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それはおとぎ話のような⑩
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私は父にいつ問いただされて、説教されるのかとびくびくしていたが、その後いくらたっても【言いつけに背いて魔力を勝手に使っただろう、何をしたんだ】などと言われることはなかった。父は母といちゃいちゃした後、食事をしたり、団らんしたりする間も、母や弟が自分の不在時の城の話をするのを聞いたり、いったい何の仕事に出ていたのかという私の質問に短くあいまいに答えたりするだけで、私としては拍子抜けするほど穏やかにその日は過ぎていった。
(……お母様やルースの前ではこの話題を避けてくれたのかしら……)
その日、結局父にその件について何も言われないまま布団をかぶりながら私は思った。確かに、母はともかく弟の前でこの話題はしてもらいたくはなかった。姉としての面目はまるつぶれになってしまうし、何より情けない姿を弟に見られるのは耐え難かった。
(……ルースの前で格好のいいところを見せたかったのだわ、私は……。ルースにもっと好かれたかったのよ。でもそのせいでみっともない姿を今日見せることになるのかもしれなかった……)
その夜は、父の不在時の自分の慢心した振る舞いを思い出して恥じていた。そして、明日叱られるのかもしれないと不安で、なかなか寝付けなかった。
しかし、翌日から父は山積みになった仕事の処理に追われてそれどころではないようだった。書類を確認したり、色んな人と話したり、出かけていったりと忙しそうにしていた。
そして、仕事が終わり家族とすごす時間になっても疲れたようすは一切見せず、母の話を聞いたり、短い会話をやりとりしたり、ルースと私があそぶ様子をくつろいだ様子で眺めたりしていた。
(……これは助かったのかしら、このまま忘れてくれたらいいのだけど……)
そんな思いが心をよぎるが、心にやましいことがあるので父の前ではとかく落ち着かなかった。
そんなある日のこと、私は窓辺に立って窓の下をじっと見ている父を目撃した。今日は、国から送られてきた使者と何やら話していたようだった。父の様子は、家庭教師とか、使用人の話で大体把握できる。私は国の使者をみたことがなかったので、偶然の通りすがりを装って見に行った。小役人っぽい、僧服に身を包んだ男が私を見て嫌そうな顔をした。父が人の心を支配できる魔術を得意としていることは、国が把握していることで、当然その使者も知っていたのだろう。その小役人風の男は魔術遮断の効果があるというペンダントをこれみよがしにしていた。父のことを怖れているのか、嫌悪しているのだろう。初対面の私にはその男に嫌われることをした覚えはないはずなのだが、私を見て、呪いの言葉【悪魔の子め……】をつぶやきながらペンダントを触っていたのは、きっと私が父似だったせいだろう。
あんな感じのいい小役人とも話をしないといけないなんて、父も大変だ。そう思いながら、【何を見ているんだろう?】と父が何を見ているのかも気になり、そっと父に近づきその視線の先を見た。母が庭師と話していた。
(…………)
いや、父が熱心にみているのだから、母がいるのだろうなとは無意識のうちには分かっていたけれども……。母は花が好きだから、庭師と話しているのは自然なことだし、その庭師が若い男であるのも、別に意味のないことだ。
(…………)
母がとっても素敵な笑顔で庭師に話しかけているのは、花がきれいに咲いている、その庭師の仕事ぶりをほめてモチベーションを高めようとしているのだ……。いや、そこまでは考えていないだろうが、他の意味は全くない。父の不在時に、急に仲良くなったとかではない。断言する。
(さあ、エラノーラ、行くのよ。長女の役割だわ。母の身の潔白を証言して、家庭内不和を未然に防ぐのよ。両親が不仲だと、ルースが可哀そうだもの……!)
