物理重視の魔法使い

東赤月

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2. 依頼

救出とその後

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『報告。アイちゃんは無事。それと、もうすぐ竜がアイちゃんを連れて現れる。ただ、ヌヌさんは敵と遭遇したみたい。こちらは気にするなって』

 松明を持つ私の横に浮いている小さな光の球から、リズさんの声が届きました。これも通信魔法の一種のようで、離れた場所に声を届けることができる魔法だそうです。リズさんの声を届け終わると、魔法は霧散してしまいました。
 ヌヌさん、大丈夫でしょうか? 隠れるのは得意だから一人で大丈夫と言ってましたけど、やっぱり不安です。
 ヌヌさんは山を登りながら、敵の痕跡がないか確認すると言っていました。そのヌヌさんが竜の潜んでいる洞窟の前に辿り着いた時には、周囲に全く痕跡はなかったそうですが、敵が上手く隠れていたのでしょうか? ということは、敵はヌヌさんよりもすごい魔法を使うのかもしれません。
 もしかして、さっき調べたここの周りにも、他の敵が潜んでいるのでしょうか? 私は思わず皆さんが隠れている木や岩を見渡してしまいます。

『大丈夫。ヌヌさんも言ってたけれど、この辺りにも私たち以外の人がいた痕跡はなかった。罠も仕掛けたし、誰かが近づいてきてもすぐに分かる。だから私たちは、アイちゃんを助けることに集中しよう』

 そんな私を気遣ってか、リズさんが魔法で話しかけてくれました。私は小さく頷くと、深呼吸します。
 そうです。私はもう、皆の足を引っ張るようなことはしたくありません。どんなに不安でも、怖くても、生贄の役を演じて竜の気を逸らさないといけないんです。

「っ!」

 突然、強い風が吹きました。それは横からではなく、上から吹いてきます。その風はどんどん強くなってきて、私は腕で顔を庇います。松明の火も消えてしまいました。
 やがて風が止むと、ドズン、と大きな音がして、地面が揺れました。どうにか立ったままでいられた私は、恐る恐る腕を下ろします。

「あ、ああ……」

 辺り一面真っ暗な中で、さらに黒く巨大な影が、目の前にありました。荒い息遣いが高い場所から聞こえてきます。次の瞬間には、それに頭から丸呑みにされてしまいそうな、そんな恐怖が私を襲いました。

「貴様ガ生贄カ?」

 重く大きな声が頭上から発せられ、空気を揺らします。

「は、はい!」

 私は震える声で、それでもはっきりと、声の主に告げました。

「フム、シカシコウ暗イト、女カドウカモ分カラヌナ。ドレ……」

 大きく息を吸い込むような音が聞こえた直後でした。突然空中に現れた赤い炎が辺りを照らします。見ると、影の正体が、大きな竜がその炎を吐き出していました。
 炎は近くにある木々に火をつけました。その中には、ユートさんが隠れていたものもあります。

「ゆ、ぅう……!」

 私は叫びだしたくなるのを何とか我慢します。大丈夫です。ユートさんなら、きっと……!
 木の燃える臭いが立ち込める中、沢山の炎に照らされた竜が姿を現しました。あまりの大きさに、思わず息を呑みます。見上げる私は、その手にアイさんが握られていることに気が付きました。

「アイさん!」
「アイ? アア、コノ娘カ。ドウヤラ知リ合イノヨウダナ」
「そ、そうです! ……アイさんは、生きているんですか?」
「生キテイルガ、ソレガナンダト言ウノダ?」

 私は体が震えそうになるのを抑えながら、竜に頭を下げました。

「お願いします。最後にアイさんを抱きしめさせてください。その後でしたら、生贄にでもなんにでもなります」
「……フッ」

 するといきなり、私の体が握りしめられました。

「う、あああ!」

 痛みと苦しみで表情を歪める私に、竜が顔を近づけます。

「何故我ガ貴様ノ命令ナド聞カネバナラン? 貴様ガ生贄ニナルコトハ最早変ワラヌノダ。貴様ハ黙ッテ我ニ従ッテオレバイイノヨ」
「うう……」

 生贄役である私からのお願いでアイさんを手放してもらう作戦は通じなかったようです。おまけに私まで捕まってしまいました。自分の命を握られているような感覚に、体が震えます。

「ククク、コレデ二匹カ。シカシマダ足リヌナ。マタアノ村ニ行クトシヨウ」
「そ、そんな! 約束が違います!」
「約束? 我ハ生贄ヲヨコサネバ村ヲ滅ボスト言ッタダケダ。生贄ヲヨコセバソレ以上ノ要求ハシナイト言ッタ覚エハナイナ」
「ひ、ひどい……」
「黙レ。貴様ハモウ我ノ物ナノダ。余計ナ口ヲ叩クナ」
「ああああっ!」

 強く握りしめられた私は、悲鳴を上げてしまいます。
 とても痛いです。とても苦しいです。とても、怖いです。
 けれどアイさんはきっと、私よりももっと辛かったはずです。たった一人で、この苦痛を、恐怖を受けていたのですから。
 だから私は、魔法使いである私は、一人じゃない私は、この程度へっちゃらです!

