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2. 依頼
初めての温泉です
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依頼を受けてから二日後、私たちは朝早くから、ずっと馬車に揺られていました。
「ねえ、まだ着かないの?」
「それ、聞き飽きたんだけど」
「なら、俺みたいに外を走ってきたらどうだ?」
「あの、良ければこの依頼について教えてくれませんか?」
馬車と並走していたユートさんが戻ってきたところで、私は控えめに手を上げました。三人の目が向けられ、少し首をすくめてしまいます。
「依頼内容については、フルルも知っていると思うけど」
「ああ、思い出した。この依頼が残っていた時、なぜか二人して納得してたよな。そのことじゃないか?」
「は、はい、そうです」
「それかぁ。まあそんなに大した理由じゃないんだけどね」
シイキさんが苦笑いを浮かべました。シルファさんもそれに同意するように頷いてから口を開きます。
「端的に言うと、この依頼は割に合わないのよ」
「割に合わない?」
「ええ。フルル、今回の依頼の内容は覚えているかしら?」
「え? ええと……、確か、魔導士の方たちの荷物を運ぶお仕事、でしたよね?」
「そうよ。つまり魔法を使う機会がほとんどなくて、力仕事ばかりになる依頼ってことね」
力仕事……。そう言われてみれば当たり前のことだったのですが、その言葉を聞いて、少し気が重くなりました。
「私たちは基本、魔法が得意分野なの。けれどこういう依頼じゃそれを満足に活かせないのよ。代わりに慣れない力仕事をさせられるから、皆嫌がって受けたがらないの」
「だったら、そういう力仕事が得意な人に依頼をすればいいんじゃないか?」
「本来ならそれが望ましいわね。けれど荷物を運ぶ場所が、魔物が出現するような危険な場所だった場合、運ぶほうにも最低限の自衛手段が求められるのよ。魔法使いでなくても魔物から身を守れる人も居るにはいるけれど、そういう人たちも大抵怖がって依頼を受けたがらない。だから私たち魔法使いが呼ばれるってわけ。実際は他の魔導士の方たちが守ってくれるから、魔法を使うことはそんなにないのだけれど」
「魔物に襲われるかもしれないから、魔法使いが望ましい。けれどやるのは単純な肉体労働で、魔法を使う機会もほとんどない。その分ランクも低くされがちで、依頼を受ける旨味もあまりない。割に合わないっていうのはそういう意味さ」
「そういうことだったんですか」
二人の言葉に納得して、私は頷きます。けれどユートさんはまだ納得してないようでした。
「割に合う合わないってそんなに大事なのか? 内容はどうあれ依頼があるってことは、人手が足りなくて困ってるってことだろ? 面倒だから受けないっていうのは違くないか?」
ユートさんの言葉が、小さく心に突き刺さりました。
「割に合うっていう言葉が悪かったわね。例えばそうね、遠くまで荷物を運ぶ依頼と、大きな魔法を使うショーに参加して欲しいっていう依頼、あなたならどちらが簡単にできると思う?」
「しょーって確か、見世物のことだよな? まあ何にしろ、俺は大きな魔法は使えないから、そっちよりかは荷物を運ぶほうを選ぶかな」
「つまりはそういうことよ。他に選択肢がなければその依頼を受けるでしょうけど、それよりももっと、自分たちのチームに合った依頼があれば、そっちを選ぶってだけ」
「なるほどな」
ユートさんも納得したようでした。すると今度はシイキさんが口を開きます。
「あ、その話で思い出したんだけどさ、シルファ、この依頼のこと、僕たちに丁度いいとか言ってなかった? あれはどういう意味?」
「あ、そう言えば……」
シルファさんがそう言っていたのは私も聞いていました。どうしてこの依頼が丁度いいのでしょう?
