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始まりの鐘。

始まりの鐘③。

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 リチャードソンから言われ、俺は現在、夜の街中でカンナとモモネを探している。まさか『十二神教』が出張ってくるとは思わなかったが、こちらとしては好都合。カンナとモモネのことが気になっていたから探していいと言われるのなら喜んで探す。

 流れているデマと国のことはこちらに任せてくれということだから、俺としては戦う方が慣れているから心強い。俺の役割としては今回この国に来ている『聖光教団』のリーダーを探し当てて、逃げられないようにすること。本能的に俺を排他するのではなく、外堀から埋めていく知能犯であることから逃げられる可能性があると言う。どうしてカンナたちの捜索とリーダーの捜索が一緒にされているかと言えば、カンナが持っている俺を刺した剣がレアなものらしく、回収に来るかもしれないそうだからだ。何故剣のことを知っているのかと聞いたら、俺が刺された現場を見ていたらしい。

 あれから少し時間が経っているから、カンナたちとの接触を終えているかもしれないが、どいつか知れればいいと思っているらしい。だから俺は全力で≪気配察知≫を使いながら街中を動き回る。俺が刺された場所である冒険者ギルドの前付近を徹底的に探し出す。

「・・・どこだ?」

 数十分間探し回ったが、どこにもいない。国中を探しているが見つけることができない。一か月も一緒にいたカンナとモモネの気配を見逃すはずがないから・・・これはスキルか魔法が発動している。それも俺が欺かれるくらいだから最上位のスキルや魔法と考えても良いだろう。

 あまりこの場所で使いたくない魔法だが、仕方がない。闇の索敵及び追撃魔法を使ってモモネたちを見つけ出す。ここに張られている炎ノ神の加護に何か影響を与えてしまっても、炎の勇者が弱いのが一番悪く、リチャードソンが何とか言ってくれるだろう、たぶん。

「『深淵より現れいずるは暗く、深く、陽の明かりすらも喰らい尽くす孤高の闇。我が求めるは一条の光にして、喰らい尽くされる光なり。飲み込め、深く、深く、深く、照らし出すものを定めるために』。『深淵に潜む闇獣』」

 俺を中心に夜よりも深い闇が広がり始め、国全体を覆う。闇の最上級魔法である索敵魔法を使えば、このくらいの範囲でならどんなスキルで隠蔽されていたとしても闇の力で強引に見つけ出すため、見つけ出せないということはない。・・・闇が俺の目的のものを見つけたのか、濃い闇が集まり始め大きな龍へと形を成した。目標を見つけ次第、獣の姿をして勝手に突撃していくが、獣の姿で闇がどれだけ相手を警戒しているのかが分かる。龍は一番強力な獣の姿であるから、これは俺は気を引き締めていかないといけない。

 龍が飛び始めたとともに、俺もそれに続いて目標の元へと向かう。闇龍が一直線に飛んで向かっている場所は何もないはずのただの家が密集している場所である。しかし、よく見れば次元に歪みが生じているのが分かる。近くまで来ると闇龍は加速してその次元の歪みめがけて突撃した。加速の甲斐あって一撃で壊れ、俺も同時に入った。

 次元の歪みから入った場所には、重症ではないものの傷がいっぱいあるカンナとモモネがそこにおり、相対しているのは強力な付与効果が付けられていると一発で分かるほどの速さ重視の鎧を着ている若い男であった。

 闇龍はそのままカンナに向かって突撃しようとしていたが、それを無理やり男の方に標的を変えて闇龍を激突させた。これで倒せるとは思っていないため、俺はモモネとカンナの元へと素早く移動して二人に並び立つ。モモネは嬉しそうな顔をして俺の方を見たが、剣を大事そうに持っているカンナは俺を見た瞬間顔をそらした。

「元気だったか? モモネ、それにカンナ」
「オリヴァー! マジで超助かったし!」
「それは何より。それで? あいつがここに『聖光教団』の奴らを連れてきた張本人で間違いないのか?」
「その通りっ!!」

