不自由で自由な僕たちの世界。

広崎之斗

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一章:終わりの始まり

 歩きながらユーマは後方が気になった。
 ちらりと視線を向けて見るが人影はない。だが確かに気配はある。
「どうかした?」
「え、あー……なんか人が居る気がして」
 ユーマが答えるとハチは立ち止まって振り返った。
 二人で振り返っても人影はない。
 ここは人通りが多い道ではない。
 そして広い道でもなく、逃げるにも隠れるにも不向きである。
 襲うならここだろう、と思うぐらいには絶好の場所かもしれない。
「心当たりは?」
「ないよ」
 ハチに問われてユーマはすかさず答えた。
 ターゲットはハチだ。そして誰かがついてきている、ということは聞いていないし、そんなことはまずしない。
 ならば他にハチを狙っている者がいるのか。それとも自分が狙われているのか。
 だが後者だとすれば、もっと早い段階で人の気配は感じたのではないか。
 装備を整え、クラブへと向かった間にはそんな気配はなかった。

「ふーん」
 ハチは考えるようにゆっくりと息を吐き出しながらユーマを見た。
 のぞき込むように顔を見られてドキリとする。
 暗闇の中でもハチの瞳はよく見えた。
 瞳の色が黒や茶色だけではないのはこの街では普通だ。ファッションの為のコンタクトであったり、視覚端子の為に入れているレンズの為であったり。
「目……」
「ん?」
「緑、なんだ」
 思わず口にした言葉に、ハチは小さく笑う。
「視覚端子だよ。今はオフだけど」
 そう言ってハチはまた顔を近づけた。
 思わず一歩退こうとした。
 だが繋いでいた手を強く握り引き寄せられ、抱きしめられる。
「二軒目はなしで」
「え?」
「あれが……どっちの客なのか、わからないからね」
 そう言ってハチが素早くガンホルダーから銃を抜き、銃口を向ける。

 ユーマは咄嗟に銃口が向いた方を確かめようとした。
 だが先に唇を塞がれる。
 咄嗟に身体を押し返すと、特に抵抗もなくすんなりと身体は離れる。
 同時に銃声が小さく響く。
 サイレンサーを付けた銃口の先を見て、ユーマもすぐに銃を抜いた。
「抱きしめてもわかりにくかったよ、それ」
 ハチが言う言葉にチラリと視線だけを向けて、ユーマはすぐに銃を構えた。
 しかし誰もいない。
「殺った……、お前が?」
「いや、上!」
 その言葉にユーマは視線と銃口を上に向けた。
 壁沿いに走ってきた男が一人。
 人間業ではない動きに目を見開くが、同時にそれが強化外骨格をまとっている者だと気づく。
「嘘だろ?」
 街中での仕事に強化外骨格を使う人間なんて殆どいない。
 それは殆どは郊外での戦闘に使われるものであり、軍兵の仕様ともいえる。
 人外の動き、力を可能とする。目の前に現われた男はひと目にそれはとは分からない。
 ぴったりとした全身スーツに身を包んでいた。

「いいね、そのスーツ。昔のコミックにそういうキャラいたよね?」
 ハチは楽しげに言って銃をスーツの男に向ける。
 その時ユーマはあることに気づいた。
 あの男の狙いは自分ではなく、ハチである。
 ならば今すぐ逃げることは可能だ。だがもしもハチがあの男に殺されてしまったら、自分の仕事は失敗に終わる。
「……くそ」
 悪態を吐いてユーマは銃口を男へ向ける。
 だがユーマに近づき、今度は刀を抜いた男はハチとの間合いを詰めて行く。
 銃の方が強いと思われる。だが相手は強化外骨格を纏っている。もちろんそれには防弾処理も施されているに違いない。
 ある程度の距離まで、ある程度の怪我を前提として近づくならば、圧倒的にハチが不利だ。
「しゃがめ!」
 ユーマの声にハチは咄嗟にしゃがんだ。
 男の刀が空振り、その反動でユーマの方を向く。
 と、同時に刀を飛ばしてくる。
 ユーマもしゃがみながらも、銃を数発撃ち込んだ。
 男に当たるが、やはり防弾処理の所為で全く怪我を与えられていない。

「はいよ!」
 ハチが声を上げて、足を払うように地面に弧を描く。
 男はそれで体制を崩すが、すぐにその場で宙返りをしてハチの方へ向き直った。
 動きが尋常ではない。
 刀を飛ばした男は、それでもまだナイフ類を装備していた。
 すぐに短刀を両手に構えるとハチへと斬りかかる。
「ハチ!」
 思わず名を呼んだ。
 死んでもらっては困る。
 彼が死んでしまっては、自分の任務が失敗になってしまう。
 
 コンクリートの地面を蹴り、ユーマは銃を何発も放つ。
 とにかくあたり、とにかく男の注意が此方に逸れれば良い。
 距離が近づく。
 あと一メートルといったところで男が振り返った。
 ユーマはすかさず銃口を男の手に向けて放つ。
 銃弾が当たり短刀が手から落ちる。
 すぐにユーマは短刀を拾った。
 すぐに男が殴りかかろうとする。
 殆どは勘だ。
 ほんの数パーセントの確立でうまくいけばいいと思った。
 その数パーセントでいつも生き延びてきたのだ。

 だからこの時も、男よりほんの数秒早く動いたユーマの手が男の腕に刺さる。
 それは強化外骨格の隙間。ほんの隙間の関節部分にハマるように切っ先をねじ込んだ一撃だった。

 ねじ込むように力を込め、ユーマはがむしゃらに男の身体を近くの壁に押しつけた。
 殆ど自分の体重を掛けて移動したが、男は少しよろけただけで殆ど動かない。
 まだだ。
 バチっと音がして男の動き大きくなる。
「くっそ!」
 押し込み、ねじ込み、壁に押しつける。
 男が次の動きをしようと動作をする前に、ユーマは腰元から細く長い針を取り出した。
 滅多に使わない武器だったが、男には確実に有効だ。
 首を狙って針を刺す。
 それは近づいたからこそ見える強化外骨格のほんの隙間にめがけた一撃。
 そして短刀の無理矢理な攻撃によって、回路は数本切れている。それゆえに強化外骨格の本来の防御力は見せられない。
 上手くいってくれ、と祈りながらの一撃だった。

 そして銃撃音が一つ。
 目の前の男の頭が打ち抜かれる。
 スーツの機能も停止している今、男の身体はずるりとその場に落ちていく。
 銃が放たれた方を見ると、血を流して座っているハチが居た。
「さっすが、組織のエリートさん」
 笑いながら言ったハチの言葉に、ユーマは短刀から手を離して深呼吸をした。
「知ってたのか」
「知ってるっていうか。俺もアンタをあそこで待ってたクチなんで」
「……は?」
「だけどそいつは知らねぇよ? そのスーツはそもそもアンタの所のでもないっしょ?」
「そうだけど。そうなったら、こいつはいったい誰に雇われた?」
 男を見下ろしてユーマは呟く。
 思いつくのは一つの組織。ユーマが所属するハデウスの敵対企業。キュリアと呼ばれるグループのものだろう。
「だが、なぜ?」
「さぁね。その答え合わせ、このあとしない?」
 ハチはそう言うとよろめきながら立ち上がった。
「答え合わせ?」
「そう。どうやらアンタも俺も面倒なことになってそうだし」
 ふぅっと息を吐いて、ハチはユーマを見つめて微笑む。
 血にぬれた顔と、細められた瞳は不思議な魅力があった。
「二軒目飛ばして、三軒目、どう?」
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