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37.気づいてないだろ?

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 初めて、会長が伯爵の城からいなくなるって聞いた時、僕はしばらく、呆然としていた。
 だって会長はずっとそこにいて、僕を迎えてくれるんだって、心のどこかで思い込んでいたから。
 ずっと僕のそばにいて、僕に微笑んでくれてるんだって思ってた。

 だから会長の入学が決まるまで、信じられなかった。

 城を出ていく会長を見送りながら、僕は泣いていたような気がするけど、ほとんど覚えてない。

 僕の入学が決まってからも、ひどく不安だった。
 もしかして嫌な顔をされたらどうしよう、二度と話してくれなかったらどうしようって、怖くて堪らなかった。

 それなのに、会長がこんなものを用意してくれているなんて。

 泣きながら、あの時の気持ちまで蘇ってくる。

 僕がひどく泣き出したからか、会長が僕の頭を撫でながら、不安そうに言った。

「……もしかして、嫌……? 気に入らなかった?」

 そんなことない。僕は何度も首を横に振った。

「う、嬉しいっ…………嬉しい……です……そんなこと、い、言ってもらえるなんて……お、思ってなかった……から……」
「よかった……指輪も、卒業したら渡そうって思ってたら、たくさん用意しちゃって……」
「たくさん!?」
「どれが気にいるか分からなかったし、選んでたら、どれも似合うような気がして……選べなくなっちゃったんだ。それは、一番ディトルスティに似合いそうって思ったもの。気に入ってくれたかな……?」
「あ、ぁ……」

 うわっ……どうしよう……突然すぎて…………もちろん気に入ったし、こんな綺麗な指輪、見たことないし、嬉しくて、それを全部伝えたいのに、どうしていいか分からない。
 だってこんなのもらったの初めてだし、寮の部屋でこんなに突然っ……!

「す、すごく……凄く嬉しいですっ……! ぼく、ぼくっ……ご、ごめんなさい……ど、どうしようっ……な、何も、用意してない! ……だ、だって僕、ぼくっ……お、置いて行かれたんだって……思ってて………………」
「……ごめんね。辛い思いをさせて。卒業したら、迎えに行くつもりだった」
「……トウィントさま…………」
「……俺が陛下に仕える魔法使いになったら……もう、誰にも口出しさせないから……俺のそばにいて……」

 会長が、ますます僕をぎゅっと抱きしめてくれる。
 僕も負けないように、強く彼を抱きしめる。
 そうしているだけで、あれだけ僕を縛り付けていた不安が消えていく。

 どんどん会長の力が強くなっていって、それが、凄く嬉しい。もっと強くしてくれていいのに。

「俺、やきもち焼きだから……ディトルスティには、知られたくなかった」
「……え? な、なにを?」
「ここに入学すること。ディトルスティには知られたくなかったし、ここに来て欲しくなかった」
「…………ぼ、僕が、そばにいるの……嫌…てですか?」
「そうじゃない。だって、ディトルスティがここに来たら、君のこと見る人が増えるだろ?」
「……え?」
「ディトルスティのこと、俺じゃない人が見て、もしかしたら、その魔力に魅せられる人が出てくるかもしれない。俺以外の人が、ディトルスティに話しかけるのも、その声を聞くのも、そばにいるのも、触れるのも、同じ空間にいるのも許せない」
「………………え?」

 聞き返す惚けたままの僕の唇を、会長がそっと甘噛みする。そのまま何度も吸われて、ちゅって音が何度も響いてた。
 甘くてくらくらしそう。
 足にも力が入らなくなりそうで、腰が引けそうなのに、背後は壁。もう背中もおしりも壁にぴったりくっついていて、逃げようがない。

「トウィントさま……」
「……俺だけでいいんだよ。ディトルスティの声を聞くのも、こうして囁くのも、そばにいるのも、見るのだって、俺だけでよかったのに……今は他の奴がそばにいる。俺がじゃない奴が……ディトルスティのそばに…………」
「そ、そんなこと……ぁっ……!」

 僕を抱きしめる力が強くなる。微かでも逃げようとしたことが伝わってしまったのか、顎を上げられて、強く唇を吸われて、舌まで咥えられて。
 一体、なんのことだ? 僕、何もしてないのに。会長しか見てない。

 僕には彼だけなのに、彼は、すぐそばで「俺だけでいて」って囁く。何度も体が擦れあって熱を帯びた体が、ぼーっとしてきた。僕を押さえつける手にも体にも、どんどん力が入っていく。そんなにしたら苦しいのに……

「…………僕は……トウィントさまだけです…………」
「……気づいてない? みんな、ディトルスティのこと見てた。君の魔法を褒め称えてた」
「だって…………それは……た、ただのクラスメイト……」
「だから何? ディトルスティは……俺のだろ……?」
「だってっ……っ!!」

 言い訳してる途中なのに、彼は僕の唇を塞いでしまう。
 キスされてたんじゃ何も話さない。弁解すら許されないって、思い知らされるみたい。
 何度も舌を絡められて、離してもらえたかと思えば、会長の手が、敏感になった僕の体を撫でていく。

「ぅっ……」
「言い訳は許さない。ディトルスティは、俺の管理下にある。俺の言うことには、はいって答えろ」
「そんな……む、無茶ですっ……!」
「……言わないなら、窒息させようか?」
「んっ…………んーー!!」

 怯える僕を押さえつけて、会長は何度も深く、僕を味わっていく。どれだけ暴れたって、奥まで会長の舌が入って僕の中をぐちゃぐちゃにしていく。
 そんなにしたら苦しいのに、彼は僕の口を塞いだまま、僕を壁に押し付ける。

 どうしちゃったんだ……いつもの優しい会長に戻ってくれたんだって思ったのに……

 僕の頬から涙が落ちて、微かに彼の力が緩んで、彼の唇が離れていく。

「ぁっ……はっ…………か、かいちょぅ…………」

 何度も肩と胸が上下して、僕はなんとか息をした。
 彼が、ずっと僕を見下ろしてる。見ているだけで、動けなくなるような目だった。

 長く強引なキスに酔っていた体が元に戻らなくて、フラフラしてる。
 力の入らない僕の手を壁に押し当てて、僕を捕まえた彼が口を開いた。

「……ディトルスティは、鈍いから気づいてない。みんな、ディトルスティを狙ってる」
「ね、ねらっ……?? ぼ、ぼくを……ぼくの……何を…………」
「……気づいてないだろ……? だからここへは来てほしくなかった。俺以外の奴が、ディトルスティに興味を持つなんて許せない。もう……俺以外のそばに行くのは禁止」
「そんなっ……んっ!」

 言うことを聞かない僕に、お仕置きって言うみたいに、会長が唇を重ねてくる。もう苦しくて、僕はふらふらなのに。
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