 モモネたちに話しかけていたのに、闇龍を光の魔法を使って易々と消し去った男が元気よく答えてくれた。張本人が答えてくれると言うのなら、そちらに聞くだけのことだ。

「何ために、と聞くのは野暮か」
「フフフッ、そうだよ。君を殺しに来たと言うに決まっているじゃないか」
「質問を変えよう。何故俺を狙う?」
「それは僕が『聖光教団』だからだよ。聖と光を崇拝している者にとって君という闇は邪魔で邪魔で仕方がない」
「そうか、それなら話が早い」

 相手が俺を殺す気いるのなら、俺が遠慮することはない。関係のない人を巻き込んで死なせるのはあまりにも不条理ではあるが、俺を殺しに来ている奴なら殺しても問題ないだろう。何せ、相手は俺を殺さないと止まらない。俺は魔力で作った剣を構える。

「早速やる気だね。良いね、僕も君を殺して君のすべてを奪うことにするよ」

 男も帯剣していた三つの宝玉が刃に埋め込まれている剣を鞘から抜き出して構える。あの剣と言うよりかは宝玉に効果が付与されているのか。それも上位以上のものが。近づいてみないと効果が分からないが警戒しておくに越したことはない。

 様子見など一切なしに五割の力を引き出しながら男に近づいて殺す気で剣を振るう。男は俺のこの速さでも付いてこれているようで、宝玉が付いた剣で魔剣を受け止める。

「おぉ、さすが『闇の帝王』。速すぎ」

 受け止めている剣を折るつもりで魔剣に魔力を込めて強度を上げ、腰を据えて剣を振りぬこうとする。しかし、その剣は折れず男の身体が少しも動かなかった。こいつのステータス値が高いのか、この剣の効果のおかげか。・・・剣か。剣の宝玉から魔力があふれ出ているのが分かる。

「もう気づいているとは思うけど、僕が『闇の帝王』である君に渡り合えているのはこの剣のおかげだよ」
「戦闘中にお喋りとは余裕だな」
「余裕ではないさ。この君の攻撃を全力を出さないと受け止めきれなかったんだから」

 それが余裕なんだと思いながらも、俺は少しずつ力を出していきどれくらいで男を押し切れるのか測りながら拮抗していると段々と押せるようになったが、俺が押し切れるようになったのは九割の力だった。今の通常状態でほぼ全力を使わないといけない相手と戦うことになるとは。

 男は押されていると気が付き、男からも攻撃が繰り出され俺と男の剣と剣の攻防が始まった。何十回、何百回、何千回と数分の間で剣と剣の衝突が続くが、一向に決まることはなかった。その戦いの中で、一つ気が付いたことがあるとすれば、こいつの剣の一つの能力は剣による自動防御だ。剣が男の予想とは違う動きをすることが多く、一向に勝負が決まらないのはそのせいでもある。だが・・・。

「ハァ、ハァ・・・さすが、『闇の帝王』。僕がここまで疲れさせるのは君が初めてだよ」
「・・・お前、弱すぎだろ」

 こいつ自身が弱すぎて話にならない。最初はこいつはもしかしてすごいやつなのか? と思ったが、全然そうじゃなかった。おそらく身に余るスキルの代償と言っても良いだろう。大方、相手のステータス値に自己のステータス値を合わせるスキルとかそんなものだろう。

「はっ! そのセリフは僕の全力を見てから言ってもらおうか!」

 俺の呆れた言葉が気に障ったのか、感情任せに男は魔力を一気に身体中にみなぎらせる。最初の余裕の表情は何だったのかとまた呆れながらも、戦闘に集中する。男は魔力をみなぎらせている中で、魔法詠唱を口にしようとする。しかし、前衛戦を得意とする俺の前でそれは愚策にもほどがあると言いたい。いや、もしかしたらこのいらだっている姿も、この隙だらけの姿も罠かもしれない。