「……あ、あなたは、何が目的なんですか……!?」
「ホウ、マダソンナ口ヲ聞ケルトハナ。黙レト言ッタノガ聞コエナカッタノカ?」
「……答えて、ください……!」
「……フン。気ニ食ワンナ」

 グン、と体が浮かび上がるような感覚がありました。反射的につぶった目を開くと、自分が高く持ち上げられていることに気がつきます。竜の額から生えた角が見えました。
 叩き落とされる。そう思った私は、覚悟を決めて叫びました。

「助けて!」
 ボボォンッ!
「グウッ!?」

 私を捕らえた腕に、大きな光弾が当たりました。振り下ろす寸前だった手から私の体が離れます。

「フルル!」

 そのまま落下する私を、広げた翼の前で魔術式を保ったリズさんが空中で捕まえてくれました。背中と膝の裏を抱えるようなかたちです。

「大丈夫?」
「わ、私は平気です! それよりも、アイさんは!?」
「うん。そっちも大丈夫みたい」

 下を向くと、リズさんが私にしているのと同じように、ユートさんがアイさんを抱えていました。ユートさんも無事でいたことにほっとします。
 裸足になったユートさんは、驚くことに足の裏で楕円形の魔術式を形成していました。そこから強化魔法を発現させているようで、淡い光に包まれた足はすごい速さを出しています。
 ユートさんはそのまま、アイさんを安全な場所まで移動させようと、燃える木々の間を駆けていきます。私を抱えたリズさんもユートさんの後を追いかけます。

「小癪ナ……」

 後ろで竜が大きく口を開けました。炎を吐くつもりです。

「『グラブ』!」

 その口が、土でできた大きな手で閉じられました。ボルドさんの魔法です。炎を吐き出せなくなった竜の口で爆発のようなものが起きました。竜は苦しそうに叫びます。

「『ウインド・エッジ』!」

 続けて、空中に浮いたゲイルさんが、魔術式から三日月型の刃のようなものを発現させます。それは暴れる竜の頭にある角に、まるで吸い込まれるように当たりました。
 ボルドさんとゲイルさんが竜の注意を引きつけてくれている間に、私たちは夜の闇に紛れます。魔術式を霧散させたリズさんは、木の陰にいるユートさんの近くに降りました。

「ユートさん、アイさんは!?」
「気絶しているだけみたいだ。脈も落ち着いている」
「そ、そうですか……」

 私は安堵の息をつきました。

「本番はこれから」
「ですね。フルルは予定通りアイを連れて、遠くに逃げたと見せかけて隠れていてくれ」
「はい!」
「ユート、行こう」
「はい!」

 ユートさんとリズさんは、竜がいる方へと戻っていきました。アイさんを背負った私もまた、移動を始めます。
 皆さん、どうか無事でいてください……!


 ◇ ◇ ◇


「アイを救出した後は、どうするつもりですか?」

 アイを救出する作戦が一纏まりした後、俺はボルドさんに尋ねた。その頃には、もうすぐ林を抜けるといったところまで進んでいたけど、木の葉の合間から覗く空はまだ明るい。時間には少し余裕があるようだった。

「問題はそこだな。戦いが避けられるならそれに越したことはないんだが……」
「けどよぉ、ほっといたら村が滅ぼされるかもしれねぇぞ? それを見過ごすってのか? 避難が完了してるかどうかも分からねぇのによ」
「たとえ避難が完了していたとしても、村の人たちは帰る家を失う」
「ふーむ、難しいところにゃ。村人たちを守りにゃがらとはいえ、魔導士十人以上でも歯が立たにゃい相手にゃわけだしにゃあ」

 救出した後については、魔導士たちの間でも意見が分かれるようだった。俺としては、もし本当に竜が操られているのだとしたら、どうにかして正気に戻したいところだけど……。

「つったって、防衛隊についてた魔導士は、良くてCランクの奴だろ? 言っちゃりぃが、ここにいねぇ魔導士のやつらみてぇに、腰抜かしてたんじゃねぇのか?」
「それは言い過ぎだと思う。けど、実際どうなの? ボルド」
「……竜という予想外の大物を前に、いつもの実力を発揮できなかった可能性は否定できないな」

