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11.そのために

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 ハントを探さなきゃ。あの兄貴がいるなら、まだあの殺人鬼もいるのかもしれない。このままだと、ハントは殺される。

 廊下に出ると、そこには似たようなドアがいくつも並んでいた。それぞれのドアの脇に、くすんだ色の間接照明が並んでいる。

「ハント! ハント!! どこだ!?」

 喚いて、手当たり次第ドアを開ける。すると、俺の声が聞こえたのか、少し先の部屋のドアを開けて、ハントが顔を出した。

「デジュウさん?」
「ハントっ……! そこにいたかっ……! 逃げるぞっ!」

 俺は、ハントの手をとって、廊下を走り出した。ハントは、昨日謝礼だと言って渡そうとした、札束の入ったカバンを持っている。それは受け取れないと言ったのに。

「おい! ハント!! 外に出るにはどうすんだ!?」
「え? まだゆっくりしてってください」

 ハントは、やっぱりニコニコしながら走ってる。どうやったら状況が伝わるんだ。

 もう適当でいい。俺は一番奥にあった扉を開けて、中に飛び込んだ。

 そこには、外に出るための玄関はなかった。

 ここも、客間だろうか。テーブルとソファがあり、壁際には飾り棚が並んでいる。

 こうなったら、窓から逃げる。外へ出ることができるなら、窓からだって、なんだっていい。

 窓を開こうとしたが、鍵でもかかっているのか、開かない。はめ殺しではない。ちゃんと開くはずなのに、なぜか窓が開かない。

「くそっ……! どうなってやがる!!」

 他に外へ出られるところがないか探していると、後ろでハントが呑気な声で言った。

「デジュウさん、どうしたんですか?」
「だから! 兄貴がお前を狙ってるんだよ!!! お前を殺すって……!! お前を殺すために、金で殺人鬼を……!」
「ああ、なんだ、そんなことですか」
「そんなこと!!?? 何言ってんだ!! このままじゃお前、殺されるんだぞっ!!!」
「デジュウさん…………」

 ハントは、また、にっこり笑う。


 こいつの笑顔、何回見ただろう。

 だけど、笑ってない顔を見たのは何回だ?


 ハントは俺から離れて、部屋の奥にあったドアを開けた。隣の部屋へ向かうドアだ。

 キイっと、音がした。ドアの蝶番が軋む音だ。古くなったそれが擦れているんだ。

 開いたドアの向こうは、ここと似たような部屋だった。ソファがあって、テーブルがあって。飾り棚があって。

 似たような部屋、じゃない。まるでコピーしたかのように同じ部屋だ。俺が昨日入った部屋も、全く同じような部屋だった。

 この家具、使うために並べたとは思えない。

 そんな意味のない部屋に、人が倒れている。

 ひどく、気分が悪くなりそうなくらい、心臓が脈打った。
 それなのに俺の足は、倒れた人に向かって進んでいく。

 その体には、首がなかった。

 首だけが少し離れたところに、無造作にゴロンと転がっている。

 白髪混じりの頭に皺が入った目元。その目は驚いたように見開き、俺に向けられたまま止まっていた。
 五人手にかけた男が、俺の前で首だけになって転がっている。

「うわああああああああっっ…………!」

 飛び退いた俺の背中が、後ろにいたハントにぶつかった。
 ハントは、出会った時とまるで変わらない口調で、俺に言った。

「僕に襲いかかってきたので、殺しました。これでもう、安心でしょう?」

 俺はもう、そいつに振り向かなかった。きっとまた、同じ顔で笑っている。


 息苦しい。眩暈がしそうだ。何が起こっているのか判断するために頭を動かしているはずなのに、何も考えられない。


 ハントは、床に落ちていた首をゴリっと踏みつけた。

「ああ……また汚れた…………買い替えなきゃ」

 背後では、ドアの蝶番がキイキイ鳴っていた。

 この家、家具は全部真新しい。床も、ワックスでピカピカ。カーテンは、昨日買い替えたんじゃないかって思うくらいだ。

 だけど、蝶番までは隠せない。家自体はかなり古い。

 家具は全部、あげるほどにある金で買い替えて、ろくに使っていないんだ。


 もう、恐怖のあまり声も出ない。それなのに、ハントだけは、なぜか嬉しそうに俺に近づいてくる。

「だけど、デジュウさんはとてもいい人だ!! 僕をここまで連れてきてくれて、僕がどれだけ足手まといになっても、僕を叱らなかった!!」
「そ、そうか……そうだよな? 俺はなにもっ……俺は何もしてないっ……! よるなよるな!! よるなあっ……!!」

 もう、半ば混乱しかかった頭でそいつを突き飛ばして、俺はその部屋から逃げ出そうとした。

 なんでこんなことになるんだ!! 俺はただ、金をっ……!

 そうだ。金だ。金を持っていない。カバンを忘れた。

 ふりむけば、ハントのそばに鞄が落ちている。

 あれのために、俺はここまでっ……!

 戻って金に手を伸ばす。カバンを掴んだ俺は、一目散に部屋を逃げ出した。
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