英雄は明日笑う

うっしー

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第三章 クロレシアの思惑

第二十五話 再会

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「そういえばテン……テメェ、あれだけの魔力が残ってたんなら何であの時防御壁解きやがった!?」
 研究所の廊下を気を失ったままのタケルを背負いながら早足で歩いていた時、ふと先程の危険な状況を思い出し怒りのままにテンの方を見た。
 思い出せば思い出すほど腹が立つ。まだ魔力が残ってたのならもっと安全に逃げられたかもしれないんだ。死を目の前に手加減してたんだとしたら、ぜってー許さねぇ。


「あん❤ そんなのさぁ、おねぃさんの素敵な姿見たら元気出ちゃうのが男ってもんでしょー! ……って言いたいところだけどぉ……。あの地震のおかげで少し休めたからじゃん? うっしーだって今少しぐらいなら使えるようになってるでしょ? 魔法」
 テンの言葉にキョトンとなり、自身の痛む所に少しだけ回復魔法を使ってみる。術が効いたのかすぐに痛みが消えていった。
「本当だ……! 魔力って休めば回復するのか!!」


 俺の感動した声に三人が一斉に吹きやがった。くそ、なんなんだこいつら。なんか腹立つぞ……!
「もしかしてうっしー、魔力切れは初めてなのかい?」
 ナナセの質問に俺は膨れながら答えた。
「経験してたらもっと考えて魔法使ってたっつの」
 ブツブツ文句を言おうとしたが、そこでふと小さな疑問にぶち当たった。思ったことをそのままナナセに聞いてみる。
「けどさ、ナナセは魔力奪われてからニーズヘッグ以外は呼び出せなくなってるって言ってたよな? 回復するんなら、それおかしいだろ」


 俺の質問を聞いてナナセが眉間にしわを寄せた。かなり辛そうだ。
「僕が奪われたのは潜在魔力の方だから……」
「入れる器が小さければ魔力もそれだけしか溜められない。コップとバケツ、どちらが水を多く入れられるかなんて一目瞭然だろう? それと同じだ。ああ、そういえばお前もあの偽乳女に潜在魔力を奪われていたんじゃなかったか?」
 ナナセと俺の間に割って入って来た桔梗の言葉に、俺はハッとなった。そうだ俺、船でヴェリアに魔力を奪われてたんだっけ。
「つまりあの奪われた分は戻って来ないってのか……」


 ぽそりとつぶやき、もう一度頭の中で整理してみる。そこでやっと俺も魔力について理解できた。いや、昔父さんに教えてもらった気はするんだけど……さ。き、興味なかったんだよ、あの頃は!! まさかこんなことになるなんて思ってなかったしさ!!
 心の中で言い訳しつつ、自身の紋章に触れた。使った分は休めば回復するんだよな。俺は一人うなずくと、ナナセに向き直った。
「ニーズヘッグを呼んでくれ」
 俺の言葉にナナセが目を見開いた。おいおい、なんだよその意外だって顔は。


「おまえ召喚できなきゃただの役立たずじゃん? 肉弾戦も俺と大差ないだろうし」
「……君には負けない自信あるけどね」
 憎まれ口を叩きつつもナナセは血まみれのニーズヘッグを呼び出した。俺、こいつが居なかったらもう生きてなかったんだよな。
 ありがとう、と心の中で呟きながらすぐに回復してやる。隣から小さな声でナナセの感謝の言葉が聞こえてきた。ったく、こいつももっと始めからそうやって素直になってりゃいいのに……。


「ナナセー! どっちに行くの?」
 先を歩いていたテンが振り返ってナナセに問いかけた。ナナセも急ぎ足でそちらに向かっていく。元通りとまではいかないまでも流血は治まったニーズヘッグはすぐに消えていった。俺と桔梗もそちらへと向かう。どうやら廊下の先に分かれ道があったみたいだ。
「ああ……そっちじゃないよ、こっち」
 ナナセはT字に分かれた廊下のどちらに進むこともせず手前で停止すると、いきなり左側の壁の前に立ってそう言った。そしてその壁に手のひらを押し当てる。
「さぁ、行こう」