シルファさんは少し考えるように視線を下げた後、私を見ました。
「……フルルの実力を見るのに、丁度いいと思ったのよ」
「っ……」
思いがけない言葉に、うまく返事ができませんでした。私の抱いた疑問は、ユートさんが言葉にしてくれます。
「どうしてこの依頼が、フルルの実力を見るのに丁度いいんだ?」
「さっきも言ったけれど、この依頼で求められるのは力仕事で、魔法を使う機会はほとんどないわ。でも全く無いわけじゃない。魔法を使うのはいつだと思う?」
「え、えっと、魔物に襲われそうになった時、ですか?」
シルファさんの視線を受け、私は答えが合っているか確かめるように返しました。シルファさんが頷いたのを見て、ほっとします。
「そう。つまりこの依頼を通じて、フルルが魔物に襲われそうになった時、いち早く自分の身を守ることができるかどうかを見ることができるの。それに万が一失敗しても、他の魔導士の方たちが助けてくれるから、危険も少なくて済むわ」
「そういうことだったんだ。さすがはシルファ、良く考えてるね」
シイキさんがうんうんと頷きます。私は視線を落としました。
この依頼でうまくできなかったら、きっと私は……。
「よしフルル、一緒に練習しようぜ」
「えっ?」
ユートさんが向けてくれる笑顔に、一瞬戸惑ってしまいました。
「練習って、どうやってするのよ」
「馬車の中で魔法を使うのは駄目だよ?」
「馬車の外なら問題ないんだろ? 俺がフルルを肩車して外を走れば、ちょっと揺れるけど練習できる」
「そ、そんな、悪いですよ……。それにもし暴発したら、ユートさんが危ないですし……」
「近くで見てれば、暴発しそうになったら分かるからな。コツも教えられるかもしれないし、俺自身いい訓練になるから気にしなくていいぞ」
「そもそも馬車に乗せてもらっているのに、わざわざ外を走ることが非常識なのよ。あなたが気にしなくても、私たちが気にするわ」
「御者のおじさんはむしろ喜んでいたけどな。その分馬が楽になるって」
「あのおじさん結構無口だったけど、いつの間に打ち解けたの!?」
「……ふふっ、ありがとうございます」
結局、依頼の前に魔力を使いすぎるのは良くないということで練習をする話はなしになりましたが、私の気持ちは少し軽くなりました。
◇ ◇ ◇
「ここが今日泊まる場所か?」
「……そのようね。私としても予想外だったわ」
「あ、あの煙、火事じゃないんですか?」
「湯気だよ。しかしまさか温泉宿に泊まれるなんてね」
御者の方に挨拶してから馬車から降りると、目の前に木でできた大きな建物がありました。空はもう暗くなっていて、ランタンの光が建物を照らしています。
大きな入り口の前で顔を見合わせていると、中から優しそうな顔のおばあさんが出てきました。
「ようこそいらっしゃいました。グリマール魔法学院の生徒の方ですね?」
「はい。シルファ・クレシェンと申します」
「シイキ・ブレイディアです。本日はお世話になります」
「ふ、フルル・ヴァングリューです」
「ユートです。立派な建物ですね」
全員で挨拶すると、おばあさんは優しい笑みを浮かべました。
「ご丁寧にありがとうございます。私はここの女将のノウマと申します。本日は誠心誠意、おもてなしをさせていただきますね。それではお部屋にご案内致します」
ノウマさんに連れられて、広く長い廊下を進んだ先にあったのは、とても広いお部屋でした。こんなに大きなお部屋に泊まれるんでしょうか?
「こちらが本日用意させて頂きましたお部屋でございます」
「ええっ、本当に!?」
本当にそうでした。シイキさんも驚いたように女将さんの顔を見ます。女将さんはゆっくりと頷きました。
「申し訳ありません。本来なら二部屋用意させて頂く予定だったのですが、他に空いている部屋がございませんでしたので」
「い、いえ、そのことを指摘したわけじゃ……」
「あなたは大げさなのよ、シイキ。ノウマさん、失礼しました。こんなに立派な部屋を用意してくださりありがとうございます」
「お気に召して頂けたようで何よりです。では次に、お食事について説明させていただきます。申し訳ありませんが、ただ今厨房が大変忙しくしておりまして、皆様に召し上がって頂く料理が出来上がるまでにお時間がかかってしまいます。早くても一時間程度後となってしまいますが、いつ頃がよろしいでしょうか?」