「『大罪の業火よ、世のすべてを否定せよ! 罪の連鎖を加速し、世ぐふっ!!?』」
「・・・驚きだ」

 例え罠だったとしても対処すればいいと思い、詠唱中に男を殴り飛ばそうとした。その結果、見事に詠唱は中断されて男はもはや俺の想像をはるかに超えるほど普通に後ろに飛んで行った。俺はここまでスキルと実力がかみ合っていない相手と出くわすのが初めてで、少し呆然としてしまったが、油断せずに男の方を注意深く観察する。

「ひ、卑怯だぞ! 詠唱中に攻撃するなど!」
「・・・俺を、俺の仲間を使って殺そうとした奴が卑怯という言葉を使うことにも驚きだ。少しは自分の過去の言動と今の言動を見直した方が良いぞ」
「それとこれとは話は別だ!」
「どこが別なのか聞きたいが、お前と話すのは疲れそうだから何も言わなくて良い」

 これ以上こいつに構っていられないと思い、チラリと後ろにいる二人に視線を向けようとした時、男が俺に炎の矢の無詠唱魔法を放ってきた。しかし、俺の≪全魔力反射Lv.10≫が作用して男の方に返って行った。男は間一髪で避けて俺を睨んでいる。無詠唱かつ油断していない時なら喰らうことはない。俺を殺す気なら、カンナが俺を刺した時が過去にも未来にも一番最大のチャンスであった。それを逃がしている時点でこいつに勝ち目はない。

「お前がまだやると言うのなら、俺は付き合うぞ? ここで投降するのなら無傷で引き渡すべきところへと引き渡す。投降しないなら戦闘不能にする。さぁ、どうする?」
「・・・馬鹿にするのもいい加減にしろよ・・・もう勝った気でいるのか? ・・・その思い上がりを踏みつぶしてやる!」
「そうか、残念だ」

 男は俺の温情を無下にしながら怒り狂っている表情をして魔力を身体中から吹き荒らしている。弱い者いじめをする趣味はないが、俺はこいつを捕まえないといけない。それは俺の事情を解決してくれる『風の勇者』である彼女の望みなのだから、対価は払わなければ。

 俺のことを倒そうと躍起になっている男は、いくつもの属性の無詠唱魔法を放ち俺を牽制する。だが、俺には≪全魔力反射Lv.10≫という魔法も返すスキルがあるため、俺には通じないが、何回も打っている内に男の魔力が上がっているのが分かった。それに魔法の威力も上がっている。≪全魔力反射Lv.10≫で弾き返せないことはないが、注意しながら前に出る。

 俺が近づいてきているにも関わらず魔法を放っていた男だが、さすがに魔法では倒せないと踏んで剣を構えて対抗する姿勢に出る。俺にとっては勝ち目のない男が何をやっても無駄にしか思えないが、油断せずに男と周りの状況を一挙一動見逃さずに目に焼き付ける。俺は剣を二本作り出して男の剣に対抗する。さっきとは変わらない力で剣を押しているが、明らかに男が力負けしている。これは男の体力が限界に来ていると言うことなのかもしれない。

「くっ! これならどうだ!」

 膨れ上がった魔力で、無詠唱ながらも詠唱した魔法と遜色ないほどの雷が俺の上空から降り注いできた。俺は心の中で称賛しながら、スキル合成技、イールド・アブソーブを使い雷の魔力を喰らう直前で吸い尽くした。俺は吸い取った魔力を手に纏いながら男に照準を合わせる。

「お返しだ」

 同じく雷魔法を闇の魔力が付いた状態で男に放つ。男は避けきれないと察知して、空間の歪みか何かを作り出して俺の魔法が空間の歪みに消えていった。何が狙いかは分からないが、男が狙っていることなど、悪意を見抜いた俺が気づかないはずもなく、カンナとモモネの近くに出てきた空間の歪みから出てくる魔法をイールド・アブソーブにより吸い尽くした。

