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21.おかしい
しばらくフュイアルさんのことは頭からかき消して仕事を続け、なんとか日が昇るまでに報告書の作成は終わった。終わってほっとしたけど、さすがに眠いし、かなり疲れた。
椅子に寄り掛かったまま立てないでいると、僕のデスクに、フュイアルさんが、コーヒーの入ったマグカップを置く。
「お疲れ様」
「……帰ったんじゃなかったんですか?」
「ずっといたよ。がんばってるトラシュが可愛くて」
「うざ……」
「ありがとう」
「……は?」
普段聞かないような言葉を聞いた気がして振り向けば、フュイアルさんはにっこり笑って僕を見下ろしている。
「ありがとう。助かったよ。俺も結構キツかったから」
「……じ、冗談やめてください。あれくらい、たいしたことないくせに……」
どうしたんだ。フュイアルさんは。
いつもなら、僕が仕事したって、遅い、サボってただろ、とか言うくせに。そういう時は本当にサボってるんだけど。
だからいつもどおり、そんなふうに言えばいいのに、ありがとう??
一体、どうしちゃったんだ。
「俺だって、魔力使いすぎたら辛いよ。トラシュがいてくれてよかった」
「歯の浮くようなことばっかり言うな!! キモいんだよっ!!」
なんだよ。なんでそんなことを言うんだっ……!
チラッと見上げると、フュイアルさんは、僕を見下ろして微笑んでいた。
どうせまた馬鹿にしてるんだ。だってフュイアルさん、すごく元気そうだし、魔力使いすぎて辛いようには見えないぞ!!
それなのにこんなことを言って、焦っている僕を見て、面白がっているんだ。
……というか、僕だって、何を焦っているんだ!! こんな人に何か言われたくらいで!!
もう、自分すらよく分からない。
きっとムカつきすぎて、今、頭が混乱しているんだ。
なんだか体も顔も頭も熱い。
熱があるのかな……きっとムカつきすぎたんだ。
それなのに、フュイアルさんはニコッと笑って、僕の頭に手を置く。
「怒らないでよ。お礼に朝食をあげる」
「いりません。お腹空いてません! 頭撫でるな!! キモい!!」
「昨日から何も食べてないくせに、強がらないの」
フュイアルさんは、一方的に言って部屋を出ていく。
なんだあいつ……変態め!! いらないっていってるのに!!
フュイアルさんが出て行って、一人になったら、少し気持ちが落ち着く。
今のうちに心臓と頭を落ち着かせなきゃ。
フュイアルさんに弱みなんか見せたら、何をされるかわからないんだから。
けれど、僕の体が冷静に戻る前に、フュイアルさんは、湯気を上げる皿を持って戻ってきてしまう。
早すぎる……なんでもう戻ってくるんだ!!
僕は困っているのに、微笑んでいるところがますます嫌だ。
さっさと帰ればいいのに、なんで戻ってきてるんだ。僕、ご飯食べたいなんて言ってないのに!!
フュイアルさんの持っている皿から、うまそうな匂いがするところがますます嫌だ。
「……魔力使いすぎて辛いんじゃなかったんですか?」
「これはすぐできるの。トラシュ、気にいると思うよ」
デスクに置かれた皿には、卵とチーズと野菜とハムがはみ出るほどに挟まったホットサンド。
むかつくし食べたくない。だけどいい匂い。
ふわふわ漂う匂いが体を包んでお腹が大きな音を立てる。
それが聞こえてしまったらしく、フュイアルさんは少し笑う。
「食べてよ。せっかく作ったんだし」
「……む、むかつくけど、お腹空いたし食べてあげます……」
くそ……今度は食欲に負けた。
フュイアルさんの作るものって、腹が立つほどに美味いんだ。
フュイアルさんは、僕の隣のデスクに座って、コーヒーを飲んでいる。
今なら見られていない。
フュイアルさんに、食べてるところ見られないように警戒しながら、サッとホットサンドをつかんで口に突っ込む。
サクサクのパンにトロトロのチーズと卵、ジューシーなハムの味が重なって、疲れが一気に消えていくようだ。
こんな美味しいもの、久しぶりに食べた。お腹空いてるし、余計にそう感じる。
つい、隣にいる嫌な男のことを忘れて、食事に夢中になってしまう。油断だった。口元のチーズと、落ちるパンクズにすら気づかずにがっついていたら、隣から微かな笑い声がした。
はっと気づいて振り向けば、隣でコーヒーを飲んでいたはずのフュイアルさんは、微笑みながら僕を眺めていた。
「……な、なんですか!? 食べないんですか?」
「俺は、餌もらって嬉しそうにしてるトラシュ見てるので忙しいの」
「は!? ふ、ふざけんなっ!」
「冗談。ちゃんと食べてね」
馬鹿にされている!! フュイアルさんはこういう人なんだ。
油断した僕の馬鹿! ご飯は僕を馬鹿にするための罠だ!!
今日はやけに機嫌いいみたいだし、ニコニコしてるし、さっきから僕のこと見てるし、なんかおかしい!!
こんなことする人が、仕事したからって、ありがとうなんて思うはずない。やっぱりさっきのお礼も変だ!!
自分が食べているものを見下ろしたら、急にゾッとした。
「な、なんか入れたな!!! このサンドイッチ!!」
「入れたよ。俺を好きになる薬」
「は!? え……う、嘘っ……!!」
マジかよこの変態上司! おかしいと思った!!
僕は持っていたサンドイッチを投げつけ、口元を押さえて部屋を飛び出した。
「嘘だよー。トラシュー。聞こえてるーー?」
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