39 / 61
三章:過去/自由
11
* * *
「ユーマ?」
揺さぶられた身体の衝撃と名を呼ばれた声に、はっと目を開けてユーマは呆然と天井を見つめた。浅く乱れた呼吸を繰り返しながら、また名を呼ばれた方を見るとハチがいた。
ベッドの外にいて、彼は立っているように見えた。だからハチはもう起きていて自分を起こしたのだとユーマは気がつくと同時に、自分が今起きたのだと改めて認識した。
そうやって現状を認識しているのこそ、自分が眠りから覚めたばかりだと実感して顔を手で拭った。
「なんか魘されてたけど?」
「うなされてた……ああ、あれは……夢、だ」
はぁと息を吐くとユーマは己の身体にあった異変に気がつく。これをハチが気づいていないといい、と思いながらおずおずと顔を見上げると何も無いかのようにハチは隣の部屋を指さした。
「コーヒーあるよ。あと、連絡きたみたいよ」
そう言って指をユーマの端末へと向けて、ハチは背を向けると部屋を出ていく。
身体の力が抜けて、ユーマは一度ベッドに寝転がる。夢の中での出来事は、過去にあった出来事だ。顔を手で覆い溜息を吐く。
今更、あんな夢をどうして見たのか。それにそもそも、あんなことは当時の日常ではないか。今更、今更、と言い聞かせる。
何度も辱めを受けた。ミナトはその度に「こんなことはしたくないよ?」と言って原因はユーマにあると囁いた。言うことを聞かないから、愛しているという言葉を嫌がるから、受け入れないから、だから催眠状態が解除されてしまうのだ、と。
こんな夢をみたのは、おそらくハチとの会話の所為だろうと簡単に予想できた。過去のことはいくらでも、トリガーがあれば思いだす。だからこそ日頃は、思いだしたくないことは全て意識の外に追いやっている。
あの時も入ってきたシュンの視線を背に感じた。シュンもミナトの言うことには従順であり絶対であるから、ミナトに問われたことに答えるだけで、不要なことは聞かない。それがシュンという男のポリシーであることをユーマはよく知っていた。
しかし、いつかシュンはミナトにとってユーマは一体何なのか、と問うたことがあるようだった。
ミナトはその問いに対して、ただただ必要な存在なのだと言ったという。それはシュンから聞いたことだ。
ユーマが組織と袂を分かちたいと口にするまでは、その言葉は特に意味を持たなかった。ただシュンにとっても、ユーマとミナトという存在の絆を感じるような美しい言葉に聞こえたかもしれない。だがユーマにはその想いさえも重たく、そして自分にはまったく答えられないものだと思った。
だから更に早く組織を出たいと思った。だがなかなかうまく行かないことを悟りユーマはミナトとの距離をとるようになって、外堀から攻めていった。
失敗するわけにはいかない。おそらく今だって、彼は余裕で現状を俯瞰しているに違いない。だからこそ、失敗するわけにはいかない。なんとしても。
頭が冷静になれば、少しは昂りもおさまっていた。のろのろとベッドから降りると、ユーマは部屋を出てすぐに椅子に座っていたハチにシャワーを浴びたいと言った。
コーヒーを飲んでいたハチは指をさして浴室を教えると、着替え類もそこにあると言った。
「まぁ、俺のだけど。新品だよ」
「悪い。昨日買ってくりゃよかったな」
「まぁ、あとで買い物行けばいいんじゃない?」
まるでこれが当たり前に続いてきた日常のような会話を交わして、ユーマはシャワーを浴びに浴室に向かった。確かに棚にはタオルや着替え類がまとめて置いてある。辺りを見回してみても洗濯機はない。確かに必要はないか、と思いながらユーマは服を脱ぎ捨ててドアを開ける。冷たいタイルを足裏に感じながら、ユーマはカランをひねってぬるい湯でシャワーを浴びた。
シャワーを浴びてて出ると、テーブルの上には一つマグカップが置いてあった。
「飲むっしょ?」
タオルで髪を乾かしながら覗きこむと、中味は紅茶だった。少し甘い香りが立ち上っている。
「これ、はちみつ?」
「ん。インスタントだけどね。昨日買ってきたばっかだから、味はわかんないけど」
そう言ってハチはコーヒーを啜る。その言葉に少し驚いて、ユーマは座りながら言った。
「昨日?」
「昨日。ユーマがきたことと、組織の人間っぽいのがきたらすぐ教えてってこと、お願いに行った時にね」
そんなことを言っていたと、ユーマは思いだしてマグカップを手に取った。頭からタオルをかけたまま紅茶を一口含む。少し人工的な味の蜂蜜と紅茶の味が広がる。それでも味は普通に美味かった。蜂蜜の甘さがそうさせているのかもしれないが、今こうして温かいものが飲めるのはユーマにとっても嬉しくて、ほっと息をはいた。
「うまい。ありがとう」
返事の代わりにハチは肩を竦めた。
「で、連絡は?」
「ん、ああ。そうだ」
立ちあがろうとしたユーマをハチは止めると、飲んでからでいいと言った。
「それより、何の夢見てたの」
「え? 別に……なんでもいいだろ」
少し不機嫌な声色になったユーマをみて、ハチは笑うとコーヒーを再び啜った。
「ユーマ?」
揺さぶられた身体の衝撃と名を呼ばれた声に、はっと目を開けてユーマは呆然と天井を見つめた。浅く乱れた呼吸を繰り返しながら、また名を呼ばれた方を見るとハチがいた。
ベッドの外にいて、彼は立っているように見えた。だからハチはもう起きていて自分を起こしたのだとユーマは気がつくと同時に、自分が今起きたのだと改めて認識した。
そうやって現状を認識しているのこそ、自分が眠りから覚めたばかりだと実感して顔を手で拭った。
「なんか魘されてたけど?」
「うなされてた……ああ、あれは……夢、だ」
はぁと息を吐くとユーマは己の身体にあった異変に気がつく。これをハチが気づいていないといい、と思いながらおずおずと顔を見上げると何も無いかのようにハチは隣の部屋を指さした。
