物理重視の魔法使い

東赤月

文字の大きさ
33 / 181
2. 依頼

夜のお話しです

しおりを挟む
「明日は早いし、私たちもそろそろ寝る準備をしましょ」
「そ、そうですね!」
「食器やお盆は部屋の外に置いておけばいいんだっけ?」
「俺、動けないんだけど……」
「あなたの分は私が運ぶわ」
「あ、あの、ユートさんのお布団はどうするんですか?」
「それは僕が運ぶよ」
「シイキ、ありがとう……!」
「分かっていると思うけど、一歩でも近づいたら氷漬けにするから」
「あ、あははは……」
「まあ仕切りもあるし、間に僕が入るから、少しくらいは許してあげなよ。寝返りの一つくらいするかもしれないし」
「シイキ、お前は親友だ……!」

 こうして、入り口近くにユートさん、大きなお部屋を仕切りで分けた手前の側にシイキさん、奥に私とシルファさんという分け方で、それぞれ眠ることになりました。

「おやすみなさい」
「お、おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい」
「おやすみ」

 寝る前の挨拶をして、灯りを消します。部屋が真っ暗になって、静かになりました。

「………………」

 暖かいお布団の中で、私は明日のことを考えます。本当は早く寝ないといけないんですけど、何だか寝付けませんでした。
 明日は荷物を運ばないといけません。けれどそれだけじゃなく、魔物に襲われた時は、自分の身は自分で守らないといけません。突然魔物が現れても、驚かないで、落ち着いて魔術式を形成しないといけません。……大丈夫です。いつも練習していることだから、絶対に大丈夫です。
 けれどもし失敗したら――

「…………っ!」

 考えちゃダメです。頭では分かっているのに、そう思えば思うほど、悪い想像ばかりが膨らんでいきます。
 目を閉じても、瞼の裏に冷たい視線があるみたいでした。耳を塞いでも、聞こえないはずの言葉が響いてくるようでした。暖かいお布団の中にいるのに、寒い外にいるみたいでした。

「……ふ、ぅ……!」

 目を開けると、暗さに慣れてきたのか、窓からのわずかな光に浮かび上がった天井が見えました。私は息を乱しながら、額の汗を拭いました。

「………………」

 隣ではシルファさんが横になっています。目を閉じて、小さな寝息をたてていました。
 私も早く寝ないといけません。けれど悪い夢を見てしまう気がして、目を閉じるのが怖いです。なんとか目を閉じても、あるはずのない視線を感じてしまい、震えて目を開けてしまいます。
 ……眠れません。どうしましょう、もしこのまま眠れなかったら、明日の依頼ができなくなってしまって、それで……。
 目に涙を浮かべた時でした。

「どこ行くんだ?」
「起きてたの?」

 仕切りの向こうから、小さな話し声が聞こえました。

「眠りは浅い方なんだ。シイキは寝なくていいのか?」
「折角だし、温泉に入ろうかと思ってね」
「こんな時間に?」
「うん。今なら誰もいないだろうから。遅くまで開いているみたいだし」
「……本当に一人で平気か?」
「あはは、大丈夫だよ」
「………………」

 私は体をそちらに向けて、お二人の会話に耳を澄まします。盗み聞きしているようで申し訳ないのですが、こうして声を聞いているだけで、少し安心できました。

「僕のことより、フルルを気にかけてあげてよ」
「…………っ!」

 息を呑みました。遠ざかっていた嫌な想像が、すぐ後ろにまで迫ってきます。

「何かあったのか?」
「ユート君が馬車の外で走ってる間、結構思い詰めた表情をしていたんだ。君が戻ってきてからはいくらかましになったけど、内心かなり不安なんだと思う。もし明日失敗したらって」
「うーん、そればっかりはフルル自身が向き合うしかないからな。手を貸すわけにもいかないし、俺ができることは、フルルを信じることくらいだ」
「………………」

 シイキさんの言うことも、ユートさんの言うことも、とても正しいです。私は不安で夜も寝られませんし、それをどうにかできるのも私だけです。
 けれどそれができないんです。自分でもどうしようもないくらい、悪い考えばかりが浮かんでくるんです。怖くて震えが止まらないんです。
 折角、シルファさんがチャンスを与えてくれたのに、ユートさんが信じてくれているのに……!

