物理重視の魔法使い

東赤月

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4. 変化

クラス・キース戦、です

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「願いの大きさなんて関係ないんだよ」

 ミリアさんは、そう言いました。

「あたしも最初は、周りにいる人を喜ばせたいって、ただそれだけだったもん。世界一のアイドルになりたいとか、これっぽっちも思ってなかったから」

 だから下を向かなくていいんだと。
 胸を張っていいんだと。
 近くにいるのに、遠くに感じるその人は、私を応援してくれました。

「やっぱり、夢を諦めたくないから、かな」

 シイキさんは、そう言いました。

「それは勿論、周りから疎まれたり、嫌われたりするのは嫌だよ。大失敗した時だって、このまま消えちゃいたいって本気で思ったくらいだし。でも一人になって、自分と向き合うとさ、それでも夢を諦めたくないって、心の中の自分が答えるんだ」

 だから望みを捨てなくていいんだと。
 正直になっていいんだと。
 失敗を重ねながらも、前を向いているその人は、私を励ましてくれました。

「私の、願い……」

 お二人のお話を聞いて、私は考えました。
 私はどうしたいのか。どうありたいのか。
 私は嫌われたくありません。独りでいたくありません。でもあまり大勢の人から好かれたいとは思いません。
 私は信頼できる人たちと一緒にいたいです。私を受け入れてくれる人たちと一緒にいたいです。でもただ一緒にいるだけじゃなくて、お互いに助け合っていきたいです。
 こんな小さな願いでも、いいんでしょうか?
 こんな私でも、あの人たちと同じチームにいて、いいんでしょうか?

「やっぱり直接ぶつかってみるしかないんじゃないか?」

 ユートさんは、そう言いました。

「難しいかもしれないけど、本心を聞くならそれが一番だろ。間接的な伝聞とかだと間違ってることもあるし、回りくどいしな。こっちが本気だって伝われば、相手もウソをついたりはしないだろうし。それができなかったら、もう考えても仕方ないってことでさ」

 だから余計な心配はしなくていいんだと。
 本気には本気で応えてくれると。
 どこまでも真っ直ぐで、皆に元気をくれるその人は、私を勇気づけてくれました。
 そして、シルファさんは言いました。

「フルルは、ご両親のこと、好き?」

 私は肯定しました。

「私も、母が大好きよ。そんな母と同じこの銀髪は、私に母と同じ血が流れている証。私にとっての誇りなの。だから自信をもって見せられるし、もし馬鹿にされたら怒りだってするわ。だってそうでしょう? 私だけじゃない、私の母まで侮辱されているように感じるもの」

 そう言ってシルファさんは、流れるような銀の髪を、撫でるように払いました。

「フルル。あなたの翼も、ご両親から貰った立派なものよ。決して貶されるようなものじゃないわ。少なくとも私は、いえ、私たちは、あなたの翼を醜いだなんて思ったりしない。唯一無二のあなたの輝きを、否定させたりなんてしない」

 だから翼を使え、とは言いませんでした。
 ただ、私を認めてくれて。
 私の翼が持つ、新しい意味に気づかせてくれて。
 厳しくも暖かいその人は、涙を流す私の背中を、優しく押してくれました。

「私の、願いは」

 そして、クラス内での紅白戦の前日に、私は覚悟を決めました。
 中途半端なままだったチームの仲間としてではなくて、明確な対戦相手として、本気でぶつかってみるために。
 その上で改めて、私を仲間に入れてほしいと告げるために。
 クラスの皆さんに翼を見せる覚悟を。
 そしてシイキさん、ユートさん、そしてシルファさんを騙す覚悟を。

「ごめんなさい」

 誰にも聞こえないように呟いた私は、背中に魔力を込めます。制服に空いた穴から、白と黒の羽が入り交じった一対の翼が広がりました。周りにいるクラスメイトの方々から、ほうと息を吐く音が聞こえます。

「エルナさん、グレイスさん、カーラさん、よろしくお願いします」
「やる気満々だねぇ。今回も頼りにしてるよ」
「……今度は余計なことしなくていいから」
「自分の身くらい自分で守るわ」
「……はい」

 この試合で一緒に行動する皆さんに挨拶してから、これから進む方向へと目を向けました。
 魔法によって再現された街並みの奥、うっすらと見える中央の巨大な魔法石を隔てた先に、シルファさんたちがいるはすです。

