魔王にだって、運命を切り拓く権利がある

鏡水 敬尋

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第一部

懐疑

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 なんだか、すごくまずそうな状況だ。扉が閉められたときから、嫌な予感はしていたんだが。

「これは、どういうことですか」

 俺は、ひざまずいたまま、たずねた。

「お父さん! 何これ。どうなってるの」

 アキナが、怒気を含んだ声を上げた。

「世界を救ってくれた勇者に対し、このような扱いをすることは、まことに心苦しいのじゃが、理解してほしい」

 理解? 何をだ。
 考えている間にも、兵士達がにじり寄ってくる。

「ちょっと! フレーク達をどうするつもり!?」

 アキナが、王に詰め寄る。

「少しの間、牢に入っていてもらうだけじゃ。このもの達が、怪しいもの達でないと証明されれば、すぐに釈放する。安心せい」

 安心できなーい。怪しいものであることが証明されてしまう。
 俺らを牢に入れている間に、何かを調べるつもりだろうか。

 どうする。俺やザクロ達が本気で暴れれば、兵士をふっ飛ばして逃げることくらいはできるだろうが、殺してしまう可能性もある。
 人間と魔物の平和を、などと言っておきながら、早々に兵士を殺してしまってはまずい。

「分かりました」

 俺は、両手を挙げて、ゆっくりと立ち上がった。ザクロ達にも、余計なことはしないよう、目配せをする。

「フレーク!」
「大丈夫です。すぐに疑いは晴れますから」

 自然な笑顔をよそおい、アキナに言った。
 俺らは、おとなしく捕えられ、連行された。

 連行される先の場所は、自然と分かった。城の東側にある地下牢だ。
 以前、公開裁判前に、ミキモトが囚われていた場所だ。あのときは、地下への階段を兵士にふさがれていて、入れてもらえなかったが、今は、階段を下りるよう、兵士に促されている。
 まさか、自分が牢に入れられるがわになろうとは。

 前後を兵士に挟まれた状態で、階段を下りると、視界はみるみる暗くなっていく。一切、日が差さない地下牢では、数本のたいまつが弱々しい明かりを放っている。
 階段を下りきって、左を向くと、3つの牢が並んでいるのが見えた。どうやら、左端の牢が空いているようだ。

 牢が3つしかなくて足りるのだろうか。この町の犯罪事情はどうなっているのだろう。
 まさか、犯罪者は、片っ端からすぐに処刑するから、牢は少なくても大丈夫、なんてことじゃないだろうな。

 俺らを牢に入れる間、兵士達は一言も発しなかった。
 俺の目の前で、重々しい鉄格子が、大きな音を立てて閉まった。

 左端の牢に入れられたのは、案の定だったが、明らかに独房サイズだと思われるところに、4人ともぶち込まれたのは、少し意外だった。
 トイレが不要であることなどを考えると、この世界では、このスペースに4人でも妥当ということだろうか。

 俺は、試しに鉄格子を押したり、引いたりしてみた。が、びくともしない。どうやら腕力でどうこうできるものではないようだ。
 RPG の世界で、勇者がどんなに強くなっても、扉をぶち破ったりはできないのと同じで、鍵がなければ扉は開かないのだろう。

 鉄格子の、すぐ向こう側と、階段の前に、見張りの兵士がひとりずつ立っているのが見える。
 うーん。これでは、ザクロ達と、今後どうするかを話し合うことはできない。声を潜めても、会話は丸聞こえだろう。

「わたし達が怪しいとか、失礼しちゃうわー。あの王様」

 パインが、早速ぼやき出した。

「王様にも、事情があるのでしょう。あまり文句を言っては駄目よ」
「あたしがもう少し若かったら、色仕掛けでイチコロだったんじゃがのう」

 こいつらの、自分達を人間と信じて疑わない力は、俺の中では定評がある。本当に、自分達がブラックデーモンであることを忘れているんじゃないかと不安になるほどだ。
 なので、こういう無駄口を叩かせておく分には、特に問題はないだろう。

「イチコロってのは、王様が?」

 一応、俺もザクロの話に乗ってみる。

「王もそうじゃが、周りの兵士達もじゃよ。昔は、あたしがちょっと悩殺すれば、みんな、その場で昏倒こんとうしたもんじゃわい」
「今でも、昏倒こんとうするかもね」

 むしろ、今なら。
 俺は昏倒こんとうするかもしれない。

「フレークは、分かっとるのう。どれ、ちょっと悩殺されてみるかえ?」

 そして、皮肉も通じない。

「あら、それなら私だって、まだまだ」

 ベリーがポーズを取り出す。

「もう、2人ともいい歳してみっともないなあ。わざわざ、悩殺しなきゃいけない時点で二流なの。わたしなんて、存在が悩殺だからね。フレークなんて、いつも、わたしのこと、いやらしい目で見てるもん」

 いつもは見てないから。たまに見てるけど、中身が、髭面ひげづらのブラックデーモンだって思い出して、悲しくなってるから。
 こいつらと話していると、あまりのバカバカしさに、笑いがこみ上げてくる。

「はは」

 俺の笑いに、別の笑い声が重なった気がした。
 ふと見ると、鉄格子の向こうの兵士がこちらを見て笑っている。

「みなさん、元気ですね。牢屋の中で、こんな楽しげにしてる人達は、初めて見ましたよ」

 丁寧語で話してくれているのは、俺らが、まだ本物の勇者である可能性があるからだろうか。

「すみません。うるさくしてしまって」

 一応、謝った。
 そうだ。ここは牢屋なのだ。

「いえいえ。構いませんよ。あなたがたを見ていると、こちらまで楽しくなってきます。むしろ、勇者様を、このようなところに押し込めてしまって……」

「いえいえ。そちらも仕事でしょうから」
「申し訳ありません。一刻も早く、あなたがたの疑いが晴れることを、祈っております」

 祈ってくれるのはありがたいが、順当にいけば、俺らにかけられている疑いは晴れない。なんせ、俺は魔王なのだ。
 今、この瞬間にも、この兵士をだましてるのかと思うと、胸が痛くなる。

 正体を隠さなければ、人間とろくに話もできないとは、なんと切ない話だろう。

 こんなことなら、さっさと正体を現して、王に対して、正々堂々と和平を申し入れたほうがよかったのだろうか。
 いや、もしそこで拒否されたらあとがない。それは最後の手段だ。

 そんなことを考えていて、ふと思った。
 もし、ここで変身を解いたら、どうなるのだろう。

 壁や天井をぶち破って、元の姿に戻ることができるのだろうか。いや、壁や天井は微動だにせず、狭い空間の中で身体からだが巨大化した結果、圧死なんていうことも。
 そんな結末はないと信じたいが、絶対ないとは言い切れない。

 実際、鉄格子は、力ではびくともしなかった。
 魔王城は改築可能だったが、人間の城がどうなのかは分からない。圧死は充分あり得る。

 変身を解くのは、このままだったら死ぬというくらい、追い詰められたときだけだな。

 しかし、この状況をどうしたものか。ザクロ達と、延々、バカ話で時間を費やすわけにもいかない。どうにかして、ここから出なければ。
 こうしている間にも、王は何かを調べているのだろう。もしや、この世界にも戸籍のようなものがあるのだろうか。もし、そんなものがあったら、一発だ。長引くほど状況は不利になる。

 どれくらいの時間が過ぎた頃だろうか、ふと足音が聞こえた。
 誰かが、階段を下りてくる。

 見張りの兵士達に声をかけ、鉄格子の前までやってきた人物、それは、王だった。
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