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それはおとぎ話のような⑪
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父が向かった先は執務室だった。執務室には一人男性が書類仕事をしていたが、父が入って来るのを見て立ち上がった。そして、父に続いて入ってきた私に妙な顔をすることもなく、優雅に礼をした。
「エラノーラ様、お久しゅうございます」
わたしも、軽くドレスを持ち上げて礼をする。この執務室があるあたりには、普段ほとんど近づくこともなく、【探検ごっこ】のときも、さすがに忍び込むリストにすら入らなかった。それこそ複雑で難解な術式が組まれており、下手にさわったら自力で元に戻すことは不可能そうだったからだ。それに、領内統治に携わる役人たちが出入りしており、彼らに対して魔力を行使することは考えられなかった。自分たちの生活空間を探検するのとはわけが違う。
「すまないが、一時間ほど席を外してくれ。娘と話がしたい」
父が男性に声をかけた。
「承知いたしました」
男性は一礼すると部屋から出ていった。父は応接用のソファーを指す。
「座りなさい」
私と向かい合って父も座った。
「この部屋は、国の使者との話し合いでも使うから、盗聴対策はこの城でも特に厳重にしてある」
そう父は言い、私は頷いた。人に聞かれたくない会話をこれからするのだ。
「エラノーラ、なぜ魔力を勝手に使ってはいけないと言うか分かるか?」
父は口を開いた。
「それは、私がまだ未熟なためです。魔力が正しく使えないためです」
私は答えたが、父は首をふった。
「例えお前が魔力を正しく使い、複雑な術式が組めるようになっても、私は勝手に使うことは許さない」
「それは、私の力がお父様ゆずりで、人から怖れられるものだからですか?」
私は聞いた。【悪魔の子】と言われたことが引っかかっていた。悪魔は父なのだろう。
「いや、お前の力は私ゆずりではない。お前はあまり魔力をもっていない、無害な人間だ」
私は父の言葉をはかりかねて、少し首をかしげて父の顔を見た。
「私は、子供のころに自分の魔力の性質を見出され、いまのエラと同じ年頃で学園に送られた。これを見なさい」
父は袖をまくって、腕をみせた。装飾された古代語のようなものが彫られている。
「見せないが、背中一面にもある。これで王宮魔術師は、いつどこにいようとも私を殺すことができる」
私は絶句して、父を見た。父の顔には表情がない。ただ端正な顔はどこか青ざめているようにも見える。サラリと長い髪が肩から落ちるが気にする様子はなく、私の目を捉えて話を続ける。
「私が子供のころは、軍事拡張の真っただ中で、今よりもっと政情が不安定だった。その中で私の能力は非常に便利に使われた。この刺青が彫られたのは、もっと大きくなってからだが、それでも私の命は常に誰かに握られていた。便利に使えるが、私は知りすぎていたからな。いざとなったら、私を殺して証拠を消そうとしていた」
父はため息をつく。
「もし、お前の能力に王宮が関心をもったら、私はお前を守ることはできない。フリーデリーケや、ルースを優先し、お前を切る……、そうせざるを得ないこともあるかもしれない。悪いが、私には国とことを構える気はないからな」
沈黙が落ちる。
「私がこんな特性の魔力をもっていなかったら、お前の魔力の使用について必要以上に制限することもなかっただろうが、お前は……。最悪切るとは言っても、私にとっては何物にも代えられない大切な娘だし、そんな事態にはならないことを願っている。だが、エラ、それはお前の協力が不可欠だ」
父の瞳には、父によく似た容姿の私が映っている。同じく無表情な顔で、父を見返している。
「お前くらいの年齢でも、特別に魔力に恵まれた人間は、王立学園に送られる。学園では、適正に応じて能力を伸ばす教育が行われる。その過程で、国にとって利用価値のある人間に育てられるものだ。だが、私のような……他人の考えを都合の良いように変えたり、逆に都合の悪い記憶を消したりできる者は、一度見出されたらただ使われるだけだ。断れない状況に追い込まれてな」
そこまで言うと父は自分の手に視線を落とした。その手は固く組まれて、白くなっている。
「だから、私はあまり魔力のない、無害な人間……になればいいのですね」
私は父に確認した。父の話はショックだったが、聞いた以上、自分も父と同じルートを歩む可能性があるのだと分かる。他人に都合よく使われてやりたくもないことをやらされるのも嫌だし、自分の体に刺青を彫られて命を握られるなんて、まっぴらごめんだ。いざとなったら、私を切ると正直に言った父のことを信頼した。この話を聞いて、【そんな事態】になるような行動をとるような愚かな娘は、私が父でも切るだろう。罪のないルースに害を及ぼすわけにはいかない。
