僕を振った奴がストーカー気味に口説いてきて面倒臭いので早く追い返したい。執着されても城に戻りたくなんてないんです!

迷路を跳ぶ狐

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60.だから……帰れって言ってるんだよ!

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 つい、また一歩、後ろに下がってしまう。そうしながら何か言おうとしたけど、言いにくいのか、口は動かなかった。

 代わりに、宰相様の方が口を開く。

「フィルロファル……俺は…………」
「あ、あのっ………………さ、宰相様っ……! 僕が渡したもの……まだ、持っていますか?」
「え……? ああ……君が渡してくれたもののこと? 持ってるよ」

 言って宰相様は、僕が言ったとおりのものを取り出してくれた。幽閉が決まった時に、僕が宰相様に渡した、小さな魔法の道具だ。宝石をリボンで巻いたようなもので、魔力を高めてくれる。あの時は、最後に宰相様に、宰相様の身を守ってくれるものを渡したかったんだ。

 彼が持っているそれは、僕が渡した時より、ずっと魔力を持っているように見えた。

 さすが、宰相様……僕よりずっと、僕が渡したものを使いこなしている。

 それを見たら、余計に心が乱されるような気がした。

「………………宰相様…………それ……持っていて下さい……」
「…………いいの?」
「はいっっ!! ですからどうか、お気をつけてお帰りください!」

 そう言っても、宰相様は馬車に向かってくれなかった。

「……俺は……調査が終わっても、会いに来ていいかな……」
「…………」

 答えられなかった。自分でも、まだ分からないくらいだから。だから、少し猶予が欲しかった。

 そうじゃないと、感情が爆発しそうだ。今すぐに。

「えっと…………宰相様!!」
「…………?」
「そ、それっ……僕がお渡ししたもの、結構珍しいものなんです!」
「え…………?」
「本当ですよ? だって、見て下さい…………それ…………こんなことも、できるんです!!」

 言って僕は、それに魔法をかける。するとそれは、一気に僕の魔力を強化してくれた。その力を使って、今度はそれに別の魔法をかける。

 それは、僕が渡したものだ。僕が一番、それについてよく知っている。僕自身、こんなことに使うなんて思っていなかったけど。

 突然大きくなった道具から、リボンが伸びて飛び出していく。リボンは、それを握っていた宰相様に襲いかかった。

「なんだっ…………!?」

 宰相様がそう言って動揺しているけど、もう遅い。

 リボンの先から沸き起こった光は、宰相様の体に絡みついて、彼をそのまま彼をぐるぐる巻きにする。

 動けなくなった宰相様の体に、僕は魔法をかける。

 すると、彼の体が浮きあがった。

「え……? ちょっ……フィルロファルっ……!?」
「も、もう、準備……できましたよねっっ?! できたはずですっっ!! だったら早く帰るべきです! 部隊の方だって待ってるし……宰相様には、しなくてはならないこともあるはずですっっ!!」

 僕が魔法をかけた宰相様の体は、魔法の道具ごと、馬車まで投げ飛ばされる。

 馬車に乱暴に放り込まれた宰相様は、何をされたのか、分からないでいるように見えた。辺りをキョロキョロして、何が起こったのか、確かめているみたいだった。まさか、僕に投げ飛ばされるなんて思ってなかったんだろう。しかも、こんな不意打ちみたいなやり方で。

 僕だって、ちゃんと分かってる。ルイルット家の者として、公爵家との婚約は決まった時から。

 僕の一族と公爵家は、領地が近くて、二つの領地の間は、大きな湖と深い谷、超えることが困難な崖や、魔物が多い森で区切られていた。地理的にも、魔物の数から言っても、領地の間を行き来することは難しいけど、僕の領地にはそこでしか採れないような素材があったし、商人たちも拠点にしていたから、行き来の多い他の領地の貴族たちとも協力して、大きな街道をいくつか通した。多くの人が使うその街道を守ることは、僕たち貴族の大切な役目。僕の領地でも、そこは守っていたし、それは、公爵家も同じ。

 だけど、父上はあんなふうで、あまり魔物から領地を守ることには興味がなかったみたい。警備の騎士をほとんど雇わなかったり、それを守る結界の魔法の道具の管理も、少し雑。それを知っていた公爵家も、同じように街道を守っていた貴族たちも不安を感じていたようだ。

 そして公爵家が、ロステウィス様の婚約相手を探していた時に選んだのが僕だった。領地と街道を守り、魔法の道具を豪商たちから手に入れていくために、街道の整備と素材の管理、魔物の討伐計画を練る中で、領地に精通していて魔物対策や結界のことも一通り知っている僕は、婚約する相手として適当だったんだろう。

 周囲からは、魔物から街道を守ることを盾に売りつけられた花嫁だなんて噂されたこともあった。
 だから僕は、宰相様に、「僕と婚約しなくても、もっといい方法があるんじゃないですか?」と聞いたけど、ロステウィス様は、多くの求婚の話があった中、僕に会いに来てくれて、婚約したいと言ってくれた。