「あいつ、頭大丈夫か……?」
「あの男の炎でやられたか……」
 呆れ返る俺と桔梗をよそにナナセが押した壁が奥に向かってゴトンと動いた。
「何か言ったかい?」
 振り返ってそういうナナセの言葉の端々に、棘が付いている気がしたのは気のせいじゃないだろう。だって仕方ないだろ!? いきなり何にもない壁に向かって行こうと言われてもはいそうですかと行ける訳がない。


 俺はナナセの刺々しい視線を無視して横をすり抜け、開いた壁の奥へと入っていく。しばらく直進し、一つ扉をくぐった先にたどり着いてきょろきょろと左右を見回した。
「階段……か。結構長そうだな……」
 下りの階段と上りの階段、それが今いる場所でつながっている。ここはどうやら踊り場みたいだ。周りは岩のような壁に囲まれて上から下まで一本道らしい。所々踊り場が見えるのはここと同じような場所につながっているからだろう。


「ここを下りればきっとクロレシアの街に出られるよ。塞がれてないようで良かった」
 ナナセの言葉を聞きながら俺は下りるために一歩踏み出した。そこで背負っていたタケルが少し身じろぐ。
「タケル!?」
 慌ててタケルを背から降ろし、地面にしゃがんで膝の上にタケルの上半身を乗せた。白くなったままの頬を手のひらで撫でる。それと同時に閉じていた瞼がゆっくりと開いた。


「タケル……」
 くしゃりとタケルの顔が泣きそうな、それでも嬉しそうな……そんな顔にゆがんでいく。ああ、忘れてない。俺の事ちゃんと覚えてるんだって分かった。離れる前は突き放すようなこと、いっぱいやっちまったからな……。これからはもっと優しくしてやろう。そう思ってタケルに笑いかけた。
「体、平気か?」
「うっしー……」
 タケルのうるんだ目が俺を見上げてくる。俺、ようやくお前を助けられたよ。じわじわと嬉しさが込み上げてきて、もっとよく顔を見てやろうとひざを浮かせた。


 その瞬間。
「あああーーーーん!!! うっしー! うっしぃぃーーーーん!!!」
 ゴチンッと俺の額を割らんばかりの頭突きをお見舞いしてきたかと思えば、抱きついてきた衝撃でそのまま後ろに倒れた。後ろっつーのはあれだ。下りる方の階段があったわけで……。
 見事俺はタケルの体を支えながら長~い階段を背中で滑る羽目に陥った。定期的に来る階段の角の衝撃が俺の体を破壊していく。最後の最後の広い踊り場で後頭部を強かに打ちつけた瞬間、俺の気持ちは固まった。
 やっぱりこいつとは離れた方がいいってな。しばらく離れてたから忘れてたんだ。こいつは疫病神だったって。


「ちょっと、大丈夫!?」
 テンが珍しく慌てた様子で階段を駆け下りてくる。
「回復するよ!!」
 ああ、ありがたい……。そしてテンはすぐさま回復術をかけてくれた。タケルに。
 ふっざけんなテメェ!! 痛ェのはこっちだっつーの!! 無駄な魔力使ってんじゃねーぞ!!
 ついでに少し離れたところからくすくすと笑っているのは桔梗に間違いない。こいつら一体俺を何だと思ってやがるんだ。
 俺は泣く泣く自分で回復すると、立ち上がってタケルに一言だけ言った。


「いいか、それ以上俺に近づくんじゃねぇ!!」
「え、やだ、うっしーってば照れてるぅ? そういうところもかわいいんだからぁ」
 違う!! 断じて違うから頼むから近づかないでくれ!! そう言ってもどんなに懇願しても、聞き入れてくれそうにもなかった。ああ、そうだよ……それがお前だよ、タケル……くそ。
「それよりもうっしー、この人たち誰?」

 少し周りが見えるようになったのか、テンではなく奥に居た際どい姿の桔梗をジト目で睨みながらタケルが問いかけてきた。そういえばこいつら初対面だったな、なんて思い出す。色々俺が補足説明しつつ、お互い軽く自己紹介してもらうことにした。


「ふ~ん……。じゃ桔梗とはホントに何でもないの? うっしー?」
 色々説明したのに何を疑ってるのか、ジト目でこちらを睨んだままタケルがそう問いかけてくる。
「だからなんにもねーって。お前何を疑ってんだ」
「初対面でいきなり私の胸に触れて来たことだろう?」
「んなっ……!?」
 いきなり何言ってくれちゃってんだよこいつは!? そこはあえて言う事じゃないだろう!?
 わたわたと慌てていたらタケルの体がゆらりと揺らいだ。


