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部室
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一階にある下駄箱から少し離れた目立たない角を曲がると、薄暗い廊下がある。一般生徒はあまり来る機会の無い場所だ。文芸部の部室は、廊下の先の保健室の向かい側にある視聴覚室の、更に奥に位置している。直ぐ隣にグラウンドへと続く無骨な扉があるが、避難時にしか使用されないものだ。保健室手前にある和室で活動する茶道部も、視聴覚室で活動する演劇部も、金曜日は活動日ではない。よって文芸部部室周辺は全く人気がなかった。
僕は部長によるブービートラップを警戒しながら進むが、何もないまま部室の前まで到達する。中は電気がついているが、話し声などは聞こえない。僕という獲物を今か今かと待ち構えているのだろうか。
僕は一つ深呼吸すると、自分の姿を中にいる人物に見せないよう部室の引き戸を開けた。
「誰?」
中から柔らかい声が耳に届いた。彼女と部室にいたときに何度か聞いたこの声は、間違いなく深谷彩花さんのものだった。
「僕だよ」
扉から離れた場所に姿を現した僕を見て、彼女はとても嬉しそうに微笑んだ。
線の細い体躯、肩まで伸びた艶やかな髪、整った目鼻立ちと、男子同級生の話題に上がる人物として相応以上の容姿を持つ彼女の微笑みは、絵になりそうな程美しかった。夏服である半袖の白いカッターシャツも着崩したりはせず、スカートもちゃんと膝が隠れるように穿いている。清楚、という言葉を体現しているようだ。
彼女の立ち位置は、丁度引き戸を境に僕と対照だった。微笑む彼女を見て、自然と僕の頬も緩む。
「おお、真か。儂が呼ばぬのに来るとは、中々に関心じゃのう」
彼女の背後から届いたその声を聞いて、頬が強張る。そうだ、忘れるな。ここには部長がいるんだ。少しでも気を抜いたら終わりだと肝に銘じるんだ。
部長も制服を着崩すことなく、いつもの、入り口から入ってきた人と向かい合うことのできる席にいた。この人ももう少し大人しければ好印象を抱くことができるのだろうが、彼女が大人しくなるのは部室の外、他人の目につくような場所においてのみである。その豹変ぶりからは噂が噂に留まる理由を悟らざるを得ない程だ。
部長がいるということは、偽告白でもないのだろう。するとまた糸か何かを使って、僕が深谷さんを襲うかのような写真でも撮るつもりなのだろうか。実際にその手のものを撮られた際の未来を頭に思い描き、ぞっとした。
油断なく部室内を観察する。罠らしきものは見受けられない。
「どうしたの? 入ってよ」
「うん」
僕は多大な精神力を使い何も心配していないかのように振る舞う。面白いことが大好きな部長は、白けることが大嫌いだ。かつて罠を警戒した広太が石橋を叩くように入室した瞬間制裁が加えられたことを僕は忘れていない。多少の警戒は許してくれるが、できる限りそういったそぶりは見せないほうがいい。
ゆっくりと室内に入ると、素早く目を動かし上下左右を確認した。床、天井、掃除用具入れロッカー、本棚、それら全てに異常は無い。
罠があると見せかけて実は何も仕掛けておらず、怯える僕を見て楽しむのが目的なのだろうか。いや、そう思わせておいて第二第三のトラップを仕掛けている可能性は高い。気は張っておくべきだ。
「丁度良い。三人でじじ抜きでもしようではないか」
僕と彩花さんが椅子に座ると、部長がトランプ遊びを提案する。
それ自体はいつもやっていることだが、もしかしたら何かを企んでいるのかもしれない。
「罰ゲームとかあるんですか?」
「おお、儂としたことがそんな指摘をされるとはのう。そうじゃな、ゲームを盛り上げるために罰ゲーム付きで行おう」
確認するつもりだったのだが、墓穴を掘ってしまったらしい。激しく後悔しつつ、部長の言う罰ゲームの内容を待つ。一体どんな罰ゲームをさせる気なのだろうか。
「負けた者はメイド服姿の写真を撮られる、というのはどうじゃ」
「待ってください! 罰が不公平すぎます!」
明らかに僕だけを狙ったものだろう。まさに性差別だ。
「仕方ないのう。では負けた者は女子トイレに」
「同じじゃないですか! 僕を犯罪者にする気ですか!」
恐ろしき罰ゲームの内容を聞き、今すぐダッシュで帰りたい気分に襲われる。早まるな、ここで逃げたら後々さらなる悲劇が巻き起こるぞ。
「はっはっは。冗談じゃよ。そうじゃなぁ、負けた者は三人分のジュースでも買ってきて貰うかの。代金は儂が出すのでの」
「……ありがとうございます」
笑みを保つ部長に、軽く頭を下げる。からかわれていただけのようだった。
