英雄は明日笑う

うっしー

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第六章 紋章の秘密

第五十四話 彼女の覚悟

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「―――――――!!」
 何度も俺を呼んでいるはずのみんなの声が遠ざかりすぎて、今はもうほとんど何も聞こえない。俺このままどこに行くんだろう? 魔法で吹き飛ばされた拍子に尻もちをついたはずなのに、あるはずのないその下へと何故かどんどん落ちて行ってるみたいなんだ。
「―――――――!」
 だから、何を言ってるのか聞こえないんだって。そっちへ行きたいのはやまやまなんだけど、腕に刺さった氷柱もまだ抜けないし出血で意識も少しヤバいぐらいだ。それどころか眠気まで襲って来てる。


「―――――――!!!」
 それでも誰かは叫び続けてた。ああそうか、きっと呼んでるのは俺じゃないんだろ。それなら静かにしててくれよ、もう眠りたくなってきた。睡魔の欲望に勝てず俺はゆっくりと目を閉じた。



「うっしー! こっち!!」
 何度とも知れない声が間近でしたかと思えば同時に腕を掴まれる。おかげで俺の意識が一気に引き戻された。腕を掴まれたからじゃない、聞き覚えのある声の主を早く確認したかったからだ。
「うっしー、だいじょぶ?」
「タケルっ……!?」
 タケルは俺の腕から氷柱を引き抜くと、動かない手を握って紋章まで導いてくれた。ああ、助かるよ。回復魔法で自身を回復し、タケルの方を改めてマジマジと見た。
 お前どこ行ってたんだよ!? 無事だったのか!? 聞きたい事はたくさんあったけど、どれも声に出せず彼女の体を掻き抱く。


「ううう、うっしー!? 本当にうっしー? なの???」
 何疑ってんだ、バカ。頭上に出てる大量のハテナをとっとと消せ。けどこの反応、間違いなくタケル本人だ。俺は安心したのと同時に来た呆れとテレでタケルの体を離すと、ここぞとばかりにポケットから宝玉を取り出した。
「お前すぐどっか行きやがるし心配だからこれ持ってろ。この宝玉に魔力込めておくと引き合うらしいんだ。だから俺の魔力、込めておいた。……なんか、俺とお前繋がってるっぽくていいだろ」
「うっしー……」
 タケルが嬉しそうに微笑んで俺の手から宝玉を受け取ってくれる。は~、ほっとしたぜ。今まだ慣れないことした緊張で内心バクバクだし汗はダラダラだけど、タケルに気づかれないようにそっと息を吐きだした。


「うわーーーん! うっしぃぃぃーーーん!!! 大好きぃーーーーー!!!!」
 いきなりトーンが高くなったその声にハッとなって身を固くした。久しぶりすぎて気づくのが一歩遅かったんだ。抱きつこうと両手を伸ばして迫って来たタケルの指は目測を誤ったのか見事俺の鼻に突っ込まれた。かと思えばフゴッと悲鳴を漏らしている間にバランスを崩し俺の服を剥ぎながら覆いかぶさってくる。
ほまへおまえはにはってんはなにやってんだ!!」
 くそ、まともにしゃべれねーじゃねーかよ!! 押しのけようとタケルの肩を片手で掴んだけど、微かに喉の奥から血の味がして俺は片手はそのままに先に回復術を使った。


「えへ、えへへ……」
「うっしー、貴様こんな時にいったい何をしていた……。この変態が」
 俺を押し倒したまま照れ笑いするタケルの背後から、どうやって来たのかいきなりナナセの恐ろしい声がしてきた。まるで地底を這う蛇のような音だ。
「はあぁ!? 誰が変態だ!?」
 俺は今の状況を説明しようとナナセの方を見た。
 確かに服ははだけてるし鼻血は出てるしタケルの肩思いっきり掴んで自分の胸触ってるけど……。う、うん、確かに変態と言われても申し分ない状況だけどっ……!!


「誤解なんだよ! これはっ……!」
「……お楽しみの所申し訳ないな。私達と離れたかったのならもっと状況を選んで欲しかったぞ」
 ナナセの後ろから、苦笑した桔梗も姿を現した。俺、完璧に誤解されてる気がする。
「そうじゃないっつってんだろ!! それよりノワールはどうした!?」
 誤魔化すための俺の質問には桔梗が眉間にシワを寄せながら答えた。
「テンが一人で戦っている。お前を救えと背中を押されたよ。……こんな状況だったのならば来ない方が良かったのかもしれなかったが」


 桔梗はそう言いながら渋った表情をしていたが、俺はテンに感謝した。桔梗に復讐をさせたくないのはテンも同じだったんだろう。それでもこのまま一人でノワールと戦わせるなんて心配で、俺はタケルに声をかけた。桔梗はここに居てもらうつもりだったから、さ。
「タケル、テンが居る場所分かるか?」
「私も連れて行ってくれ。お前が思っているほど私の心は荒んではいない。この間、オルグに挨拶をして気持ちの整理をつけてきたんだ」


