英雄は明日笑う

うっしー

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第五章 守りたいもの

第四十二話 相対

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「シフォン大陸に戻るのは分かったとして……まだ大地腐敗についての研究を探ってはいないだろう? 大地の腐敗を研究しているのはこの棟じゃないのか?」
 研究所内の街を出てすぐ、桔梗がナナセに問いかけた。ナナセも思い出そうとしているのか、こめかみに人差し指を当てながらきょろきょろと辺りを見まわした。
「ああ。確か外に出て東側だったと思うよ。フレスを呼ぶには多分また多少時間がかかるから、その間に調べててくれるかい?」

 ナナセの言葉に俺達はうなずくと、オリオ達を連れて階下へと向かった。オリオは少し名残惜しげに、だけど少女の手を取ると振り返らずに後をついてきた。こいつは誰とでもすぐ仲良くなる奴だから離れがたいんだろうな……。くしゃりと頭を撫でたらへへへと笑い返された。
「きっとクロレシアの兵士が適切に避難の判断してくれるよ。それに、俺が大地の腐敗を治す」
 決意の眼差しでオリオを見たらオリオも黙ってうなずいてくれた。絶対、絶対やり遂げなきゃ、だよな。


 やる気をみなぎらせて階下へ着いた途端、一陣の風が俺の真横を駆け抜けた。その後に聞こえてきたのは機械が駆動する音と走る足音だ。嫌な予感がして俺は入り口に視線を巡らせた。
「レスターっ……」
 言い終わるよりも先にレスターが目の前に迫ってくる。
「うっしー! あたしがっ……」
「手ェ出すんじゃねぇ!!」


 こいつとは他の誰にも戦わせたくなかった。とっさに出て来ようとしたタケルを言葉で押さえ、俺はレスターの剣の形になった右手を避けながら、急いで魔法で土の剣を作り上げた。どうしてレスターがここにいるんだ、とは思ったがよく考えればあいつはクロレシアの騎士になってたんだ。信じたくはなかったがここの様子を見に来ていたとしても可笑おかしくはない。再び俺に斬りかかって来たレスターの足元から岩の柱を突き出すと、隙を突いて蹴り飛ばした。レスターの体が床を滑っていき、階段にぶつかって止まる。
「レスター兄ちゃん!? どうして!? 違うよウッドシーヴェル兄ちゃん! レスター兄ちゃんは悪い人じゃないっ……!」


 俺の背後でオリオが叫んだ。俺はレスターに視線を固定したまま言葉だけでオリオに伝える。
「分かってる」
 ああ、分かってるよ。何よりも誰よりも、俺が一番分かってる。だって俺達はっ……。
 すぐに立ち上がって左から襲い掛かって来たレスターの剣を土の剣で受けつつ、視線を固定したまま叫んだ。


「お前らは先に出てろっ! ナナセ、フレスヴェルグを!! 俺が時間を稼ぐ」
 時間稼ぎだけじゃない、二人で話がしたかった。クロレシア城で……あんな形で別れたままだったから、ずっと聞きたかった事があったんだ。魔力暴走の時俺は何をやったのか、もうあの頃の様に戻ることはできないのか……。レスターは俺の事を“元親友”と呼んだけれど、俺はそうは思いたくなかったから……。

「くっ……、こんな時じゃなければ僕が戦いたいのにっ……!」
 ヤエを奪われた時の事を思い出しているのか、悔しそうにナナセがそう言って外へと出て行く。
「悲しい想いはもうごめんだからなっ……!」
 桔梗も言いながら皆を外へと誘導してくれた。ああ、こんな所で死ぬわけにはいかない。改めてそう思えた。タケルもテンもオリオも名残惜しそうにこちらを見ていたけれど、桔梗に促されるままに外へと出て行った。残ったのは俺とレスターだけだ。レスターも俺以外を攻撃するつもりはないのか視線は俺に止めたまま右手に力を込めてきた。





「レスター、教えてくれ。十年前、俺は何をやったんだ? お前を殺しかけたなんて……そんなはず、ない」


 魔力が暴走したのは覚えてる。俺の魔法に呑まれてクロレシア兵が消えて行ったのも……。でもレスターまで攻撃したなんて信じられないんだ。本当の事を知りたかった。
「魔法を使う時、必ず敵味方を判別する。それは意識的に行うこともできるが大概の場合は潜在意識で行っている。だから味方に攻撃魔法は効かないんだ。だが貴様はどうだ? オレのこの右半身をあっという間に奪っていったじゃないか。つまり貴様はオレの事など親友どころか、味方だとも思っていなかったという事だ。潜在意識ではオレの事などどうでも良かったんだろう!?」


「ち、違うっ……!」
 反論しようと思ったら腹に衝撃がはしった。レスターの左の拳がめり込んでいる。腹を押さえて膝をついたら頬を蹴り飛ばされた。
「お前はオレに二度目の孤独を味わわせたんだ。なぜオレに手を伸ばした? お前がオレを放っておけば味わわなくて済んだ孤独を、貴様はっ……! 親友? 笑わせるな。お前だけは許さない。許したくなど、ない!!」
「レスター!」
 立ち上がろうとした俺の脇腹にレスターの剣がかする。そのまま舞うように回転して繰り出された左足の蹴りは慌てて魔法で防いだ。俺、隙だらけだったんだろう、直後レスターの風の魔法で右腕を切り刻まれた。