 僕はひどく驚いたけど、嬉しいことだったし、ホッとした。だって、婚約なんてしなくても、僕の屋敷に魔法使いを派遣するとか、僕が公爵家に仕える魔法使いになるとか、やり方はあったはず。僕が選ばれたのなんて、何かの間違いだと思っていたから。

 絶対に僕なんかと釣り合うことのない、優秀で誰からも頼りにされる宰相様が、とにかく情けない、役立たずと言われ続けたダメな魔法使いの僕に求婚して、お互いの領地を守りたいと言ってくれた。

 完全に、お互いの領地のための政略結婚。それは知っていたけど、領地のため、街道の安全を取り戻すために、僕を選んでくれたことが嬉しかった。公爵家のために、頑張りたいと思った。

 役に立てるように……そう言って、いつの間にか躍起になっていたんだと思う。

 結局、婚約の話は消えた。

 なんとか、それを止めたかった。だから頑張ったけど、僕じゃ力及ばなかった。僕でなんとかなるって思っていたわけでもないけど、一縷の望みをかけていたのに。

 宰相様に、婚約はなかったことにしたいって言われて、悲しかったけど、折り合いはつけた。宰相様だって、婚約を自由に決められない。公爵家を守らなきゃならない。王家を、王城の秩序を守らなきゃならないんだ。

 だから我慢した。仕方なかったんだって、そう思うことにした。

 だから宰相様だって、ああしないと王城が混乱していた、判断は間違っていなかった、そう思っていると信じていた。だってそうでなかったら、僕が泣いて諦めた理由の根幹にあるものが崩れちゃうじゃないか。泣き叫んで諦めた、その理由が、そうじゃなかったなんて言われたら、僕は、どうしたらいいんだよ。

 僕だって、貴族だ。王国の貴族として生まれたんだ。王国を守らなきゃ。王城の秩序が失われれば、国が危うくなる。領地と民を守らなきゃ。貴族に生まれたんだから。そんなことわかってる。耐えなきゃ。そんなの、貴族として当たり前。だから、我慢したじゃないか。

 わかってる。

 だから耐えた。

 それでも、辛かったんだ。身に覚えのないことで城中から非難されて、枷で拘束され、鎖で繋がれて、全然知らないところで、ひどく殴られて死にかけて、怖かったし、死ぬのかとも思った。

 それでも、事情は分かっていたから、諦めなきゃならないと言い聞かせて耐えたのに……

 今さら……後悔していた?

 あんなこと、すべきじゃなかった??

 ……なんだよっ……それ!!!!

 僕の我慢の理由になっていたものを、今さらあなたが否定するのか。

 じゃあ、あの時泣いて頭を下げて、宰相様の前から去った僕って、なんだったんだよ……僕は……なんのために泣いたんだ?

 なんで今さら…………何が後悔だよっっ!!!!

 僕の耐える心を支えていた意地とか信念を、なんで今さらあなたが破壊するんだ!

 馬車まで近づいた僕の喉から、怨嗟にしかならないものが漏れ出していく。

「……ぃ……今さら……何が後悔…………? 一体、何を言っているんですか? ふざけないでください…………」
「……フィルロファル……俺は…………」
「今さらっっ……! 僕になんの用ですかっっ!! 捨てた男にっ……今さらなんの用ですかっっっっ!!!!」

 怒鳴った僕の言葉は、あたりに響いた。

 辺りがしんとなる。

 静けさのせいで、すこし冷静に戻れそう。だけど、涙は止まらない。

 今さら僕に、何の用だよ。バカにするにも程があるだろ。

 こんなこと、言うつもりもなかったし、するつもりもなかったはずなのに、言いたいことだけ全部言ってしまい、力が抜ける。

 宰相様は、僕の拘束を引きちぎって、僕に向かって駆け寄ってこようとする。

「フィルロファルっ……俺っ……!」

 その勢いに、僕は微かに後退りそうだった。だって、彼に本気で迫られたら、僕は非力で逃げられない。

 けれどその時、ヴィクトウェトル様が、勢いよく馬車のドアを閉めた。そして、馬車にこれでもかと言うほど何度も、鍵の魔法をかけてしまう。おかげでロステウィス様は出られないらしく、中からどんどんと激しくドアを叩く音がした。

 けれど、そんなことまるで意に介さないヴィクトウェトル様は、僕に振り向いた。

「うちのバカが度々申し訳ございません。あなたの苦痛は、こちらも理解しているつもりです。これ以上、醜い言い訳を並べ立てる気は毛頭ございません」

 僕は、首を横に振った。

「違うっ……違うんです……そうじゃない……そう言って欲しいんじゃなくて…………」

 そんなことを言われたいんじゃない。言わせたくもない。僕だって、公爵家の事情は分かっている。公爵家の方が僕にたくさんのことをしてくれたって、分かってる。だけど、カッとなった感情がまだ落ち着かないみたいだ。
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