「うっしぃー…………。こっんの、スケベェ!!!!」
 俺の左頬に火花が散るほどの衝撃が走る。なんで俺がこんな仕打ち受けなきゃなんねーんだよ!? 地面に突っ伏して平手打ちを受けた左頬を押さえぴくぴくしている俺をよそに、タケルは俺を叩き伏せたことなど気にも留めず、自身の胸を眺めながらぽそりとつぶやいていた。
「うっしー、やっぱり大きい方が好きなんだ……」
「僕はちっちゃくても好きだよ?」
 横からすかさずそう答えるテンにタケルは睨みながら文句を言った。
「ちょっと!! それどういう意味よ!? あたしのはちっちゃくなんかないんだからぁ!!」


 頼むから良く分からないことでもめないでくれ……。ヒリヒリ痛む頬を押さえながら俺は立ち上がった。ふと見上げれば未だに階段の上にナナセがいる事に気付く。俺と目が合った途端、ナナセは覚悟を決めたようにかぶっていた帽子を脱いで脇に抱えると、階段を下りてタケルの前へと歩み寄った。ワーワーやっていた三人の視線が一斉にナナセへと集まる。


「ごめん、タケル。僕のせいでこんなことに……」
 そのままナナセはタケルの目の前で深く頭を下げた。ナナセに気付いたタケルの体がビクリと震える。そうだよな……ナナセはタケルを捕らえた張本人なんだ。怖いと思って当然かもしれない。だけどあいつは……。
 一瞬、間に入ろうかとも思ったけど今はまだ見守ることにした。カタカタとナナセが体を震わせている。ここで俺が間に入ってしまったら、あいつの真摯な気持ちを踏みにじってしまう気がしたから……。


 タケルはナナセの下がったままの頭を見つめ、そして一歩近づいた。ナナセは殴られる覚悟もしてたんだろう、少しだけ身体を固くして……それでも頭を下げたまま動かなかった。タケルが手を持ち上げる。
「ん、許す!!」
 言葉と同時にタケルはナナセの頭をくしゃりと混ぜる。俺の方がびっくりして声をあげた。
「いいのかよ!?」
「だってゴンゾーあたしを捕らえるとき、一瞬だけどすっごく苦しくて辛そうな顔してたんだもん。きっと何か理由があるんだって思った。だからいいよ」


 こいつは……たかがそんな理由で……。
 呆れ半分、けどやっぱタケルだなって思った。
「それにね、ゴンゾーあたしの攻撃からうっしー守ってくれたでしょ? 悪い人じゃないってあたしの勘が言ってる! えへへ、あたしの勘って結構当たるんだ~。だから頭上げて! また一緒に芸しよーよ!」
 そう言って強引にナナセの頭を持ち上げると、タケルは顔を覗き込んだまま、にこっと笑った。ナナセがそれに驚いてのけぞり、顔を一気にゆで上げていく。恥ずかしそうにタケルから少し距離を取り、手に持っていた帽子を慌ててかぶった。


「あ、あの、僕はっ……名前、ナナセって、いうんだっ……! その、ゴンゾーは偽名でっ……!」
 ナナセの声が上ずって裏返っている。すでに燃え上がりそうなぐらいに真っ赤な顔だ。
 え……、なんだよナナセ……お前……、こんな時に風邪か? よりにもよって今体調崩すのはやめてくれよ。



 気が付けば向こう側ではまるでフクロウのようにほーほーほーと桔梗が変な声を漏らしつつナナセとタケルを交互に見てニヤついていた。テンはちゃっかり桔梗の腰に巻き付いている。こんなメンバーで大丈夫なのかよ……と思いつつ天を仰ごうとしたその時、いきなり階下から何人かの声が聞こえてきた。何事かとナナセの方を見る。
「普段使わない経路のはずなのに……」
 不安げに首をかしげて階下を見つめるナナセに、俺たちも全員不安になり耳を澄ました。声の主は誰なのか、何の目的で来たのか、奴らの会話を聞くために……。
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