確かにもうすぐ夜ご飯の時間です。シルファさんは私たちに振り向きました。
「皆、どうする?」
「俺はいつでもいいぞ」
「僕もお弁当たくさん食べたし、まだお腹は空いてないかな」
「わ、私も、あまり動いていませんし……」
「では、二時間後にお願いします」
「かしこまりました。それではお食事が出来上がるまでに是非、この宿自慢の温泉に浸かって、旅の疲れを癒してください」
ノウマさんは一礼して部屋から出ていきました。するとシイキさんが興奮したように口を開きます。
「いやあ運がいいね。こんな立派な宿のこんな大きな部屋に泊まれるなんて。しかも温泉つき! これだけでこの依頼を受けた甲斐があるってものだよ」
「はしゃぎすぎよ、シイキ。それにあなた、お風呂は一人で入る主義じゃなかった?」
「え、一人一つ貸し切りじゃ」
「そんなわけないでしょ!」
「一人で入りたいって、もしかしてシイキもそういう経験があるのか?」
「そういう経験って、どんな?」
「例えば、風呂に入っている間に攻撃されたり」
「……そんな経験があるの、あなたくらいよ」
「なんだ、違うのか。じゃあなんでだ?」
「いやあ、あんまり他人に自分の体を見られたくないってだけさ」
「あ、あの……」
話についていけなくなる前に、私は声を上げました。
「フルル、どうかした?」
「え、えと、温泉ってなんですか? お風呂とは違うんでしょうか?」
皆さんの話を聞いて、お風呂みたいなものだとは分かったんですが、もしかしたら勘違いかもしれません。私は意を決して聞いてみました。
「フルルは温泉知らないのか。なら初めての温泉だな」
「きっとびっくりすると思うよ。温泉って最高だから」
「丁度いいわ。フルル、私と一緒に入りましょう」
けれど皆さんは話の邪魔をしたことを怒るどころか、私に笑いかけてくれました。やっぱり皆さんはとても優しいです。
「い、いいんですか? 狭くなっちゃうんじゃ……」
「大丈夫よ。ノウマさんの話を聞く限り、今は空いているはずだから」
「シイキも今なら入れるんじゃないか?」
「いや、僕は少し外を歩いてくるよ。ずっと馬車の中だったから、体を動かしたいんだよね」
「そうか。なら俺が先に入っててもいいか?」
「あ、うん。勿論」
「ゆ、ユートさんも一緒に入るんですか!?」
「男女は別よ。安心して」
こうして私はシルファさんと一緒に温泉に入ることになりました。私たちは部屋を出ると、所々に書かれている案内に沿って歩きます。
「へえ、露天風呂もあるなんて、珍しいわね」
「露天風呂、ですか?」
「建物の外にお風呂があるのよ。露天風呂も初めて?」
「は、はい。初めてです」
「そう」
シルファさんはにっこりと微笑みました。私もつられて笑顔になります。
やがてたくさんの籠が縦にも横にも並んでいる部屋に辿り着きました。シルファさんにならって服を脱ぐと、シルファさんの後に続いて温泉がある部屋に入ります。
「ふわ……!」
そこはさっきのお部屋よりも広く、もうもうと湯気が立ちこめていました。お風呂も泳げそうなほど大きいです。
「これが、温泉……」
「温泉だからって、どこもこんなに広いわけじゃないんだけどね。さ、まずは体を洗いましょうか」
「はい!」
誰かと一緒にお風呂に入るなんて、何年ぶりでしょうか。私はわくわくする気持ちを抑えながら、木の桶にお湯を掬って体にかけます。
「あっ、熱いです!」
「大丈夫? ……確かに少し熱いわね。無理はしないで、ゆっくり体を慣らしていったほうがいいわ」
「は、はい……」
「もしよければ、背中、流してあげようか?」
「い、いえ、大丈夫です!」
「そう……」
少し強く言いすぎてしまったでしょうか。シルファさんは心なしか残念そうな顔をしたように見えました。私は心の中でシルファさんに謝りながら、ゆっくりと体を洗います。
「洗い終わったかしら?」
「はい」
「なら外に出ましょう」
シルファさんの後を追って外に出ると、涼しい風が体を冷ましてくれました。そして――
「わあぁ!」
白い湯気が立つ大きなお風呂、温泉がランタンの光に照らされていました。木の壁があるので上の方しか見えませんが、前の方にうっすらと黒い山の影が見えます。随分と暗くなった空にはぽつぽつと星が見え始めていました。
