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第三章 クロレシアの思惑
第十八話 クロレシア王国
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最低だ……。最悪だ……。
輝く太陽、煌めく海、どこまでも広がる空。そこそこ大きい客船に乗って周囲の人々はキラキラと目を輝かせているというのに、俺はただひたすら船の中央、柱の影で吐き気と戦っていた。
「ちょっとぉ……。せっかくナナセが地位を利用して客船に乗せてくれたのにさぁ! 何でぼくがアンタを見てなきゃいけないんだよぉ」
俺の真横に座っていたテンがそう言いながらおもむろに立ち上がる。何だと思ったらテンのすぐ横を歩いていた女性客に「おねぃさん今ヒマ~?」なんて言いながらすり寄っていきやがった。あんな奴無視だムシ。俺は再び顔を戻すと、気を紛らわせるため別の事を考え出した。
「……うっしーの様子は相変わらずみたいだな」
背後から近づいていたはずなのに、振り返りもせずそう話しかけてくる桔梗にナナセは驚きながら隣に並んだ。
「あの調子じゃクロレシアに着いてからもしばらくは動けそうにないね」
「ふふ。船に乗ってる間は回復しても無駄みたいだが、あちらに着いてからテンに回復してもらえばいいだけだろう。それよりお前、私に何か聞きたいことがあるんじゃないのか?」
桔梗がゆっくり横を向き、ニヤリと笑ってナナセを見た。ナナセの目が見開かれる。
「君は……どこまで先を見ているんだい? ……その通りだよ。君の、紋章について……ね」
客船とはいえクロレシアの船に乗っている以上晒すのは危険だろうと、マントで隠していた自身の肩の紋章を桔梗はギュッと掴んだ。視線を海に戻していく。
「お前の考えている通りだよナナセ。私の紋章は元々左肩だけにあって、これの半分ほどの大きさだった。ここまで大きくなったのは私が住んでいた村を滅ぼされた時から、だな」
「やっぱり……ね。ヤエも生まれたばかりの時は右足の膝から下だけだったんだ……。両親が殺された後急に大きくなった」
桔梗とナナセの考えは同じなのだろう。二人で並んで船のへりに手をつき、揺れる波を見つめながらしばらく黙考した。
「…………考えていても仕方がない。恐らく私達の知識だけじゃ出せない答えだ。大地の腐敗と”紋章持ち”ももしかしたら関係しているのかもしれないのだからな。うっしーがどうやら大地の腐敗の原因を調べようとしているらしい。一緒に居れば何か分かるんじゃないか?」
桔梗の言葉にナナセが無言でうなずく。しばらくの沈黙の後、ナナセは遠くの方に見える陸を確認すると船のヘリから手を離した。
「もうすぐクロレシアに着くよ。怪しまれないうちにとっとと降りよう」
「そうだな。そろそろうっしーの尻を叩いて準備させてくるか」
桔梗はニヤニヤと笑いながら、船の中央に向かって歩きだした。
クロレシア王国は上に伸びている街だ。たどり着いた港から遠く高い、崖の中央に位置する王城を確認するには、かなり見上げなければならない。港の正面には噴水広場があり、そこから右側は下りの階段、左は上りの階段が伸びている。左右の階段を横目に直進すると、その先にはマルシェらしき露店が広がっていた。
テンに回復してもらった俺はそこにふと見知った顔を確認した気がして、皆に断ることなくその場を駆けだした。信じられない思いと、そうであってほしいという願いが俺の足を急かしていく。
背後で聞こえた三人の声は悪いが耳には入って来なかった。
生きてた……。生きてたんだっ……!
「レスター!!」
深緑のフード付きマント、脱げかけていたそのフードを深くまでかぶり直していた人物に確認もせずに声をかけた。そいつがこちらを振り向いた時ちらりと見えた緑の髪、そしてフードの下から覗く黒い瞳が信じられないものでも見たかのような形に変わるのを見て俺は確信した。大人になったとはいえ微かに面影が残っている。
「お前レスターだろ!? 生きてたんだな! 生きててくれたんだっ……!」
「ウッド……シー、ヴェル……?」
たどたどしくそいつは呟いた。俺の名前、驚いたその目……。やっぱりレスターだ間違いない!
俺は感極まって自身の魔力暴走以来離れてしまっていた親友の体に抱きついた。昔は俺より小さかったのに今は同じぐらいの高さに頭がある。体に当たる右側のごつごつした感触は鎧でも着ているんだろうか?
