランて動く。あ、あれれ? 玉が転がりだしたよ? さっきまで普通に浮いていたのに、な、なんで勝手に転がるの?

 わあん! 玉、止まらないよ!!

「クラジュ!! 掛け軸をとれ!!」

 オーフィザン様が叫ぶ。そ、そうか。巻き付いた掛け軸で月の光を遮っちゃってるんだ!! 笹桜さんが言ってた。月の光を隠すと、それを欲しがって飛んで行っちゃうって!!

 な、なんとか掛け軸取らなきゃ! だけど玉がグルングルン回ってますます絡まっちゃう。

「ま、待って……待って!!」

 巻き付いた掛け軸の端を掴んで、僕は玉を追った。なんとかしなきゃ!! とにかく掛け軸を取らないと!!

 だけど玉は止まらない。周りにいた魔物たちを吹っ飛ばし、屋敷の奥へ飛んでいく。

「クラジュ!! 止まれっっ!!」

 後ろでオーフィザン様が叫ぶけど、玉を止めなきゃ止まれない。このままじゃ飛んで行っちゃう!!

 玉は襖を吹っ飛ばし、障子を破壊して、廊下に飛び出る。そこで、まるで意思があるかのようにかくんて曲がって、廊下を走っていく。僕は必死に掛け軸にしがみついて、玉を追った。

 ふわああん!! このまま月まで飛んで行っちゃったらどうしよう!! 本当に隕石になっちゃう! 中で寝ている人も死んじゃうよ!

 なんとかして止めなきゃ!! だけど玉の勢いが早すぎて、掛け軸の端を掴んで追いかけるだけで精一杯。ううううー! どうしよう!!

 すると、騒ぎに気付いたのか、近くの襖が開いて、ダンドが顔を出す。

「クラジュ!! 何事……わあっ!!」

 飛んで来た玉をダンドはとっさにかわす。よかったあ。ダンドに衝突しなくて。
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