 ボルドさんはばつが悪そうに答えた。ランクっていうと、依頼に設定されてたものだったな。

「シルファ、魔導士にもランクがあるのか?」
「ええ。魔導士はその実力や実績に応じて、ランクが定められるの。勿論それが完全に実力と結びつくってわけじゃないけど、より高いランクになれば信用も得られるし、ギルドとかでの待遇も良くなったりするわ」
「あとは、その魔導士が受けられる依頼の目安みたいなものだね。例えばCランクの魔導士だったら、Bランクの依頼に手を出すのは難しいけどCランクの依頼までならやり遂げられるっていった風に、依頼を受ける時に、自分の身の丈に合った依頼がすぐに分かるんだ」
「なるほどな」

 簡単に言うと、その魔導士の凄さを表す指標ってところか。

「この依頼は、まとめ役をするとかじゃにゃければDランクの依頼だからにゃあ。おまけに集まった人数も多かったし、多少のトラブルがあってもにゃんとかにゃるって安心していたのもあったはずにゃ。そこにいきにゃり竜が現れたら、びびっちゃうのも仕方にゃいにゃ」
「け、けど、それでも竜と戦ったんですよね? 村の人たちを守りながら……」
「そうだな。つまりそんな奴らでも少しは戦えたってことだろ? つうことは、だ。その竜、俺たちが普通に戦ったら勝てんじゃねぇか? しかも角を壊すだけでいいんだろ?」

 ゲイルさんから、理想が実現する可能性を示され、僅かに浮き足立つ。

「けど、竜が実力を出し切ってなかった可能性もある。早計は禁物」
「とは言えさっきヌヌも言ってたように、何者かに操られているのだとしたら、竜も本来の実力を発揮できないはずだ。防衛隊との戦いからそう時間も経ってない今なら、勝機もあるかもしれん」
「んー、こればっかりは実際に戦ってみにゃいとにゃあ……」
「ところで、皆さんのランクはどれくらいなんですか?」

 ふと気になったことを訊いてみた。良くてCランクと言っていたゲイルさんは、それ以上だったりするんだろうか?

「ちょっとユート――」
「いや構わない。俺はBランクだ」

 嗜めるように言うシルファを遮って、ボルドさんが答えた。続けて、他の魔導士の人たちも声を上げる。

「俺もBだ」
「私はC」
「Dだにゃ」
「ありがとうございます。それで、実際に竜を討伐するとなると、どのくらいの人数が必要になるんですか?」
「そうだな……。まだ幼い竜であれば、Bランクの魔導士が十人以上といったところか」
「俺は噂で聞いたくらいだが、一般的に言われるような竜を倒すなら、Aランクの魔導士が五人いるって話だな」
「たった五人、ですか?」

 俺が首を傾げると、シルファがため息をついた。

「Aランクの魔導士なんていったら、ギルドのエース的存在よ。グリマール魔法学院の卒業生でも、飛び抜けて優秀だった人じゃなきゃなれないものなの」
「僕の知ってる竜の討伐記録には、Bランクの魔導士が二十二人、Cランクの魔導士が四十七人集まって、なんとか一匹の竜を倒したってものがある。それを五人でやれちゃうって考えたら、なんとなく想像しやすいかも」

 七十人近い人数の仕事を五人で、か。確かにすごいな。それに、竜を討伐することの難しさも、少しだけど分かった気がする。ゴラさんの使ってた天災という形容も、当たらずとも遠からずってところか。

「じゃ、じゃあ、ナギユキ一家の方は全員、Aランクだってことですか?」
「さてどうにゃのかにゃあ? 実力的にそのくらいだと思われてるだけかもしれにゃいにゃ」
「ただ、Aランクの魔導士が五人必要って話は、ナギユキ一家が竜を討伐したことから広まったもののはず」
「ま、ランクなんてあくまで目安だ。どんなに強くったって、最初からAランクになれる奴なんざいねぇんだからよ。ただその物差しを絶対視する輩が多すぎる。俺が言いたかったのは、防衛隊の連中もそうだったんじゃねぇかって話だ。自分のランクじゃ竜の相手なんかできないって、戦う前から諦めてた腑抜けだったとしたら、戦力として数えられねぇ」
「そこまでにしておけ。つまるところ、竜の実力は未知数なわけだ。不意を突かれた防衛隊でも抵抗できる程度なのか、それとも、実力を出し切った防衛隊でもまるで相手にならない程なのか。本当に操られているかどうかも、実際に対峙してみないと分からないわけだしな」

