英雄は明日笑う

うっしー

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第四章 禁断の書

第三十六話 ノワールの真意

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 もやもやした気持ちを抱えたままフレスナーガへと繋がっているらしいトンネルを進むにつれ、オレンジ色の柔らかい光が奥からぼんやりと差し込んでくるのが見えてきた。
「テン、どうしちゃったんだろね……」
「知るかよ……」
 背後を未だにチラチラ気にしながら心配そうにつぶやいたタケルの言葉には、ややふてくされて答える。俺が通ったのと同時にトンネルは閉じつつあったからテンは入って来られなかったんだろう。すでにあいつの気配はなくなっていた。



 俺は視線を奥の光に巡らせたまま歯噛みする。テンとはもっと信頼しあえてると思ってたんだ。文句を言いながらもいっぱい助けてくれたし、俺の心配もしてくれてた。最初の出会いこそ酷かったものの最近ではそれなりに上手くやって来られてたんだって思ってたんだ。なのにあいつ、大事なこと何一つ話してくれてなかった。俺はテンにとって、ただ本を封印する為だけの契約者だったんだろうか? そう考えたら今までの事が全部薄っぺらく感じて悔しくて仕方がなかった。



「テンの事は放っておけ。この町フレスナーガを開放すれば、あいつのやろうとしていた事もおのずと分かるだろう」
 桔梗も渋い顔をして俺の横に並んでくる。テンのヤツずっと桔梗に懐いてたもんな……。桔梗も複雑な心境なんだろう、先ほどは突き放すような態度をしていたが今は閉じつつあるトンネルの向こうを気にしていた。
「禁書がどうとか言ってたな……。ノワールの契約者と関係あるのか……」
 言いつつ深く考えるのはやめる。本当に苦手なんだよ考えるの……。どうせ俺の知識じゃ答えになんて辿り着けないんだからさ。
 俺はそのまま前を見据えた。そろそろ中に辿り着くみたいでオレンジ色の光がかなり明るくなってきていた。




 光の先、辿り着いたフレスナーガの中は外とは違い自然に満ち溢れていてとても綺麗な場所だった。周りは木々に囲まれ、足元はささやかではあるがレンガで舗装されている。右手側には小川がさわさわと心地いい音色を奏でながら流れていた。そこをしばらく歩いて行くと簡素なレンガ造りの家々がところどころに並んでいて、奥には少し大きめの建物があった。そこの細くとがった三角屋根の下、大きな鐘が何かを知らせるようにゴーンゴーンと音を響かせる。暫くすると町の子供たちなんだろう、そいつらが大きな建物から出てきて俺達の横を駆け抜けて行った。


 時が止まってるんじゃなかったのか……? 良く分からないがフレスナーガの中は穏やかに時が流れているみたいだ。俺は首をかしげながら桔梗を見る。
「やはり残っていてくれた……。この音、懐かしいな……」
 あいつは柔らかな笑顔で鐘を見上げていた。こんな顔、初めて見たかもしれない。そんな事を考えていたら、桔梗が突如駆け出していく。


「桔梗!?」
 あいつにしては珍しい、まるで少女のように無防備な姿で道の先にある大きな建物に向かって行った。俺もあわてて後を追う。
「ん~。まずはから……ね。んふふっ。ね、そこのピンク服の女とぉ、ナナセくんにお願いしてもい~い?」
 すれ違う直前、ノワールの言葉が聞こえてきたが、今は桔梗の方が放っておけない気がしてすぐに意識を引き戻す。桔梗が建物の中に入ってすぐ、扉が閉まる前に俺も駆け込んだ。



「……テン、どうしたんだ? そんなに慌て……」
「オルグ、オルグ先生!!」
 建物の奥に居た一人の男性に桔梗が抱きついていく。そのオルグと呼ばれた男は言葉を止め、驚愕の眼差しで桔梗を見ていた。
「シアン!?」
 シアン?? 桔梗を見ながらそう言う男を俺はマジマジと見てしまった。そこで俺の視線に気づいたのか、オルグと呼ばれた男は恥ずかしそうに桔梗の体をはがして一つ咳払いをし、こちらに向き直った。