「・・・こんなものか?」
「くそっ! くそっ! こんなはずじゃないんだぁっ!」

 懲りない男は炎や水、雷、風、大地、自然、光、聖なる魔法を無詠唱で次々と俺に向かって放ってくる。だが何度やっても結果が変わることはなく、反射したり吸収したり相殺したりで俺に傷はおろか砂ぼこりをつけることは叶わない。

「もうやめておけ、時間の無駄だ。俺に勝てないと言うことは分かっただろう」
「うるさいっ! 神に選ばれた僕がお前みたいな存在に負けるわけにはいかないんだっ!!」

 逆上している男が、また俺に剣の戦いを望んでいるようで剣を持って突撃してきた。俺はため息を吐きながら、魔力で作った剣を持って応対する。さっきより雑な戦い方になっている上、男の身体能力が段々と落ちてきている。息は荒くなり動きが鈍くなりはじめ、遂には男は吐血して膝をついた。

「ごほっ! ・・・何だ、これは?」
「お前は俺の実力と自分の実力を測り違えているからそうなっているんだ。大方、お前のスキルは俺の実力に合わせるスキルなんだろうが、お前自身の身体が俺の実力に追い付いていないからそうなったんだ。スキルは使う本人によって弱くなったり強くなったりするが、お前は前者の方で俺に負ける。もう少しスキルを使いこなしていればこんな結果にはならなかっただろうに」
「ッッッ!!! こんなにコケにされたのは初めてだッ・・・この世界の害悪に負けるはずがない、負けることなど許されないッ!」
「いつまでも妄言を言っていないで、負けを認めたらどうだ? 弱い者いじめをしているようでやる気がないんだ」
「黙れぇっ!! お前のような神から見放された存在が僕みたいな神に愛された存在を倒してはいけない、僕に倒されないといけないんだ! そういう風に世界は作られているんだ!」

 もうこいつに何も言ってやれることはない。こいつの戯言に付き合うのも疲れたからな、そろそろで幕引きだ。殺さない程度に痛めつけて拘束しないといけない。四肢を斬った状態で引き渡すか、全身の身体の骨をバラバラにしてから引き渡すか、それとも両方するか。どちらにしろまずは無力化しなければいけない。

 スキル≪魔力武装≫で自在に動かすことができる鞭を作り出し、男を拘束すべく鞭を飛ばして巻き付かせようとする。男の周りに逃げ道がなく鞭が張り巡らされ、巻き付かせたと思った瞬間、男が一瞬にして鞭の包囲から逃れて姿を消した。鞭の巻き付きは空回りに終わり、男の気配もしなくなった。

 そう言えば、俺が魔法を返した時に空間を歪めて避けていたな。空間を操るスキルを持っていると思って構わないだろう。俺から逃げたか、もしくは俺の隙をついて俺を殺しに来るか。いや、俺のことを蔑んでいたあいつが俺から逃げることはないし俺に勝てないと本能的に理解しているだろう。つまり、あいつが唯一この場で狙う場所はただ一つ。

「もら――」
「もらっていない。狙いが丸わかりだ」

 男はカンナの背後に現れてカンナを後ろから刺そうとしたが、瞬時に気が付いた俺の拳が男の顔面にめり込み後ろに吹き飛ばされた。カンナとモモネは男に驚いてしりもちをついている。

「大丈夫か、カンナ?」
「あ、うん、大丈夫」

 こいつの空間を操るスキルは厄介だ。俺の≪気配察知≫も通用しない場所にいるのだろう。だから出てこないと俺は次の狙いが見つけられない。それを駆使すればもしかしたらこの戦いがこんなに暗明が分かれることがなかったかもしれないが、俺の場合は出てきたところをつけるだけのステータスを持っているから結局は俺の勝利は揺るがない。