 結局、竜の強さは分からないか……。

「なら、戦いながら判断するしかないですね」

 そんな俺の声を最後に、会話が途切れる。皆考え込んでいるものだと思っていたら、なぜか俺に視線が集まっていた。

「えっと、俺の言葉、何か変でした?」
「あなたねぇ、そんな行き当たりばったりの方法取れるわけないでしょ? 勝てないって分かった時に、逃げられなかったらどうするの?」
「ふふ、でもユート君らしいね。竜相手にもそういうことが言えるのは、やっぱりすごいよ」
「で、でも、それ以外に、竜がどのくらい強いか知る方法はあるんでしょうか? 調べるにしても、時間もありませんし……」

 フルルの言葉に、長く魔導士をしているボルドさんが頷く。

「そうだな。相手の実力が不明の場合、本来であればその実力を調査する段階を間に挟むのが鉄則だが、今回ばかりはそうも言ってられん」
「はは、いいじゃねぇか。俺は気に入ったぜ」
「……私も、悪くないと思う。アイちゃんを取り返す過程で、竜の動きも少しは観察できるかもしれないし」
「にゃはは、みんにゃよくそんにゃ危にゃい橋を渡れるにゃあ。ま、そうじゃにゃかったら、ここにはいにゃいかにゃ」

 どうやらあまり誉められた行動じゃないみたいだけど、今回は他に方法がないみたいで、魔導士の人たちからは賛同を得られた。

「……仕方ないわね」
「うん。元からかなり無茶なことをしてるわけだしね。それにさっきの話にもあったけど、その竜、もしくは竜を裏で操っている相手は、人を殺すことを目的としているわけじゃない。逃げるって判断が手遅れになる可能性は低いんじゃないかな?」
「そうだといいのだけど」

 シルファはため息をつきながらも、覚悟を決めたようだった。

「決まりだな。アイを救出したあと、竜とは一度戦ってみる。もし俺が勝てないと判断した場合は、撤退するよう指示する。それでいいな?」

 俺たちは頷いた。

「よし。なら次は役割分担だな。アイを救出する作戦はさっき話した通りだが、そこからどう動くか……」
「とりあえず、俺とボルドが戦うのは決まりだろ。アイって女が捕まってた時、二人で攻撃する役なわけだしな」
「私も、アイちゃんかフルルを安全な場所まで運んだら、戦いに参加する」
「私はできるだけ早くみんにゃの元に戻るにゃ」
「俺も戦います」
「ちょっと待ってユート。本気なの?」

 シルファの問いに首を傾げる。

「ああ、本気だ。どうしてそんなこと聞くんだ? シルファだって、伏兵として魔法で攻撃する役じゃないか」
「相手は竜よ? 空を飛びでもしたら、あなたじゃ手も足も出ないでしょ。そうでなくても、精々足元くらいしか攻撃できないんだし、リスクに見合ってないわ」
「いや、俺は――」
「お? なんだユート。あの技は仲間に見せたことないのか?」

 シルファの言葉を否定しようとした時、ゲイルさんから声がかかった。

「あ、あの技、ですか……?」
「ユート君、もしかして操作魔法が使えるの?」
「ううん。違うよ」

 フルルとシイキの質問には、リズさんが代わりに答えてくれる。この二人にはまだ見せたことがなかったし、分からなくても無理はない。

「けどシルファには一度見せたよな?」
「何のこと?」

 シルファは眉をひそめた。本当に心当たりがないみたいだ。まああの時はそれどころじゃなかったし、気づかなかったのかもな。学院の中じゃあまり使えないし。

「ユートさん、今まで本気を出してなかったんですか?」
「親友の僕に隠し事するなんて、水臭いじゃないか」
「ユート、勿体ぶらずに早く教えなさい」
「いや、そんなに大したものじゃないんだが……」

 俺は三人が落ち着くのを待ってから、ゲイルさんとの模擬戦で披露した技を話した。


 ◇ ◇ ◇


「ユート、気をつけて」
「はい!」

 高度を上げるリズさんを置いて、裸足になった俺は強化した脚力で竜との距離を詰める。
 燃える木々に照らされた俺に気づいた竜が、大きく口を開いた。そこから炎が吐き出される。
 俺は体の勢いを止めないまま、跳躍して炎をかわす。
 しかし竜の吐き出す炎は途切れない。竜はそのまま顔を上げ、空中にいる俺を追撃した。

 ダン!
「ナッ……!?」

 竜の驚いたような声が届いた。攻撃をやり過ごした俺は、炎を出し終えた竜の頭へと向かう。
 空中を、跳びながら。

「目を覚ませ!」

 叫びながら放った蹴りが、竜の角に叩きこまれた。
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