英雄は明日笑う

うっしー

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第四章 禁断の書

第三十二話 シフォン大陸

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「はぁ……、腹へった……」
 船の中に運ばれて来る新鮮でおいしそうな食材を眺めつつ俺は一言ぼやいた。
「朝ご飯を食べてこないからだろう。何なら今からでも……」
「断る」


 作ろうか、と続けようとした桔梗の言葉を遮るように俺はきっぱりと言い放った。昨晩は黒と蛍光の黄色、今朝は緑に青色のまだら闇鍋を思い出してげっそりとなる。ただでさえ揺れる船に動く前から酔いそうなのに、あんなものを食べたら吐くどころじゃない。首をかしげて不思議顔をしている桔梗から離れて、俺は甲板の方へと歩いて行った。少しでも風に当たっていた方が気がまぎれる気がしたんだ。


 桔梗の奴……服の破れも全員分繕ってくれたし気の利く奴だし、ホント何でも出来そうなのに何で料理はあんななんだ。
 ぼーっと波打つ海を眺めていたら、出航の汽笛が鳴り響いた。俺は腹に力を入れて身体を強張らせ気合を入れ直す。

「そんなに力んでいたら逆に酔うと思うけど?」
 くすくすと笑いながらナナセが俺に近づいて来た。俺の真横で止まると、手に持っていた美味そうなフルーツを手渡してくれる。ああ、こいつはマジで俺の神だよ……。両手を合わせて崇めたい気持ちを押さえながら俺はそのフルーツを受け取った。一口かじれば甘い果汁が口の中いっぱいに広がる。ああ、美味い……!


 こんなにうまい果物食べたのは久しぶりだ。
「……フレスを呼び出せたら良かったんだけど。まだ力が安定してないみたいで……ごめん」
「気にすんな」
 少しへこんだ感じでそう言うナナセに苦笑で返したら向こうも気が晴れたのか笑い返してきた。


「何か話していた方が気がまぎれるらしいから、話し相手になるよ。テンは昨夜と今朝のでへばってて救護室のお世話になってるし、タケルと桔梗の女子トークにはついていけなくてね」
 話に花を咲かせているらしい二人を苦笑いで見つめた後、俺に向き直った。
 俺は暇つぶしの道具かよ……。そう思いつつ俺も二人の方を見る。
「テンは救護室のおねぃさんに夢中なだけだろ……。つかあいつら、いつの間にあんなに仲良くなってたんだ……?」
「さぁ? 昨日の料理からかな……」



 二人で苦笑だ。そして俺はナナセに聞きたかったけど聞きづらかったことを尋ねることにした。
「答えたくなかったら答えなくていい。お前……クロレシアの王に命乞いした時どんな気持ちだった……?」
 ナナセが目を見開いてこちらを見てくる。しばらく黙って俺を見つめた後、視線を海に戻してぽそりと呟いた。


「レスター……か。僕と彼は似ているようだけれど違うよ。僕には守りたいものがあったから……。だから力を差し出す事も難なくできた。憎しみはあったけどね……」





「そう……か」
「彼は……何よりも孤独を恐れていたように思うよ。心から信頼する相手を作ることはしないのに、誰かのそばには必ずいた気がする。あまり関わりはなかったから、良くは分からないけど」
 ナナセの言葉に俺は昔のレスターを思い出していた。一人は嫌だと言っていたレスター……。信頼する相手を作らなかったのはもしかして俺が原因なんだろうか……。俺が、あいつの信頼を……。
 考えたら胸が苦しくなってきた。俺があいつを変えてしまったんだ。あんな冷たい視線を向ける奴じゃなかったのに……。


「人は良くも悪くも変わるんだよな……」


 色々思い出していてそういえば俺も変わったなって思ったら、いてもたってもいられなくて自然と体が動いていた。
「うっしー?」
 不思議そうに振り返って俺を見るナナセを置いて、俺は壁側に座って桔梗と楽しそうに話しているタケルに近づいていく。
「ちょっと……いいか?」
 桔梗がニヤリと口元を歪めてタケルの背中を押した。そのまま立ち上がると、向こうに居たナナセの腕を引いて船室の方に入っていく。別にここに居てもよかったんだが……何なんだ一体。まぁいいけど。



「な、なに?」
 もじもじしながら聞いてくるタケルの横に俺は腰を下ろした。
「お礼……言ってなかったなって……思ってさ」
「お礼?」
 タケルの言葉に、行動に……。俺、色々救われてたんだ。こいつと出会ってなかったら俺は落ち込んだままクロレシアを憎んで、ただ何もせずに文句を言うだけだったかもしれない。もしかしたらそのまま死んでいたかも……。誰も、何も救えず何の役にも立たない復讐ばかり考えて、人生を終わらせてたかもしれないんだ。


「お前と出会ってから色々変えられたからさ。……サンキュ」
 それだけ伝えたらタケルが急に青ざめやがった。は? なんでそうなるんだよ?
「も、もしかして大事なところ蹴っちゃったからうっしー女の子になっちゃった!?」
「はあぁぁぁ~~~!!!???」
 変えられたってそういう意味じゃねーよ!! 俺はすっくと立ちあがると振り向いてタケルを見下ろした。やけくそになって叫ぶ。
「女になってるかどうか確かめてみろよ!!」



 叫んで胸元をはだけようとしたのと同時に後ろから羽交い絞めにされた。横目で見てみれば氷点下の視線と白金の髪が視界に入る。背筋に悪寒が走った。
「うっしー……。大声がしたから気になって見に来てみれば君って奴は……!! 来いニーズヘッグ!!」
「バカっ……! こんなところで召喚獣をっ……」
 俺の慌てた言葉と同時に血まみれのニーズヘッグが船を揺らしながら海から登場した。
「あああ! ニーズヘッグ! そうだった、君傷ついてっ……」
「回復! 回復っ……」


 わたわたと俺はニーズヘッグの傷を癒した。俺はニーズヘッグ専用の回復役かよ……と思ったが言わないでおこう。こいつらには何度も命を救われてるからな……。



 かくして俺は船酔いもせずシフォン大陸にたどり着けたわけだが……。俺とナナセ、一緒に居た桔梗とタケルは手を後ろで縛られ木箱に放り込まれていた。ご丁寧にも猿轡さるぐつわまでされ、声を出すぐらいしかできない状態だ。外から船乗りたちの会話が聞こえてくる。
「”紋章持ち”が現れただと?」
「はい。この木箱に捕らえてあります」
「やだ、怖いわ……」


 ああ、忘れてたよ……。俺達は世間一般から迫害された”紋章持ち”。魔法を使っちゃいけなかったんだ……。さすがに何の悪意もない一般人に抵抗するのはどうかと思って大人しく捕まったけれど……。
 ジト目で珍しくバカをやらかしたナナセを睨みながら、俺はこの先の事を考えた。
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