英雄は明日笑う

うっしー

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第四章 禁断の書

第三十五話 滅びた町フレスナーガ

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「テンのヤツ……勝手に町を出るってどういうことだよ」
 降り注ぐ日の光、それを程よく遮るように広がる葉のトンネル。まるで音楽のように奏でている葉擦れの音……。木々たちが陽気に話しかけてくる、そんな中で俺は不満を漏らしていた。
 宿屋を出たのは数時間前。そこから森の中に入り、今に至る。なぜ森の中なのかと言えば、桔梗の故郷でもありノワールの契約者が捕らわれてもいるらしいフレスナーガに向かっているからなんだ。



「ノワールが出ていくのを見ていたらしいからな。何故テンがフレスナーガに向かったのかは分からないが……とにかく私たちも行くしかあるまい。どうせそこに用もあるわけだしな」
 桔梗が意味ありげに微笑む。俺は後頭部を掻きながら、前方をなぜかスキップでもしそうな勢いで鼻歌交じりに歩いているナナセを見つめた。タケルもナナセの横を歩きながら何かのマジックでも教わっているんだろう、小さな火を嬉しそうに何もない所から出している。
「ナナセの野郎も朝っぱらからあんな感じで気持ち悪ぃしよ……」
「タケルからお礼としてあの帽子、貰ったらしいからな。そっとしておいてやれ」



 帽子? と思ってナナセの頭を見てみる。そう言えばクロレシア出た頃からかぶってなかったっけ、と思い出す。なるほど、確かにあの特徴的な羽根はついていないものの以前と同じような形の帽子をかぶっていた。
 なんだよあいつ、そんなにあの帽子気に入ってたのか? あいつもなんだかんだ言って普通なんだよなって思ってほっこりした。
 普通の生活……か。そこでふと疑問に思ったことを桔梗に問う。
「お前は以前、どんな風に暮らしてたんだ?」


 単純に気になったことを聞いてみただけだったが、なぜか桔梗がビクリと肩を震わせた。聞いちゃいけない事だったんだろうか……?
「……いや、すまない。当時は禁断の恋って奴をしていたからな、隠す癖がついてしまっているんだ」
 フフ、と笑う桔梗を俺はぽかんと見つめてしまう。
 禁断の恋……? かなり間抜けな顔でも晒してしまっていたんだろう、桔梗がからかうように俺の顔を覗き込んできた。
「私の気持ちなど聞いても、お前のように鈍感でお子ちゃまな男には一生分かるまい?」
「誰がお子ちゃまだ……」



 半眼で睨みつけても桔梗は動じることもなく、その話題はそこで終了した。あいつは隠し事の宝庫だな、なんて思ってしまう。
「ほら、タケルが何か言いたいみたいだぞ」
 桔梗に促されてそちらを見てみれば、確かにタケルが何かを言いたげにこちらをチラチラと見ていた。ナナセはノワールの方へ行ったみたいで今は一人だ。桔梗もいつの間にかナナセ達の方へと歩いていた。



「言いたいことがあるんならはっきり言え」
 俺はタケルに近づいてそれだけを言う。タケルも始めはまごついていたもののすぐに顔を上げて両手を蕾のようにすると、こちらに差し出してきた。
「んっとね、これ、助けてくれたお礼!!」
 タケルが嬉しそうに笑うのと同時に俺は悲鳴を上げていた。
「あっぢぃ!?」
「あ! ごっめーん、失敗しちゃったぁ」


 先程のマジックをしようとしてたんだな、それは分かる。お礼をくれようとしたんだよな、それも分かる。だからってなんで俺が顔をこんがり焼き上げられなきゃなんねーんだ!? 慌てて自分の顔を回復するとタケルを半眼で睨みつけた。もう俺が悲鳴を上げても誰も心配する声が上がらないのが悲しい所だ。初見のはずのノワールですら無表情でこちらを見ているだけだしな。それどころか完全無視で先に歩き出していきやがった。なんて女だ。
「……で? お礼って?」
 俺は気を取り直して改めてタケルの手の中を見る。疫病神には何を言っても治るわけがないし仕方がないと諦めた。タケルも今度は普通に手を開く。