「……勝負です」

 試合開始を告げる声に被せて、私は宣戦布告をしました。


 ◇ ◇ ◇


 どうしてこうなっちゃったんだろう。
 中央の広場の隅で探知魔法を発現させながら、私はここに至るまでの経緯を思い出す。
 地元じゃ魔法の天才だって言われて、世界一の魔法使いになることだって夢じゃないって褒められて、国内最高峰の魔法学院の一つ、グリマール魔法学院にも中等部から編入できて。
 なのにどうして、私はこんなに落ちこぼれているんだろう。

「グレイス、フルルが何か聞こえたとか言ってるけど、そっちの反応は?」
「え? あ! 敵が来る! 北西の路地から、えっと、二人!」
「分かりました」

 以前のおどおどしていた雰囲気をまるで感じさせないフルルは、路地に接する建物の陰に移動すると、魔術式の形成を始めた。翼の補助があるお陰か、驚くほどの早さで魔術式が完成する。

「行って、『アロー』!」
「うわっ!?」

 飛び出したフルルが魔法を放ってすぐ、敵の叫び声が聞こえた。フルルは一呼吸おいて、もう一度魔法を発現してから戻ってくる。

「すみません。一人、逃がしてしまいました」
「まあ一人倒せたんなら上出来でしょ。それよりグレイス、集中してよ?」
「わ、悪かったわね」

 謝る私の目に、たった今フルルにやられた男子生徒が中央の管理棟に入っていくのが映る。まだそこそこ距離があったし、防御魔法と思われる魔法を発現させていたはずなのに、フルルは一撃で防御を貫き彼を戦闘不能にしたようだ。私が同じことをしようとしたら、フルルの何倍も時間をかけなくちゃならないだろう。
 あれがフルルの、飛び級が認められるほどの、本当の実力……。

「東側の大通りから、三、いや、四人!」

 私の隣で探知魔法を発現させているカーラの叫びで、私は現実に引き戻される。

「はいはーい。そっちは私が行くね。合図は適当で」

 そう言い残したエルナは道路の近くまで行き、魔術式の形成、いや、連成を始める。多くの魔力を消費する反面、完成までにかかる時間が短くなる連成魔術式は、フルルと同じくらいの早さで出来上がる。
 エルナがこちらを振り返る。カーラは敵が不意打ちで倒せるような配置であることを確認してから、エルナに見えるよう大きく頷いて見せる。

「うりゃ、『ライン・ショット』!」

 大通りへと躍り出たエルナが魔術式に魔力を込めると、三つの魔術式が光り輝き、一番奥の魔術式から光弾が発現した。
 それらはまるで光の線のように、整然と並んだ数十個もの光弾が、同時に道の奥へと飛んでいく。

「ぐあぁっ!」
「退け! 退け!」

 遠くからそんな声が聞こえてから程なくして、エルナが戻ってくる。

「二人に逃げられちゃった。もう少し引きつけても良かったかも?」
「し、仕方ないでしょ! 前の二人のどちらかが探知魔法を使ってたら、不意打ちできなかったかもしれなかったのよ?」
「ま、それもそっか」

 エルナはそれだけ言うと、西の大通りを警戒しているフルルの方へと向かっていく。

「フルルー。また翼に触らせてー」
「えっと……お手柔らかにお願いしますね……」

 苦笑いするフルルの翼を、エルナは薄膜越しに両手で触れる。クラス内の紅白戦が終わってから見るようになった光景だ。一度フルルに倒されてからというもの、エルナはフルルに対する評価を180度変えたようだった。

「あー薄膜越しでも癒されるー。ありがとね。これでまた頑張れるよ」
「そ、それは良かったです。一緒に頑張りましょう」
「勿論。敵はどんどん倒しちゃうぞー」

 フルルに笑いかけてから、エルナは前を向く。フルルと肩を並べて戦うのが楽しくて仕方がないんだろう。

「………………」

 あいつはカインと違って、自分の気持ちに正直だ。自分と同じか、それ以上の実力を持っていない相手に対してはほとんど関心を抱かない。
 現にあいつは、私たちに対して笑いかけるなんてことは、一度もしなかった。こういう機会でもなければ、話すことだってほとんどない。
 そんなあいつが、『お荷物』と話している。今までも、これからだって、私たちには及ばないと思っていた『お荷物』と。
 じゃあ私は今、どこにいるの?
 目の前にある二人の背中が、とても遠くにあるように感じる。

「敵接近!」

 カーラの言葉に、再び緊張が走った。エルナはフルルと距離を取り、魔術式の準備を始める。

「どこから?」
「北の大通りから三、北東の路地から二!」
「私は正面に行きます!」
「じゃ私は北東に」

 カーラの報告を受け、二人は素早く移動を開始する。

「っ! こっちも来た! 西の大通りから三! ……えっ?」

 これ、ウソ、でも間違いない!

