魔王にだって、運命を切り拓く権利がある

鏡水 敬尋

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第一部

詰問

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「ストラリアの姫――アキナだと?」
「ええ」

 アキナは、自信に満ちた表情でうなずく。

 たしかに、過去にやってきた2組の勇者達は、それぞれ、姫を返せとかなんとか言っていた記憶がある。
 しかし、別に、俺は姫をさらったりはしていなかったし、なぜ、そのようなことを言われたのかが不思議だった。

 そして、今、その姫が目の前に居る。これはどういう状況なのだ。
 考えていても始まらない。本人に問うしかあるまい。

「なにゆえ、そこに居る」

 アキナは、きょとんとした顔で言う。

「なにゆえって……。あなたに言われた通り、隣の部屋で、ちょっと休憩しようと思ったんだけど、部屋がいっぱいで、入れなそうだったんで、ここで休憩がてら、この子達と遊んでたの。駄目だったかな」

 やはり、先ほどの魔物の群れにまぎれていたのか。しかし、俺が知りたいのは、そういうことではないのだ。

 俺は、おそらく意識的に、重要な問題を先送りにするべく、玉座の間の隣室を覗き込んでみた。
 たしかに、そこは満員のすし詰め状態であった。これは、俺の見積もりミスだ。これでは、旅の疲れをやすどころではないかもしれない。魔物達に、旅の疲れなどというものがあるのかどうかも分からないが。

 俺は、アキナに向き直って言う。

「後ほど、隣室を拡張するか、新しい部屋を増やすこととしよう」
「ありがとう。この子達も喜ぶと思うわ」

 アキナは、そう言って、嬉しそうに笑うと、手近てぢかに居た、アキナとほぼ同サイズの、猫っぽい魔物をでた。

 なんで、こいつは、魔物の保護者づらをしているのだろう。

 俺は、自分をしっかりと持って、改めて問う。

「私が聞きたいのは、なにゆえ、人間であるお前が、魔物に混ざって、こんなところに居るのかということだ」

 魔物に抱きついて、もふもふ具合を楽しんでいたアキナは、小さく、クスッと笑って言った。

「そう言われてもねえ。この子達、こんなに可愛いし」

 俺は、玉座の肘掛けを、右手で軽く叩いて言った。

「ひとと話すときは、こちらを見て話すように!」
「あはは。変なの。人間臭い魔王様ね」

 アキナは、魔物に抱きつきながら、顔だけをこちらに向けた。

「お前の狙いはなんだ」

 猜疑心さいぎしんを隠さずに放った俺の言葉で、アキナの目に、かすかに怒りの色が浮かんだように見えた。

「さっきから質問ばかりだけど、むしろ、わたしのほうが聞きたいわ。あなた、なんで、わたしをさらいに来ないの!」

 言われて、俺は、しばし固まった。

「お前をさらって、私に、何かメリットがあるのか?」
「そんなこと知らないわよ。でも、魔王は、姫をさらうものでしょう?」

 俺は、ブランに目配せをして、小声で言った。

「ちょっと、超空間に付き合ってくれ」
「かしこまりました」

 玉座の間が色褪いろあせ、目の前から、魔物とアキナの姿が消えたことが、超空間へ入った事実を示していた。俺の横には、すでにブランが立っている。
 ここでなら、時間をかけて相談し放題だ。

「ひとつ聞きたい」
「はい。何なりと」

「姫をさらって、何かメリットがあるのか?」

 俺は、昔から不思議でしょうがなかったのだ。RPG の魔王は、なぜ、姫をさらうのか。姫が、特殊な能力を持っていて、その能力を勇者に使わせないため、などの理由があれば、まだいい。
 しかし、大抵の場合、そんなことはなくとも、魔王は姫をさらうのだ。そして、姫に何をするわけでもなく、そこそこいい部屋を与えて、勇者が来るまでほったらかしだ。

 神妙な面持おももちでブランが答える。

「姫が、何か能力を持っている場合は、メリットがありますが――」

 やはり、そう来た。俺は、ブランの言葉をさえぎって聞く。

「そうでない場合は?」
「私の知る限り、実質的なメリットはありません」

 俺は、ブランの物言いに、何かひっかかるものを感じた。

「実質的じゃないメリットはあるのか?」

 しばらく間をおいて、ブランが答える。

「その……魔王様の、趣味であったりとか」

 これはまた、ずいぶんと予想外の返答が来た。趣味だと?