「さぁ、俺の仲間を二度も狙うとは良い度胸をしている。・・・覚悟はできているだろうな?」

 俺の問いかけにうつ伏せで倒れている男は反応しなかった。ただこいつの意識は確かにある。何かを狙っているようだったが、空間で逃げられるのも厄介だと思い、俺が喰らった≪スキル封印≫を男に使ってスキルを封印する。スキルを封印した状態の男の元に立ち拘束しようとした時、いつの間にか治っている顔で歪んだ笑みを浮かべながら男が俺の足をつかんできた。

「≪強奪≫っ!! ・・・・・・は?」
「≪強奪≫か、なるほど。お前のちぐはぐな実力はそういうことか」

 思惑通りに行かなかった男は俺の足をつかんだまま呆然としている。こいつは俺ほどではないが色々なスキルを持っていたものの、何一つ使いこなしているものがなかったから不思議に思ったが、こいつは他者のスキルを奪うスキルを持っていたからこんな戦い方になったのか。もう一つ要因があるとすれば、過剰な自信とでも言っておこうか。

「俺はどんな相手でも油断することはない。だから、念のためお前にお前から間接的に喰らわされた≪スキル封印≫を使わせてもらった。だからスキルを使えないだろう?」
「う、うそだろ? あれは僕のスキルだぞ! 僕が喰らうわけがないだろう!」
「悪いな、俺のスキルにはスキルや魔法を無条件で強化する最上位のスキルがあるんだ。だから、俺が使っている魔法やスキルは最上位のものと同等の威力を発揮する。たとえお前から受けたスキルであろうと、俺が手にすれば俺のものになる」
「・・・ふざけやがって、僕がこんなにされるはずがないっ・・・こんなにもみじめな姿をさらされて・・・ッ!」

 どうやらまだ俺への戦闘意欲は萎えていないようで、まだ残っている≪弱体化≫を男に使う。そして軽くこいつが死なない程度に蹴り上げる。

「ぐふっ! ・・・何でこんな弱い蹴りに・・・?」
「俺に喰らわせてくれた≪弱体化≫だ。どうだ? 自分の能力で苦しんでいる様は? いや、自分の能力かどうかは知らないがな」

 やはりさっき傷が治ったのはスキルの効果だったのか。吐血して苦しんでいるが、一向に治ることがなくもがいている。男がこのまま苦しんでいても俺や俺の仲間を狙ってきた奴だからどうでも良いが、苦しんでいられてもうるさいだけだから、蹴り飛ばして痛みで気絶させてやる。≪スキル封印≫の付与効果を付けた鞭を具現化して男を縛る。これでうめき声が聞こえなくなり、ようやく俺の目的にたどり着くことができた。

「何か俺に言うことはあるか? カンナ」
「・・・ごめんなさいで、済まされるとは思っていないけれど、ごめんなさい」

 俺が座り込んでいるカンナに目線を合わせてしゃがみ、目を見て問いかけるとカンナは顔ごと目を逸らしながら謝ってきた。だが、俺は目を逸らすことを許さずに両手でカンナの顔を無理やり俺の方に向けた。

「謝るのなら、きちんと目と目を合わせて謝ることだ。そんなことだと誠意が伝わらないぞ」
「で、でも・・・」
「でもじゃない。謝るということは自分の非を認めて後悔しているのだろう? ならその気持ちを相手に伝えないと意味がない。相手は自分ではないのだからどれだけ後悔していても、どれだけ悲しんでいても相手には伝わらない。言葉を伝えようとしなければ、言葉を真摯に聞こうとしなくなる。カンナ、お前は本当に俺に謝る気があるのか?」

 俺はカンナの目をジッと見ながら、俺が過去に闇の勇者として人々から嫌われ、俺の言葉を姉と姉の友人以外誰一人として聞いてくれなかったことを思い出す。彼らは俺の言葉に一切耳を貸さないにもかかわらず、見知らぬ他者の言葉ばかりを鵜呑みにして俺を迫害してきた。

