英雄は明日笑う

うっしー

文字の大きさ
30 / 68
第三章 クロレシアの思惑

第三十話 戦いの始まり

しおりを挟む
「いやあぁぁっ! お兄ちゃま! お兄ちゃまっ……!!」
 叫びと同時にヤエが空に向かって何かを投げつけた。それと同時にバタンと背後の扉が開く。その先には桔梗が固まったまま室内を眺めていた。
「お願いっ……! 助けて、お願いっ……」
「なにが……あった……?」
「…………」


 ただ祈るように床に這ったまま涙を流して外を見つめるヤエと、先に行ったはずなのに今ここに姿のない二人を確認して、桔梗が呆然と呟いた。その瞬間レスターが疾風のごとく駆け抜ける。気が付いたときには桔梗の目の前までレスターが迫ってきていた。
「く!? 風よ!!」
 レスターの右腕を風で弾き飛ばし、ヤエの元へと駆け寄ろうとしたが、桔梗の背を破壊するかの如く何かが叩きつける。それがヴェリアの拳であったと気づいたときにはもう遅く、衝撃で声を出すこともできずに桔梗はその場に倒れた。その髪をヴェリアが鷲掴んで持ち上げる。背中の上に乗られたせいでエビのようにのけぞるしかなかった。


「今まで散々やってくれたねぇ。安心しな、お前の目玉はくり抜いて肉は私の胸に納めてやるよ」
「ヴェ……リア……!」
 苦し気に名を呼んだのと同時に背中の方で腕をひねり上げられた。さらに頭を持ち上げられ、声を出せない程に締め上げられて呪文を唱えることすら封じられる。
(くっ……、うっしー達はどこへ行った? それにあいつ、うっしーの親友じゃ……。 何故クロレシアの王を守っているんだ?)
 苦し気な息をつきつつ、ただ愕然と桔梗はレスターを見上げていた。



 その頃俺はただ流れゆく景色を呆然と眺めていた。
 ああ……死ぬ間際って世界がゆっくり見えるって言うけど本当だったみたいだな……。
 上方へと流れていく世界を眺めながら、俺はさっき起こったことを思い出していた。


 そうだ。俺を……俺とナナセを窓から突き落としたのは間違いなくレスターだった。しかも俺は覚えていないとはいえあいつを殺しかけたんだ。だからレスターは俺を憎んで……。
 過去が、走馬灯のように流れる。その中では楽しかった記憶しかなくて、辛い事も何もなかったみたいにみんなが笑っていた。
 ああ、そうか……このまま死んだら俺も笑えるのかな……? ただ楽しいだけの世界で……。
 俺はゆっくりと瞳を閉じた。



――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――



「痛ったぁぁぁ!!」
 階段を上る途中、テンが悲鳴を上げた。タケルが慌てて駆け寄るより先に、コタロウの炎がテンを巻き上げ天井に叩きつける。そのまま謁見の間の扉前にぺシャリと落ちた。
「う、ううッ……あの……ヤロォ!! 何死にかけてんだ、ヘマしやがってッ!!」
 コタロウの炎とは別の痛みに自身の胸を掻きむしりながら、閉じた扉の先を睨みつける。自身に命令すら下さず復讐しに行ったウッドシーヴェルをテンは恨まずにはいられなかった。


「ゴミは消えろ」
 コタロウは扉の前を炎で包み込んで逃げ道を塞ぐと、紋章をつなげた布をテンに向かって放った。その前に飛び出したタケルはとっさにそれを剣で切り裂く。一瞬コタロウと目が合いビクリと震えたが、小刻みに震える指先に力を入れてテンを守るように立ちはだかった。直後、テンが間の抜けた声を漏らす。
「え……なん……で? 痛みが……。う、そ……だろ……、痛みが消えた!? もしかしてあいつホントに死んだの!?」
「テン……? どうしたの?」
「うっしーが、死んじゃった!!」
 尋ねるタケルすら見えていないかのようにふらふらと立ち上がると、水の膜を張って迫りくる炎の中を突き進んだ。


 タケルが目を見開く。
「う……そ……嘘だよね、うっしー!? やだよぉぉ!!」
 タケルは自身が焼けるのも気にせず、扉の前の炎の中を突き進んでいった。
 


――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――



 目を閉じたまま落下に身を任せようとしていた俺の腕を、いきなり力強く引く手があった。何事かと目を開けばナナセと目が合いそのまま俺をかばうように下に来る。こいつ、どうして!? 焦りと信じられない思いで見つめていたら、ナナセの唇が微かに動いた気がした。