質問しようと口を開きかけたところで、レスターが慌てた様子で俺の袖を引いて露店の裏、人気がない場所まで引っ張っていった。どうやらここに忍んできていたらしいと察する。
「わりぃ……。クロレシアにそんな姿で来ている事、察するべきだった……」
バカだな、と頭を掻く。”紋章持ち”が敵であるクロレシアに居ること、目立たないようフードをかぶっていたこと、良く考えれば分かる事だったのに……。
「いや。お前こそ今までどうしていた? どうしてクロレシアに?」
レスターはフードを外すことなく鋭い眼光でこちらを見、そう問いかけてきた。前はもっとくりくりと良く動く目だったのに、変われば変わるもんなんだな……なんて思ってしまう。
「俺はちょっと……助けたい奴がいてさ……」
そこまで言ったところで背後からかけられた声に一度言葉を止めて振り返った。
「うっしー、知り合いか?」
桔梗がゆったりとした足取りでこちらに近づいて来る。何者だと上から下まで、まるで値踏みするかのようにレスターを眺めながら俺の横で足を止めた。もしかしたら桔梗にはレスターが”紋章持ち”だと分かったのかもしれない。
「あ、ああ……悪い。生き別れてた親友を見つけたんだ!」
少し興奮気味にそう説明したら桔梗もすぐに納得してくれたみたいで、そのまま緊迫した表情を崩し俺に向き直った。
「ナナセが屋敷の前で待ってるそうだ。今日中に作戦実行したいらしいから早く来い、とな」
「ああ、わかった。 ……レスター、俺今は急いでるんだ。また今度ゆっくり話しようぜ!!」
何より今はタケルを助けることが優先だ。レスターに会えたことは嬉しかったし名残惜しかったが、生きていることが分かっただけでも良かったと振り返らずに駆け出していく。そのまま先を走っていた桔梗の後に続いた。
どこに住んでる、とか今何をしてる、とか聞いておけば良かったと後悔したのは、階段を上り貴族たちが住んでいるらしい豪華な屋敷が立ち並ぶ街並みを見てからだ。そのさらに大きな屋敷の門の前、そこでナナセが待っていた。
今から戻ったところで忍んで来ていたレスターはもうあそこにはいないだろう。どうすることも出来ない、と諦めて俺はナナセの元へ歩み寄った。ふと一人足りないことに気が付く。
「テンはどうした?」
「すれ違った『おねぃさん』について行った。すぐに戻ってくるんじゃないかな?」
「あいつは……」
ため息をつきつつも目の前の大きな屋敷を見上げた。かなりの豪邸だ。
「お貴族様ってやつか。正直苦手だぜ……」
ぼやいたらナナセに笑われる。
「僕の屋敷だよ」
「はあぁぁぁっ!!?」
まさかのナナセのセリフに自分でも驚くほどの大声が出た。いや、だって地位が高いとは聞いてたけどっ……ナナセも”紋章持ち”だろ?兵士長とか騎士の端くれとか、そんなのだとばかり思ってた。
こんな、一般の一軒家が五軒は入りそうな豪華な屋敷……こんなのはお貴族様でもなきゃ建てるのすら無理そうだ。
そう思っていたらナナセが眉間にしわを寄せつつ呟いた。
「僕は子爵の養子なんだ。今は養父の後を継いでるから……」
「そう……か」
養子……。それも妹の為かと思ったら俺まで苦しくなってきた。それ以上は聞けず沈黙する。だけどそれも束の間、気まずい空気を切り裂くようにテンの場にそぐわない明るい声が響いてきたんだが。
「うっふふ~ん。やっぱこの姿最高だねぇ~。ちょっとお触りしても許されちゃうぅ~」
俺はツカツカとテンに近づき、そのまま無言でげんこつを落とした。セクハラ野郎は早々に退治すべきだからな。ぶーぶー文句を言われたところで反省なんてしないぞ。俺は悪くない。
桔梗も仕方のない奴だと苦笑しているだけだった。
「みんな揃ったなら今から僕の屋敷で捕虜として君たちを縛るよ。研究所でタケルに会うまではしばらく我慢して」
「えっ!!?」
「え……」
「えッ……❤」
三者三様の「え」だ。ナナセがため息をついて答えた。
「捕らえたことにするのにそのまま連れて行ったら怪しまれるじゃないか。自力で外せるように縛るから。とにかく中に入ろう」
そのままナナセはゆっくりと巨大な門を開く。俺の脳裏に不安はよぎったが今はこいつを信じることにした。開かれた門の中、覚悟を決めてゆっくりと足を踏み入れていく。