初めて見る景色に、私はしばらく心を奪われてしまいました。
「フルル、早く入らないと風邪ひくわよ」
「あ、はい!」
もう温泉に浸かっているシルファさんに言われて、私もお湯に足を入れます。
「あ、うう……」
外の温泉も、やっぱり熱かったです。けれど外の空気は涼しくて、だんだん寒くなってきました。このままじゃシルファさんの言った通り、風邪をひいてしまいます。
私は熱いのを我慢しながら、ゆっくりと体を沈めていきます。
「は、ふぅ……」
ようやく肩まで浸かると、私は息を吐きました。
「初めての温泉はどう?」
「……すごく気持ちいいです。広くて、温かくて、景色も良くて、なんだかとても、落ち着きます」
「良かったわ。折角の温泉だもの、今日は思う存分、羽を伸ばしましょ」
「……っ、で、でも、本番は明日ですし、あまり気を抜きすぎちゃ……」
「逆に意識させちゃったかしら。フルルの言うことも正しいけれど、気を張りすぎるのも良くないわ。メリハリは大事よ」
「………………」
シルファさんの言葉も正しいのでしょう。けれどここにはシルファさんがいます。そのことがとても嬉しい反面、気を抜いたことが原因で嫌われてしまうことがとても怖いんです。だから私は失敗しないように、気を張っておかないといけないんです。
「フルル……」
「君たちがグリマール魔法学院の生徒かにゃ?」
「えっ?」
その時、突然声をかけられました。若そうな女の人の声です。振り向くと、湯気のせいでよく見えませんが、入り口のところに誰かが立っています。
「……どなたですか?」
シルファさんが上半身をお湯から出して私の前に立ちました。警戒しているのか、両手を軽く持ち上げています。
「今、後ろに行くにゃ」
後ろ? そう言われて反射的に振り返りますが、そこには誰もいません。私は不思議に思いながら前に向き直ります。
「あれ?」
さっきまであった人影がなくなっていました。シルファさんも見失ったのか、魔術式を形成しながら顔を左右に動かしています。
一体どこに――
トプン
「後ろに行くって言ったにゃ?」
肩に冷たい何かが触れました。温泉に入っているのに、途端に背筋が凍りつきます。
「きゃああああ!」
「フルル!」
魔術式を形成したシルファさんが振り返りました。私は倒れるようにしてシルファさんの後ろに逃げます。
「にゃはは、少し驚かせすぎたかにゃ?」
「あなた、一体……」
「フルル、大丈夫か!?」
「え?」
不意にユートさんの声が聞こえました。そちらに目を向けると、湯気でよく見えませんが、高い木の壁の上からユートさんの顔が出ていて――
「~っ! 凍てつけ、『フリーズ・ロック』!」
「うぉあ!」
シルファさんが魔法を放ちました。
けれど、ユートさんに向かって。
「え、え、シルファさん!?」
私が驚いている間に、シルファさんは魔術式を霧散させると、新たな魔術式を形成しはじめます。
「おい、シルファ、無事なのか!?」
「とんでもない魔物が出現したわ……! ユート、あなたは壁のすぐ近くに立ってなさい!」
「なっ!? だったら俺も加勢しに」
「今倒すところなの!」
「ま、魔物? そんなのどこにも……」
辺りを見渡しますけれど、魔物の姿はありません。いきなり背後に現れた女の人は、私たちに背を向けて肩を震わせています。笑いを堪えているみたいでした。
「突き破れ……!」
頭が追いつかないうちに、シルファさんが魔術式を完成させました。試合で見たものよりは小さかったですが、それでも十分大きいものです。
ですが何故か、シルファさんはその魔術式をユートさんのいた方に向けています。
「あ、あの、シルファさん?」
「『アイス・ピラー』!」
魔術式が光り輝き、大きな氷が伸びていきました。
「ええっ!? どうして――」
「流石にそれは見過ごせにゃい」
いつの間にか女の人が、シルファさんの魔法が進む先に立っていました。その手にはシルファさんのものと同じくらいの大きさの魔術式が形成されています。
「にゃっと」
女の人の魔術式が光ると、光の壁が現れました。シルファさんの魔法と女の人の魔法がぶつかります。
「くっ!」
「ほほー、中々の威力だにゃ」
