物理重視の魔法使い

東赤月

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5. 欲求

夏期休暇を前に

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「ふう」

 朝のランニングを終えてシャワーを浴びた私は、体を拭いて一息つく。対抗戦という一大イベントが終わった翌日であっても、鏡の中には普段通りの私がいた。
 ……いえ、流石に少し、疲れた顔をしているわね。
 顔以外は特に違和感がないことを確認してから浴室を出ると、下着とシャツを着て洗面台に向かう。そして脇に置いてあるドライヤーと呼ばれる魔法機を手に取ると、魔力を込め、放出される熱風で銀髪を乾かした。

「……前進は、できたのかしら」

 ポツリと呟き自問する。頭だけになった鏡の中の私は答えない。
 今回の対抗戦では、個人でもチームでも、本戦への出場を果たせた。これまで一度も本戦に出場できなかったことを考えれば、大躍進と言っていい結果だ。チームは歴代最高の完成度だし、私自身の実力も向上している。全国大会への出場という目標までの距離は、確実に縮んだと評していいだろう。
 しかし、進むべき方向を誤ってはいけない。この結果に味を占めて、今のままでいいなんて考えを抱いてしまっては、目標に近づくどころか逆に遠ざかってしまう。何が良くて、何が悪かったか。個人の課題は、チームの体制の問題は何か。過去を分析し、今を見つめ直さないと、正しい行き先は分からない。

「これは私の領分でしょうね」

 ドライヤーを元の位置に戻した私は、髪に櫛を通しながら昨日のシイキの言葉を思い出す。これまでチームのことはほとんど私が一人で取りまとめていたが、それでは私個人が使える時間が少なくなってしまう。その問題を解消するために、他のチームメンバーにも仕事を振るべきというのがの主張だ。その言葉には甘えていくつもりだったが、リーダーとしてチームの方針を決めることは譲れない。そもそも私以外にできないでしょうし。
 では逆にできることは何だろう? 魔法競技場の予約、依頼の確認、一先ずはそのくらいだろうか。ある程度シイキに任せてみて、問題なさそうであれば他のメンバーにもチームの規則や書類の書き方を勉強してもらう流れで良さそうだ。

「勉強……」

 呟いて、思い出す。そうだ、来週は……。


 ◇ ◇ ◇


「ようお前ら! バッドニュースだ! 来週から試験期間だぞ!」

 朝の集会で、キース先生は開口一番にそう言った。段状になっている席、その最前列で私は、早速この話になったかと心の中で頷く。

「先生、どうして対抗戦直後に試験なんかあるんですか?」

 しかし日程に納得していない者も多いようで、クラスの副代表であるフレイの質問、というより言外の要望に賛同する声がちらほら上がる。キース先生は頭を掻きながら苦笑した。

「ま、その疑問はもっともだわな。中等部ん時はもう少し余裕があったはずだ。俺自身、学生の本分に関しては腰を据えて臨んでほしいと思ってる」

 おお、と僅かな期待が数人から漏れる。しかしキース先生はため息をついた。

「だが俺以外の教員は別の立場でな。日頃からしっかり勉強していれば問題ないという考えなんだ。魔導士にとって急な依頼は日常茶飯事なんだから、この程度のスケジュールはこなせて当然、みたいなことを言う奴もいる」

 顔をしかめるキース先生の言葉に、落胆の声が上がった。私はキース先生以外の教員と同じ意見なので、静かに続きを待つ。

「正直、対抗戦の日程も含めて学院側の都合を多分に含んでいると思わなくもないんだが、とにかくそういうわけで、試験は来週から始まる。成績に自信がある奴もない奴も、この一週間、持てる力を出し尽くせ! 輝かしい夏期休暇を得るためにも!」

 夏期休暇。その言葉に動揺が走る。

「高等部の長期休暇、それはかけがえのない青春における一大イベントだ! 仲間と非日常を過ごすも良し、一人旅をして見聞を広げるも良し、実力をつけるために鍛練に明け暮れるも良し! 二ヶ月近い自由な時間は、お前らを心身ともに大きく成長させるだろう!」

 先生の言葉の熱が、教室内に伝播していく。試験の後に控える大きな報酬に、ノリのいいクラスメイトが高揚していくのを感じた。

「だが! もし試験の結果が悪かった場合、その生徒は貴重な夏期休暇を補習に費やすことになる。仲間たちが自主的に行動する中、学院に拘束されちまうんだ。俺は……俺は大事な生徒たちに、そんな灰色の青春を送らせたくはねぇ!」
「先生……!」

 受け持ったクラスから補習する生徒が出たら、教員側にも何かしらペナルティがありそうですものね。ふと湧いた言葉を呑み込む。

「俺にできることは多くない。だからお前ら! 全力で臨め! 振り返って、勉強すれば良かったなんて後悔しないために。勉強して良かったと、仲間たちと喜び合うために!」
 おおおおおお!

