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執着/愛着

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 部屋に一歩入ったとき、思わず満面の笑顔になりそうだった。その瞬間に慌てて口元を硬くして悠人は眉間に皺を寄せた。
 匂いがする。
 今まで以上に匂いに敏感になっているのではないかと思うほどに、匂いがする。もちろんその匂いは純一のものだ。
 まだヒートの余韻があるからだとうと思いながら、「おじゃまします」と呟いて部屋に上がった。
 薬は数日分ある。この度、冬真には礼を言って代金を支払って、ついでに何か奢ろうと思う。
 だが彼の場合奢るよりもゲーム内通貨を渡す方が喜ばれそうだから、コンビニでカードでも買うかと考えた。
「荷物、とりあえず寝室の方に置いとくよ?」
「あ、うん」
 部屋にあった大きめの紙袋数枚に、いくつかの下着や服を詰め込んで出てきた。
 タクシーは純一が配車して、すぐに来てくれた。
 個人タクシーなどよりも少し高いランクの黒塗りのタクシーだったのは、運転手の質の為だろう。
 それにきちんとしている車ならば、事前に連絡すれば運転席と後部座席はきちんと分けられている。だから匂いも最小限に抑えられるはずだ。
「冷蔵庫の中とか、勝手に飲んだりしていいから。あ、ちょっとゴメン」
 そう言うと純一はスマホを取り出して呼び出しに応じながら窓際に歩いて行った。
 彼は忙しい。それは分かっているし、今すぐにでも仕事に戻れと言いたい。
 だがそれは理性的な考えで、実際のところの欲求としては傍にいて欲しい。
 今だって同じ想いで、本来ならば一緒に座るか、寝るか。傍にいて、抱きしめて欲しいと思う。
 思う度に頭を思い切り左右に振って理性を呼び戻す。
 自分でも驚く欲求に悠人はどう抗うべきか考えていた。

「え、あー……それは、どうしよう。取りに行くか、それは」
 スマホに向かって話ながら純一がちらりと悠人の方を見た。ずっと悠人は純一を目で追ってしまっていたので、すぐに視線が絡み合う。
 一瞬、スマホから顔を離すと純一は言った。
「ちょっとだけ、出て行っても大丈夫?」
「俺は……大丈夫、だけど」
 この部屋なら大丈夫。そう思って悠人は答えた。
 そしてこのまま突っ立って純一を見ているのはダメだと思い、荷物を手に寝室に向かおうとした。
 だがどのドアだったか思い出せずキョロキョロと見回したところで、純一が「そっち」と指差してくれた。
「あ、うん。いや……あー、そう。だから……うん」
 純一は笑いながら通話している。
 仕事の話だろう。ならば相手は慎二だろうか。
 別にそのぐらいのことはどうってことないのだが、どうにも気になってしまう。
 自分が傍にいながら電話をしているということに苛立っている。
「俺が?」
 嘘だろ、と思わず呟いて寝室の床に荷物を落とす。
 両手で顔を押さえてその場にしゃがみ込むと、悠人はぐるぐると周り続ける自分の思考と欲望、そして理性に落ち着いて欲しいと願った。

「どしたの? 大丈夫?」
 声がして振り返ると、入口に純一が立っていた。
 悠人は眉尻を下げて唸りながら片手を純一に差し出した。
 何も言わず純一は近づくと、その手を掴んで同じように床に膝を突き悠人を抱きしめた。
「何かあった?」
「いや……別に、なにも……大丈夫、だよ」
「本当に?」
 頷いた悠人に対して、純一は小さく笑った。その吐息が頬に当たりくすぐったかった。
「じゃあ、なんでそんな顔してんの?」
「え?」
 顔を離して純一は悠人の頬に触れた。親指の腹で目尻を拭われて、自分が泣いていたのだと気づく。
「え……うそ、なんで?」
 慌てて顔を拭おうとした。だがその手を優しく掴むと、純一は目尻に口づけた。
 音を立てて頬や額にも口づけていく。
 頭を優しく撫でられると気分が落ち着いた。
 深呼吸をしながら悠人は「大丈夫」ともう一度口にした。
「少しだけ、出かけてくるけど大丈夫? 事務所に届いてる荷物だけ取ってくる。そしたら、でかけないから。ずっと一緒にいるからさ」
「うん……大丈夫」
 頷いて悠人は立ち上がった。純一も一緒に立ち上がるともう一度抱きしめられた。
 匂いがする。落ち着く匂いを味わうように深く吸い込んだ。
「多分、始めてでしょ? あんなヒートになったの。大人になって」
「うん。ずっと抑えてたから」
「だから、色々、制御が効かないんだよ。だから、落ち着くまで一緒にいよう? 別に無理なことはさせないから」
「……それで、いいの? お前は」
「別に、俺は悠人とセックスしたくているわけじゃないし。単純に一緒にいたいだけだし。それに、これからも一緒にいてくれるなら、別に今さら焦る必要はないし」
 思わぬ言葉に悠人は恥ずかしくなる。
「急がなくていいから」
 その一言が優しくじんわりと広がっていき、悠人は頷いた。
 そして、純一が何と言おうとももう自分の気持ちは固まっているのだとも改めて感じて、離れようとする純一を少し力を込めて抱きしめると止めた。
「ん?」
「ありがとう……、好き、だよ」
 今、溢れる気持ちの一つを口にすると、純一は嬉しそうに笑う。
 いつものように目を細めて。
 そして同じ言葉を口にした。
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