「どういうことだ」
「ある魔王様は、おさらいになった姫に、豪華な寝室を用意され、その寝室に、足繁あししげく通っておりました」

「それは、いくらなんでも、私情を持ち込みすぎではないのか」
「私は、それに意見ができる立場ではございませんので。ですが、そのような魔王様には、その翌朝に、ゆうべはお楽しみでしたね、と言って差し上げるのが、私にできるせめてもの抵抗でした。実際のところ、魔王様が、何をされていたのかは存じ上げませんが」

「そんなことのために、苦労して、姫をさらうのか」
「実は、その辺りは、人間との利害が一致していると言いますか、さらうこと自体は簡単なのです」

「どういう意味だ」
「人間どもは、名誉や名声を気にします。何かにこじつけて、勇者を生み出すのと同様、姫も、魔王様にさらわれたという事実があれば、世界にとって重要な存在であるという、はくが付きます。さらに、魔王様が倒された後には、伝説の勇者に救出され、そのまま結婚という流れも多く、いろいろとメリットが多いのかと」

 俺は、その言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。

「今の話からすると、王が、意図的に、姫をさらわせているということか」
「さようです。姫自身の意志であることも多々あります。大抵の場合、姫は、さらわれやすい環境下に置かれ、魔物にさらわれるのを、今か今かと待っているのです。しかし、今回の場合、フルグラ様が、一向におさらいにならないので、姫が、自分の足で魔王城まで出向くという、前代未聞の事態になったわけです」

 なんか、俺が悪いみたいな言い方に聞こえるが、まあいい。

「元の空間に戻るとしよう」

 視界のあらゆる色が濃くなり、魔物とアキナの姿が現れる。彼らからすると、俺とブランの姿は、ほんの一瞬だけ点滅したようにでも見えているのだろうか。

 俺は、しばし、間をおいてから、アキナに言った。

「帰るがよい」
「はあ? ちょっと待ってよ。わたし、わざわざここまで来たのに、帰れって、ひどすぎない?」

「悪いことは言わない。帰ったほうがよい。親御さんもさぞ、心配しているだろう」
「のこのこと帰ったほうが心配されるわよ!」

 帰ったほうが心配されるとは、どういう親なのだ。

「お前がここに居ても、私にはなんのメリットもないのだ」
「メリットがないって、失礼じゃない?」

「事実だ。それに、お前がここに居ても、やることは何もない。きっと退屈だぞ」
「この子達のお世話するよ?」

 アキナは、歯を見せて、ニカッと笑った。
 彼女の周囲の魔物も、なんだか、期待を込めた眼差しを、俺に向けているように見える。
 どうしたものかと悩んでいるところで、遠くから、デスデスの声が聞こえた気がした。

「あ、コラ! 待つデス!」

 しまった。魔王城は、多少の迷路化はしたものの、魔物の配置はまだ済んでおらず、道中には、デスデスしか居ないのだ。
 そして、この声が聞こえたということは――。

 俺は、玉座の前の魔物達に言った。

「そこは危険だ。玉座の後ろに避難しろ」

 魔物の群れとアキナが、ざわざわと移動していく。
 程なくして、扉が開き、勇者御一行様が姿を現した。見たことがある顔だ。

「俺は、勇者 ああああ! 今度こそ、姫を返してもらうぞ!」

 意気込む勇者に対し、俺が声をかけるまえに、アキナの大音声だいおんじょうがこだまする。

「ああああ様、助けてください! わたしはここです」

 俺はびっくりして声も出なかったが、かえって、それが幸運だったというべきだろう。もし声が出ていたら、魔王らしからぬ、素っ頓狂を声を上げていたに違いないからだ。

 アキナを見た、ああああが言う。

「姫! あなたは、どちらの姫様ですか?」
「ストラリアのアキナです」

 アキナが、両手で、スカートのすそをつまみ、軽く持ち上げながら答えた。
 ああああは、俺に向き直って言う。

「姫は、あんなに魔物に囲まれて、ここに閉じ込められていたのか! 魔王、貴様を倒して、姫を取り戻す」

 2人のやりとりに、若干、不安なものを感じつつも、俺は、はっきり言ってやることにした。

「連れて帰ってよいぞ」
「なんだと?」

「連れて帰ってよい、と言っているのだ」

 俺は、どうぞ、と言わんばかりに、開いた、両の手の平を上に向けて、軽く差し出した。
 ああああは、明らかに戸惑っていた。アキナは、一瞬だけ仮面のように無表情になったかと思うと、突然、悲しげな表情を浮かべ、両手を胸に当てて言った。

「いけません。わたしには、魔王の呪いがかけられているのです。このまま、わたしを連れて帰れば、ああああ様をはじめ、町のみなさまに、大変な厄災が降りかかります! この呪いを解くためには……魔王を倒すしかないのです」

「なんと」

 ああああは、驚きで、開いた口がふさがらないようだ。
 俺も、開いた口がふさがらない。

 なんだって! いつの間にそんな呪いが!
 いや、この女のデタラメにきまっている。

「おのれ、卑劣ひれつな!」

 しくも、俺と勇者の口から、同じ言葉が飛び出した。

 勇者がつるぎを構える。
 俺は、真空波を飛ばす。

「ぎゃん!」

 勇者達の身体からだはバラバラになり、パーティは全滅し、例によって死体は消え去った。
 アキナのほうから、「よっわ」という声が聞こえて気がしたが、おそらく、気のせいだろう。

 俺は、アキナに向かって言った。

「お前、どういうつもりだ」
「あーあ、わたし、あなたの呪いのせいで、帰れなくなっちゃった」

 そう言って、アキナはニヤリと笑った。
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