輝く太陽、煌めく海、どこまでも広がる空。そこそこ大きい客船に乗って周囲の人々はキラキラと目を輝かせているというのに、俺はただひたすら船の中央、柱の影で吐き気と戦っていた。
「ちょっとぉ……。せっかくナナセが地位を利用して客船に乗せてくれたのにさぁ! 何でぼくがアンタを見てなきゃいけないんだよぉ」
俺の真横に座っていたテンがそう言いながらおもむろに立ち上がる。何だと思ったらテンのすぐ横を歩いていた女性客に「おねぃさん今ヒマ~?」なんて言いながらすり寄っていきやがった。あんな奴無視だムシ。俺は再び顔を戻すと、気を紛らわせるため別の事を考え出した。
「……うっしーの様子は相変わらずみたいだな」
背後から近づいていたはずなのに、振り返りもせずそう話しかけてくる桔梗にナナセは驚きながら隣に並んだ。
「あの調子じゃクロレシアに着いてからもしばらくは動けそうにないね」
「ふふ。船に乗ってる間は回復しても無駄みたいだが、あちらに着いてからテンに回復してもらえばいいだけだろう。それよりお前、私に何か聞きたいことがあるんじゃないのか?」
桔梗がゆっくり横を向き、ニヤリと笑ってナナセを見た。ナナセの目が見開かれる。
「君は……どこまで先を見ているんだい? ……その通りだよ。君の、紋章について……ね」
客船とはいえクロレシアの船に乗っている以上晒すのは危険だろうと、マントで隠していた自身の肩の紋章を桔梗はギュッと掴んだ。視線を海に戻していく。
「お前の考えている通りだよナナセ。私の紋章は元々左肩だけにあって、これの半分ほどの大きさだった。ここまで大きくなったのは私が住んでいた村を滅ぼされた時から、だな」
「やっぱり……ね。ヤエも生まれたばかりの時は右足の膝から下だけだったんだ……。両親が殺された後急に大きくなった」
桔梗とナナセの考えは同じなのだろう。二人で並んで船のへりに手をつき、揺れる波を見つめながらしばらく黙考した。
「…………考えていても仕方がない。恐らく私達の知識だけじゃ出せない答えだ。大地の腐敗と”紋章持ち”ももしかしたら関係しているのかもしれないのだからな。うっしーがどうやら大地の腐敗の原因を調べようとしているらしい。一緒に居れば何か分かるんじゃないか?」
桔梗の言葉にナナセが無言でうなずく。しばらくの沈黙の後、ナナセは遠くの方に見える陸を確認すると船のヘリから手を離した。
「もうすぐクロレシアに着くよ。怪しまれないうちにとっとと降りよう」
「そうだな。そろそろうっしーの尻を叩いて準備させてくるか」
桔梗はニヤニヤと笑いながら、船の中央に向かって歩きだした。
クロレシア王国は上に伸びている街だ。たどり着いた港から遠く高い、崖の中央に位置する王城を確認するには、かなり見上げなければならない。港の正面には噴水広場があり、そこから右側は下りの階段、左は上りの階段が伸びている。左右の階段を横目に直進すると、その先にはマルシェらしき露店が広がっていた。
テンに回復してもらった俺はそこにふと見知った顔を確認した気がして、皆に断ることなくその場を駆けだした。信じられない思いと、そうであってほしいという願いが俺の足を急かしていく。
背後で聞こえた三人の声は悪いが耳には入って来なかった。
生きてた……。生きてたんだっ……!
「レスター!!」
深緑のフード付きマント、脱げかけていたそのフードを深くまでかぶり直していた人物に確認もせずに声をかけた。そいつがこちらを振り向いた時ちらりと見えた緑の髪、そしてフードの下から覗く黒い瞳が信じられないものでも見たかのような形に変わるのを見て俺は確信した。大人になったとはいえ微かに面影が残っている。
「お前レスターだろ!? 生きてたんだな! 生きててくれたんだっ……!」
「ウッド……シー、ヴェル……?」
たどたどしくそいつは呟いた。俺の名前、驚いたその目……。やっぱりレスターだ間違いない!
俺は感極まって自身の魔力暴走以来離れてしまっていた親友の体に抱きついた。昔は俺より小さかったのに今は同じぐらいの高さに頭がある。体に当たる右側のごつごつした感触は鎧でも着ているんだろうか?