「手は貸せなくても、言葉をかけるくらいはできるでしょ? それだけで心が軽くなるかもしれない」
「いや、声をかけすぎるのも良くないと思うんだ。逆に追い詰めるってこともあるだろうし。それにフルルには、フルル自身のために頑張ってほしいんだ」

 私、自身のため?
 ユートさんの言葉が、よく理解できません。

「どういうこと?」
「なんとなくだけど、フルルはいつも俺たちのことばかり気にしている気がするんだ。俺たちのいないところだと自分の気持ちを言えてたけど、俺たちを前にするとほとんど意見を出さなくなるし」

 …………それは。
「気を遣いすぎてるってこと?」
「ああ。授業で魔法を失敗した時も、怯えるみたいに俺やシルファを窺っていたんだ。その時の様子は自分が魔法を失敗したことよりも、それで俺たちに迷惑をかけたってことを強く意識しているように見えた。授業はあくまで自分のために受けるもののはずなのに、俺たちに迷惑をかけないために頑張ってるように感じたんだ」
「……確かに、その気持ちも大事だけどね」
「ある意味、それも自分のためなのかもしれないけどな。他人を立てることが自分にとって一番いいって考えているのかもしれない。けれどチームのメンバーって、仲間って、そういうものじゃない気がするんだ。他が良ければ自分はいいなんて、……そんなの、寂しいじゃんか」

 …………寂しい、ですか。

「まだ知り合ったばかりだし、いきなり本心を曝け出してほしいってわけじゃないけれど、フルルにはもう少し、自分の意思を示してほしいんだ。言葉でも、行動でも構わないから」
「自分の意志、ね。でも難しいと思うな。誰だって、人に嫌われたらって思うと、なかなか本音を言い出せないものだし」

 ……そうです。また一人に戻るくらいなら、自分の意見なんて――

「人に嫌われるなんて、当たり前のことだろ?」
「え…………?」

 思わず声が漏れてしまいました。私はそれに気がつくと、慌てて口を塞ぎます。

「あはは! やっぱりユート君はすごいね。そういうこと、何でもないように言っちゃうんだから」
「シイキ、ちょっと声が大きいぞ」
「ごめんごめん」

 どうやら私の声は聞こえなかったみたいです。ほっと息をつきます。

「けど今だって、もしかしたらシイキの言動に俺が怒ったかもしれないだろ? 夜中にうるさくしたのにまるで反省してない、みたいな理由でさ」
「え、いや、そんなつもりは」
「分かってるよ。けれどもし俺がそんなことで怒るような性格なら、シイキのことを嫌いになったかもしれない。それと似た話だと思うんだ。人それぞれ意見があるんだから、食い違いは絶対に起こる。悪いと分かっていてやるのは駄目だろうけど、正しいと思って起こした行動でも、人に嫌われるかもしれない。だったらそれはもう仕方ないって受け入れるしかないだろ? もし自分が間違ってたら、その時指摘してもらえばいいし」
「で、その結果が今のユート君だと」
「はは、そうだな。俺も山暮らしが長かったから、こっちじゃかなり非常識なんだと思う。でもだからこそ、何が良くて何がいけないのか、意見しあって納得していけたらって思うんだ。嫌われるかも、なんて思い込んで何もしないよりかは、絶対にその方がいいしな」
「……ユート君は、強いね」

 シイキさんの言う通りです。ユートさんの考えはとても素敵だと思います。けれどそれは、他人とぶつかることを恐れない、強い気持ちがあってはじめてできることなんです。

「そうか?」
「そうだよ。ユート君の言う通り、人には人の常識があるわけでしょ? どんな考えをしているか分からない相手に自分の考えをぶつけるなんて、なかなかできないよ」
「そりゃ俺だって、誰彼構わず自分の考えを押しつけたりはしないさ。だけどほら、俺たちは同じ学院の仲間だろ? だったら意見をぶつけ合ってもいいと思うんだ」

 ……仲間……。

「仲間、か。確かにね。けど仲間だからこそ、余計嫌われたくないって思うんじゃない?」
「……まあ、その気持ちも分かるけどな」

 ……そうです。私に優しくしてくれているユートさんたちだから、尚更嫌われたくないんです。

「でも俺、フルルを嫌いになんかならないしな」
「っ!?」

 今、なんて……?