「北西方向からユート! 屋根の上を伝ってくる!」
「危ない!」

 私が言い終わるのとほぼ同時に、フルルがエルナを庇うように移動した。

 ガン!

 フルルが咄嗟に発現させた防御魔法に、何かが当たる音が響く。

「グレイス!」
「あっ!」

 は、私の方へも飛んできた。
 速い、早く、防御魔法を――

 ドッ! パァン
「………………!」

 探知魔法を破棄した私の目の前で、カーラの薄膜が強い光を放った。間に合わせの小さな防御魔法を構えたまま、カーラは地面に倒れる。

「っ! ごめん!」

 私はその隙に魔術式を放棄し、建物の陰に隠れる。追撃がこなくて助かった。
 顔だけで覗くと、エルナが連成した魔術式から斜め上に光弾を放っているのが見えた。ユートを近づけさせないために弾幕を張っているんだろう。だけど敵はユートだけじゃない。もたもたしてたら囲まれて終わりだ。
 幸い二人とも近くに別の路地がある。魔術式を構えながらでも、そこまでなら移動できるはず――

「凍てつけ、『フリーズ・ロック』!」
「なっ!?」

 管理棟に隠れた、北側の大通りの方から魔法が飛んできた。防御魔法を構えるフルルの脇を抜けた白い光弾は、路地の入り口付近の地面に着弾すると、荒い氷のバリケードへと姿を変える。
 あの魔法、間違いない、シルファの仕業だ。私と同じ、いいえ、私以上の氷の魔法の使い手。今の魔法のせいで、二人の退路が断たれてしまった。
 ……また、負けるの?
 絶望的な状況を前に、かつての経験が甦る。
 クラス・キースとの合同授業では、四対三なのに負けた。
 チーム対抗戦の時は、順当に負けた。なのにあいつらは、本戦に出場する権利を勝ち取った。
 他の学院生との試合でも、余裕を見せつけて負けた。
 その度に、悔しくて、でも、認められなくて、自分以外のところに理由を求めて。
 そしたらいつの間にか、フルルにまで追い抜かれて――!

「フルル!」

 声を張り上げる。耳がいいフルルは、戦闘中でも私の声に反応した。

「エルナを持ち上げて、私のところまで走ってきなさい!」

 フルルが意外と力持ちなのは知っていた。持ち上げる際に二人の薄膜が干渉し合うだろうけど、その程度で破れるほどヤワじゃない。
 フルルは頷くと、タイミングを見計らってエルナを抱き上げた。放棄されないまま残った防御魔法が攻撃を防いでいる間に、管理棟の陰に隠れて私の方に向かってくる。
 エルナは驚いたような表情を見せるも、すぐに前に向き直ってユートへの牽制を続ける。

「早く!」

 西の大通りから敵の応援が現れた。東側からもシルファを筆頭に数人の生徒が回り込んでくる。敵との間に、もう障害物は存在しない。
 フルルとエルナが南側の大通りへと抜ける直前、いくつもの光弾がこちらに飛んできて――

「守って! 『スノーマン』!」

 私が時間をかけて形成した魔術式、そこから発現した大規模魔法によって防がれた。脇にある建物よりも背の高い大きな雪だるまは、どうにか人が通れない程度の幅で大通りを塞ぎ、相手を足止めしてくれる。

「雪の、塊?」
「へえ、やるじゃん」

 私は振り返ると、足を止めたフルルに叫ぶ。

「いいから早く逃げなさい! もたもたしてたら全滅するわよ!」
「え? で、でも……」
「フルルはエルナを持ったまま走って! エルナはユートが追ってこれないよう魔術式を保持してなさい!」
「……分かった。フルル、よろしく」
「……ごめんなさい!」