 妹を……お願い。

 多分そんな形だったんじゃないかと思う。
 はぁ!? ふざけんなよ!? ヤエだって俺なんかよりお前が生きてた方がいいに決まってんじゃねーか!! このままじゃ俺、あの子の恨みもかう事になる。そんなの……俺には耐えられない……。
 再びレスターの事を思い出して胸が苦しくなった。


 そんな事を考えていたら、いきなり頭上で黒く小さな光が輝いた。何かと思う間もなく、その光は一直線にナナセに降り注いでいく。あっという間に光が広がってナナセを包み込んだ。


「この……力っ……!!」


 相変わらず耳元では落下の影響で風がゴウゴウいってるし、聞こえたわけじゃない。けどそう言った気がした。そのままナナセは俺の腕を離し、片手を持ち上げる。


「お願い、来て。 フレスヴェルグ!!」


 まばゆいばかりの光が溢れるのと同時に現れたのは、鷲の姿をした巨大な召喚獣だ。頭は白く金色の目をぎらつかせ、体は燃え上がるような赤色の羽で覆われている。鷲にしては尾がかなり長く、ひらひらと空に舞い踊っていた。大きな羽には紋章のような形が黄色とオレンジで形作られている。もしかしたらナナセの帽子に付けられたあの巨大な羽根はこの召喚獣フレスヴェルグのものなのかもしれない。


 気が付けば長いフレスヴェルグの尾が俺とナナセの体を巻き取り、自身の背に運んでくれていた。けど俺はそんな感動や助かった安堵よりも、上が気になってナナセに声をかける。レスターともう一度話がしたかった。謝って許されることじゃないかもしれないけど、それでも何かしたかった。

「うん、分かってるよ。ヤエも迎えに行かなきゃ。落ちないように掴まってて」
 言葉と同時にフレスヴェルグが高度を上げていく。落ちないようにって言ってたわりには親切にもかなり水平に昇ってくれてるみたいで、ゆっくりと……けど確実に俺達が先程落ちた窓へと近づいていった。


「お前、何をした!?」
「きゃっ!」
 レスターがヤエの腕を取って引いた。外に見えるのは巨大な赤とオレンジの塊だ。見たことのない生き物だったが、あれは間違いなく召喚獣だった。
「ヨンにお願いして私の魔力を抽出してもらったの。少しでもお兄ちゃまのお役に立ちたいと思ったからなのだけど……まさかこんな形でお兄ちゃまを救えるとは思ってなかったわ」
「ヨン……、あのメイドか」
 レスターの呟きと同時に爆発音が響いた。


「うわぁ!!」
「きゃあぁ!!」
「ヨンは元研究者ですね。サー、レスター」
 テンとタケルの叫びとともに入ってきたのはコタロウだ。ヴェリアが急に桔梗を押さえつけたままでハートを飛ばしながら悶え始めた。


「コタロウ、いい所に来た。あれを今すぐ使うから下の者に命を下せ」
 いつの間にかゆったりと玉座に腰かけていたクロレシアの王が立ち上がり、それだけを言うと外を見た。視線の先は召喚獣ではなく遥か彼方だ。
「了解しました。……サー、レスター。ゴミの処分は任せましたよ」
 それだけ言い残しゆっくりと扉の外へと出ていく。レスターはその姿を冷めた瞳で見つめていた。




 あともう少しで窓に辿り着く、という所でいきなり城の上方が変化を始め何かの機械っぽいものが顔をのぞかせた。いったい何が始まったんだ……? 驚いたまま見上げたのと、脱力感に襲われたのはほぼ同時だった。
「なんだよ、コレっ……!?」
「く!? 魔力が……吸い取られる!?」
 焦ったようにナナセが叫ぶ。ちょっと待てよ!? 魔力が吸い取られたらフレスヴェルグが消えるんじゃねーか!?
「早くココから離れないと、まずいかもしれない」


 そう言いながらもナナセは窓に近づいていく。ヤエを見捨てることなんかできる訳ねーよな。そう思っていたら窓からちらりとタケルが見えた。もしかしてそこに全員いるのか……?
「ナナセ」
「そうだね」
 ナナセと考えてたことは同じらしい。フレスヴェルグを可能な限り窓に近づけた。