「オレは貴様に復讐するためにクロレシアの犬になって過ごした。お前は必ずクロレシアに来るだろうと思ってたからな。十年も待たされるとは思っていなかったが。腰が引けて逃げたのかと思っていたぞ」
 顎を蹴り上げられて再び床に倒れる。傷ついたままの俺の右腕にレスターの機械で出来た右足が勢いよく落とされた。
「オレが最後を看取ってやる。安心して逝け」
 レスターは、本気で俺を殺そうとしているのか……。俺の心臓めがけて剣を突き刺そうと右手を振り下ろした瞬間、だけど何故か一瞬だが隙が生まれた。もしかしてレスター、一瞬でも迷ってくれたんだろうか?
 分からない。けど俺はその隙を見逃さず、支えにしていたレスターの左足の膝裏をどうにか態勢を変えて蹴り上げると、カクリとなった瞬間を狙ってレスターの下からはい出した。



「うっしー! フレスヴェルグが来た。引け!!」
「分かった!!」
 何てタイミングだ。俺は後ろ髪をひかれつつも迷うことなく桔梗の声に導かれるまま外へと駆け出した。
 レスターに伝えたいことは色々あった。けど、そんな事を説明していたら外で待ってる皆を危険にさらすことになる。また会って話す機会はできるはずだと信じて、待機していたフレスヴェルグに飛び乗った。すでに皆フレスヴェルグの背中にいたから俺が乗った瞬間すぐに研究所から飛び立っていく。レスターも俺を追って外へと飛び出して来たけど、研究所から離れて行く俺達を見上げたままなぜか攻撃はしてこなかった。


 あいつはやっぱり変わってない。俺に憎しみを向けてはいるけれど、昔のままだ。何故俺がレスターを攻撃してしまったのか、それさえ分かればまた昔のように戻れるかもしれない。記憶がない上に到底原因までたどり着けそうもない疑問だったが、淡い期待を抱きながら俺はただ離れて行くレスターを見つめていた。

「結局腐敗の理由は探れなかったな……」
 フレスヴェルグの上、桔梗が残念そうにつぶやいた。けどそれ以上は何も言わない。あの状況では逃げるのが良策だったと分かっているからだろう。俺もただうなずくしかなかった。
「うっしー……。腕……」
 タケルが心配そうな顔で俺の右腕に触れてくる。そこでこちらに意識が引き戻された。そういえば回復してなかったもんな……。俺は笑ってごまかしつつすぐに回復した。


「あたしにも戦わせてくれたらよかったのに! あいつ、クロレシアの騎士なんでしょ!?」
「レスター兄ちゃんは悪い奴じゃねーよ!! オレ達”紋章持ち”がレシアの兵士に殴られたり蹴られたりしてたらいつも助けてくれたんだ!!」
「だからってっ……!」
 言い争うタケルとオリオを見ることなく、俺はうつむいたままぼそりと呟く。レスターに怒りを抱いているであろうナナセは、聞いているのかいないのか話には入って来なかった。
「あいつは、親友……なんだ……」
 『だった』とは言わない。俺はまだあいつの事親友だと思ってる。だから過去にはしたくなかったんだ。タケルもオリオも黙って俺を見てくる。俺は顔を上げると苦笑して二人の目を見た。


「色々あったから今はこんな形になってるけど……さ、オリオの言う通りアイツは優しくていい奴だよ。タケル、心配してくれてありがとな」
「うー……。うっしーがそれでいいならいいけど……」
 タケルはしぶしぶ納得して桔梗の方へと行ってしまった。ごめんな、アイツの事は自分でどうにかしたい。強くそう思った。


「そういえば、もうすぐクロレシアとサレジスト戦争すんだろ? 研究所に居た兵士が爆弾仕掛けに行くんだーって息巻いてたぜ」
「爆弾!?」
「うん。なんか”紋章持ち”の力を閉じ込めた機械なんだって。何かをすると爆発するって言ってたけど何だったっけかな……覚えてないや」
 そこ一番大事だろーがよ!? そう思ったけどオリオにとってはどうでもいい事だったんだろう、仕方ないと諦めて俺はナナセの方を見た。


「戦争のためにヤエは生かされてるって言ってたよな……。だとしたらサレジストとの戦いが終わっちまったらあの子の命は……」
 俺の言葉にナナセが無言でうなずいた。もうすでに心は決まってるらしい。
「彼らを港町まで送ったら僕はサレジストへ行くよ。戦争を止めないと」
「行くのはクロレシアじゃないのか?」
 俺の質問にはナナセが渋い顔で答えた。その顔を見て俺もバカなこと聞いたなって思ってしまう。
「残念ながら今の僕の力ではクロレシア王には敵わないって思い知ったからね。救出方法を見つけるまではどうにかしないと。だから戦を遅らせるために、その爆弾を破壊しに行く」


 そうだよな……。あそこにはコタロウもヴェリアも居たし、ヘタしたらノワールも戻ってるかもしれない。それにレスターも……。考えただけで俺達じゃ無理だろって思ってしまう。
「もちろん俺も手伝うぜ。約束しただろ、ヤエを助ける手伝いするって、さ。だから……一人でやろうと思うなよ」
「……ありがとう」
 真っすぐナナセを見たら奴も眉を八の字にして微笑みやがった。ホントナナセこいつはヤエの事が大事なんだよな……。その為だけに動いてるって感じた。


「オリオ、街に着くまでその爆弾について知ってること教えてくれ」
 結局大地の腐敗の研究は見られなかったし、暫くはオリオの話をもとにどう爆弾を扱うか、どこに運ばれてるか、サレジストに着いてからの事、色々と作戦を練った。
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