「……ど、どうしてそう思えるの?」
「え? だって単純に、嫌う理由がないだろ? 素直だし、俺の魔法を認めてくれるし、やりすぎってくらい他人を気遣えるし」
「実力が足りないとは思わないの? それに、もし人に言えないような秘密を抱えていたとしたら?」
「実力は俺だってまだまだだしな。これからつけていけばいい。人に言えない秘密なら誰だって持ってるだろうし、もしそれを打ち明けられても、驚きはするかもしれないけど、俺を信じての行動だって分かるから、それで嫌いになったりはしないさ」

 さすがに犯罪歴を打ち明けられたら困るだろうけど、とユートさんが苦笑交じりに続けます。私は、息をするのも忘れて、それを聞いていました。

「とにかく俺は、ゆっくりでいいから、フルルの気持ちを直接伝えてほしいんだ。それは信頼の形でもあると思うし、俺はフルルを嫌いになったりなんかしないから」

 ……ユート、さん……。

「……ふふ、流石は僕の親友だね。だけどそれ、フルルに話した方が良いんじゃない?」
「いや、それだと元の話に戻るんだ。フルルは自分のためじゃなくて、俺のために頑張ろうって意識が強くなる。大事なのは、フルルがどうしたいか、だからな」
「ユート君たちのチームに入りたいんじゃないの?」
「多分な。けれどもしかしたら、それもジェンヌ先生に頼まれたからって理由からかもしれない。この依頼を受けたのも、俺たちに嫌われたくないって思いからかもしれない。もしそうだとしたら、お互いにとって良くないからな。この依頼を通じて、フルルの気持ちを知りたいんだ」

 ……私の、気持ち……。

「っと、随分話し込んじゃったな。温泉に入るんだろ? 引き留めてごめん」
「いや、話を振ったのは僕の方だから。それにユート君の考えを聞けて良かったよ。ありがとう」
「はは、俺の方こそ、聞いてくれてありがとな」
「………………」

 扉が開閉する音がして、静かになりました。私は目を閉じると、ユートさんの言葉を思い返します。
 私は、どうしてこの依頼を受けたんでしょう? 私は、何を望んでいるんでしょう?
 考えているうちに、段々と眠くなってきます。私はそのまま、夢の中に入っていきました。
 意識が遠くなる直前に、いつの間にか震えがなくなっていたことに気がつきました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

『王都の神童』と呼ばれた俺、職業選定でまさかの【遊び人】三連発で追放される。……が、実は「全職業のスキル」を合算して重ねがけできる唯一のバグ

よっしぃ
ファンタジー
王都で「神童」の名をほしいままにしていた少年、ディラン・アークライト(17歳)。   剣を握れば騎士団長を唸らせ、魔法を学べば賢者を凌駕する。誰もが彼を「次代の勇者」と信じて疑わなかった。  しかし、運命の職業選定で彼が得たのは――【遊び人】。   それも、三つの職業スロットすべてが【遊び人】で埋まるという、前代未聞の怪現象だった。 「期待外れだ」 「国の恥晒しめ」   掌を返した周囲によって、ディランは着の身着のままで街を追放される。  だが、かつて神童と呼ばれた彼の「分析力」は死んでいなかった。 『……Lv1なのに、ステータスが異常に高い? それに経験値が分散せず、すべて加算されている……?』  彼だけが気づいた真実。  それは【遊び人】という名に偽装された、この世界の管理者権限(Free-Hander)であり、全職業のスキルを制限なく使用・強化できるバグ技(デバッグモード)への入り口だったのだ。  これは、理不尽に捨てられた元・神童が、その頭脳とバグ能力で世界を「攻略」し、同じく不遇な扱いを受けていた美少女騎士(中身は脳筋)と共に、誰よりも自由に成り上がる物語。 【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。

没落領地の転生令嬢ですが、領地を立て直していたら序列一位の騎士に婿入りされました

藤原遊
ファンタジー
魔力不足、財政難、人手不足。 逃げ場のない没落領地を託された転生令嬢は、 “立て直す”以外の選択肢を持たなかった。 領地経営、改革、そして予想外の縁。 没落から始まる再建の先で、彼女が選ぶ未来とは──。 ※完結まで予約投稿しました。安心してお読みください。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...