 もう少し迷うかと思ったけど、フルルはすぐにまた駆け出した。私は前に向き直ると、魔法越しに敵の攻撃を感じながら、自嘲するように笑みを浮かべる。
 ごめんなさい、ね。
 フルルはいつも、その言葉を口にしていた。自分が役に立たない時、足を引っ張っている時、そして今みたいに、仲間を置いて逃げる時。私だったら謝らないだろうって時まで、フルルは謝っていた。
 正直、鬱陶しいと思っていた。謝るだけで許してもらおうとしているんじゃないかって馬鹿にしたこともあった。
 でもきっと、そうじゃなかった。謝るたびに、フルルは反省して、次に活かそうとしていたんだ。振り返ってみればフルルは、できないことじゃなければ、一度した失敗は繰り返さなかった。
 誤って、謝って、省みて。その繰り返しで、フルルは成長したんだ。急に翼を使うようになったのだって、多分、本人からしたら全然急じゃなくて、だからあれだけ使いこなせている。
 だから私を、追い抜いていける。

「……私も、謝らないと、か」

 フルルみたいに、事あるごとに謝るようになりたいとは思わないけれど、先ずは『お荷物』って言って馬鹿にしていたことから。

「突き進め、『アイス・ピラー』!」
「っくぅ!」

 ドオン! と重い音と衝撃が届く。どうにか勢いは止めたものの、シルファの魔法は止まって尚、私の魔法を破ろうと押し進む。

「ぁああああああ!」
「ぅうあああああ!」
 バガァン!
「っあ」

 氷の塊にぶつかった私は、薄膜の強い光を受けながら後ろに倒れた。消えかけの薄膜は着地の衝撃を吸収してから、完全に消え去ってしまう。

「……負けた、か」

 ぽつりと呟いて、実感する。時間をかけて発現させた大規模魔法がこんな簡単に破られてしまったら、負けを認めざるを得なかった。
 やっぱり私は、天才なんかじゃなかった。
 前々から気づいていたけど、ずっと認められなかったことが、ようやく胸の中に落ちてきた。

「あは」

 受け入れてしまったら、途端に心が軽くなった。私は天才なんかじゃない。だったら敵わなくたって、仕方ない。
 腕で目を覆う私の耳に、何か重い物が落ちる音が入る。そこから音が近づいてきて、やがて止まった。

「大丈夫か?」
「……あんたには関係ないでしょ」
「そうか? そんなことないと思うけどな」

 こいつは、ユートは何の含みもなく、私を心配しているようだった。まったく、と私は悪態をつくと、脱落者用の薄膜を発現させ、差し出された手を取らずに自力で立ち上がる。

「二人を追わなくていいわけ?」
「エルナがいるからな。真っ直ぐ追いかけても近づけないし、迂回した先で待ち伏せられても困るから、皆との合流を優先するよ」

 ユートの視線を追うと、魔力の供給が途絶えて消えかけている『スノーマン』の向こう側に、シルファや敵の生徒が集まっていた。
 ……今なら、言えそうね。

「チームのこと」
「ん?」
「馬鹿にして、悪かったわね」

 謝る時だけユートの顔を見て、すぐに管理棟へと向かう。丁度『スノーマン』も完全に消え、シルファたちもこちらへやってきた。
 シルファと目が合う。でも、顔が赤くなってないか、なんて考えている内に視線を外された。私なんか眼中にない。シルファも言外にそう告げていた。
 まあ私は脱落したんだし、そうでなくても今までのことを考えたら当然なんだけどね。内心で乾いた笑いを浮かべながら、顔を落として歩く。
 そう、仕方ない。自分の弱さを認められないで、強がりしかしてこなかった私は、本当の天才たちに道を空けるしかないんだ。
 仕方ない、仕方ない……。
 ………………。

「次は、止めるから」

 すれ違いざま、自然と言葉が口に出た。何故そうなったのか、自分でもよく分からない。

「……そう」

 一瞬、シルファの後ろを歩く敵の動きが止まったように見えた。歩みはすぐに再開し、すぐにシルファたちと距離が離れる。
 次は、止めるから。
 ……何考えているのよ、私。そんなのただの負け惜しみで、できるわけないのに。うん、そうよ。今のはあくまで、少しでもクラスの勝利に貢献するための方便よ。審判に睨まれない程度に、ほんの少し敵の足を止めるための強がりよ。
 まあ? 実際には少しの間でも足止めできたわけだし? 今回も止めたと言えないこともないんだけどね。フルルとエルナが逃げる時間も稼げたし、これで文句を言われることもないでしょ。うんうん、私にしてはよくやったわよ。満足満足……。

「……くそっ」

 私は拭っても消えないもやもやした気持ちを抱きながら、管理棟の入り口をくぐった。
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