逃げた修道女は魔の森で

千代乃

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遠くに鐘の音が聞こえる。久しく聞いてない、聞きなれた鐘の音。
「シェリル、シェリル起きなさい」
聞き慣れた声がかけられる。誰だっけ?
目を開くと金髪に緑の目をした少女がシェリルを見下ろしていた。
「……クローディアお姉様……」
ここは修道院の宿舎だ。相部屋の少女たちはもう起き上がり、尼僧服に着替えているところだ。シェリルより少し年上のクローディアはときどきこうして起きられないシェリルを起こしてくれていた。
「もう時間よ。起きなさい、シェリル」


ぱちりと目を開くと、シェリルは洞窟の自分のベッドで横たわっていた。頭はすっきりしている。しばらくそのままぼんやりと横たわっていたが、はっとして体を起こした。そして、体中の痛みに悶絶した。
パチパチと燃えるかまどはいつも通りだ。そしてこの間には誰もいない。昨夜のことは夢だったのかしらと一瞬思うが、この痛みは本物だ。 
「起きたか」
と声をかけられて、声の方へ顔を向けると桶を持ったジュークが入ってくるところだった。昨夜のことを思い出す。あのまま泣きつかれて眠ってしまったのだ。
「これで顔を洗って着替えてくれ」
そう言って、水の入った桶をベッドの横に置いて出て行こうとする。
「あの……」
思わず呼び止めると、ジュークは振りかえった。呼び止めておいて、何といえばいいかシェリルはうろたえた。ジュークはしばらくじっとシェリルを見ていたが、
「着替えて、出て来い。そこで飯食いながら説明する」
そう言ってシェリルの反応を待った。
「分かったわ……」
頷くと、ジュークは再び背を向けた。今度は声をかけなかった。


冷たい水は気持ちよく、泣いて浮腫んだ顔も冷やされた。
シェリルは普段スカートをはいているが、これから何があるか分からないので、ズボンにシャツを身につけた。下ろした白金の髪を梳かして編み上げ、小刀を腰にさし、上着を羽織った。丈夫な革の靴の紐を結んで、とんとんと軽く踏んで状態を確かめた。

出ていく前に、かまどの灰を掻き出して、薪を新しくくべてしばらく様子を見る。
「あいつらお前を殺すつもりだぜ」
突然、炎の中から声がした。
シェリルは硬直して炎を見つめた。炎の中に一対の目が浮かんだ。
「よう、シェリル。はじめましてだな」
「何よ、あなた」
ぶっきらぼうにシェリルは応えた。驚いていたが、昨晩いろいろあったので、炎が話しかけてくるくらいは何でもなかった。それより、大勢の兵士や、沢山の大きな狼のほうがずっと恐ろしかった。素っ裸で平然と話しかけてくる人間に比べたら、炎のほうがよっぽどましだ。
「俺はお前の相棒さ」
「あらそう。知らなかったわ。じゃ、私そろそろ行くわね」
シェリルが立ち上がろうとすると、炎は焦ったように爆ぜた。
「ま、待てよ!人の話を聞いてるのか?殺されるんだぞ、お前。それでいいのか?」
「あなたの言うことが本当っていう確証もないし。この会話もとうとう私の頭が壊れちゃって、ただの幻聴って可能性もありそうだし。それに私、お腹がすいたのよ」
「俺は幻聴じゃない!」
炎は火の粉をまき散らして叫んだ。シェリルは立ち上がって、背を向けた。炎は焦ったように早口になってその背中に訴えた。
「俺たちは、この拠点を守るための装置だ。俺はここ一体に術をかける、お前は俺と拠点の管理。ここを閉鎖する以上俺たちは処分されるものなんだ。俺たちを生かしておくより、始末した方が手間がかからないからな。俺もお前も、ここでの使い切りの消耗品なんだよ。奴らは、こちら側の情報を知っている人間を生かしておいて人間側に情報与えるリスクは冒さない」
シェリルは振り向いた。
「奴らって?」
「嘘だろ、お前。一年もここで仕事をしていて自分が何に雇われているのかもわかっていないのか?」
驚愕したように炎は叫んだ。
「さっさと言いなさいよ」
むっとしてシェリルが語気を強めると、炎は素直に答えた。
「魔族さ。ここは魔族が人間界に行き来する際の休憩ポイントなんだ」


「……そうなんだよね~、ここは境界なんだよ、シェリルちゃん」
急に男の声が割って入った。シェリルは振り向き、炎も男の方に意識を向けた。レイス・グラハムだった。
「あっ、こいつ昨夜の全裸男だな。よかったな、シェリル。今朝は服を着てるぞ」
「……」
シェリルは無意識に腰にさした短刀に手をやった。思いのほか、早くこの短刀が活躍するときが来たのかもしれない。
「いや~、シェリルちゃん、出てくるの遅いと思って迎えにきたよ。な~んだ、着替え終わってたんだね、残念」
軽薄そうな声は確かに昨夜の全裸男のものだった。シェリルの髪より黄色みが強い金髪がふわりとゆれる。今は長袖長ズボンに靴まで履いて帯剣までしている。それでもシェリルはこの男が一人で現れたことに恐怖した。一度味わった衝撃はなかなか抜けない。
「あれ、密談続けてもいいんだよ~?」
ニコニコ笑うレイスにシェリルと炎は思わず顔を見合わせる。炎に顔はないが、それでも炎が困惑する気配が伝わってきた。
「……もう、終わったわ」
シェリルがいうと、
「あれ?遠慮しなくていいのに~。まあいいや。じゃ、ジュークたちも待ってることだし、表いこっか」
そう言って、シェリルを促す。ちらりとシェリルが炎を見ると、不安そうに揺れてこちらを見返していた。

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