 テンションが最高潮に達したクラスメイトたちが気勢を声に出す。叫ぶほどの熱意はないけれど、私も後悔はしたくないので、首肯で賛同を示す。
 ふと、気になって隣を見る。勉強が苦手な故に対抗戦前に補習を受けることになったユートは今の演説をどう感じたのだろう?

「おおおおおお!」

 ……どうやら相当響いたらしい。試合中に見せるような本気の表情に自信の無さを垣間見た気がして、私は少し不安になった。


 ◇ ◇ ◇


 そして不安は的中した。

「どうしてここに集まったか、分かっているわよね?」

 放課後、私は集まったメンバーの三人、特にその中の二人に対してそう言った。
 場所は魔法競技場、ではない。図書館の貸し出し部屋の一つだ。白い壁に囲まれた広くない室内で、鞄を抱いたシイキが顔を逸らす。頭の後ろと髪の先で留めた長い黒髪が動きに合わせて揺れた。

「俺の成績が悪いから、だよな?」

 ユートは申し訳なさそうに答えた。フルルは目を大きくしてユートに向き、そして私を見た。視線を受けた私はゆっくりと頷く。

「それも理由の一つね。正確には、ユートともう一人の成績が良くないからよ」
「わ、私ですか!?」

 驚くフルルの柔らかな金髪が弾む。濃い金色こんじきの陰から白と黒の交じった翼が覗いた。翼人族のフルルは、今までその特異性ゆえに自らの翼を隠してきていたが、先の対抗戦を通じて意識を変えたようだった。好ましい変化に内心喜びつつ、ため息をつく。

「フルル。あなたの小テストの正答率は、平均でどのくらいだったかしら?」
「え? 平均ですか? 多分、九割くらいですけど……」
「ぐふぅ!」

 シイキが胸を押さえて前のめりになる。竜人族と人間族のハーフであり、且つ性別を男性と偽っているシイキは、未だその素性を隠しているという意味でもフルルとは対照的だった。首元を隠す緑色のスカーフが離れるのを目にし、ボロを出していないか心配になる。

「し、シイキさん!? 大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……。ちょっと、胸が痛くなっただけで……」
「えええ!? 大丈夫じゃないじゃないですか! わ、私、回復魔法を使えますから、ああでも、ここじゃ魔法は――」
「フルル、本当に心配いらないわ。シイキはフルルとの差に心を痛めているだけだから」
「私との差、ですか?」

 フルルは私と、そしてシイキ自身に尋ねるように視線を向ける。シイキは胸を押さえたまま、力なく頷いた。

「ええ。私が言おうとしたもう一人は、シイキなのよ。九割正答しているあなたを指して、成績が悪いだなんて言うわけがないでしょう?」
「で、でも、満点ではないんですよ?」
「フルル。謙虚なのは立派だけど、それも過ぎれば嫌味よ。あなたはユートの魔法を、魔術式が大きくないから大したことないと捉えるのかしら?」
「そ、そんなこと! ユートさんの魔法はすごいです!」

 視界の隅で、いやそんなこと、と言いたげなユートを無視し、私は話を続ける。

「そうね。でもユート自身は自分の魔法を大したことないと思っている。そう言われ続けたら、あなたはどう思うかしら?」
「それは……なんだか、悲しいです。だってユートさんは、私にはできないようなことも簡単にできますし……」
「その通りよ。そしてフルル、あなたは今、シイキにそういう気持ちを抱かせたのよ。シイキもユートも、あなたよりも成績が悪いのだから」
「そ、そうなんですか?」
「シイキ。あなたの平均正答率を教えてあげなさい」
「……四割くらい、かな?」
「えっ」

