魔王にだって、運命を切り拓く権利がある

鏡水 敬尋

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「マサムネよ。お前は、よくやってくれた。もう、ここを離れてよいぞ。もし、ターリア地方に戻りたければ、言ってくれ」
「ありがとうございまさあ! とりあえずは、家族のところに戻りまさあ。もし、ターリアに帰りたくなったら、家族3人、歩いていきまさあ」

「あの、こちらの、モヤモヤしたかたは、どちら様で?」

 マサムネの右側に浮かぶ、おぼろげな影を手で示しながら、ミキモトはたずねた。マサムネは、少し困惑した表情を浮かべながら、ミキモトと影を交互に見やった。

 ミキモトからの問いに答えず、影は言う。

「貴様は、勇者なのか?」
「一応、そのはずなんだけど」

「マサムネよ。お前は、なにゆえ、この勇者と戦うことなく、話をしていたのだ」
「あ。わからないでさあ。こいつが、親しげに話しかけてくるもんだから、つい、話しちまったんでさあ」

「勇者よ。貴様は、なにゆえ、マサムネに、親しげに話しかけたのだ。貴様にとって、敵対する魔物であろう」

 影に問われ、ミキモトは、少しの間、悩んだ。

「うーん。マサムネさんの場合は、もう、マサミさんと、マサオ君から話を聞いてたから、半分、知り合いみたいな雰囲気があったというのもあるんだけど」

 そこまで言い、一旦、言葉を区切ってから、ミキモトは続けた。

「俺、どうも、魔物と戦う気になれないんだ。魔物のほうも、俺とは戦う気が起きないみたい。どうしてなのかは、分からないけど」

 影は、少しの間、沈黙してから問う。

「しかし、貴様も勇者だ。いつかは、魔王を倒そうと思っているのだろう? そのような調子で、魔王と戦えるのか」
「もともと、自分で魔王を倒したいとは、あまり思ってなくて、他の勇者が、倒してくれたら楽だなって、思ってた。でも、今は、魔物も、魔王も倒さずに、世界を平和にできたらいいなって思ってる」

 マサムネは、ぽかんとしながら、2人の会話を聞いているようだった。しかし、このとき、複数の足音が、すでに、自分のすぐ近くまで、迫ってきていたことに、マサムネは気づいていなかった。

「くそっ! この化物ばけものめ!」



 性懲しょうこりもなく、どこぞの勇者パーティが、マサムネに戦いを挑みに来たのだ。
 彼らがつるぎを抜き、構えると、マサムネの、ほうけた顔が、みるみる、鬼の形相へと変わる。

 例によって、始まったのは、戦いではなく、一方的な殺戮さつりくだった。マサムネは、彼らを、踏み潰し、へし折り、叩き壊し、引きちぎる。
 辺りに、血の雨が降り注ぐ中、影が問う。

「魔物も、魔王も倒さずに、だと? そのようなことが、本当に可能だと思っているのか?」
「可能かは、分からない。でも、俺、やっぱり魔物とは戦いたくないから、他に道がない気がしてる。魔物と、普通に話ができるなら、魔王とだって、話せるかもしれない。案外、仲良くなれたりして」

 どこぞの勇者の身体からだを、引きちぎるマサムネを、柔和にゅうわな表情で見つめながら、ミキモトは答えた。

「……貴様、名はなんという」
「ミキモト」

「覚えておこう」

 それだけ言い残し、影は消えた。

「さあ、家族のところに戻るでさあ」

 パーティ4人を惨殺したマサムネは、血にまみれた顔で振り返り、嬉しそうな表情で言った。
 ミキモトも、血にまみれた顔に微笑みを浮かべ、うなずき返した。
 死体が消えると同時に、辺り一帯を、朱に染めていた血も、消え失せた。