シルファさんの氷の動きが止まりました。私は驚いて目を大きくします。試合で使っていたときは、相手が防御魔法を発現させていても、ほとんど止まることがなかったのに……。
「……やっぱり、ただ者じゃないみたいね」
少しして、シルファさんが手を下ろしました。魔法でできた氷は淡い光となって空気に溶けていきます。
「にゃはは、それはそうにゃ。こう見えて私は魔導士だからにゃあ」
その時になってようやく、その人の顔がはっきり見えました。
灰色の大きな瞳と、同じ色の肩まである髪、そして何より、頭の上から生えた三角形の耳が特徴的な、獣人族の女性でした。
「挨拶が遅れたにゃ。私はヌヌっていうにゃ。見ての通り、猫の獣人族にゃ」
その人、ヌヌさんは片目をつぶり、手を肩の高さまで持ち上げると、手招きするようなポーズをとりました。
「ねえ、まだ着かないの?」
「それ、聞き飽きたんだけど」
「なら、俺みたいに外を走ってきたらどうだ?」
「あの、良ければこの依頼について教えてくれませんか?」
馬車と並走していたユートさんが戻ってきたところで、私は控えめに手を上げました。三人の目が向けられ、少し首をすくめてしまいます。
「依頼内容については、フルルも知っていると思うけど」
「ああ、思い出した。この依頼が残っていた時、なぜか二人して納得してたよな。そのことじゃないか?」
「は、はい、そうです」
「それかぁ。まあそんなに大した理由じゃないんだけどね」
シイキさんが苦笑いを浮かべました。シルファさんもそれに同意するように頷いてから口を開きます。
「端的に言うと、この依頼は割に合わないのよ」
「割に合わない?」
「ええ。フルル、今回の依頼の内容は覚えているかしら?」
「え? ええと……、確か、魔導士の方たちの荷物を運ぶお仕事、でしたよね?」
「そうよ。つまり魔法を使う機会がほとんどなくて、力仕事ばかりになる依頼ってことね」
力仕事……。そう言われてみれば当たり前のことだったのですが、その言葉を聞いて、少し気が重くなりました。
「私たちは基本、魔法が得意分野なの。けれどこういう依頼じゃそれを満足に活かせないのよ。代わりに慣れない力仕事をさせられるから、皆嫌がって受けたがらないの」
「だったら、そういう力仕事が得意な人に依頼をすればいいんじゃないか?」
「本来ならそれが望ましいわね。けれど荷物を運ぶ場所が、魔物が出現するような危険な場所だった場合、運ぶほうにも最低限の自衛手段が求められるのよ。魔法使いでなくても魔物から身を守れる人も居るにはいるけれど、そういう人たちも大抵怖がって依頼を受けたがらない。だから私たち魔法使いが呼ばれるってわけ。実際は他の魔導士の方たちが守ってくれるから、魔法を使うことはそんなにないのだけれど」
「魔物に襲われるかもしれないから、魔法使いが望ましい。けれどやるのは単純な肉体労働で、魔法を使う機会もほとんどない。その分ランクも低くされがちで、依頼を受ける旨味もあまりない。割に合わないっていうのはそういう意味さ」
「そういうことだったんですか」
二人の言葉に納得して、私は頷きます。けれどユートさんはまだ納得してないようでした。
「割に合う合わないってそんなに大事なのか? 内容はどうあれ依頼があるってことは、人手が足りなくて困ってるってことだろ? 面倒だから受けないっていうのは違くないか?」
ユートさんの言葉が、小さく心に突き刺さりました。
「割に合うっていう言葉が悪かったわね。例えばそうね、遠くまで荷物を運ぶ依頼と、大きな魔法を使うショーに参加して欲しいっていう依頼、あなたならどちらが簡単にできると思う?」
「しょーって確か、見世物のことだよな? まあ何にしろ、俺は大きな魔法は使えないから、そっちよりかは荷物を運ぶほうを選ぶかな」
「つまりはそういうことよ。他に選択肢がなければその依頼を受けるでしょうけど、それよりももっと、自分たちのチームに合った依頼があれば、そっちを選ぶってだけ」
「なるほどな」
ユートさんも納得したようでした。すると今度はシイキさんが口を開きます。
「あ、その話で思い出したんだけどさ、シルファ、この依頼のこと、僕たちに丁度いいとか言ってなかった? あれはどういう意味?」
「あ、そう言えば……」
シルファさんがそう言っていたのは私も聞いていました。どうしてこの依頼が丁度いいのでしょう?