部長は時折こういった優しさを見せてくれるので、中々憎めない。一体どこまでが計算なんだか分からないが、最低限感謝の念は忘れないようにしている。勿論、舐めさせられた苦汁も忘れないが。
いつか色々とお返しをしなければ。
トランプを配り始める部長を見ながら何度目かになる決心をして、僕は悪戯を回避するために改めて気を引き締めた。
僕は部長によるブービートラップを警戒しながら進むが、何もないまま部室の前まで到達する。中は電気がついているが、話し声などは聞こえない。僕という獲物を今か今かと待ち構えているのだろうか。
僕は一つ深呼吸すると、自分の姿を中にいる人物に見せないよう部室の引き戸を開けた。
「誰?」
中から柔らかい声が耳に届いた。彼女と部室にいたときに何度か聞いたこの声は、間違いなく深谷彩花さんのものだった。
「僕だよ」
扉から離れた場所に姿を現した僕を見て、彼女はとても嬉しそうに微笑んだ。
線の細い体躯、肩まで伸びた艶やかな髪、整った目鼻立ちと、男子同級生の話題に上がる人物として相応以上の容姿を持つ彼女の微笑みは、絵になりそうな程美しかった。夏服である半袖の白いカッターシャツも着崩したりはせず、スカートもちゃんと膝が隠れるように穿いている。清楚、という言葉を体現しているようだ。
彼女の立ち位置は、丁度引き戸を境に僕と対照だった。微笑む彼女を見て、自然と僕の頬も緩む。
「おお、真か。儂が呼ばぬのに来るとは、中々に関心じゃのう」
彼女の背後から届いたその声を聞いて、頬が強張る。そうだ、忘れるな。ここには部長がいるんだ。少しでも気を抜いたら終わりだと肝に銘じるんだ。
部長も制服を着崩すことなく、いつもの、入り口から入ってきた人と向かい合うことのできる席にいた。この人ももう少し大人しければ好印象を抱くことができるのだろうが、彼女が大人しくなるのは部室の外、他人の目につくような場所においてのみである。その豹変ぶりからは噂が噂に留まる理由を悟らざるを得ない程だ。
部長がいるということは、偽告白でもないのだろう。するとまた糸か何かを使って、僕が深谷さんを襲うかのような写真でも撮るつもりなのだろうか。実際にその手のものを撮られた際の未来を頭に思い描き、ぞっとした。
油断なく部室内を観察する。罠らしきものは見受けられない。
「どうしたの? 入ってよ」
「うん」
僕は多大な精神力を使い何も心配していないかのように振る舞う。面白いことが大好きな部長は、白けることが大嫌いだ。かつて罠を警戒した広太が石橋を叩くように入室した瞬間制裁が加えられたことを僕は忘れていない。多少の警戒は許してくれるが、できる限りそういったそぶりは見せないほうがいい。
ゆっくりと室内に入ると、素早く目を動かし上下左右を確認した。床、天井、掃除用具入れロッカー、本棚、それら全てに異常は無い。
罠があると見せかけて実は何も仕掛けておらず、怯える僕を見て楽しむのが目的なのだろうか。いや、そう思わせておいて第二第三のトラップを仕掛けている可能性は高い。気は張っておくべきだ。
「丁度良い。三人でじじ抜きでもしようではないか」
僕と彩花さんが椅子に座ると、部長がトランプ遊びを提案する。
それ自体はいつもやっていることだが、もしかしたら何かを企んでいるのかもしれない。
「罰ゲームとかあるんですか?」
「おお、儂としたことがそんな指摘をされるとはのう。そうじゃな、ゲームを盛り上げるために罰ゲーム付きで行おう」
確認するつもりだったのだが、墓穴を掘ってしまったらしい。激しく後悔しつつ、部長の言う罰ゲームの内容を待つ。一体どんな罰ゲームをさせる気なのだろうか。
「負けた者はメイド服姿の写真を撮られる、というのはどうじゃ」
「待ってください! 罰が不公平すぎます!」
明らかに僕だけを狙ったものだろう。まさに性差別だ。
「仕方ないのう。では負けた者は女子トイレに」
「同じじゃないですか! 僕を犯罪者にする気ですか!」
恐ろしき罰ゲームの内容を聞き、今すぐダッシュで帰りたい気分に襲われる。早まるな、ここで逃げたら後々さらなる悲劇が巻き起こるぞ。
「はっはっは。冗談じゃよ。そうじゃなぁ、負けた者は三人分のジュースでも買ってきて貰うかの。代金は儂が出すのでの」
「……ありがとうございます」
笑みを保つ部長に、軽く頭を下げる。からかわれていただけのようだった。
部長は時折こういった優しさを見せてくれるので、中々憎めない。一体どこまでが計算なんだか分からないが、最低限感謝の念は忘れないようにしている。勿論、舐めさせられた苦汁も忘れないが。
いつか色々とお返しをしなければ。
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