 シイキの答えに、フルルは慌てて口を押さえた。私は無言でシイキを直視し続ける。

「……三割半です」
「分かったかしら? このチームの中で、あなたはとても勉強ができるのよ、フルル。そんなあなたが勉強に自信がないような発言をするのは、二人に対して良くないわ」
「そうだったんですね……。ごめんなさい! シイキさん、ユートさん」
「いや、うん、もう大丈夫だから、それ以上謝らないで……」
「俺は気にしてないぞ。フルルが満足してないなら、その気持ちを隠すことないさ」

 シイキは涙目だったが、ユートは何ら気にしていないようだった。その邪気の無さは普段なら好ましく思えるところだけど……。

「ところでユート、あなたの平均は?」
「二割だ」
「えっ」

 今度はシイキも声を上げた。二人が慌てて口を押さえる。ユートは不思議そうに首を傾げた。

「なんで口を隠すんだ?」
「あなたに配慮しているのよ。そうね……うっかり『弱い』と言いそうになったと考えてもらえるかしら?」
「ん……それは確かに、口を閉じたくもなるか」

 彼にとっての禁句を例に挙げると、ユートは納得したように頷く。

「話を戻すけど、ユート、あなたの成績は壊滅的よ。このままじゃ夏期休暇を補習して過ごすことになるわ。それは分かっているわよね?」
「ああ。だからシルファに助けてもらおうと思ってたんだけど、シルファも力を貸すつもりでここに来たってことで合ってるか?」
「合っているわ。個人としてもチームとしても、大きく成長できるこの機会、補習なんかに費やすなんてこともってのほかよ。あなたにももっと、強くなってもらわなくちゃいけないんだから」
「……ごめんな。時間をとらせちゃって」
「気にしないで。前にも言ったでしょう?助け合うのがチームなのよ」
「ああ。ありがとう」

 ユートが深く頭を下げる。やる気があるようで何よりだ。気持ちだけでどうにかなるものではないけれど、本人が真剣であるほど効率も上がる。
 そういう意味で心配なのはシイキだけど。私が顔を向けると、シイキは一瞬肩を震わせつつ、笑顔を浮かべる。

「ぼ、僕も頑張るよ! 補習なんて絶対受けないようにするから!」
「それでは足りないわ。シイキ、あなたは正答率平均五割を目指しなさい。目標宣言も併せて行うこと」

 その笑顔が凍りついた。
 目標宣言とは、担任の先生に試験の目標を宣言することである。そして達成できれば、毎月初めに生徒に支給されるお金の額が増えるのだ。しかし宣言して達成できないと逆に減額されてしまうというリスクもある。
 シイキはこれまでそのリスクを恐れて目標宣言はしてこなかった。かつての私もまた、シイキには魔法技術の向上に注力して欲しかったため強要することはなかったのだが、甘やかすのはもう終わりだ。

「え、どど、どうして!?」
「こうでも言わないと、どうせまたいつもみたいに、赤点ギリギリの点数で良しとするんでしょう? 私のチームに入ったからには、そんな低い点数で満足するなんて許さないわ」
「ひどい! シルファの鬼!」
「なんとでも言うがいいわ。平均五割の目標宣言。それは決定事項よ」

 冷ややかな視線を浴びせると、シイキは膝から崩れ落ちた。まったく。私を支えたいのなら、先ずは学業に支障が出ないよう努めなさい。

「俺もその、目標宣言ってのが必要か?」
「ユートはこれが初めての試験でしょう? 自己分析もできない相手に過剰なノルマを出すほど、私は厳しくはないわよ」
「そうか。でも俺も、満点を目指してもいいんだよな?」
「勿論よ」
「だよな。よっし」

 気合いを入れるユート。素晴らしい向上心だ。誰かさんも見習ってほしい。

「うう……ユート君には甘くして……」
「ああ、そう言えばシイキは以前、本気を出せば五割くらい余裕で取れると言ってたわね。だったら目標をもう少し高く設定しても――」
「流石シルファ様! 慈悲深い!」

 調子がいいわね。私は一つ咳ばらいをすると、全員に向かって声を上げた。

「冗談はともかく、補習を抜きにしても、試験の成績は重要よ。悪ければ今後のチーム活動に差し支えるし、何より知識は私たちの将来に役立つわ。そういうわけだからこれから一週間、私たちは魔法の訓練を最低限にして、勉強に注力する。いいわね?」

 行動方針の提案に、同意の声が返ってくる。私は満足げに頷いて見せると、具体的な勉強方法について話し始めるのだった。
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