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9.バレてたのか?
しおりを挟む次の日の朝。
起きたらハントがいなかった。
シンクには、丁寧に洗われた丼がふたつ。部屋の端には、綺麗に畳まれた毛布があった。
あいつ、帰ったのか? いや、帰ったら困るんだ。多分親戚んちにでも行ったか、警察に行ったんだろう。あれだけ言っておいたし、さすがにあれで分かってないってことはあり得ない……よな? そう思いたい。
俺は仕事に行くか。昨日サボったし。あいつのことは忘れて、仕事に行く用意をしよう。
朝食を食べようと小さなキッチンへ向かうと、炊飯器に、まだ昨日炊いた米が残っていた。
そういえば昨日、あいつは謝礼の話をしていた。取りに行く、なんて言ってたけど、本気じゃないよな……あれだけ言ったんだ。分かってくれた……よな?
ちゃぶ台に戻ると、そこには、見慣れない紙切れが一枚。謝礼を取ってきますって書いてある。
あの馬鹿……全く分かってない!!
俺は、あのメモを持って、ハントの屋敷に戻った。
何をやってるんだ……俺は。
警察にも連絡したが、家主が自分の家に帰っただけだ。警官をやるって言われたが、本当に来るか分からない。
屋敷の門の端にあったドアチャイムを鳴らすと、すぐにハントが外に出てきた。
「デジュウさん! 来てくれたんですか!?」
「ハントっ……! よかった。無事か!? 殺人鬼はっ……」
「さつじんき? 何言ってるんですか? また酔ってるんですか? 本当にデジュウさんは面白くて優しい人です」
「……」
そいつはニコニコ笑って楽しそうだ。特に怪我もしていない。服装が変わっているだけで、昨日と同じこいつだ。
「なんともないのか……?」
「なんとも? 何の話ですか? それより、せっかく来てくれたんです。上がってください」
「でも……あの兄貴は? どうしたんだ?」
「……兄は出かけています。さあ、謝礼も用意しました。家に上がってください! デジュウさんは、絶対に来てくれるって思っていました」
「お、おいっ……」
ぐいぐい手を引くハントに連れられて、俺はそいつの家に上がってしまう。ここに入るつもりなんてなかったのに。
「ハントっ……! 待てよっ!! お、俺はっ……」
「……そんなに怯えた顔をしなくても、大丈夫ですよ?」
「あ?! 誰がいつ怯えたんだよ!!」
ハントは、俺に振り向いて、笑う。これまでの、ボーッとした笑顔じゃない。楽しそうなのに、まるで見透かすようだ。
腹の底がゾワっとした。
昨日と同じこいつなのに、一瞬だけ、そいつじゃないように見えた。
「だって、僕のこと、いいカモだって思ってたくせに、そんな顔してるから」
「は!?」
……バレてたのか? ボーッとした馬鹿に見えてたのに。
ハントは、やっぱり昨日と同じ笑顔だ。
見下してた奴に、いきなり上から笑われた気分だ。
それなのに、そいつは、また昨日と同じような顔をして、言った。
「どうぞ、上がってください。デジュウさん。安心してください。怖くなんてないです。だって相手は僕ですから」
「……そうだな……」
こいつは一体、なんなんだ。どういうつもりなんだ。
断ってすぐに屋敷を出るつもりだったのに、俺はそいつに案内されて、客間まで進んだ。
それからしばらくして警官が来たが、ハントの無事を確認して、帰っていった。今日で二日目。さすがに視線が冷たくて、ちょっと辛い。
通された客間で、ハントは楽しそうに笑ってる。兄貴は本当にいないのか、今日はハントがお茶を入れてくれた。
やけに上品なティーセットに、香りの強い紅茶。
落ち着かねー……きっと、さっきのハントの言葉が気になってるんだ。
目の前のハントの視線から逃れるように、俺は、ティーカップをとった。
「……てめえ、カモにされてんの、気づいてたのか?」
「かもだなんて」
「てめえが言ったんだろうが!」
「お金が欲しいことはわかっていました。だけど、デジュウさんはとても親切にしてくれたし、優しくて、僕はデジュウさんといると、すごく楽しいんです。こんなに他人といて楽しいの、初めてです」
「………………そーかよ」
変な奴……相変わらずニコニコ笑ってて、何考えてるのか分からない。
そもそも俺は、俺といて楽しいなんて言われたのは初めてだ。
すげー変な奴。
「まるきり世間知らずの馬鹿じゃないなら、なんで俺にあんな大金渡すんだよ?」
「言ったじゃないですか。僕は、デジュウさんといるのが楽しいんです。デジュウさん、謝礼も差し上げますから、よければ、これからもここに来てくれませんか? 僕、こう見えて、結構稼いでるんです」
「……」
躊躇ってしまう。
こいつの前にいると、ひどく落ち着かない。こいつから、あの金は受け取れない。あんな大金、いきなり渡すなんておかしい。
分かっているなら断ればいい。
それなのに、この期に及んで、いらないと言えない。
目の前に大金がチラついているのか? こんなチャンス、二度とないから。
金は欲しい。
それに、ハントには、背を向けたくない。
「……昨日のあれは受け取れない」
「もちろん、昨日のあれは冗談です。ですから、心ばかりのものです。デジュウさんには、昨日泊めてもらって、迷惑もかけました。僕に、お礼をさせてください」
「…………そう言うことなら……考えてやる」
「……少し、ここで待っていてください……デジュウさん」
ハントは満足したように頷いて、部屋を出て行った。
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