「ようこそ、お客人。私はここで子供たちに勉強を教えているオルグという者です。ここに来た……ということはテンのお知り合いだね」
 奴は緑色の瞳を細め、にこりとほほ笑む。俺も少し距離を置いたまま軽くお辞儀をしてオルグという男の姿を見た。
 長めのボブ、薄緑色した髪を七三に分け、膝まである長くて黒っぽい服を着ている。首元まである襟はきっちりと閉じられ、服と同じ色のズボンに革製のブーツ、眼鏡までかけているからかいかにも賢そうな面持ちだ。そしてそいつの額には、ひと際大きな紋章が描かれていた。どうやらこいつも”紋章持ち”らしいと察する。


「俺はウッドシーヴェルといいます。アンタ、いや、あなたはテンとはどんな関係だ……ですか? それとシアンって……」
「ははっ、いつも通りの話し方で構わないよ」
 にこにこ笑うオルグに俺は照れて後頭部を掻いた。くそ、学がないの丸出しじゃねーか……。けど悪い奴じゃないっていうのは分かったから緊張を解いてオルグに近づいていく。
「で、テンとはどんな関係でシアンって何の事だ?」


「シアンは私の本名だよ。桔梗というのは偽名なんだ」
「はあぁぁぁ!?」
 オルグの腕に自身の腕を絡めたまま横からすかさず答えた桔梗の言葉の、あまりにも意外な事実についつい叫んでしまう。桔梗が偽名って……、お前もかよ!? って、そんな事まで考えてしまった。


「もし昔の知り合いに会ってフレスナーガがこんな状態だって知られれば、そこから情報が洩れて周りの村が領土を広げようとここを焼き尽くしていたかもしれないだろう。それに……心配をかけたり巻き込んだりしたくなかったしな。だから極力ここの事はバレないようにしてたんだ。偽名なら他人の振りをすればいいしごまかせるだろう?」
 そこまで聞いて俺も納得する。桔梗も色々考えてたんだなって。それだけこの町を愛してるのかって思ったけど、次の一言でそうじゃないって察した。


「当時は教師と生徒、貴方との婚約の事も知られたくなかったしな」
 言いながら桔梗はオルグに寄り添い奴の指に自身の指先を絡めていく。
「シアン……暫く会わない間にずいぶんと綺麗になったんだね……今の君も素敵だよ……」





 ここ、こんやく? な、なんだよ、お前らって、そそそ、そうなのか?
 俺に見せつけるようにイチャイチャしている二人に、逆にこちらが照れてぎくしゃくしてしまった。そんな俺には構わずオルグは優し気で愛おしそうな笑顔で桔梗を見つめている。愛し合ってるんだなっていうのが俺にもちゃんと伝わってきた。桔梗があんなに必死に救いたいと言っていたのは町ではなくこいつの事だったんだ。


「そ、それは置いといて……だな、あんたテンとはどういう……」
 関係だ? って三度目の質問をしようとした。その途端、生まれた闇にオルグの体が弾き飛ばされていく。桔梗は慌ててオルグに駆け寄り、俺は何事かと振り返った。
「あははっ! あんたが時の加護を得た”紋章持ち”……ね。ここにあるんでしょ? き・ん・しょ❤」
「早く出さないと……殺すわ」
 ノワール……!? どういうことだ? どうしてオルグを攻撃するんだ!? 不穏な空気を醸し出したままオルグに近づこうとするノワールの腕を俺は慌てて掴んで止めた。ノワールは冷たい瞳のまま俺の方を見てくる。



「禁書の精霊……か。ここにある禁書は精霊が死に封印が解けてしまっている。だからテンと協力して新しい精霊が生まれるまでこの町を、人を犠牲にして時を止めているんだ。禁書を外に出さない為にもテンには口止めしていたというのに、貴女はどこから情報を得た?」
 その驚愕の事実に俺も桔梗も目を見開いてオルグを見る。どういうことだよ……。テンと協力してこの町の時を止めた!? 禁書って確か開くと世界が滅亡するって言ってたよな? だからテンは……、口止めされてたから何も言わなかったのか。そこでようやく納得した。あいつ、世界を守ろうとしてたんだ……。