 彼らは闇が悪だと思い込んだ結果、俺の言葉を聞くことを放棄した。どれだけ俺の言葉を訴えかけても、俺が悪いと言わんばかりに俺を迫害した。だから、俺は話を聞くことを放棄しない。そして相手がどれだけのことをしたとしても、話を聞く。ここで自身の言葉を伝えなず目先の虚像しか見ない大人にはなってほしくない。少し先に生きている先輩ができる手助けだ。

「――わ、私は、本当に後悔している。オリヴァーを刺したことも、信用できないあいつの話を鵜呑みにしてしまったことも。誠意と言われても、どうしたらいいか分からないし、私の誠意がオリヴァーに伝わるかわからない。でも、私はオリヴァーが許してくれる方法を何でもするつもりだし、許せないのなら私はオリヴァーの元から離れる覚悟もある」

 少しだけ考えたカンナは、今度は俺の目をきちんと見て自分が思っていることを言ってくれた。だが、それだけでは足りない。俺は彼女に自分らしく生きてほしいのだから、俺に彼女自身の生き方を提示してくれと言うのはあり得ない。

「それだと駄目だ。カンナ、お前はどうしたいんだ。俺と離れたいのか? 俺に殺されたいのか? 俺に罰してほしいのか? それとも、俺と一緒にいたいのか?」
「そんなこと、決まっている。・・・・・・できることなら、ずっと、ずっとオリヴァーと一緒にいたいッ! これまでずっと私たちを見て私たちに真摯に向き合ってくれて、見守ってくれていたオリヴァーと離れるなんて嫌だ!」

 これまであまり感情を表に出さなかったカンナが俺にその思いの丈をぶつけるように感情込めて俺に言い放つ。そんなカンナに少し驚いたが、俺は頬を緩ませながら立ち上がりカンナに手を差し出す。

「なら最初からそう言っていれば良いんだ。そして、やりたいようにやればいい」
「えっ・・・ゆ、許してくれるの?」
「別に許さないとも言っていないし、恨んでもいない」
「わ、私はオリヴァーを刺したんだよ!? それなのに何で・・・」
「俺が良いって言っているんだから良いだろう。死んだわけでもなし、後遺症が残ったわけでもなし、敵の策略にはまった哀れなお嬢様が一人いるだけだ。それとも、さっきの言葉は嘘だったのか?」
「嘘じゃない。そこは本当。私はオリヴァーとずっと一緒にいたい!」
「ハァ、じゃあさっさと手を出せ。これでこの件は終わりだ」

 そう言われたカンナは、俺の手を取ろうとするが少しだけ躊躇して手を引いた。少し鬱陶しくなってきたから俺が無理やりカンナの手を取って立ち上がらせる。バランスを崩したカンナは俺の胸に収まる。もう片方の手をモモネに差し出す。

「モモネも行くぞ」
「・・・うん、分かってるし」

 モモネの方は素直に俺の手を取って立ち上がる。立ち上がったら手を離すかと思ったら、モモネは俺の手を握ったまま歩こうとするが、俺に真っすぐな視線を向けてくる。

「ありがとう、オリヴァー。あたしたちを救ってくれて、あたしたちを支えてくれて」
「さすがにここまで来たら途中で見捨てるという選択肢はない。とことん付き合うつもりだ、時間の限り」
「ほんと? あたしたちは面倒な女だけど?」
「面倒じゃない女がいるのか?」
「あ、それは誹謗中傷だし。確かに面倒じゃない女はいないけど、そういう決めつけは良くないけど?」
「本当なら良いだろう。カンナもミユキもモモネも認識よりも面倒な女だと知った方が良いぞ?」
「は? カンナとミユキはともかく、あたしはそこまで面倒じゃないし。三人の中だと一番ましだと思っているくらいだし」
「それはない。お前たちのリーダーがモモネである時点で、面倒な女だと認識した方が良いだろう」
「喧嘩売ってんの? それなら買うけど? カンナも何か言いなよ!」
「私は面倒な女でも良い。オリヴァーの側にいるだけだから」
「ちょ、抱き着いているとか――」
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