 マサムネは、家族のもとに帰るべく、町の壁沿いに、北へと歩き出した。その背中を見送るミキモト達に、マサムネが振り返る。

「何してるでさあ。一緒に行くでさあ」

「え? 俺らも一緒に行くの?」

「今夜は、うたげでさあ。うたげは、数が多いほうが楽しいでさあ」

「どうする?」

 ミキモトは、パーティメンバーに振り返って問うた。

「せっかくの、家族水入らずを、邪魔するってのもなあ」
「正直、迷惑な気がする」
「ミキモト様! ぜひ、ご一緒させていただきましょう」

 予想に反して、強烈な意志表示をしたレイジィに、一同が驚いた。

「レイジィ、どうしたんだ?」
「ミキモト様は、この先、魔物を倒さずに、世界平和を目指すのでしょう? でしたら、魔物との懇親こんしんを深めるのは、非常に意義深いことかと存じますわ」

 レイジィの言葉は、もっともらしかったが、それ以上に、その気迫に押し切られる形で、ミキモト達は、マサムネについていくことになった。



「今、帰ったでさあ」
「父ちゃん!」
「あんた!」

 森の中で、サイクロプス3体が抱き合う姿は、人間であるミキモト達からすると、圧巻であった。
 サイクロプス家族は、父の、あるいは夫の帰りを、一頻ひとしきり、喜んだ。

 マサミが、ミキモトを見ながら言う。

「ひょっとして、あんた達が、うちの人を、帰してくれたのかい?」
「マサミとマサオが、寂しがってるって聞いて、帰ってきたでさあ」

 マサムネが、ミキモトのほうを、ちらりと見てから答えた。
 
「あれまあ。あんた、大丈夫なのかい? 仕事ほっぽらかして」
「へへ。冗談でさあ。仕事が終わったんでさあ。ターリアまで帰ってもいいって、言われたでさあ」

「おや、そうなのかい。おつとめ、ご苦労だったね」
「今夜は、飲むでさあ」

「あいよ! そう来ると思った」

 マサミは、返事をしながら、腰ミノの中に、手を突っ込んだかと思うと、巨大なトックリを取り出した。

「そ、それは!」

「なんだ? どうした?」

 驚くレイジィに、ミキモトがたずねるが、明確な答えは返ってこなかった。

「ちょっと、待ってておくれよ」

 そう言って、マサミは、周囲の木々から、様々な形の葉っぱをむしり取り、折ったり、編んだりし始め、その、太い指からは想像できない器用さで、たちまち、大小、計7つのさかずきを作り上げた。

「あんたらは、これで、こっからすくって、飲んどくれ」

 マサミは、小さいさかずきをミキモト達に渡すと、手近てぢかにあった切り株のくぼみに、トックリを傾けた。白濁はくだくした液体が、トックリの口から流れ出し、くぼみを満たしていく。

 さかずきを片手にした、パーティメンバーが、少し、ためらいを見せる中、レイジィが、率先して、その液体を汲む。遅れて、他の3人も、各々のさかずきを満たし、そうしている間に、サイクロプス達も、各々のさかずきに、液体を注いでいた。

「家族と、珍しい客人に、乾杯でさあ!」

 マサムネの声により、森の中での、小さなうたげが始まったときには、とっぷりと日も暮れていた。
 とりあえず様子見、といった風情で、さかずきに口を付けたミキモトは、匂いと風味から、その液体が、酒らしいということを一応確認した。
 安堵するミキモトの横では、レイジィが、一寸の迷いもなく、さかずきの中身を飲み干していた。

「お、あんた。いい飲みっぷりだねえ」
「うふふ」

 マサミに微笑返し、レイジィは、早々に次の一杯を汲んでいる。

「レイジィ、どうしちゃったのかな」

 ミキモトが、リージュとアイドラに小声で言った。

「なんか、ちょっと、変」
「酒好きなのかな、あいつ」

 ミキモト達も、ようやく普通に飲み始めた頃、レイジィが、マサムネに言った。

「マサムネ様たちは、本当に、仲がよろしいんですね。見ていて、こちらの心まで、暖かくなるようです。サイクロプスは、家族愛が強いというのは、本当だったんですね」
「面と向かって言われると、照れるでさあ」