それに、ルースのそばで幸せな生活を続けるためなら、私は何だってできるし、なれるだろう。根拠はないが、動機はあり、自信があった。
「エラノーラ様、お久しゅうございます」
わたしも、軽くドレスを持ち上げて礼をする。この執務室があるあたりには、普段ほとんど近づくこともなく、【探検ごっこ】のときも、さすがに忍び込むリストにすら入らなかった。それこそ複雑で難解な術式が組まれており、下手にさわったら自力で元に戻すことは不可能そうだったからだ。それに、領内統治に携わる役人たちが出入りしており、彼らに対して魔力を行使することは考えられなかった。自分たちの生活空間を探検するのとはわけが違う。
「すまないが、一時間ほど席を外してくれ。娘と話がしたい」
父が男性に声をかけた。
「承知いたしました」
男性は一礼すると部屋から出ていった。父は応接用のソファーを指す。
「座りなさい」
私と向かい合って父も座った。
「この部屋は、国の使者との話し合いでも使うから、盗聴対策はこの城でも特に厳重にしてある」
そう父は言い、私は頷いた。人に聞かれたくない会話をこれからするのだ。
「エラノーラ、なぜ魔力を勝手に使ってはいけないと言うか分かるか?」
父は口を開いた。
「それは、私がまだ未熟なためです。魔力が正しく使えないためです」
私は答えたが、父は首をふった。
「例えお前が魔力を正しく使い、複雑な術式が組めるようになっても、私は勝手に使うことは許さない」
「それは、私の力がお父様ゆずりで、人から怖れられるものだからですか?」
私は聞いた。【悪魔の子】と言われたことが引っかかっていた。悪魔は父なのだろう。
「いや、お前の力は私ゆずりではない。お前はあまり魔力をもっていない、無害な人間だ」
私は父の言葉をはかりかねて、少し首をかしげて父の顔を見た。
「私は、子供のころに自分の魔力の性質を見出され、いまのエラと同じ年頃で学園に送られた。これを見なさい」
父は袖をまくって、腕をみせた。装飾された古代語のようなものが彫られている。
「見せないが、背中一面にもある。これで王宮魔術師は、いつどこにいようとも私を殺すことができる」
私は絶句して、父を見た。父の顔には表情がない。ただ端正な顔はどこか青ざめているようにも見える。サラリと長い髪が肩から落ちるが気にする様子はなく、私の目を捉えて話を続ける。
「私が子供のころは、軍事拡張の真っただ中で、今よりもっと政情が不安定だった。その中で私の能力は非常に便利に使われた。この刺青が彫られたのは、もっと大きくなってからだが、それでも私の命は常に誰かに握られていた。便利に使えるが、私は知りすぎていたからな。いざとなったら、私を殺して証拠を消そうとしていた」
父はため息をつく。
「もし、お前の能力に王宮が関心をもったら、私はお前を守ることはできない。フリーデリーケや、ルースを優先し、お前を切る……、そうせざるを得ないこともあるかもしれない。悪いが、私には国とことを構える気はないからな」
沈黙が落ちる。
「私がこんな特性の魔力をもっていなかったら、お前の魔力の使用について必要以上に制限することもなかっただろうが、お前は……。最悪切るとは言っても、私にとっては何物にも代えられない大切な娘だし、そんな事態にはならないことを願っている。だが、エラ、それはお前の協力が不可欠だ」
父の瞳には、父によく似た容姿の私が映っている。同じく無表情な顔で、父を見返している。
「お前くらいの年齢でも、特別に魔力に恵まれた人間は、王立学園に送られる。学園では、適正に応じて能力を伸ばす教育が行われる。その過程で、国にとって利用価値のある人間に育てられるものだ。だが、私のような……他人の考えを都合の良いように変えたり、逆に都合の悪い記憶を消したりできる者は、一度見出されたらただ使われるだけだ。断れない状況に追い込まれてな」
そこまで言うと父は自分の手に視線を落とした。その手は固く組まれて、白くなっている。
「だから、私はあまり魔力のない、無害な人間……になればいいのですね」
私は父に確認した。父の話はショックだったが、聞いた以上、自分も父と同じルートを歩む可能性があるのだと分かる。他人に都合よく使われてやりたくもないことをやらされるのも嫌だし、自分の体に刺青を彫られて命を握られるなんて、まっぴらごめんだ。いざとなったら、私を切ると正直に言った父のことを信頼した。この話を聞いて、【そんな事態】になるような行動をとるような愚かな娘は、私が父でも切るだろう。罪のないルースに害を及ぼすわけにはいかない。
それに、ルースのそばで幸せな生活を続けるためなら、私は何だってできるし、なれるだろう。根拠はないが、動機はあり、自信があった。
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