【完結】極悪と罵られた令嬢は、今日も気高く嫌われ続けることに決めました。憎まれるのは歓迎しますが、溺愛されても気づけません

迷路を跳ぶ狐

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38.また

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 閣下の目は真剣そのもの。私も答えなくては。

 これまで私を人として扱ってくださったのは閣下が初めてで、閣下の隣にいられることは嬉しかった。夢を見ているのかと思うほどに。

 けれど、彼の手を取るわけにはいかない。

 私は、フォーフィイ家だ。

 フォーフィイ家は、今の国王陛下を国王とは認めていない。ランペジ・フォーフィイ伯爵は、アクルーニズ家と組んで、いずれ国王を廃したいと考えている。
 そんな時に私が、陛下が頼りにする魔法使いに呼ばれているなどと知れば、きっとここぞとばかりに利用するはず。
 それを連れて行くならと、あれやこれやと無理難題を言い出すでしょうし、私の侍女や護衛と称して間諜を送り込むこともやりかねない。

 イールヴィルイ様は、蔑まれてきた私に手を差し伸べてくださって、私を気遣ってくださる、とても優しい方だ。
 きっと私を連れて行けば、私とフォーフィイ家、国王陛下の間に立って苦しむ。

 そんなことをさせるわけにはいかない。

 背を向けなくて笑わなくては。できるはずだ。これまでだって、ずっとそうやってきたのだから。それはいつも自分を守る唯一の手段で、それで他人を守れる日が来るなんて考えていなかった。初めて私が役に立てる。

「閣下…………私のような、魔力も魔法の才もない者を気遣っていただき……感謝の言葉もございません……」
「リリヴァリルフィラン…………?」
「けれど、閣下は何か、思い違いをしていらっしゃいませんか? 私を好き? どうかしてますわっっ!! ボロボロの服を着て、城の端に追いやられ、奴隷のように使われる私のっ……! 何を好きだとおっしゃいますの!? 閣下は公爵家の……由緒正しいランフォッド家のお方ではありませんか!!!! もっと相応しい方がいらっしゃるはずです!! 冗談がすぎますっっ……!!」
「……リリヴァリルフィラン…………」

 もう、顔を上げることができなかった。閣下の、そんな悲しそうな声を聞いてしまったら。

 しばらく、静けさだけが満ちた。

 酷い罪悪感とともに、今すぐ逃げ出してしまいたかった。こんな優しい人を傷つけて、私は一体、何をしているのか。

 ついに閣下が口を開く。けれどそれは、またも不意打ちの言葉だった。

「リリヴァリルフィラン…………あなたは、俺の言葉が冗談だというのか?」
「え…………?」
「俺は……真剣に思いを伝えたつもりだが…………それが冗談に聞こえたのか……?」
「あ………………」

 私を見下ろす閣下の目が、変わった気がした。ひどく鋭く、それでいて熱く縛り上げるかのような視線だ。

 私は、震え上がることすらできなかった。

 一体、どうされてしまったのでしょう……腹を立てたのかしら。それなら当然だ。だって、閣下が冗談でこんなことを言わないことは、私だって知っている。それなのに、こんなことを言われたら、怒って当たり前だ。

「あ、あの…………か、閣下……? わ、私……」
「リリヴァリルフィラン……」
「は……はい!」

 閣下が私に手を伸ばしてくる。そして、私に触れる直前で手を止めて、鋭い目のまま言った。

「……あなたが今そんなことを言うのは……フォーフィイ家のことを気にしているのか?」
「なぜっ……! ……ぁっ…………!」

 しまった。

 やっぱり私は、自分の心を言い当てられるのが苦手。

 こんな風に動揺してしまっては、そうだと言っているようなものだ。

 慌てる私の前で、閣下は微笑んだ。心底ホッとしたかのように。
 そして、先ほどの鋭い雰囲気はすぐに消え、柔らかく微笑んだ。

「やはりか…………」
「ち、ちがっ……! 違います!」
「……そうか……よかった…………」
「違いますわっ……! そうではなくっ…………」
「リリヴァリルフィラン……あなたの不安は、もっともだ。あなた自身、利用されていることに気づかないことも、それを見過ごすことも、できないのだろう。当然だ」
「か……閣下……」
「……もし……もしもだぞ。伯爵家が……いいと言えば……いいのか?」
「…………」

 答えられない私に、閣下は逃さないと言わんばかりに近づいてくる。
 目の前の閣下は、いつも私に優しくしてくださった閣下なのに、今は、私の知らない閣下のようで、腰が引けてしまう。

「あ……あの……」
「……もしも、フォーフィイ家が構わないと……そう言ったら、あなたを連れて行ってもいいか?」
「閣下……ご、ご存じでしょう? フォーフィイ家は、そのようなことを決して言いませんわ…………こんなにおあつらえむきの駒は、他にありませんもの。私は、私を気にかけてくださった方を傷つける道具にされたくはないのですし、そのようなことで、ランフォッド家に迷惑をかけることもしたくありませんわ。国王陛下も、御即位されたばかりで、今は、ランフォッド家にとっても、閣下にとっても、大切な時期であるはずです……」
「陛下やトルティールスと同じことを言うのだな」
「へっ……!? わ、私がっ……!? 恐れ多いですわ……申し訳ございません。出過ぎだことを言いました……」
「いいや。出過ぎたとは思っていない。しかし、あなたが気にすることはない。あなたの本音を知ることができて、よかった……」
「か、閣下…………」

 戸惑う私のドレスが、先ほど頂いたローブに変わっていく。閣下の魔法でしょう。
 こうやって、あっさりと、私にはできない魔法を顔色ひとつ変えずに使う。
 魔力も、地位だって、あまりに違いすぎる。私がそんなことを言えば、閣下は気にするなと言ってくれるのかもしれない。けれど、私が気にする! 私がそばにいて、理不尽な扱いを受けるのは閣下の方。それを知りながら、閣下のそばにいるわけにはいかない。

「……閣下……私は…………」
「困らせるようなことを言ってすまない」
「……え?」
「気にしないでくれ。もしもの話だ。だが、俺は諦めるつもりはない。どうか……考えておいてほしい……」
「閣下……」
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