シルファさんは少し考えるように視線を下げた後、私を見ました。
「……フルルの実力を見るのに、丁度いいと思ったのよ」
「っ……」
思いがけない言葉に、うまく返事ができませんでした。私の抱いた疑問は、ユートさんが言葉にしてくれます。
「どうしてこの依頼が、フルルの実力を見るのに丁度いいんだ?」
「さっきも言ったけれど、この依頼で求められるのは力仕事で、魔法を使う機会はほとんどないわ。でも全く無いわけじゃない。魔法を使うのはいつだと思う?」
「え、えっと、魔物に襲われそうになった時、ですか?」
シルファさんの視線を受け、私は答えが合っているか確かめるように返しました。シルファさんが頷いたのを見て、ほっとします。
「そう。つまりこの依頼を通じて、フルルが魔物に襲われそうになった時、いち早く自分の身を守ることができるかどうかを見ることができるの。それに万が一失敗しても、他の魔導士の方たちが助けてくれるから、危険も少なくて済むわ」
「そういうことだったんだ。さすがはシルファ、良く考えてるね」
シイキさんがうんうんと頷きます。私は視線を落としました。
この依頼でうまくできなかったら、きっと私は……。
「よしフルル、一緒に練習しようぜ」
「えっ?」
ユートさんが向けてくれる笑顔に、一瞬戸惑ってしまいました。
「練習って、どうやってするのよ」
「馬車の中で魔法を使うのは駄目だよ?」
「馬車の外なら問題ないんだろ? 俺がフルルを肩車して外を走れば、ちょっと揺れるけど練習できる」
「そ、そんな、悪いですよ……。それにもし暴発したら、ユートさんが危ないですし……」
「近くで見てれば、暴発しそうになったら分かるからな。コツも教えられるかもしれないし、俺自身いい訓練になるから気にしなくていいぞ」
「そもそも馬車に乗せてもらっているのに、わざわざ外を走ることが非常識なのよ。あなたが気にしなくても、私たちが気にするわ」
「御者のおじさんはむしろ喜んでいたけどな。その分馬が楽になるって」
「あのおじさん結構無口だったけど、いつの間に打ち解けたの!?」
「……ふふっ、ありがとうございます」
結局、依頼の前に魔力を使いすぎるのは良くないということで練習をする話はなしになりましたが、私の気持ちは少し軽くなりました。
◇ ◇ ◇
「ここが今日泊まる場所か?」
「……そのようね。私としても予想外だったわ」
「あ、あの煙、火事じゃないんですか?」
「湯気だよ。しかしまさか温泉宿に泊まれるなんてね」
御者の方に挨拶してから馬車から降りると、目の前に木でできた大きな建物がありました。空はもう暗くなっていて、ランタンの光が建物を照らしています。
大きな入り口の前で顔を見合わせていると、中から優しそうな顔のおばあさんが出てきました。
「ようこそいらっしゃいました。グリマール魔法学院の生徒の方ですね?」
「はい。シルファ・クレシェンと申します」
「シイキ・ブレイディアです。本日はお世話になります」
「ふ、フルル・ヴァングリューです」
「ユートです。立派な建物ですね」
全員で挨拶すると、おばあさんは優しい笑みを浮かべました。
「ご丁寧にありがとうございます。私はここの女将のノウマと申します。本日は誠心誠意、おもてなしをさせていただきますね。それではお部屋にご案内致します」
ノウマさんに連れられて、広く長い廊下を進んだ先にあったのは、とても広いお部屋でした。こんなに大きなお部屋に泊まれるんでしょうか?
「こちらが本日用意させて頂きましたお部屋でございます」
「ええっ、本当に!?」
本当にそうでした。シイキさんも驚いたように女将さんの顔を見ます。女将さんはゆっくりと頷きました。
「申し訳ありません。本来なら二部屋用意させて頂く予定だったのですが、他に空いている部屋がございませんでしたので」
「い、いえ、そのことを指摘したわけじゃ……」
「あなたは大げさなのよ、シイキ。ノウマさん、失礼しました。こんなに立派な部屋を用意してくださりありがとうございます」
「お気に召して頂けたようで何よりです。では次に、お食事について説明させていただきます。申し訳ありませんが、ただ今厨房が大変忙しくしておりまして、皆様に召し上がって頂く料理が出来上がるまでにお時間がかかってしまいます。早くても一時間程度後となってしまいますが、いつ頃がよろしいでしょうか?」
確かにもうすぐ夜ご飯の時間です。シルファさんは私たちに振り向きました。
「皆、どうする?」
「俺はいつでもいいぞ」
「僕もお弁当たくさん食べたし、まだお腹は空いてないかな」