「こちらの『白涙しらなみだ』は、マサミさんの手作りなんですか?」
「あんた、よく知ってるねえ」

「まさか、サイクロプス様達と一緒に、白涙しらなみだをいただけるなんて、夢にも思っておりませんでした。わたくしは、幸せです」

「レイジィさ、なんで、そんなに詳しいの?」

 若干、顔を曇らせながら、ミキモトが問う。

「あ、わたくし、小さい頃から、魔物図鑑を読むのが好きで、内容を全て、覚えてしまうくらい、繰り返し読んだのです」

「ま、魔物図鑑? そんなのあるんだ」

「はい。この魔物は、どんな鳴き声なんだろう、どんなふうに動くんだろう、とか、想像するだけで楽しくて、時間を忘れて没頭したものです。その内、この魔物に殴られたら、どんな感じなんだろう、この針で刺されたら、この牙で噛まれたら、と考え始めたら、止まらなくなってしまって」

 レイジィの目に、段々と怪しい光が宿ってくる。

「わたくしが戦士になったのも、戦士であれば、パーティの最前に立って、魔物の攻撃を味わえると思ったからで……。ああ、もう我慢できません!」

 そう言って、レイジィは勢いよく立ち上がった。

「マサムネ様。その、少し、身体からだを触らせていただいてもよろしいでしょうか」
「あ、ああ。別に、構わないでさあ」

「では、失礼します」

 目の据わったレイジィは、地面にあぐらを書いているマサムネの前まで行くと、足先や、すね、ひざを触り始めた。

「まあ、素敵。こんな質感なんですね。あら、意外と、ここは柔らかくて……」

「諸君。どうやら、うちのパーティには、とんでもない逸材が紛れ込んでいたようだよ」

 ミキモトは、リージュとアイドラに言った。

「ちょっと、予想外すぎる」
「あれじゃ、まるでヘンタ――」

「アイドラ! それ以上、言うな。俺は大変ショックを受けている。うちのパーティで、一番まともだと思っていたレイジィが、あんな……」

「心外。ぼくのほうがまとも」
「ちょっと。あたいの、どこがまともじゃねえってんだ」

 そうこうしている内に、レイジィは、マサムネの肩によじ登り、耳の形状やら、頬の手触りなどを、たっぷり楽しんでいる。
 顔をゆがめるパーティメンバーのことなど、全く目に入らない様子のレイジィは、マサムネの肩から降りると、くちびる片端かたはしを少し持ち上げて、狂気を感じさせる笑みを浮かべた。

「いよいよ、次は……」

 息遣いきづかいの荒い、レイジィは、身をかがめて、マサムネの腰ミノの中に、もぐり込もうとしているらしい。

「あ、あの、レイジィさあ?」

 動揺のためか、マサムネも、口調が少しおかしい。

「おいおいおいおい。誰か止めろよ!」

「ぼく、無理。あのレイジィ怖い。目がイっちゃってる」
「おめえが止めろよ! やっぱ、完全に変態じゃねえか、あいつ」

 ミキモト達が、小声で言い争っているところへ、天から声が響いた。

「ちょっとあんた! そこは、あたしのもんだよ」

 マサミが、マサムネの腰ミノを指しながら、一喝いっかつした。

「はっ! 申し訳ございません。わたくしとしたことが、我を忘れてしまって」

 しかし、マサミも酔っているせいなのか、にやりと笑って言う。

「まったく、しょうのない子だね。今夜は特別に、好きにしていいよ」
「え、よろしいんですか!?」

 言い終わらない内に、目に狂気を取り戻すレイジィ。

「いいさ。言ったろ? そこはあたしのもんだからね。ひっひっひ。マサオはあっち向いてな!」
「ああ、駄目でさあああああ」

 こうして、地獄のような一夜は過ぎていった。

 この様子を、密かに木陰から、見ていたものの存在に、ミキモト達は気づいていなかった。
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