 ただ一人、ノワールは俺に腕を掴まれたまま静かにうつむいていた。俺より低い位置に頭があって表情が全く見えない。
「オルグ……どういう……ことだ? 貴方が時々姿を消していたのは禁書の精霊に会ってたからなのか……? 私にも秘密で……この学校の外に居た大人たちは目の前で消えて行ったというのに、何故私だけ助けた!?」
「すまない……急いで術を使う必要があった。術の範囲はこの学校周辺のみ……町の大人たちを救う余裕はなかったんだ。……でも、君だけは助けたかった。だからどうにか外に出したんだ……」


「それじゃ私が聞いたあの意味不明な呪文はっ……」
「きっと禁書の封印が解けた時に響いた精霊の悲鳴だろう。あの子は契約者に殺されたから……」
 更に驚愕の事実だ。精霊が、殺された……? もう話が見えなくなって俺はノワールの腕を掴んだまま呆然としていた。いや、言っていることは分かるんだ。分かりやすく例えれば、俺がテンを殺して禁書の封印を解いたってことなんだろ? そのせいで世界が破滅してしまうのを防ぐためにこの町ごと時を止めて封印したってことなんだよな? だからテンはここに近づくことさえも許さなかった。そうやって考え、理解を深めている間にノワールが身じろいだ。



「知ってる。だから……取りに来たんじゃない」
 ノワールの腕が、体が、俺の手の中で小刻みに震え始めた。こいつ怒ってる? 悲しんでる? ……違う、笑ってるんだ。ノワールはいきなり俺の手を振りほどいて背中にあった本を床に置くと、おもむろにページをめくった。それと同時に本から闇が生まれる。
 俺はその行動にさらに目を見開く。もう驚きすぎて目玉が零れ落ちそうだ。
 だってうそだろ? なんで本が開いてんだよ。ノワールの本も封印が解けてるっていうのか……?


「お前……契約者は……」
「あはは! そんなのもういない! アタシは本に縛られ続けてるテンとは違うのよ!」
「本に書かれてるのは世界の破滅なんかじゃない。チカラの集め方よ。あの魔導砲を復活させたのもアタシなんだから」



 それだけ言うとノワールは本の中からもう一冊、青色の巨大な本を取り出した。あれも禁書なんだろうか。そのままあいつは本から魔力を最大限に引き出し、開いたままの二冊の禁書を宙に浮かべた。
「うっしーくんとおねーさんがここに残ったのは誤算だったけど……手間は省けたし良しとしてあげる。すぐにテンの禁書の封印も解いてあげるね!!」
 ノワールが言い終わるのと同時に稲妻が部屋中を走った。そのまま壁や床を焼き焦がしていく。
 やばい、このままじゃここが崩れ去るかもしれない。俺と桔梗は慌てて紋章の力を発動し、守りの術を張り巡らせた。


「大丈夫だ。どんなに傷つけようとここではすぐに時が戻る。時を進められるのは私が作った永遠の時を刻む懐中時計だけなのだからな」
 安心しきった顔でそう言うオルグに向かってノワールはニヤリと唇を歪めた。懐中時計……。それを聞いて俺はさらに嫌な予感を覚える。確かテンが持っていた……。

「こ・れ?」
 それだ。テンから奪った銀の懐中時計。それをノワールは嬉しそうに指先で弄びながらオルグに見せる。途端、オルグの顔が一気に青ざめた。
「お前、どうしてそれを!?」
「あはは、禁書を開いて力を得たアタシにテンが敵うわけないじゃん!」
 そこまで言ってノワールは言葉を切ると残虐な笑みで俺とオルグを見つめた。



「好みの男を痛ぶるのは大好き。思う存分泣き叫ばせてあげる」
 唇を歪めるノワールの頭上で青い色の本が揺らめく。ぞわりと背筋に悪寒が走った。
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