 桔梗が俺の方を真っすぐに見てくる。そんなに簡単に整理できるような感情じゃないだろ、とは思ったけれど桔梗の真っすぐな瞳も嘘じゃない気がして俺はコクリとうなずいた。
「分かった。じゃぁ桔梗が案内してくれ」
 俺の言葉に、明らかにほっとした顔をして桔梗は先を歩き出した。あいつはあいつなりに変わろうとしてるのかもしれない。そんなに簡単に忘れられる感情じゃないだろうけれど、見守ってやろうって思った。


「タケル。あんな男のどこがいいんだい?」
 俺の背後でナナセの声がしてきた。あいつ、まだ誤解して俺の事変態だって思ってんのか? ってか人に聞こえるようにしゃべってんじゃねーよ。少しムッとしながら、それでもタケルの答えが気になって俺は振り返らずに二人の方に耳を傾けた。気分的にはいつもの二倍、耳が大きくなってる気がする。
「んっと……最初はね、裏表がなくてすごく居心地が良かったの。それだけだった。でもうっしー、いつも誰かのために必死だったでしょ。誰かの先に立って導いてる、だからあたしうっしーの後について行きたいって思ったんだ」


 バカ……やろ……。あまりにも恥ずかしくなって俺はタケルの方を見た。
「俺はそんなカッコいい奴じゃねーよ。美化しすぎだろ」
 照れて後頭部を掻きながらそう言ったけど、タケルは笑って俺の背中を押してくる。
「ほら! 桔梗に置いてかれちゃうよ?」
 まだ言いたいことはあったけど、ぐいぐいと押されるままに俺は歩き出した。
「は、……はは、そんなの僕じゃ、敵うわけないじゃないか……」
 ナナセが小さな声でそんな事を呟く。何の事かは分からなかったけど、あまり突っ込まない方がいい気がして俺は桔梗の後に続いた。




「あうぅっ!」
「テン!!」
 俺が辿り着いた時、氷柱がふくらはぎを突き刺した痛みでテンが小さく悲鳴を漏らしていた。慌てて駆け寄りテンの足を回復してやる。だけどテンは小さく礼を述べただけで、ノワールに視線を固定したままこちらを見ようともしなかった。
「あはは! 偉そうなこと言ってた割りにはその程度? アタシの氷の魔法とアンタの水の魔法、相性最悪なんだからいい加減降参したら? そうやって仲間に助けてもらって回復できたって、またすぐ傷つくのよ?」
「とっとと消えなさい。あなたは邪魔なの」


 テンは地面に膝をついたまま、それでも視線に力を込めてノワールを見据えた。まるで俺達が見えていないみたいだ。
「そのしゃべり、ようやく分かったよ。シェナおね……シェナさんと似てる口調……。ノワール、君はまだ契約者から解放されてないんだ。だけどさ、復讐なんてその子だって望んでないはずだよ。もう自由になっていいんだ!!」
 テンの言葉にノワールは一瞬驚き、直後大声で笑い出した。





「きゃははっ! ホントうっしー君にそっくりになって来たぁ!! アンタ、シェナに懐柔されたんじゃない?」
「うざい、うざい、ウザい、ウザい、ウザイウザイウザイウザイぃーーーーー!!!」
 精神が不安定になって来てるのか、所かまわず魔法を当ててくるノワールに俺達もたじたじだ。だけどテンだけは自分の傷を回復すると、すぐさまノワールに向かっていった。
「ノワール! お願いだから気づいてよ!! 悪いのはサレジストじゃ……あう!」


 全く聞く気がないノワールを説得しようとしても無駄みたいだ。痺れを切らしたタケルがノワールの前に飛び出した。素早く彼女の腕を切り刻む。
「きゃ!」
「もう我慢できない! いくら何でもあたしの大事な人たち傷つけたら許さないんだから! あたしうっしーみたいにいい人じゃないから、これ以上傷つけたら殺しちゃうよ?」
 抜き身の剣を握り締めたままタケルはノワールを睨みつける。悪いけど俺だっていい奴なんかじゃない。分かり合えないなら……このまま大切な人達を傷つけるなら、それも仕方がないと思った。だから俺もタケルを止める事はしなかったんだ。俺だけじゃなくテン以外、ここに居るみんなが同じ気持ちだっただろう。



「あはは! やれるもんならやってみなさいよ!!」
「アタシがアンタ達を先に殺してあげるわ」
 宙に浮いていた黄色の禁書が光ったかと思えば、ノワールが全力の暴風を呼び出す。
「うああぁぁ!」
 荒れ狂う風が、俺達の体を切り刻んだ。
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