「種……?」
「うん。大地の腐敗が治ったら一緒に育てたいなって思って……。えへへ、本当はナナセへのプレゼント先に買っちゃったからお金足りなかっただけなんだけど。あ、でもね! すっごく美味しい実がなるんだって! うっしー……こういうの、嫌い……?」
 黙ってれば分かんねーのに馬鹿正直に言うよな、こいつは。俺はついつい笑ってしまった。そのまま種を受け取ると、くしゃりとタケルの髪をかきまぜる。







「嫌いじゃねーよ」



 もう一度タケルから受け取った種を見てみる。大地の腐敗が治ったらきっとこいつも元気に育ってくれるだろう。その時はツイッタ村みたいなゆっくり暮らせる場所に生けて、こいつらと一緒に見守っていけたらいいな……なんて事まで考えてしまった。
「あたしも、その子が大きくなった姿見られるかな……?」
「見られるに決まってんだろ、俺が大地を治すんだからな」
 決意して種を握り締める。タケルも笑い返してきた。
「そだよね! がんばろー! おー!」



 ガッツポーズで空に向かって拳を振り上げるタケルに俺は慌ててのけぞる。見ろ、華麗にタケルの拳を避けてやったぜ。いきなり張り切って駆け出したタケルの後を俺も追った。気が付けば前を歩いていた三人の背中がかなり小さくなっている。本当に薄情な奴らだ。
 とは言っても追いついて暫くは再び陽気なナナセの背中を見ながら歩くことになった訳なんだが……。しかも途中から悪臭が漂ってきて何故か俺にかぶせるものだから、別に離れていても良かったと思わないこともなかった。



「うっしーくーん! 見えてきたよー!!」
 しばらくそうして歩いていると、かなり前方にいたノワールがいきなり振り返って手を振りながらそう言ってくる。ノワールが居る場所より先は開けているみたいで、どうやらフレスナーガにたどり着いたらしいと察した。俺も早足でノワールの元へと行き、そちらの方を見る。
 桔梗の故郷……どんな場所なんだろう……? 半分期待も込めてノワールの視線の先を見つめた。



「な……んだ、これっ……!?」
 そこを見て、ついつい目を見開いて叫んでしまう。滅んだ町……。現状を見て納得した。
 今まで続いていた木々は俺が立っている場所で終わっていて、開けたと感じたのはその為だったんだろう。何しろその先は灰色の世界だった。
「腐敗……している……?」
 先程からしていた悪臭はこの大地の腐敗が原因だったんだ。だけど俺が驚いたのはそこじゃない。その腐敗した大地の真ん中にある物体だ。木が……寄り集まって球体を作りそこから淡く黄色い光が放たれていた。



「あそこが……フレスナーガだ」
 桔梗が眉間にしわを寄せ、木が作り上げている球体を見つめながらそう言う。ノワールが補足のように説明を始めた。
「あそこ、時が止まってんの。魔法で木を破壊しても数分で再生されちゃう。あの木がすっごく分厚くってさぁ、中にたどり着くまでに一人じゃ魔力切れしちゃう」
「フレスナーガの街の中まで入れれば時を止めてる魔法を解除できるのだけど……。あそこに入るには現状を作り上げた銀の懐中時計の持ち主か、一瞬であの木を破壊できるぐらいのめちゃくちゃ強い”紋章持ち”ぐらいだから……」



 だから桔梗は力の強い”紋章持ち”を探してたのか……と納得する。けど、これだけ大地の腐敗が進行してるんだ、もし町に入って時を動かしたら腐敗に飲み込まれたりしないんだろうか……? 疑問に思って桔梗に聞いてみた。
「救いたいのは町自体じゃなくて中に居る人達だよ。彼らが抵抗もなく出てこないってことは中も時が止まっている可能性が高い。それなら生きているかもしれないだろう? それに……私がここを離れた時、大地は腐敗などしていなかった。もしかしたらアレが原因で進行したのかもしれない」