息を吸って、
「あの、お父様」
と声をかけるのと、
「お母様は優しいか?」
と父に聞かれるのは同時だった。
「はい。お優しいですわ」
と当然私は答える。
「エラ?何かいいかけたか?」
父は先の私の言葉を拾って聞き返してくる。
「……ええと」
出鼻をくじかれて、母の貞節についての話題にためらいが出た。というか、父は浮気など疑ってもいないようだった。母を愛するあまり、母が話しかける相手にまで嫉妬するわけでもないようだった。私はルースが楽しそうに話しかける相手が誰であれ、嫉妬して胸がチリチリするのに……。
「……お父様が不在の間、言いつけに背いて勝手に魔力を使っていました」
他に話すこともなく、思い切って告白した。
「何に使った?」
特に驚く様子もなく聞き返してきて、【ああ、やっぱり分かっていたのね……】と思ってしまう。
「ルースと探検ごっこをしていました。城のいろいろな場所に入るために、自分たちの姿が見えなくなるようにしました。それからお父様が帰ってこられる前に、その痕跡を消すためにもたくさん魔力を使いました」
と正直に答える。やはり表情を変えることなく聞いていた父は、聞き終えると頷いた。
「エラノーラ、続きは私の部屋で話そう。ついてきなさい」
父は窓から離れると、ついてくるよう私を促して歩き出した。父の背で艶やかな黒髪が揺れるのを追いかけながら、どこかで私はほっとしていた。
(……お母様やルースの前ではこの話題を避けてくれたのかしら……)
その日、結局父にその件について何も言われないまま布団をかぶりながら私は思った。確かに、母はともかく弟の前でこの話題はしてもらいたくはなかった。姉としての面目はまるつぶれになってしまうし、何より情けない姿を弟に見られるのは耐え難かった。
(……ルースの前で格好のいいところを見せたかったのだわ、私は……。ルースにもっと好かれたかったのよ。でもそのせいでみっともない姿を今日見せることになるのかもしれなかった……)
その夜は、父の不在時の自分の慢心した振る舞いを思い出して恥じていた。そして、明日叱られるのかもしれないと不安で、なかなか寝付けなかった。
しかし、翌日から父は山積みになった仕事の処理に追われてそれどころではないようだった。書類を確認したり、色んな人と話したり、出かけていったりと忙しそうにしていた。
そして、仕事が終わり家族とすごす時間になっても疲れたようすは一切見せず、母の話を聞いたり、短い会話をやりとりしたり、ルースと私があそぶ様子をくつろいだ様子で眺めたりしていた。
(……これは助かったのかしら、このまま忘れてくれたらいいのだけど……)
そんな思いが心をよぎるが、心にやましいことがあるので父の前ではとかく落ち着かなかった。
そんなある日のこと、私は窓辺に立って窓の下をじっと見ている父を目撃した。今日は、国から送られてきた使者と何やら話していたようだった。父の様子は、家庭教師とか、使用人の話で大体把握できる。私は国の使者をみたことがなかったので、偶然の通りすがりを装って見に行った。小役人っぽい、僧服に身を包んだ男が私を見て嫌そうな顔をした。父が人の心を支配できる魔術を得意としていることは、国が把握していることで、当然その使者も知っていたのだろう。その小役人風の男は魔術遮断の効果があるというペンダントをこれみよがしにしていた。父のことを怖れているのか、嫌悪しているのだろう。初対面の私にはその男に嫌われることをした覚えはないはずなのだが、私を見て、呪いの言葉【悪魔の子め……】をつぶやきながらペンダントを触っていたのは、きっと私が父似だったせいだろう。
あんな感じのいい小役人とも話をしないといけないなんて、父も大変だ。そう思いながら、【何を見ているんだろう?】と父が何を見ているのかも気になり、そっと父に近づきその視線の先を見た。母が庭師と話していた。
(…………)
いや、父が熱心にみているのだから、母がいるのだろうなとは無意識のうちには分かっていたけれども……。母は花が好きだから、庭師と話しているのは自然なことだし、その庭師が若い男であるのも、別に意味のないことだ。
(…………)
母がとっても素敵な笑顔で庭師に話しかけているのは、花がきれいに咲いている、その庭師の仕事ぶりをほめてモチベーションを高めようとしているのだ……。いや、そこまでは考えていないだろうが、他の意味は全くない。父の不在時に、急に仲良くなったとかではない。断言する。
(さあ、エラノーラ、行くのよ。長女の役割だわ。母の身の潔白を証言して、家庭内不和を未然に防ぐのよ。両親が不仲だと、ルースが可哀そうだもの……!)
息を吸って、
「あの、お父様」
と声をかけるのと、
「お母様は優しいか?」
と父に聞かれるのは同時だった。
「はい。お優しいですわ」
と当然私は答える。
「エラ?何かいいかけたか?」
父は先の私の言葉を拾って聞き返してくる。
「……ええと」
出鼻をくじかれて、母の貞節についての話題にためらいが出た。というか、父は浮気など疑ってもいないようだった。母を愛するあまり、母が話しかける相手にまで嫉妬するわけでもないようだった。私はルースが楽しそうに話しかける相手が誰であれ、嫉妬して胸がチリチリするのに……。
「……お父様が不在の間、言いつけに背いて勝手に魔力を使っていました」
他に話すこともなく、思い切って告白した。
「何に使った?」
特に驚く様子もなく聞き返してきて、【ああ、やっぱり分かっていたのね……】と思ってしまう。
「ルースと探検ごっこをしていました。城のいろいろな場所に入るために、自分たちの姿が見えなくなるようにしました。それからお父様が帰ってこられる前に、その痕跡を消すためにもたくさん魔力を使いました」
と正直に答える。やはり表情を変えることなく聞いていた父は、聞き終えると頷いた。
「エラノーラ、続きは私の部屋で話そう。ついてきなさい」
父は窓から離れると、ついてくるよう私を促して歩き出した。父の背で艶やかな黒髪が揺れるのを追いかけながら、どこかで私はほっとしていた。
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