質問しようと口を開きかけたところで、レスターが慌てた様子で俺の袖を引いて露店の裏、人気がない場所まで引っ張っていった。どうやらここに忍んできていたらしいと察する。
「わりぃ……。クロレシアにそんな姿で来ている事、察するべきだった……」
バカだな、と頭を掻く。”紋章持ち”が敵であるクロレシアに居ること、目立たないようフードをかぶっていたこと、良く考えれば分かる事だったのに……。
「いや。お前こそ今までどうしていた? どうしてクロレシアに?」
レスターはフードを外すことなく鋭い眼光でこちらを見、そう問いかけてきた。前はもっとくりくりと良く動く目だったのに、変われば変わるもんなんだな……なんて思ってしまう。
「俺はちょっと……助けたい奴がいてさ……」
そこまで言ったところで背後からかけられた声に一度言葉を止めて振り返った。
「うっしー、知り合いか?」
桔梗がゆったりとした足取りでこちらに近づいて来る。何者だと上から下まで、まるで値踏みするかのようにレスターを眺めながら俺の横で足を止めた。もしかしたら桔梗にはレスターが”紋章持ち”だと分かったのかもしれない。
「あ、ああ……悪い。生き別れてた親友を見つけたんだ!」
少し興奮気味にそう説明したら桔梗もすぐに納得してくれたみたいで、そのまま緊迫した表情を崩し俺に向き直った。
「ナナセが屋敷の前で待ってるそうだ。今日中に作戦実行したいらしいから早く来い、とな」
「ああ、わかった。 ……レスター、俺今は急いでるんだ。また今度ゆっくり話しようぜ!!」
何より今はタケルを助けることが優先だ。レスターに会えたことは嬉しかったし名残惜しかったが、生きていることが分かっただけでも良かったと振り返らずに駆け出していく。そのまま先を走っていた桔梗の後に続いた。
どこに住んでる、とか今何をしてる、とか聞いておけば良かったと後悔したのは、階段を上り貴族たちが住んでいるらしい豪華な屋敷が立ち並ぶ街並みを見てからだ。そのさらに大きな屋敷の門の前、そこでナナセが待っていた。
今から戻ったところで忍んで来ていたレスターはもうあそこにはいないだろう。どうすることも出来ない、と諦めて俺はナナセの元へ歩み寄った。ふと一人足りないことに気が付く。
「テンはどうした?」
「すれ違った『おねぃさん』について行った。すぐに戻ってくるんじゃないかな?」
「あいつは……」
ため息をつきつつも目の前の大きな屋敷を見上げた。かなりの豪邸だ。
「お貴族様ってやつか。正直苦手だぜ……」
ぼやいたらナナセに笑われる。
「僕の屋敷だよ」
「はあぁぁぁっ!!?」
まさかのナナセのセリフに自分でも驚くほどの大声が出た。いや、だって地位が高いとは聞いてたけどっ……ナナセも”紋章持ち”だろ?兵士長とか騎士の端くれとか、そんなのだとばかり思ってた。
こんな、一般の一軒家が五軒は入りそうな豪華な屋敷……こんなのはお貴族様でもなきゃ建てるのすら無理そうだ。
そう思っていたらナナセが眉間にしわを寄せつつ呟いた。
「僕は子爵の養子なんだ。今は養父の後を継いでるから……」
「そう……か」
養子……。それも妹の為かと思ったら俺まで苦しくなってきた。それ以上は聞けず沈黙する。だけどそれも束の間、気まずい空気を切り裂くようにテンの場にそぐわない明るい声が響いてきたんだが。
「うっふふ~ん。やっぱこの姿最高だねぇ~。ちょっとお触りしても許されちゃうぅ~」
俺はツカツカとテンに近づき、そのまま無言でげんこつを落とした。セクハラ野郎は早々に退治すべきだからな。ぶーぶー文句を言われたところで反省なんてしないぞ。俺は悪くない。
桔梗も仕方のない奴だと苦笑しているだけだった。
「みんな揃ったなら今から僕の屋敷で捕虜として君たちを縛るよ。研究所でタケルに会うまではしばらく我慢して」
「えっ!!?」
「え……」
「えッ……❤」
三者三様の「え」だ。ナナセがため息をついて答えた。
「捕らえたことにするのにそのまま連れて行ったら怪しまれるじゃないか。自力で外せるように縛るから。とにかく中に入ろう」
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