「コーヒーあるよ。あと、連絡きたみたいよ」
そう言って指をユーマの端末へと向けて、ハチは背を向けると部屋を出ていく。
身体の力が抜けて、ユーマは一度ベッドに寝転がる。夢の中での出来事は、過去にあった出来事だ。顔を手で覆い溜息を吐く。
今更、あんな夢をどうして見たのか。それにそもそも、あんなことは当時の日常ではないか。今更、今更、と言い聞かせる。
何度も辱めを受けた。ミナトはその度に「こんなことはしたくないよ?」と言って原因はユーマにあると囁いた。言うことを聞かないから、愛しているという言葉を嫌がるから、受け入れないから、だから催眠状態が解除されてしまうのだ、と。
こんな夢をみたのは、おそらくハチとの会話の所為だろうと簡単に予想できた。過去のことはいくらでも、トリガーがあれば思いだす。だからこそ日頃は、思いだしたくないことは全て意識の外に追いやっている。
あの時も入ってきたシュンの視線を背に感じた。シュンもミナトの言うことには従順であり絶対であるから、ミナトに問われたことに答えるだけで、不要なことは聞かない。それがシュンという男のポリシーであることをユーマはよく知っていた。
しかし、いつかシュンはミナトにとってユーマは一体何なのか、と問うたことがあるようだった。
ミナトはその問いに対して、ただただ必要な存在なのだと言ったという。それはシュンから聞いたことだ。
ユーマが組織と袂を分かちたいと口にするまでは、その言葉は特に意味を持たなかった。ただシュンにとっても、ユーマとミナトという存在の絆を感じるような美しい言葉に聞こえたかもしれない。だがユーマにはその想いさえも重たく、そして自分にはまったく答えられないものだと思った。
だから更に早く組織を出たいと思った。だがなかなかうまく行かないことを悟りユーマはミナトとの距離をとるようになって、外堀から攻めていった。
失敗するわけにはいかない。おそらく今だって、彼は余裕で現状を俯瞰しているに違いない。だからこそ、失敗するわけにはいかない。なんとしても。
頭が冷静になれば、少しは昂りもおさまっていた。のろのろとベッドから降りると、ユーマは部屋を出てすぐに椅子に座っていたハチにシャワーを浴びたいと言った。
コーヒーを飲んでいたハチは指をさして浴室を教えると、着替え類もそこにあると言った。
「まぁ、俺のだけど。新品だよ」
「悪い。昨日買ってくりゃよかったな」
「まぁ、あとで買い物行けばいいんじゃない?」
まるでこれが当たり前に続いてきた日常のような会話を交わして、ユーマはシャワーを浴びに浴室に向かった。確かに棚にはタオルや着替え類がまとめて置いてある。辺りを見回してみても洗濯機はない。確かに必要はないか、と思いながらユーマは服を脱ぎ捨ててドアを開ける。冷たいタイルを足裏に感じながら、ユーマはカランをひねってぬるい湯でシャワーを浴びた。
シャワーを浴びてて出ると、テーブルの上には一つマグカップが置いてあった。
「飲むっしょ?」
タオルで髪を乾かしながら覗きこむと、中味は紅茶だった。少し甘い香りが立ち上っている。
「これ、はちみつ?」
「ん。インスタントだけどね。昨日買ってきたばっかだから、味はわかんないけど」
そう言ってハチはコーヒーを啜る。その言葉に少し驚いて、ユーマは座りながら言った。
「昨日?」
「昨日。ユーマがきたことと、組織の人間っぽいのがきたらすぐ教えてってこと、お願いに行った時にね」
そんなことを言っていたと、ユーマは思いだしてマグカップを手に取った。頭からタオルをかけたまま紅茶を一口含む。少し人工的な味の蜂蜜と紅茶の味が広がる。それでも味は普通に美味かった。蜂蜜の甘さがそうさせているのかもしれないが、今こうして温かいものが飲めるのはユーマにとっても嬉しくて、ほっと息をはいた。
「うまい。ありがとう」
返事の代わりにハチは肩を竦めた。
「で、連絡は?」
「ん、ああ。そうだ」
立ちあがろうとしたユーマをハチは止めると、飲んでからでいいと言った。
「それより、何の夢見てたの」
「え? 別に……なんでもいいだろ」
少し不機嫌な声色になったユーマをみて、ハチは笑うとコーヒーを再び啜った。
あなたにおすすめの小説
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
「大人扱いしていい?」〜純情当主、執務室で策士な従兄の『相性確認』にハメられる〜
中山(ほ)
BL
「ルイン、少し口開けてみて」
仕事終わりの静かな執務室。
差し入れの食事と、ポーションの瓶。
信頼していた従兄のトロンに誘われるまま、
ルインは「大人の相性確認」を始めることになる。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。
めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。
その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。
⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる
⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない
※全四話、予約投稿済み。
本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。
※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。