「わ、私も、あまり動いていませんし……」
「では、二時間後にお願いします」
「かしこまりました。それではお食事が出来上がるまでに是非、この宿自慢の温泉に浸かって、旅の疲れを癒してください」
ノウマさんは一礼して部屋から出ていきました。するとシイキさんが興奮したように口を開きます。
「いやあ運がいいね。こんな立派な宿のこんな大きな部屋に泊まれるなんて。しかも温泉つき! これだけでこの依頼を受けた甲斐があるってものだよ」
「はしゃぎすぎよ、シイキ。それにあなた、お風呂は一人で入る主義じゃなかった?」
「え、一人一つ貸し切りじゃ」
「そんなわけないでしょ!」
「一人で入りたいって、もしかしてシイキもそういう経験があるのか?」
「そういう経験って、どんな?」
「例えば、風呂に入っている間に攻撃されたり」
「……そんな経験があるの、あなたくらいよ」
「なんだ、違うのか。じゃあなんでだ?」
「いやあ、あんまり他人に自分の体を見られたくないってだけさ」
「あ、あの……」
話についていけなくなる前に、私は声を上げました。
「フルル、どうかした?」
「え、えと、温泉ってなんですか? お風呂とは違うんでしょうか?」
皆さんの話を聞いて、お風呂みたいなものだとは分かったんですが、もしかしたら勘違いかもしれません。私は意を決して聞いてみました。
「フルルは温泉知らないのか。なら初めての温泉だな」
「きっとびっくりすると思うよ。温泉って最高だから」
「丁度いいわ。フルル、私と一緒に入りましょう」
けれど皆さんは話の邪魔をしたことを怒るどころか、私に笑いかけてくれました。やっぱり皆さんはとても優しいです。
「い、いいんですか? 狭くなっちゃうんじゃ……」
「大丈夫よ。ノウマさんの話を聞く限り、今は空いているはずだから」
「シイキも今なら入れるんじゃないか?」
「いや、僕は少し外を歩いてくるよ。ずっと馬車の中だったから、体を動かしたいんだよね」
「そうか。なら俺が先に入っててもいいか?」
「あ、うん。勿論」
「ゆ、ユートさんも一緒に入るんですか!?」
「男女は別よ。安心して」
こうして私はシルファさんと一緒に温泉に入ることになりました。私たちは部屋を出ると、所々に書かれている案内に沿って歩きます。
「へえ、露天風呂もあるなんて、珍しいわね」
「露天風呂、ですか?」
「建物の外にお風呂があるのよ。露天風呂も初めて?」
「は、はい。初めてです」
「そう」
シルファさんはにっこりと微笑みました。私もつられて笑顔になります。
やがてたくさんの籠が縦にも横にも並んでいる部屋に辿り着きました。シルファさんにならって服を脱ぐと、シルファさんの後に続いて温泉がある部屋に入ります。
「ふわ……!」
そこはさっきのお部屋よりも広く、もうもうと湯気が立ちこめていました。お風呂も泳げそうなほど大きいです。
「これが、温泉……」
「温泉だからって、どこもこんなに広いわけじゃないんだけどね。さ、まずは体を洗いましょうか」
「はい!」
誰かと一緒にお風呂に入るなんて、何年ぶりでしょうか。私はわくわくする気持ちを抑えながら、木の桶にお湯を掬って体にかけます。
「あっ、熱いです!」
「大丈夫? ……確かに少し熱いわね。無理はしないで、ゆっくり体を慣らしていったほうがいいわ」
「は、はい……」
「もしよければ、背中、流してあげようか?」
「い、いえ、大丈夫です!」
「そう……」
少し強く言いすぎてしまったでしょうか。シルファさんは心なしか残念そうな顔をしたように見えました。私は心の中でシルファさんに謝りながら、ゆっくりと体を洗います。
「洗い終わったかしら?」
「はい」
「なら外に出ましょう」
シルファさんの後を追って外に出ると、涼しい風が体を冷ましてくれました。そして――
「わあぁ!」
白い湯気が立つ大きなお風呂、温泉がランタンの光に照らされていました。木の壁があるので上の方しか見えませんが、前の方にうっすらと黒い山の影が見えます。随分と暗くなった空にはぽつぽつと星が見え始めていました。
初めて見る景色に、私はしばらく心を奪われてしまいました。
「フルル、早く入らないと風邪ひくわよ」
「あ、はい!」
もう温泉に浸かっているシルファさんに言われて、私もお湯に足を入れます。
「あ、うう……」
外の温泉も、やっぱり熱かったです。けれど外の空気は涼しくて、だんだん寒くなってきました。このままじゃシルファさんの言った通り、風邪をひいてしまいます。
私は熱いのを我慢しながら、ゆっくりと体を沈めていきます。
「は、ふぅ……」
ようやく肩まで浸かると、私は息を吐きました。
