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8.殺人犯?

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 ハントを連れ出した俺は、タクシーを拾って、ハントを無理矢理その中に押し込んだ。

 ハントはまだ状況がわかっていないのか、キョトンとしている。

「デジュウさん?? どこか行くんですか?」
「け、警察……警察だよ!! お前の兄が、お前を殺そうとしてるんだ!!」
「そうなんですか? 放っておけばいいんです。そんなの」
「放っておいていいわけないだろ!! 死にたいのか!?」
「えー、何言ってるんですかー? デジュウさーん」

 いつまでもぼーっとしているそいつはもう無視して、俺はタクシーの運転手に言って、一番近くにある交番まで来た。

「た、助けてくれ! さ、殺人犯がっ……命を狙われているんだ!!」

 すると、そこにいた警官は、緊迫した顔で振り向く。

「殺人犯?」
「こ、こいつの家にいるんだっ……!!」

 俺は、後ろにいるハントを指すけど、ハントは相変わらずの笑顔でにっこり笑って言った。

「そんなものいません」
「はあ!? な、何言ってんだよお前!!」

 こいつ、まだ俺を信じてないのか!?

「俺は見たんだ! は、ハントの兄貴がこいつを殺すために殺人鬼を雇ったんだ! こ、殺し屋っ……! 殺し屋だ!!」

 喚く俺だが、ハントはニコニコ笑うばかり。

「やだなあ。デジュウさん。何言ってるんですか? 兄が、殺し屋? 殺人鬼? 本当にデジュウさんは面白い人だ」
「てめえっ……! お、俺を馬鹿にしてんのか!? 本当に殺人鬼がいたんだ!! お前の命を狙って……!! 兄貴が殺し屋を雇ったんだ!!」
「デジュウさん、もう飲みすぎないようにした方がいいですよ。酔っ払って変なこと言うのは、僕の前でだけにしてください」
「違うって……!」

 なんでこいつ、こんなに危機感がないんだ!?

 ハントがまるで信じていない上に、飲み過ぎ、酔っ払って、という言葉を聞いた警察官からも、最初の緊迫感が消えてしまう。

「酔ってるんですか? 酒の匂いがする」
「違うっ……! 飲みすぎたのは昨日で、今日は飲んでねえ!! こいつんちに、殺人鬼がいるんだ!! あの、指名手配の殺人鬼がいるんだよ!! 兄貴がこいつ殺すために殺人鬼を雇ったんだ!! 早く捕まえろ!」







 散々交番で喚いて、ハントの家に警官が向かってくれることになったが、家主のハントは始終あの調子で、屋敷で警官を出迎えた兄も、なんのことですかと首を傾げたらしい。屋敷にもあの殺人鬼はおらず、屋敷にいくつも取り付けられた防犯カメラにも、何も映ってなかったようだ。

 結局、俺の見間違いだろう、なんて言われて、警察はみんな帰ってしまった。

 だが、俺は確かに見たんだ。確かに、あそこには殺人鬼がいて、兄貴はハントを殺すって言ってたんだ。

 そんな屋敷にハントを返すわけにもいかず、俺はその日、ハントを自分のアパートに連れてきた。

「デジュウさんは本当に親切で、面白い人です。僕、友達の家に呼ばれたの、初めてです」
「……そーかよ…………おい待て! 俺とお前がいつ友達になったんだ!!」

 怒鳴りつけても、そいつはやっぱり、にっこり笑ってる。

「だって、僕を泊めてくれたじゃないですか」
「……好きで泊めてんじゃねえ!! てめえが信じねえからだろ!!」
「僕、デジュウさんのことは信じてます。デジュウさんは本当にいい人だ」
「やめろ馬鹿……」

 こいつ、筋金入りの馬鹿だ。

 俺は、小さなちゃぶ台を挟んで、ハントと対峙した。

「いいか。お前の兄貴がお前を狙ってる。お前を殺す気なんだ! 殺人鬼も雇ってる!!」
「はい。気をつけます」
「……全然信じてないだろ?」
「そんなことありません」

 絶対そうだろ!!

 ハントはずっとニコニコしてる。信じてるようには見えない。

 くそ……なんでこんな奴を連れて逃げたんだ。こんな奴無視して、あの時、鞄を持って逃げればよかったんだ。二十万の財布も気づいたらなかった。あの屋敷に落としたんだ。大金入ったカバン置いて、財布落として、代わりにこんなイカれた野郎を連れてくるなんて、俺は馬鹿じゃないのか?

「俺の馬鹿……なんで札束の代わりにこんな奴連れてきたんだ……」

 つい口に出しながら項垂れる俺を見て、ハントは首を傾げていた。

「デジュウさん? そんなに落ち込まないでください。僕は嬉しいです。デジュウさんが優しくて」
「うるせえ。てめえじゃなくて金を持ってくるべきだった」
「謝礼の話ですか? それなら、必ず差し上げます」
「……」

 ハントはやっぱりニコニコ笑ってて、事態が飲み込めてるとは思えない。こいつをあの屋敷に返したら多分殺されるんだろう。馬鹿だから。

 謝礼は約束したんだし、取ってこいと言えば行きそうだが、さすがの俺も、そんなことできない。こいつが殺されることを知りながら、金取ってこいなんて言えるはずない。

「……今日は泊めるから明日から友達の家にでも行け」
「僕、友達いません」
「あ? ぼっちかよ……俺と一緒じゃねえか」
「え? 何が一緒なんですか?」
「な、なんでもねえよ! 死ね! ……いや、死んだら困る……だったら親戚んとこでも行け! けーさつでもいいから! とにかくここからいなくなれ!! 今日だけ飯食わせてやるから!!」

 どん、と音を立てて丼をふたつおく。中には真っ白な炊き立ての米とレンジで温めた冷凍食品。そんなもん見れば分かるだろうに、ハントは首を傾げる。

「なんですか? これ」
「飯だよ。嫌なら食わなくていーぞ。勿体ねえ」
「嫌ではありません。いただきます」

 そいつは、丁寧に手を合わせて、いただきますと言ってから箸を持つ。
 なんでこんな野郎になけなしの金で飯を食わせてるんだ。俺は。

 落ち込んだ心を奮い立てようと、飯を一気にかきこんで敷きっぱなしの布団に滑り込む。

 まだ食べているハントが、箸を置いて声をかけてきた。

「デジュウさん?」
「うるせえ! 俺はもう寝る!! 明日になったら出てけよ!!」
「はい」

 結局丸損だ。泣きたくなりながら、布団を被る。すると、布団の外から、声がした。

「謝礼、明日には取ってきます」

 何言ってんだ。こいつ、やっぱり全然分かってない! あの屋敷に行ったら、殺人鬼がいるんだって言ってるのに。

「るせえ……どっか行って死ね…………」
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