 腐敗した原因……か。それについてもノワールは知っているんだろうか……? ちらりとノワールの方を見たら何故かアイツきょろきょろしながら笑っていた。気持ちの悪い奴だ。
「それじゃ、まずはあの木をどうにかしないとな……」
 気を取り直して一歩踏み出そうとした。その俺の足元からいきなり水が立ち上ってくる。いったい何なんだ!? 振り返って俺はさらに驚いた。


に近づいちゃだめだ!! お願い、手を出さないで!!」
「テン!?」
 俺達四人の声が重なった。そこに居たのはテンだったんだ。どうしてあいつが俺達を攻撃してくるんだ……。切羽詰まった顔であいつは水柱を立ち昇らせながら俺達の行く手を阻んだ。
「テン……なぜだ!? やはりお前が私の故郷をあんな風にしたのか!?」
 桔梗の質問には押し黙ったまま、テンはうつむいた。いったいどういう事なんだよ……? 訳が分からなくて俺は呆然とテンを見つめる。



「みんながノワールと町を出たって聞いた時は驚いたよ。シフォン大陸には滅びた町がかなりあるから……おねぃさんの故郷がここだったなんて知らなかったんだ。だけどぼくはっ……ここを解放させるわけにはいかないっ……!! お願い、諦めてっ……!」
 何を必死に守ろうとしているのか……テンは眉間にしわを寄せながらも水柱を引かせようとはしない。そこにノワールの闇が生まれた。テンの目の前に現れたかと思えばそのまま体を弾き飛ばす。テンが持っていたらしい銀の懐中時計が宙を舞い、カシャリと地面に落ちた。
「あはは! やっぱアンタが持ってたんだ? 貰っちゃうね?」
「やめろ!! ノワール!!」


 テンの叫びと同時に桔梗がテンに向かって魔法を放つ。衝撃で立ち上っていた水柱が消え、ノワールはその隙を突いて懐中時計を拾い上げた。
「女は嫌いだけど役に立つ人は好きよ。行きましょ、おねーさん。ふふ、テンとは全部終わった後で遊んであげる」
 そのままノワールは木の球体に向かって歩き出していく。桔梗も後に続こうとして一瞬だけ足を止めると、テンの方を見て重い口調で言い放った。
「お前、出会ったときに他の禁書には会った事ないと言っていたな。それも嘘だったか……」
 蔑むようにしばらく見つめ、何の返事もしないテンにしびれを切らしたのかその後は振り返る事もなく歩いて行く。我に返って追いかけようとするテンの肩を俺は掴んで止めた。



「一体どういうことなんだ、テン。説明しろよ!!」
「うっしー、離せっ……! 禁書がっ……」
「禁書……?」
 問いかけたことによって何かを思い出したのか、テンは唇をかみしめて押し黙った。なんで……何でなんにも説明してくれないんだよ……? 言ってくれなきゃ分かんないだろ……? それとも俺はそんなに信用できないのか?
 あの島で少しだけ歩み寄れた気がしてたのは気のせいだったんだろうか。俺はもう一度テンに問いかけようとした。けど目の前にいきなり闇が現れテンの体が吹き飛ばされていく。



「うっしーくん、早くしないと入れなくなっちゃうよ~」
 やったのはノワールか。あいつはいつの間にか球体の木に近づいて時計を使ったらしい、幹に小さなトンネルが出来上がっていた。桔梗と、戸惑ったままのタケルとナナセもその近くに居るみたいだ。
 俺もテンが気にならなくはなかったが何も話そうとしてくれないアイツじゃらちが明かないと、慌ててノワールの後を追った。



 禁書がなんだっていうんだよ……。なんで嘘をつくんだ、お前何を隠してるんだよ……。
 もんもんとした気持ちを抱えたまま、俺は今の自分の心のようにぽっかり空いたトンネルをくぐった。
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