「初めての温泉はどう?」
「……すごく気持ちいいです。広くて、温かくて、景色も良くて、なんだかとても、落ち着きます」
「良かったわ。折角の温泉だもの、今日は思う存分、羽を伸ばしましょ」
「……っ、で、でも、本番は明日ですし、あまり気を抜きすぎちゃ……」
「逆に意識させちゃったかしら。フルルの言うことも正しいけれど、気を張りすぎるのも良くないわ。メリハリは大事よ」
「………………」
シルファさんの言葉も正しいのでしょう。けれどここにはシルファさんがいます。そのことがとても嬉しい反面、気を抜いたことが原因で嫌われてしまうことがとても怖いんです。だから私は失敗しないように、気を張っておかないといけないんです。
「フルル……」
「君たちがグリマール魔法学院の生徒かにゃ?」
「えっ?」
その時、突然声をかけられました。若そうな女の人の声です。振り向くと、湯気のせいでよく見えませんが、入り口のところに誰かが立っています。
「……どなたですか?」
シルファさんが上半身をお湯から出して私の前に立ちました。警戒しているのか、両手を軽く持ち上げています。
「今、後ろに行くにゃ」
後ろ? そう言われて反射的に振り返りますが、そこには誰もいません。私は不思議に思いながら前に向き直ります。
「あれ?」
さっきまであった人影がなくなっていました。シルファさんも見失ったのか、魔術式を形成しながら顔を左右に動かしています。
一体どこに――
トプン
「後ろに行くって言ったにゃ?」
肩に冷たい何かが触れました。温泉に入っているのに、途端に背筋が凍りつきます。
「きゃああああ!」
「フルル!」
魔術式を形成したシルファさんが振り返りました。私は倒れるようにしてシルファさんの後ろに逃げます。
「にゃはは、少し驚かせすぎたかにゃ?」
「あなた、一体……」
「フルル、大丈夫か!?」
「え?」
不意にユートさんの声が聞こえました。そちらに目を向けると、湯気でよく見えませんが、高い木の壁の上からユートさんの顔が出ていて――
「~っ! 凍てつけ、『フリーズ・ロック』!」
「うぉあ!」
シルファさんが魔法を放ちました。
けれど、ユートさんに向かって。
「え、え、シルファさん!?」
私が驚いている間に、シルファさんは魔術式を霧散させると、新たな魔術式を形成しはじめます。
「おい、シルファ、無事なのか!?」
「とんでもない魔物が出現したわ……! ユート、あなたは壁のすぐ近くに立ってなさい!」
「なっ!? だったら俺も加勢しに」
「今倒すところなの!」
「ま、魔物? そんなのどこにも……」
辺りを見渡しますけれど、魔物の姿はありません。いきなり背後に現れた女の人は、私たちに背を向けて肩を震わせています。笑いを堪えているみたいでした。
「突き破れ……!」
頭が追いつかないうちに、シルファさんが魔術式を完成させました。試合で見たものよりは小さかったですが、それでも十分大きいものです。
ですが何故か、シルファさんはその魔術式をユートさんのいた方に向けています。
「あ、あの、シルファさん?」
「『アイス・ピラー』!」
魔術式が光り輝き、大きな氷が伸びていきました。
「ええっ!? どうして――」
「流石にそれは見過ごせにゃい」
いつの間にか女の人が、シルファさんの魔法が進む先に立っていました。その手にはシルファさんのものと同じくらいの大きさの魔術式が形成されています。
「にゃっと」
女の人の魔術式が光ると、光の壁が現れました。シルファさんの魔法と女の人の魔法がぶつかります。
「くっ!」
「ほほー、中々の威力だにゃ」
シルファさんの氷の動きが止まりました。私は驚いて目を大きくします。試合で使っていたときは、相手が防御魔法を発現させていても、ほとんど止まることがなかったのに……。
「……やっぱり、ただ者じゃないみたいね」
少しして、シルファさんが手を下ろしました。魔法でできた氷は淡い光となって空気に溶けていきます。
「にゃはは、それはそうにゃ。こう見えて私は魔導士だからにゃあ」
その時になってようやく、その人の顔がはっきり見えました。
灰色の大きな瞳と、同じ色の肩まである髪、そして何より、頭の上から生えた三角形の耳が特徴的な、獣人族の女性でした。
「挨拶が遅れたにゃ。私はヌヌっていうにゃ。見ての通り、猫の獣人族にゃ」
その人、ヌヌさんは片目をつぶり、手を肩の高さまで持ち上げると、手招きするようなポーズをとりました。
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