「タケル! 飛べ!!」




 少しだけ回復しつつあった力をヴェリアに放って桔梗を開放すると、俺はタケルに向かってそう叫んだ。
 桔梗もテンも理解したようで、こちらに向かって駆け出した。
「……痛みが消えたのは助かってたからなんだ……」
 何かを呟いたテンの顔がなぜか一瞬奇妙な表情を作り上げていたが、良く分からないから考えるのはやめることにした。
「ヤエちゃん、行こう!!」
「う、うん!!」
 途中でテンがヤエを抱える。こちらへ来るのを邪魔しようとしたレスターの剣はタケルが防いだ。


「なかなかに面白い展開だな!!」
 言いながら桔梗がこちらへ飛んでくる。着地するより先に振り返ってタケルに襲い掛かっていたヴェリアとレスターを魔法で攻撃した。
「うっしぃー!! うっしぃぃーーー!!! よかったぁ! 生きてたぁぁ!! あたしがんばったよぉぉ!! 受け止めてぇぇ!!」
「ちょっと待てバッ……いきなり人に向かって来るんじゃねうごぁっ……」
 飛んできたタケルの頭突きは後ろにひっくり返りながら腹で受け止め、暫く悶え苦しんだ。その上にヤエを抱えたテンが降ってくる。



「死ね! クソうっしー!!」
「俺に向かって来るんじゃねーっつってんだろがぁぁぁ!!」
 叫びながらも、みんなの表情がほっとしたものに変わってるのが分かって嬉しかった。俺達全員無事だったんだ。


 そう思った。


「きゃぁ!!」
 いきなり風が舞ってテンの腕からヤエが離れていく。何故かレスターの方へと引き戻された。
「風よ!!」
 桔梗がさせまいと魔法を放つ。その魔法は城の上方に出てきた機械へと吸い込まれていった。
「どういうことだ!? 私の魔法だけ吸い込まれる!? まさかさっきから急に起こり始めた倦怠感けんたいかんはあの機械のせいか!? 何故あいつは魔法が使えるんだ……」


「う、ダメっ……! 早くあれから離れないと封印が……解けちゃう!!」
「くっ……ヤエっ……!」
 テンの声が聞こえていない訳でもないのにナナセは再び窓に近づこうとする。フレスヴェルグの姿が微かに薄れた。これじゃ俺達まで……。
「お兄ちゃま、逃げてっ……! 大丈夫、サレジスト帝国と戦ってる限り私にはまだ利用価値があるもの。殺されたりしない……。だからっ……!!」


 二度目の逃げて、というヤエの叫びを聞きながらフレスヴェルグは名残惜しげに窓からゆっくりと離れた。振り返ればレスターと目が合う。あいつは感情のない冷たい左目で俺を見ていた。
 もう……戻れないんだろうか……。
「離れるよっ……フレスヴェルグが消える前にっ……!」
「…………」
 レスターの言う事が本当なら俺がした仕打ちは許されるものじゃない。あいつが恨むのも分かるよ……。だけど……。
 どんどん離れて小さくなっていくレスターを見つめながら俺はただ、もう一度あの時の俺達に戻れないかと考えた。


「な、何だあれは!?」
 すでに窓が米粒大になるほど離れた頃、桔梗が叫び声をあげた。その声に俺の思考が中断される。
 テンがフレスヴェルグの尾の方まで行き、城の上方に現れ俺達の魔力を吸い取っていた機械を見つめた。機械の先端からまばゆいばかりの光が溢れ出してきている。
「魔力の……弾丸!? まさか、あれは失われし魔導砲……!」
 テンが呟く。俺も目を凝らしてそちらを見た。


「俺達を狙ってるのか!?」
「違う、あの方角はっ……!!」
 ナナセが言い切る前に魔力が集結した弾丸が放たれた。とっさにフレスヴェルグが旋回する。真横を目で追えないほどの波動が流れ飛んで行った。あのままフレスヴェルグが真っすぐ飛んでいたら一緒に撃ち落されていただろう。
「あの方角はサレジスト帝国……!!」
 まさかサレジスト帝国と本気で戦いを始めるつもりか……!?
 俺は憎しみを込めて小さくなっていくクロレシアの城を見つめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...